6:胸穿つもの
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*北部洞窟群
洞窟の入り口に設置された装置を、楔は慎重に観察していた。
銀色の箱。約50センチ四方。表面にはタッチパネルのようなディスプレイがあり、青白く光っている。
「これが……首輪解除装置」
蒼も隣で装置を見つめている。
「本物なんでしょうか」
「わからない。だが――試す価値はある」
楔は首輪を握りしめた。力を振るおうとする時、この装置に”吸われる”ような感覚がある。もしこれを外せれば――
(鬼神の力が戻る)
そうすれば、このゲームを破壊することも可能かもしれない。
「楔さん……」
蒼が不安そうに言った。
「他の方々も、ここに来ます。争いになるのでは……」
「……そうだな」
楔は一度洞窟の外に出た。まだ人の姿は見えない。しかし精神を集中すると、確実にこちらに向かってくる”気”を複数感じられる。
「話し合いで済めばいいのだがな」
「……ええ。ですが、解除できるのは一人だけとなると……。もしも首輪を解除できれば、爆弾から離れられます。首輪は72時間時点で2人以上生存している場合爆発する――ということは、72時間時点で首輪のある方々が全員死亡し、自動的に勝利条件を満たします。禁止エリアに逃げ込んでしまえば、残り時間を生き延びることも容易いでしょう」
「……そうか。ここで実質的に勝者が決まってしまうのだな。話し合いでは収まらん」
「はい……。でも、こんなゲームを開催しておいて、そんな装置を用意するものでしょうか?」
蒼は不安そうに腰の前で手を組んだ。
「もっと気がかりなのは、解除装置を私たちのすぐそばに配置したことです。私たちに有利すぎます。まるで――私たちに操作してほしいみたいです」
「罠だと言いたいのか」
「おそらく……。ここは様子を見た方がいいのではないでしょうか。出来れば……期限切れまで。人が来たらどうにかして離れて貰いましょう。誰も触らないのが一番平和だと思うんです」
楔はしばらく考え込んだ。蒼の言うことは尤もだが、この機械を捨て置くのはあまりに惜しい。
だからこそ争いの火種となる。主催の思惑通り殺し合いまで発展しかねない。
ならば――火種を消してしまうのはどうか。
「私が試す。そうすれば争う理由が消える」
楔は装置に手を伸ばした。
「もし罠なら、私が犠牲になる。お前は逃げろ」
「でも――」
「心配するな。私は強い」
楔は断固とした口調で言った。
蒼は何も言えず、一歩下がった。
楔は装置のディスプレイに触れた。
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*管制室 - メインセクション
「No.02楔、装置に接触しました」
オペレーター03が報告する。
「よし。順調だな」
プロデューサー01は満足げに笑った。
「No.02楔の方か」
ディレクター・マスターは興味深そうに画面を眺めている。
「登録するために無理難題を押し付け躍らせるのが通例だが……あの個体の場合、素直に首輪を解除させた方が良い駒となるかもしれない」
「ほう、それはどういう――」
その時。
ビーーーッ!
警告音が鳴り響く。
管制室のシステムに、異常が発生した。
「何だ!?」
プロデューサー01が叫んだ。
「不明なアクセス! システムにハッキングが――」
オペレーター03が慌てて操作する。
「装置の起動シーケンスが、強制停止されました!」
「何!?」
プロデューサー01は操作パネルを叩いた。しかし、システムは応答しない。
「誰だ! 誰がハッキングを――」
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*管制室 - 別セクション
管制室の隅で、ゼロは端末を操作していた。
汗が額を伝う。暗号化されたバックドアを通じて、システムの深部に侵入している。
(間に合え……!)
彼は装置の起動シーケンスを停止した。しかし――それだけでは足りない。
首輪の解除プログラムを起動させる。本物の、無条件の解除を。
しかし――
「見つけたぞ!」
警備員の声。
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*管制室 - メインセクション
ゼロは拘束され、端末を取り上げられたうえで連行された。
プロデューサー01が、ゼロを睨みつける。
「貴様……裏切ったのか!」
「裏切り?」ゼロは冷たく笑った。「俺は最初から、お前たちの敵だ」
ディレクター・マスターが近づいてくる。
「システムを、元に戻せ」
「断る」
ゼロの端末はハッキングを続けていた。最早手動での操作は必要ない。
「彼女らを――救う!」
「システム、強制介入止まりません!」
オペレーター03が叫んだ。
プロデューサー01がゼロに銃を突きつける。
「止めなければ処刑するぞ!」
「撃てばいい! 端末を止められるのは俺だけだ!」
パン!
銃声。
ゼロの胸部に弾丸が命中し、鮮血が散った。
「なっ……!」
ゼロは床に倒れ込んだ。
「詰めが甘い。お前がハッキングしたのは解除装置だけだろう」
撃ったのはディレクター・マスター。プロデューサー01の非難するような目つきをものともせず、オペレーター03に指示を飛ばす。
「No.02楔のステータスウィンドウを出せ! 首輪を一時的にシャットダウンしろ!」
オペレーター03が急いで操作する。
首輪のシャットダウン――解除装置とのリンクが切れる。解除プログラムは止まった。
しかし、首輪の物理的ロックはシャットダウンしても外れない。傍目には何事もなく機能し続けているように見えるだろう。
「くそっ……!」
「残念だったな。準備不足だ」
プロデューサー01はハッキングが失敗に終わったのを理解し、安堵の溜息を漏らした。
「ふう……。よくやってくれた。首輪の解除はどれくらい進んでいたか分かるか?」
ステータスウィンドウには”全機能シャットダウン”の表示。オペレーター03は記憶を頼りに応える。
「正確な進捗は不明ですが……複数の機能が停止していました。各種生体センサー、位置情報の送信、封印、翻訳……」
「解除装置の制御はどうなっている?」
「未だ制御不能です」
「ならば――」プロデューサー01は冷酷に命じた。「解除装置は処分しろ。不正な手の入ったものをいつまでも置いておけん」
「了解しました」
「ククク……ハハハハハ!!」
ディレクター・マスターが急に高笑いを上げる。ゼロは痛みに耐えながら彼を見上げた。
「ゼロ、お前に礼を言うべきかもしれん。No.02楔は――これで最高の駒になった。ゲームはさらに面白くなる」
「どういうことだ……!?」
「首輪を再起動しろ。映像を見れば分かる」
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*北部洞窟群
装置のディスプレイが、緑色に光った。
『首輪解除装置、起動』
楔の首輪から、電子音が鳴る。
ピピピッ――
『No.02楔――識別。これより登録作業を行います。第一段階、他の参加者三名以上の承認を――』
ガガガッ!
突然、ディスプレイにノイズが走った。
「……っ!」
楔は首輪が熱くなるのを感じた。しかし、爆発はしない。
『――首輪解除プログラム、開始』
「なに……?」「今のは一体……」
楔と蒼は不自然さを感じながらも、装置の稼働を見守り続けた。
『解除中……10%……20%……』
「本物……なんですか?」
蒼が驚いた声を上げた。プログラムは順調に進行していく。
『70%……』
しかし――
『通信エラー。電波状況を確認してください』
「えっ……? 通信?」
「うっ……!」
楔は首輪を掴んだ。痛みが走る。爆発ではない。何か――内部で何かが溢れる。
重く、激しく、燃えるような――
「……力が」
体の奥底から、何かが溢れ出してくる。
封じられていた力。鬼神としての力。
「戻って……きた……?」
楔の瞳が、赤く光り始めた。
「楔さん!」
蒼が駆け寄ろうとした。
しかし――
「■■■■!」
楔が何かを叫んだ。
しかし、蒼には――理解できなかった。
「え……?」
蒼は困惑した。
楔の口が動いている。声も出ている。しかし――言葉が、わからない。
「■■……■■■……」
楔も、自分の声が通じていないことに気づいた。
(なぜ……?)
彼女は蒼に話しかける。しかし、蒼は首を振るだけだ。
そして――楔も、蒼の言葉が理解できなくなっていることに気づいた。
蒼の口が動いている。何かを言っている。しかし――音として聞こえるだけで、意味が入ってこない。
(これが……罠!?)
解除を餌に、言葉を狂わせる。協力関係を破壊し、狂人として孤立させる。
力の封印が解けたのはその副作用か。喜ぶべきかもしれないが、この状況では――むしろ危険。
(これでは……誰とも、話せない。昔――災厄と呼ばれた、あの頃のように)
その時。
西の方から、大声が響いた。
「装置はここか!」
スカーレット・レッドフィールドが駆けてきた。
彼女は複数ある洞窟の入り口を次々睨みつける。
そして――楔を発見した。
赤く光る瞳。黒いオーラのようなものが体から立ち上っている。明らかに、人間ではない。
「……敵か!?」
スカーレットはプラズマブレードを抜き放ち、即座に戦闘態勢を取った。
楔は何か叫んだ。
「■■■! ■■■■■!」
しかし、スカーレットには理解できない。
「何を言ってる……!?」
蒼が二人の間に割って入った。
「待ってください! 彼女は敵じゃ――」
「どけ!」
スカーレットは蒼に呼びかけた。
「そいつから、何か邪悪な気配がする! 装置を奪いに来たんだろう!」
「違います!」
蒼は必死に訴える。
「彼女は――」
しかし、楔が動いた。
力が戻ってきている。”殺気”に体が反応する。蒼の横をすり抜け、殺気の元へ駆ける。
楔は鎖を振り回した。金属がぶつかり合いながら風を切り、音を立ててスカーレットに迫る。
「くっ――!」
スカーレットはプラズマブレードで鎖を弾いた。
「やっぱり敵か!」
「■■■! ■■■■!」
楔は何かを叫び続ける。しかし、誰にも通じない。
「何だ、戦闘か!?」
アリサとアオが到着した。
彼女たちが見たのは――
黒いオーラを纏った楔が、鎖を振り回している。
スカーレットが、プラズマブレードで応戦している。
蒼が、二人の側で何かを叫んでいる。
「止めてください! 誤解です!」
「何が起きてる……?」
アリサは状況を把握しようとした。
アオは楔の咆哮を聞き――気づいた。
「……あの人、言葉が通じてない」
「何?」
「首輪の翻訳機能が、解除されたんだ。……まずいよ、これ」
楔は力を制御できなくなっていた。
無理矢理封じられていた力が、一気に解放される。体が勝手に戦闘態勢に入ってしまう。
「■■■■■!」
鎖が唸りを上げて、スカーレットを襲う。
「ちっ――!」
スカーレットはブレードで鎖を切断しようとしたが――出力の落ちたレプリカでは、切れない。
「くそぉ……!」
スカーレットは後退しようとした。
しかし――鎖が、スカーレットの足を捕らえた。
「くっ――!」
スカーレットは転倒した。
楔が、鎖を引き絞ろうとする。
「やめて!」
蒼が楔に飛びついた。
「■■!」
楔は蒼を突き飛ばした。
蒼は壁に叩きつけられ――倒れた。
「あれは蒼と――楔!?」
その時、シオンも到着した。
彼女は状況を見て――即座に分析した。
「No.02楔、戦闘中。負傷させた者にトドメを刺さない。動きにためらいが見られる。コミュニケーション不可能」
「つまり――」シオンは冷静に続けた。「彼女は、ある種のパニック状態。脅威と見做した者に襲い掛かっている」
蒼は起き上がろうとしたが、肩を押さえ蹲る。骨こそ折れていないが、痛みが強い。
「くそっ……!」
アリサは戦術ナイフを抜いた。
「私も戦う!」
遠目にシオンを見つけたが、戦力にならないと見てひとまず無視。
「行くぞ!」
アリサは楔へと駆けだした。
新たな殺気に楔は眉間に皺を寄せた。一瞬、動きが止まる。
「今だ!」
スカーレットは緩んだ鎖から足を引き抜き、立ち上がった。
そして――プラズマブレードを、楔に向けて突き出した。
「これ以上やらせん!」
「待ちなさい!」
冬姫が岩陰から躍り出る。実はアリサたちと同時期に到着していた。そしてひっそりと楔が暴れるのを見ていた。あれこそまさに、御伽噺や京の噂で幾度も聞いた存在――鬼。
まさか実在していたなんて。その力、必ずや供にしたい。
彼女は短刀を抜き、スカーレットとの間に割って入ろうとした。
「彼女を殺してはなりません!」
「どけ!」
スカーレットが冬姫を押しのけようとした直前。
楔の鎖が、再び動いた。
鎖は、スカーレットではなく――
手前に居た冬姫を捕らえた。
「――っ!」
冬姫の首に、鎖が巻き付く。
「冬姫!」
アリサが叫んだ。
楔は――止まれなかった。
力が、暴走している。
鎖が、締まる。
「■■■……!」
楔は何かを叫んだ。おそらく、「やめろ」と。
しかし、体が言うことを聞かない。
ゴキッ。
鈍い音。
冬姫の体が――力を失った。
「……あ」
冬姫の口から、小さく息が漏れた。
短刀が、手から滑り落ちる。
鎖が緩む。
冬姫の体が――崩れ落ちた。
そして――
ピーーーッ!
全員の首輪から、長い電子音が鳴った。
『No.08雪乃院冬姫、死亡確認』
時が、止まった。
あまりにも無機質な通知に、誰もが動きを止めた。
『緊急通告。首輪解除装置に不正な操作を確認したため、撤去します。参加者の皆様には、節度ある振る舞いを期待致します』
続く告知と同時に、首輪解除装置が光に包まれていく。
「……嘘だろ」
スカーレットが呟いた。
アリサは言葉を失った。
シオンは冷静に、しかし表情を強張らせて冬姫を見つめた。
蒼は壁に寄りかかったまま、涙を流していた。
アオは――静かに、目を閉じた。
そして、楔は――
自分の手を見た。
鎖を握りしめた手。
人を――殺した手。
「■■……■■■……」
彼女は何かを呟いた。
おそらく――「すまない」と。
しかし、誰にも通じない。
楔は――膝をついた。
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*管制室
「最初の死者、出ました」
オペレーター03が報告した。
プロデューサー01は満足げに笑った。
「ようやくだな。ゲームが、本格的に始まった。なるほど――最高の駒、か」
ディレクター・マスターは、倒れたゼロを見下ろした。
「この男は、どうする」
「処分しろ」
ゼロは床に倒れたまま、呟いた。血と涙と悔恨がどくどくと床に流れ出る。
「……余計な……すまない」
彼の計画は――失敗した。
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*北部洞窟群
楔は立ち上がり、洞窟の奥へと歩いた。
誰も、止めなかった。
アリサは冬姫の体に駆け寄り、脈を確認した。
「……もう、ダメだ」
蒼は泣いていた。
シオンは装置があった場所を見た。既に撤去されている。
「首輪解除は――もう、できない」
アオは楔の背中を見つめた。
「……彼女、何も悪くないのにね」
スカーレットは――拳を握りしめたまま、何も言えなかった。自分が楔を刺激した、その結果が一人の死。首輪解除装置も――消えた。
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【初日 14:30】
【生存者: 10名】
【脱落者】
No.08 雪乃院冬姫 - 死因: 頚椎骨折 (楔)
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【状態表】
【アリサ・ストームハート(辺境の双剣)】
健康状態:良好
所持品:戦術ナイフ
現在位置:北部洞窟群
第一行動方針:楔への対処を考える
第二行動方針:信頼できる参加者と組む
最終行動方針:ゲームそのものを破壊する方法を探す
備考:最初の死を目撃。楔への警戒心が最大に
【楔(封じられし刃)】
健康状態:良好、強い罪悪感、封印解除(制御不安定)
所持品:鎖(5m)
現在位置:北部洞窟群の奥
第一行動方針:合わせる顔が無い
第二行動方針:力の制御を取り戻す
最終行動方針:どうすればいいか分からない
備考:誰の言葉も理解できず、自分の言葉も誰にも通じない。
【夜凪アオ(夜に溶ける観測者)】
健康状態:良好、軽度の疲労
所持品:コンパス
現在位置:北部洞窟群
第一行動方針:アリサの反応を観測
第二行動方針:楔の状況を観測
最終行動方針:誰かさんなら選ぶであろう道を辿る
備考:楔に同情している
【シオン・アルヴェリオ(論理の完全者)】
健康状態:良好、軽度の疲労
所持品:懐中電灯
現在位置:北部洞窟群
第一行動方針:現状の経緯を確認
第二行動方針:楔の状態を分析
最終行動方針:最も生存確率の高い戦略を立案・実行
備考:冬姫の死を冷静に受け止めたが、内心は動揺
【スカーレット・レッドフィールド(紅の炎)】
健康状態:良好、中度の疲労、強い罪悪感と自責の念
所持品:プラズマブレード「紅蓮」(レプリカ版)
現在位置:北部洞窟群
第一行動方針:冬姫を弔う
第二行動方針:楔の現状の確認
最終行動方針:これ以上の犠牲者を出さずにゲームを破壊
備考:楔を殺そうとしたことが冬姫の死の一因となってしまった
【雪乃院冬姫(雪の姫君)】
健康状態:死亡
【水無瀬蒼(深海の花)】
健康状態:胸と肩に中度の打撲
所持品:応急医療キット
現在位置:北部洞窟群
第一行動方針:冬姫の死を悼む
第二行動方針:楔を見捨てない
最終行動方針:戦いを止めたい
備考:楔に突き飛ばされて負傷。しかし楔を恨んでいない
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