15:大決戦
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*中央森林地帯・南側
「持ってきたよー!」
リリィは地面に倒れたまま、目を開けた。
「……ヒナタ……?」
「うん! 医療品、あったよ!」
ヒナタは応急医療キットをリリィの目の前に置いた。
「はいどうぞ! ……って、自分じゃ無理かな?」
「……お願い。指示するから……」
リリィは弱々しく言った。
「まず……鎮痛剤を……」
「うん!」
ヒナタはリリィの指示に従い、治療を始めた。
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木の杭が与えた傷は、幸いにも応急医療キットで対処できる範囲だった。
鋭くない先端、半端な太さと長さ――派手に突き刺さってくれたが、運次第で助かる程度の殺傷力だった。作ったのは余程のポンコツ罠師に違いない。
脇腹は杭を抜き、内臓の傷ついた部分にガーゼをテープで貼り止血。外傷もガーゼとテープで塞ぐ。
太腿は止血帯を一時的に巻き、杭を抜き、跡にガーゼを詰めて上から包帯を巻き止血。止血帯は長時間着けると逆に危険なので外しておく。
勿論、各工程で消毒を欠かさない。消毒液は途中で切れたが、キットに手袋が入っていて助かった。
ヒナタは一切躊躇なくリリィの傷に手を突っ込み、全ての処置を終えた。
「……っ」
リリィは震えながら歯を食いしばっていた。舌を噛まないように、途中から布を口に噛ませてもらった。
「よし! できた!」
ヒナタは満足そうに笑った。
「……ありがとう」
リリィは布を吐き捨て、かすれた声で言った。
応急処置だけでは、完治しない。しかも素人の荒療治にもほどがある。
しかし――少なくとも、当分は死ぬことはなくなった。
鎮痛剤のおかげで、痛みも段々和らいできた。
「あ、ここも……」
ヒナタは絆創膏を取り出し、リリィの頬に貼った。地面に倒れた時に出来た擦り傷。
「あたしも付けよっと。お揃い! あはは」
もう一枚絆創膏を取って自分の頬に貼り、無邪気に笑った。
「ヒナタ……」
その先の言葉の代わりに――
ピピピピピッ――
首輪から、電子音が鳴った。
『通告。これより15分後、以下のエリアを禁止エリアに指定します』
「――っ」
リリィの顔が強張る。嫌な予感が走った。
『中央森林地帯・南側全域』
『中央森林地帯・東南側一部セクター』
『東部採掘場全域』
やはり、現在地を指定された。
「行くなら……東」
リリィは地図を見ながら言った。抜けるなら東の禁止エリアと禁止エリアの間が一番早い。
本当は火山観測所まで戻りたいが、この体ではそこまで動けない。
「立てる?」
「……無理」
「じゃあ、背負ってあげる!」
ヒナタは、軽々とリリィを背負い、走り出した。
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*中央森林地帯・東南側
「……くそっ」
スカーレットは舌打ちした。
せっかくテントを張って休んでいたのに、禁止エリア指定。
「主催者め……!」
この辺りの禁止エリア設定は狭い。明らかに狙い打ち。
しかも東側を塞ぎ、西か北に誘導している。おそらく、その方角に楔がいる。
だが――30分ほどは休めた。疲労は大分回復した。戦える。
スカーレットは急いでテントを畳んだ。時間は多少余裕がある。捨て置くことは無い。
荷物を抱え――
- プラズマブレード
- プラズマライフル
- グレネード×1
- 栄養剤×5(休息中に1本消費)
- 防弾ベスト(装着中)
- 簡易テント
- 浄水器
――西へ移動し始めた。
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*中央森林地帯・東南東側
禁止エリアの狭間。比較的木々が疎らで、人が動けば十分見える。
ここで、スカーレットと、リリィを背負ったヒナタが――鉢合わせた。
「西はお前らだったか」
スカーレットは即座に荷物を置き、プラズマブレードを構えた。
「スカーレット……!」
(彼女は……積極的に戦闘を仕掛ける方針の可能性がある)
「ヒナタ、注意して。アリサを殺したかも――」
「かも、じゃない。俺が殺った」
スカーレットは冷たく言い切った。
「……そう」
リリィは――諦めたように息を吐いた。
「ヒナタ、逃げよう。北へ」
「逃がすと思うか? 俺は全員殺す」
スカーレットはブレードを突きつけながら一歩ずつ迫る。
「さあ――戦うか、首を差し出すか、選べ」
ヒナタは――嬉しそうに笑った。
「やったー! 戦える!」
「ヒナタ!」
リリィが止めようとした。
しかし――
その時。
北の方角から、遠吠えのようなものが響く。
空気の震えでは無い。言わば強烈な――気。
殺気。
「――っ!?」
スカーレットは息を呑んだ。ヒナタも笑顔が消えた。
「……何だ、これは」
リリィは――恐怖した。
「……楔だ」
スカーレットが呟いた。
そう――精神集中を終えた楔が。
スカーレットが戦闘態勢を取ったことを、察知した兆候。
「……来るか」
スカーレットは――迷った。
(一人では、勝てない)
楔の力。
グレネードとプラズマライフルで、一度は退けた。
しかしあれは、楔が力を制御できていなかったから。
今の楔は――違う。
明らかに気配が、研ぎ澄まされている。
「……くそっ」
スカーレットはプラズマライフルを、リリィに――投げた。
「――っ!」
リリィは、ヒナタの背中から手を伸ばし、ライフルを受け取った。
「これ……」
「鬼が来る。死にたくなかったら、援護射撃しろ」
スカーレットは焦りをにじませながら言った。
「俺と、そいつが前衛。お前が後衛だ」
「……待て。鬼とはなんだ。一体何が起こっている?」
「楔は――殺すしか能の無い化け物だ。俺と同じ、な」
スカーレットは自嘲した。
「奴は本物の鬼神だぜ。お前の世界にいるかどうか知らんが、この気を感じたなら危険なのは分かるだろう」
「世界……?」
「……奴が来るまでまだ時間がある。武器の使い方を教えた後に話してやる」
リリィは首を横に振った。
「ダメ、私――重傷で、ライフルは扱えない」
「なら、そいつに撃たせろ」
「わかった!」
ヒナタは嬉しそうに頷いた。
リリィを木の陰に降ろし――プラズマライフルを受け取った。
「うわー、重い! でも、カッコいい!」
リリィは未だ戦いに躊躇していた。ヒナタを止めるべき――そう思いたかった。
でも――来る。化け物が、来る。
強烈な死の予感がリリィの口を噤ませた。
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そして――森の奥から。
楔が、現れた。
赤く光る瞳。
黒いオーラ。
鎖を握りしめた右手。
「■■■……」
楔は何かを呟いた。
スカーレットはそれに答えた。
「ああ……来い、楔。お前も殺してやる」
楔は微かに、笑い――
「■■■■!」
走り出した。
ガキィィィン!
楔の鎖と、スカーレットのプラズマブレードが激突した。
火花が散る。
「くっ――!」
スカーレットは後退した。
リミッターを解除したブレードでも鎖が斬れない。
鎖は黒いオーラを纏い、通常の金属を遥かに超えた強度となっていた。
「ヒナタ!」
リリィが叫んだ。鬼神を目の前にして、躊躇は吹き飛んだ。
「撃って!」
「はーい!」
ヒナタはライフルを連射した。
ビュゥゥゥン!
プラズマ弾が何発も、楔に向かって飛んだ。
しかし――楔は鎖を振るい、プラズマ弾を弾いた。
「嘘……!?」
リリィは驚いた。
楔はスカーレットに向き直り、鎖を振るった。
スカーレットは、ブレードで鎖を受け止めたが――鎖が、ブレードに絡みついた。
「しまっ――!」
楔が鎖を引く。
スカーレットの体が、バランスを崩す。
楔は素手でスカーレットの顔面に、拳を叩き込んだ。
「がっ……!」
スカーレットは吹き飛び、木に激突した。
防弾ベストが、衝撃を和らげた。しかし顔面への直撃は、耐えられなかった。
スカーレットはぐったりと木の根元に倒れる。
「仲間、やられちゃった!」
ヒナタは――ライフルを捨てて、走り出した。
「ヒナタ!」
リリィが声をかけた時は、既に遅く。
ヒナタは一瞬で、楔に肉薄していた。
「えいっ!」
拳が楔の腹部に叩き込まれた。
「■■!?」
楔は――驚いた。
この小柄な少女の拳が、重い。
しかも速い。殺気も無い。なんと防ぎ辛い拳か。
「もういっちょ!」
ヒナタは連続で拳を繰り出した。
楔は鎖でヒナタの拳を受け止めたが、徐々に押されていく。
(この少女……強い!)
楔は鎖を振り回し、ヒナタを吹き飛ばそうとした。
しかし――ヒナタは軽々と跳躍し、回避した。
「わーい! 楽しい!」
ヒナタは本当に楽しそうに笑っていた。
(戦いを楽しむ者……いいだろう)
楔の心が昂る。恨みも敵意も無い、儀式のような純粋な闘争。
(二人共……私が彼岸へ送る!)
力が一層高まる。――今この瞬間、楔は最強の鬼神となった。
「……くそっ」
スカーレットはよろめきながら立ち上がった。
頬と首が痛い。視界がぼやける。
しかし――まだ、戦える。
「グレネードだ……!」
スカーレットはグレネードを取り出し、タイミングを見計らって楔に投げた。
「■■!」
楔はグレネードを鎖で叩き落とそうとしたが、直前で起爆。
ドカァァン!
爆発――楔は衝撃で姿勢を崩した。
「今だ! ヒナタ!」
スカーレットが叫んだ。
ヒナタが楔に飛びかかる。
「えいっ!」
ヒナタの拳が楔の顔面に叩き込まれる。
砲弾のような衝撃に楔は大きく吹き飛び、地面を転がって受け身を取る。
「■■■……!」
(強い……! 二人とも、強い!)
楔は――嬉しかった。
数百年の間に数えるほどしか無かった、本気の戦い。
「■■■■■!」
楔は即座に立ち上がり、鎖を全力で振るった。
鎖が鞭のようにヒナタとスカーレットを襲う。
「くっ――!」
スカーレットはブレードで防御した。
ヒナタは跳躍して回避した。
しかし――楔の鎖は急に方向を変え、ヒナタの足を捕らえた。
「あっ――!」
ヒナタは空中でバランスを崩した。
楔が鎖を引き、ヒナタの体が地面を抉るほどの勢いで叩きつけられる。
「ヒナタ!」
リリィが叫んだ。ヒナタは、起き上がらない。
「……っ!」
スカーレットは決断した。鎖がヒナタから離れてもなお、楔は未だヒナタの方を見ている。
(ここで、決める!)
スカーレットはプラズマブレードの出力をさらに上げた。
リミッターを解除したうえでの出力上昇。一瞬でエネルギーを使い果たしてしまうだろう。
「うおおおお!」
スカーレットはその一瞬に賭け、楔に斬りかかった。
楔は鎖で受け止めようとしたが――
プラズマブレードは鎖を、切断した。
「■■!?」
鬼神の力で強化された鎖が――切られた。
「死ねえええ!」
全エネルギーを乗せた一太刀が、楔の胸を切り裂く。
「■■■……!」
楔は――倒れた。
胸から血が噴き出す。
それでも楔は――鎖の残骸を投げた。
オーラを纏った鎖は、槍のように硬化し――
立ち上がりかけていたヒナタに飛んで行く。
ヒナタは黒く尖った物が眼に飛び込んでくるのを見た。
「あ…リ」
鎖が、ヒナタの眉間を貫いた。
ピーーーッ!
『No.11結城ヒナタ、死亡確認』
楔は最後の力を振り絞り立ち上がった。
まだ――終われない。
刃の消えたブレードを握るスカーレットに跳びかかり。
素手でスカーレットの首を、掴んだ。
「■■■……」
楔は何かを呟いた。
スカーレットは微笑んだ。
「……悪いな……」
楔が――首を、締めた。
ゴキッ。
ピーーーッ!
『No.07スカーレット・レッドフィールド、死亡確認』
楔は――深く息を吐いた。
胸の傷から、血が溢れている。
(……紙一重だった)
今の戦いは、死んでもおかしくなかった。
(だが――二人を、送れた)
ヒナタと、スカーレット。
強者たちを、戦いの中で送り出せた。
楔は、満足だった。
戦士たちへの、束の間の祈りの時間――
気が緩んだその瞬間。
ビュゥゥゥン!
プラズマ弾が――楔の頭部を、貫いた。
「――■」
楔は驚いた表情のまま、崩れ落ちた。
ピーーーッ!
『No.02楔、死亡確認』
リリィは――プラズマライフルを握りしめ。
震えていた。
「……撃った」
彼女は呟いた。
「私が……楔を……」
ヒナタが投げ捨てたライフルを、這いずって回収した。
そして必死に狙いをつけ――結果的に、楔の気が緩んだ瞬間を撃ち抜いた。
「……勝った?」
リリィは信じられなかった。
戦闘力最上層と見ていた三人。
スカーレット、楔、ヒナタ。
その全員が――死んだ。
自分だけが生き残った。
「……っ」
自分だけが……。
「ヒナタ……」
彼女はヒナタの――死体を見た。
額から垂れる鎖。首輪の宣告以上に、事実を物々しく語る。
「ごめん……」
無邪気で、強くて……一緒にいてくれた少女。
もっと早く撃てていたら。
ヒナタが飛び出していくのを止められていたら。
――二人で逃げ出していたら。
「ごめんなさい……」
リリィはただただ、泣き崩れた。
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【初日 17:40】
【生存者: 4名】
【脱落者】
No.11 結城ヒナタ - 死因: 頭部貫通 (楔)
No.07 スカーレット・レッドフィールド - 死因: 頸椎骨折 (楔)
No.02 楔 - 死因: 頭部貫通 (遮音リリィ)
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【状態表】
【楔(封じられし刃)】
健康状態:死亡
【遮音リリィ(孤独な管理者)】
健康状態:脇腹と太腿に深い刺し傷(応急処置済み)
所持品:マルチツール、グレネード×1、プラズマライフル(エネルギー60%)
現在位置:中央森林地帯・東南東側
第一行動方針:泣く
第二行動方針:ヒナタ
最終行動方針:生存
備考:ヒナタへの感謝と罪悪感。応急処置のおかげで多少は動ける。スカーレットからライフルの使い方と異世界について聞いた
【スカーレット・レッドフィールド(紅の炎)】
健康状態:死亡
【結城ヒナタ(恐れなき笑顔)】
健康状態:死亡
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