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78 追求

読んでくださりありがとうございます。

「「こんにちは、クランヌ(さん)」」

「ごきげんようセンさんとシルム…あら?」


 翌日、訓練前の孤児院。

 やって来たクランヌは揃って出迎えた俺たちに挨拶を返した後、一瞬動きを止めて首を傾げる。

 

「何だかお二人とも、様子がおかしくありません?」


 碧眼を交互に行き交わしこちらを観察すると、訝しげな視線を向ける。


「そんなことないですよ〜、ねっ、センお兄さん」

「ああ、俺たちはいつも通りさ」


 笑みを湛えるシルムから同意を求められ、頷いて続けて俺も普段と変わらないと否定。


「私の思い違いでしょうか…」


 クランヌはそう呟くが、湧いた疑念を払拭し切れないのか、あまり納得が行っていない。

 そんな様子を前に、俺とシルムは依然とした表情のまま佇む。


 …相変わらず、察しがいいな。

 何てことない風に言ったが、さっきのは真っ赤な嘘。

 実際は、様子がおかしいというクランヌの印象は的中している。


 シルムはまあ…妙なくらい目を細めて口角を上げており、判別が付きやすいかもしれないけど、俺は平然を装ったつもりなのだが…。

 クランヌの目は簡単には誤魔化せないらしく、不穏な気配に感付いている。

 

 しかし違和感に確信を持てずにいるのか、正否の狭間でもどかしんでいる。

 そこに付け入るように、好機と踏んだシルムが動きをみせる。


「さあさあ、今日も元気よくやって行きましょう!」

「…何故でしょう。私初めて、訓練に向かうことに抵抗を覚えています」


 声を上げ昂って進行するシルムとは対照的に、険しい顔で難色を示すクランヌ。

 今のクランヌからしたら、シルムの表情はとても胡散臭く見えるんだろうな。

 しかし警戒しているところ悪いが…クランヌ、ここに足を運んだ時点で行くつく先はもう決まっている。


「そうか…あんまり調子が出ないなら、大事を取って休んでおくか?」

「え? いえ別に、体調が優れないわけでは…むしろお二人の方がどうかなされて」


 続いて俺が、気乗りしていないクランヌの身を案じると、ほぼ反射的に答えを口に。

 言質はいただいた。

 予想通りの言葉に笑みが出そうになるが内心に留め、代わりに声音を少し明るくする。


「さっきも言ったけど俺たちは平気、クランヌも平気、つまり全員平気」

「ですね! ということで」

「え」


 言葉を引き継いだシルムが手を取り、こじつけられたクランヌは呆気に取られる。


「あの」

「無事の確認もできたことですし、改めて始めるとしましょうか!」

「ああ、案ずるよりもって言うしな。とにかく動くとしよう」


 最前で手を引くシルムに対し、俺は最後尾へ位置取って列を作りクランヌを挟む形に。

 まるで悪事を働き連行されるような状況に置かれ、流石に異様さに確信を抱いたらしい。

 クランヌは引っ張られながらも、前後の俺たちへ向けて視線で訴えかけてくる。


「一見まともな発言に聞こえますけれど、やっぱりあなたたち何かございますでしょう! ちょっと」


 珍しく取り乱して抗議をするが、今更気が付いてももう手遅れ。

 聞こえていないかのようにシルムが持ち前の強引さで牽引を続け、俺は付かず離れずの距離を保ち追従。

 

 クランヌからすれば、二人が結託して自分を陥れようとしているのは明白。

 味方がいないと分かり観念したのか、抵抗を止め大人しく連れて行かれる。


 俺とシルムの二人で練った目論見が成功して満たされた気持ちに…はならなかった。

 計画通りに事が進んだのに、追い立てる側だったのに。

 

 どうしてだろうな。

 クランヌの姿と直近の体験の記憶が重なり、さながら自分事のように思え、一人虚しい気持ちになり後に付いて行った…。 




「さて、訓練を始める前に」

「クランヌさん、少し時間もらいますね」


 気を取り直して。

 訓練用の異空間へと入り時間遅延の魔弾を撃ったあと、また俺とシルムで並び最初と同じ二対一の状態に。

 それからクランヌに用があることを告げる。

 

「ご覧なさい! 思った通り裏があるではありませんか。あなたたち何をなさるつもりですの…?」


 従っていた間に多少の落ち着きを取り戻したクランヌが、身構えつつこちらの動向を探る。


「ふふふ、健気ですねえクランヌさん」


 怯えている様を見て妖しい笑みを浮かべるシルム。

 打ち合わせになかった不安を煽る行為は、完全に悪役そのもの。

 

 反応を楽しむのは結構だが、揶揄いが過ぎると後が怖い。

 なのでぼちぼち核心に触れるとしよう。


「何をなさるつもり…か。クランヌには責任を果たしてもらおうと思ってな」

「せ、責任…?」

「そう…これについての」


 懐から取り出した物を勢い良く突きつける。

 するとクランヌは一瞬身を強張らせるが、俺が持つそれを認めるとホッと安堵して、得心がいったように頷く。


「ああ、通行許可証! すっかり抜け落ちてましたわ。もう、あまり驚かせないでくださいな」

「驚かせないでくださいって…」

「それはこっちの台詞なんだが」


 そもそも今回の仕返しの始まりは、事前に何の教えもなく、門番に大仰な応対にされたのが発端。

 一言申したいのはこちら側であって、事情をしっかりと聞かせてもらわねば。

 

「私たち、本当にびっくりしたんですからね」

「まあ。ちょっとした戯れのつもりでしたが…悪戯が過ぎたみたいですわね。申し訳ございません」


 殊勝にも素直に自信の非を詫び頭を下げるクランヌ。

 俺たちの呆然とするさま思い浮かべて面白がっていると思ってたが、そんなに悪気はなかったのかも…。

 

 しかし抱いていた印象を改めつつある俺に対し、シルムは懐疑的な目を向けている。

 そしてクランヌのもとへ一歩近づく。


「どうなさいましたの、シルム?」

「…でもクランヌさん、心では上手く行ったと思ってますよね」

「と、突然、何を仰いますの」


 おや? 

 思い違いで終わりそうだったところに一石が投じられる。


 根も葉もない指摘の筈だが、クランヌは虚を突かれ動揺しているような…。

 これではむしろ疑いが晴れるどころか強まってしまう。

 しかも他ならぬシルムが言っているのが拍車をかけている。

 

「そうですよね?」

 

 さらに詰め寄り追求の圧を強めるシルム。


「そのような事実は…ございませんわ」


 それを真っ向から否定しようとしたクランヌの視線が、横に逸れる。

 おい、まさか本当に。

 

「クランヌ?」

「…こほん。そういえば説明をお求めでしたわね。お話いたしますわ」


 俺もシルムと同じように二人で見つめると、あからさまに次は話題が逸らされる。

 はっきり言ってもう、白黒付いてるが…。

 

「…まあ訓練の時間は有限だからな」

「とりあえず見送りにしておきますか」


 追求を免れたクランヌは一見、平然としているが小さく息を吐く。


「立ち話も何ですので、座りませんか」


 この提案は俺たちを配慮したなのか果たして…。

 つい邪推しながらも了承、三人で腰を下ろす。

 クランヌは座してから一度居住まいを正すと、話始めた。


「簡潔に申しますと、通行証には等級がありまして。その中でそれは最上級に位置付けられた物になります」

「最上級!」

「これが…そもそも通行証に上下があるのか」


 手元の薄板に視線を落とす。

 門番の身の変わりようから普通でないのは明白だったけど…まさかの頂点。

 そんな大層な物だったのか。

 言われてみれば、通行証の割にしっかりとした作りで質感も上質。


「仕組みとしては、ギルドのランクに近いですわね。申請するには相応の実績が必要になりますので。金銀銅により紋章が描かれているのが最上級の証になります」


 あっさり言ってるけど易々と手に出来る物ではないだろう。


「ちなみにこの紋章なんですけど、金の握手を交わしているのが人脈、後ろの銀の馬は馬車と物資、さらに後ろの銅の円はお金を表していて、金から順番に尊重されているものらしいです。クランヌさんに教わりましたっ」

「よく覚えてましたわね」

「へへ、とーぜんです!」

「そんな意味があったのか」


 人脈、物資、貨幣。

 これがエストラリカで用いられている紋章ということか。

 貿易国ならではの意匠って感じだな。

 色々と判明したけど、まだ疑問は残っている。


「でもわざわざ高位の通行証でなくてもいいんじゃないか?」

「あら、心外ですわね。私はセンさんのことを想って用意しましたのに」

「俺の?」

「はい。ご存知の通り、ここエストラリカは貿易により栄えた国家です」


 説明してくれるようなので黙って耳を傾ける。

 一度区切り、クランヌは手のひらを俺の方へ向ける。


「そちらの通行証にありますように人の繋がりを尊重しており、取引してくださる方はかけがえのない存在…いわば財産です。最上級ともなれば尚更。そのお方のご機嫌を損ねることは国の損失にも等しい…つまり警告なのですわ、余計な手出しはなされないように、と。明言はされていませんけれど」

「…間違いなく、俺のためだな」

「でしょう?」


 ローブで素性を隠してる以上、怪訝に思われるのは避けられない。

 不審人物として届出されてもおかしくない。

 しかし自分の立場に関わるとなると話は変わってくる。

 どんな選択を採るかなど、秤にかけるまでもないだろう。


「だから、ああも下に出た態度だったんですね!」

「シルム? 門番の方からすれば災難でしょうけれど、それも職務だと割り切ってもらうしかありませんわね」


 黒い会話が繰り広げられているが、恩恵を授かる身なので何も言えない。

 恐縮だが、クランヌの言うようにしてもらう他ない。

 

「でもあっさり調達してしまうなんて、流石クランヌさんですっ」

「いえ、私だけではなく皆さんのお力あってのこと。それにセンさんも条件に欠かせませんので」

「というと…浄化水がってことか」

「ご名答です。申請が受領されてもあくまで取引のための通行許可証ですから、成果を上げなければ没収されてしまいます。その点センさんは問題ありません。何でしたら近々拠点の方もご用意できますわ」

「もう? そんなに日、経ってないけど」


 宿屋の滞在期限が迫っているから嬉しい報せではある。

 

「ええ、浄化水を起点に儲けさせて頂いてるので。ふふ…」

「凄いじゃないですか! センお兄さん!」


 目を光らせて上機嫌に笑うクランヌと、自分のことのように喜ぶシルム。

 生成したら渡して後は任せきりだから、明細とか全く確認してないのだが、好調なのは確かなようだ。


「どころでセンさんはどのようなお住まいをご所望なのでしょう? やっぱり単身用でしょうか?」


 そういえばクランヌには拠点の紹介は頼みはしたけど、規模とかについてはまだだったな。

 俺の境遇を考えたらその結論に行き着くよな。

 でも。

 

「いや、一戸建てより大きいのが望ましいな」

「「え」」


 声を被らせ顔を見合わせるシルムとクランヌ。

 どうしたんだ…?


「単身用ではなく…」

「一戸建てより大きい…」


 それぞれ繰り返すと、二人してバッと勢いよくこちらを向く。


「お店でも開くんですか?」

「いいや」

「では、何かこだわりがあるのでしょうか?」

「特にないよ。単純にあとあと好都合かなってだけで」

「「……」」


 普通に質問に返しただけの筈なのだが、二人は無言になり場に沈黙が落ちる。

 何だろう…このまとわりつくような雰囲気は…。

 それから、恐る恐るといった感じでクランヌが開口する。

 

「もしかして…懇意にされてる女性がおられるのですか…?」

「へ? いやいや、本当に個人的な事情で浮ついた話はないよ。そもそもーー」

「ーーそういう相手はいませんもんね?」


 何故か立ち上がり俺の後ろから首に腕を絡め、何故か断定的な物言いを耳元でするシルム。

 口出しどころ満載なのだが、ここは素直に答えておいた方がいい気がする。

 

「ああ…いないよ」


 事実であるのだが周りから言われるとちょっと複雑。

 クランヌがシルムの方へ目配せして数秒後、首肯。

 すると場の緊張が解け、首の絡みも解かれる。

  

「…承知しました。ご要望に添えるように努めますわね」

「知りたいことは知れましたし、センさんのお家はいい報せを待つだけですし、これで心置きなく始められますね♪」 

「…そうだな」


 謎は増えてるし深まったしで心置きはあるんだけど…言ってもしょうがないんだろうな…。


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