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13:誤算の代償

---

*中央森林地帯・南側


 リリィとヒナタは、森の中を走っていた。


 追われている可能性を考え、根城である観測所には真っ直ぐ向かわない。


「あーあ、もっと遊びたかったのに」


 ヒナタは不満そうに言った。


「遊び……?」


 リリィは眉をひそめた。


 ヒナタは――まったく悪びれていない。


 あのロボットを破壊したこと。


 戦闘に飛び込んだこと。


 全てを「遊び」だと思っている。


「……ヒナタ」


 リリィは立ち止まった。


「お前、わかってるのか? 人が、死んだんだ」


「うん、知ってるよ」


 ヒナタはあっけらかんと答えた。


「それがどうかした?」


「――っ」


 リリィは言葉を失った。


 この少女は――本当に、恐怖も、罪悪感も、何も感じていない。


(この子は……危険だ)


 リリィは改めて認識した。


 ヒナタの身体能力は、異常だ。単純な比較ならアリサやスカーレットすら相手にならないだろう。


 そして――暴力への躊躇がない。


 あの戦闘で、ヒナタは何の迷いもなくゼロツーに飛びかかった。


 楽しそうに、破壊した。


(このまま、一緒にいていいのか……?)


 ヒナタは――いつか、自分にも牙を剥くかもしれない。


「遊び」の延長で、殺されるかもしれない。


「……ねえ」


 ヒナタが首を傾げた。


「どうしたの? 怖い顔してるよ」


「……何でもない」


 リリィは視線を逸らした。


「ただ、少し疲れただけ」


「そっか」


 ヒナタは笑顔で頷いた。


---


 二人は森の中を歩き続けた。


 リリィは――考え続けていた。


(ヒナタと別れるべきか……?)


 しかし――


(一人では、生き残れない)


 リリィに戦闘能力はない。


 このゲームで生き残るには誰かの力が必要だ。


 そして、ヒナタは――確かに、強い。


(でも……)


 ピーーーッ!


 突然、首輪から電子音が鳴った。


『No.01アリサ・ストームハート、死亡確認』


「――っ!」


 リリィの目が見開いた。


「アリサが……死んだ?」


 ヒナタは少し悲し気に首輪を触った。


「また、誰か死んじゃった」


 先程の支給品投入地点に居た、革鎧を着た女。


 名簿によると、幾つも死線を乗り越えた傭兵。


 その彼女が――死んだ。


(誰に……スカーレット?)


 直前までアリサと戦っていた。


 蒼が死に、一時的に戦闘は止まったが――おそらく、再び戦いが始まったのだろう。


 そして、アリサが敗れた。


「……やはり」


 リリィは拳を握りしめた。


「私は、非力だ」


 あの戦いを見るだけしか出来なかった。漁夫の利すら狙えなかった。


(ヒナタが必要だ)


 スカーレット・レッドフィールド。


 元連邦軍特殊部隊隊長。プラズマブレード使い。


「紅の炎」の異名を持つ女戦士。


(彼女と戦ったら、私は確実に負ける。戦えるとしたら――ヒナタ。それと、楔とかいう奴? 鬼神とかなんとからしいが……当てにしていいのか)


 リリィは計算し始めた。


 合理的に。感情を排して。


(生き残るためには――ヒナタに、戦ってもらうしかない)


 しかし――


 先ほどの戦闘で、スカーレットは恐らくアリサも殺した。


 その経歴に見合った戦闘能力を持つ強者。


 もし単純な身体能力の差を覆す装備や技能が有れば、ヒナタも――


(……わからない)


 リリィは唇を噛んだ。ふとコーンスープの香りが鼻を抜ける気がした。


(でも、選択肢は多くない)


「ねえ」


 ヒナタが後をついてきながら言った。


「お腹空いたな。缶詰、食べていい?」


「……好きにしなさい」


 リリィは疲れた声で答えた。


 ヒナタは嬉しそうに袋から缶詰を取り出した。


「やったー! じゃあ――」


 その時、足元で何かが弾けた。


 ヒナタではなく――リリィの足元。


「――っ!」


 リリィは地面を見た。


 ロープ。木の枝をバネにした――


 罠!


 木の枝がしなり、リリィに迫る。


 その先端には――粗削りな木の杭が、複数仕込まれていた。


 ザシュッ!


 杭が、リリィの脇腹と太腿を貫いた。


「ぁ……あっ……!」


 リリィの口から、悲鳴が漏れた。


 リリィは――木の枝に縋りつきながら、血を流していた。


 脇腹から、太腿から、赤い血が滴り落ちる。


「ああぁあぁ……っ」


 リリィの声が震えた。


 杭は深く刺さっている。激しい痛みが襲う。


「大丈夫?」


 ヒナタは心配そうに顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫じゃ……ない……!」


 リリィは必死に言った。


「お、折って……! この辺りで……」


「うん!」


 ヒナタは杭のついた枝の根元を叩き折った。


「いっ……!」


 リリィは杭が体に刺さったまま、地面に倒れた。


 痛みが――全身を駆け巡る。なんとか、これ以上食い込まないような姿勢をとる。


「うわ、血が出てるよ」


 ヒナタは無邪気に言った。


「わ、わかってる……!」


 リリィは必死に杭を掴んだ。


(抜かなきゃ……でも、抜いたら出血が……)


 彼女は孤独な環境で怪我をする事態に備え、医療知識を多少勉強していた。


 杭を抜けば、出血が加速する。今抜いてはいけない。


 しかし、このままでは――動けない。


(落ち着け……落ち着いて……)


 リリィは自分の傷を見た。


(これは……重傷だ)


 不幸中の幸いで、反対側までは貫通していないが――


 脇腹の傷は内臓に達しているかもしれない。


 太腿の傷も動脈を傷つけている可能性がある。


(このままでは……死ぬ)


「ヒナタ……」


 リリィは弱々しく呼んだ。


「なに?」


「……医療品が、必要」


 リリィは必死に考えた。


(追加の支給品に――医療品が有ると言っていた。それがあれば……助かるかもしれない)

 

 しかし――

 

(あそこには、スカーレットたちがいる。戦闘が起きたばかりだ。ヒナタを行かせれば……)


 リリィは迷った。


 ヒナタは強い。しかし――状況がわからない。


(ごめん……賭けるしかない)


「ヒナタ」


 リリィはヒナタの手を握った。


「……さっきの場所に、戻って」


「さっきの? 支給品のとこ?」


「そう……医療品を、取ってきて……」


「わかった!」


 ヒナタは即座に立ち上がった。


「待ってて! すぐ戻るから!」


 ヒナタは走り出した。


---


 森の奥――木の陰から。


 ユリア・フェルナが、罠がリリィを襲う瞬間を見ていた。


「……っ」


 ユリアは口を押さえた。


 自分が仕掛けた罠。


(こんなに……殺傷力があるなんて)


 ユリアは狩猟用の罠の依頼を受けたこともある。


 しかし、数は多くない。まして獲物に作動するのを実際に見るのは初めてだった。


(ただ……足止めできればと思っただけなのに)


 人を殺すつもりで作ったわけではなかった。


 しかし、結果は――重傷。


 会話はよく聞こえなかったが、見るからに傷は深い。


 ユリアはリリィの惨状から目を背け、木の根元にへたり込んだ。


(このままでは……あの子、死ぬ。私のせいで――)


 ユリアの心が、痛んだ。


(……医療品)


 ユリアは思い出した。


 支給品投入の通知。


 おそらく、そこには医療品があるはずだ。


(もし、それを取ってこられれば……あの子を、助けられるかもしれない)


 ユリアは――決断した。


(行こう。今は謝るより、一刻も早く医療品を持ってこないと)


 リリィは――倒れたまま、動いていない。


 ヒナタは、目を離した間にどこかへ行ったようだ。


 ユリアは支給品投入地点へ向かって、走り出した。


---


 リリィは一人、地面に倒れていた。


(ヒナタ……)


 彼女は無事に医療品を見つけられるのか。危険な目に会わないか。


 そもそも、自分の所に戻ってくる気があるのか。


 なんでも一人でこなしてきたリリィにとって、ここまで他人任せな状況は初めてだった。


 もしも罠を仕掛けた者が近くにいてトドメを刺しに来たら、打つ手がない。


 大量の出血。呼吸困難なほどの凄まじい激痛。


 杭が体に突き刺さっている、強烈な異物感。


「……っ」


 リリィは意識が遠のくのを感じた。


(死ぬ……のか……?)


 彼女の脳裏に、一人の人間が浮かんだ。


 外界から来た異物。唯一、管理室にいることを許した存在。


 孤独に寄り添ってくれた、優しい人。


(帰りたい……でも……)


 彼女は――ヒナタが戻ってくるのを待った。


 ただ、待つことしか――できなかった。


---


【初日 16:50】

【生存者: 7名】


---


【状態表】


【遮音リリィ(孤独な管理者)】

 健康状態:脇腹と太腿に深い刺し傷(杭が刺さったまま)、出血

 所持品:マルチツール、グレネード×1

 現在位置:中央森林地帯・南側

 第一行動方針:ヒナタの帰りを待つ

 第二行動方針:自力で出来るだけ応急処置

 最終行動方針:火山観測所で籠城戦術を続ける

 備考:意識が遠のいている


【ユリア・フェルナ(帰る場所の番人)】

 健康状態:良好、強い罪悪感

 所持品:無し

 現在位置:中央森林地帯・南側

 第一行動方針:支給品投入地点へ行き医療キットの取得

 第二行動方針:リリィの治療

 最終行動方針:最後まで誰も殺さない

 備考:自分の罠の予想以上の殺傷力に驚愕。ロープ、古い工具は置いて行った


【結城ヒナタ(恐れなき笑顔)】

 健康状態:良好

 所持品:缶詰(残り1日分) 、栄養剤×4

 現在位置:中央森林地帯・南側

 第一行動方針:支給品投入地点へ行き医療キットの取得

 第二行動方針:リリィの元へ戻る

 最終行動方針:最後の一人を目指す

 備考:

 

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