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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第20話 見られる側の手札

 街道には、いつも通りの朝が広がっていた。

 日差しは暖かい。

 風は弱い。

 昨日までと何ひとつ変わらないように見える。

 でも、実際には変わっている。

 勇者の夢へ差し込んだこちらの手は、向こうに認識された。

 もう一方的に観察するだけの段階じゃない。

 見ているのは、こっちも同じだ。

 私は狐面の下で小さく息を吐いた。

「京ちゃん、黙ってる」

 肩の上のサトリが言う。

「考えてるの」

「こわ」

「失礼ね」

 前を歩く悠真は、昨日より少しだけましな顔色をしていた。

 まだ本調子には遠いけれど、少なくとも夢で削られっぱなしではない。

 それだけでも意味はある。

 ただ、これで干渉が終わるとは思っていない。

「ミツネ様」

 後鬼が、私の歩調に合わせて静かに並ぶ。

「今夜も護眠符は使われますか」

「使う」

「向こうが警戒していても?」

「警戒しているから使う」

 後鬼はわずかに目を細めた。

「強く押し返すのではなく、静かに守る方向で?」

「ええ。まだ喧嘩を売る段階じゃない」

 そう。

 今はまだ、悠真を守るのが先だ。

 こちらの対処に向こうが気づいたからといって、ここで強く出るのは悪手になる。

 向こうの情報が少なすぎる。

 どこまでこちらを見ているのか。

 どこまで干渉できるのか。

 そして何を優先しているのか。

 それがまだ圧倒的に足りない。

「ねえ」

 リゼが、いつの間にかこちらに近寄ってきていた。

「昨日のあれ、本気でまずいの?」

「どれ」

「こっちの介入に向こうが気づいたやつ」

「まずいというより、面倒」

「同じじゃない?」

「全然違う」

 リゼは肩をすくめる。

「で、どうするの」

「手札を減らす」

「は?」

 今度はリゼが足を止めそうになった。

 私はそのまま歩きながら続ける。

「見せる術を減らす。効いてる対処も全部は出さない。向こうが見てるなら、こっちも見せ方を考える」

 リゼは少し考えてから、小さく笑った。

「なるほど。検査だけじゃなくて、隠しも入るんだ」

「当然でしょ」

「ちょっと楽しくなってきた」

「私は全然楽しくない」

 ガルドが後ろから声を上げる。

「おーい、何の話だ?」

「勇者の睡眠管理」

「急に細かいな!」

「細かく見ないと死ぬから」

 それで会話は終わった。

 ガルドは納得したようなしていないような顔で首をひねっている。

 悠真だけは、少しだけ気まずそうにしていた。

 自分の話をされているとわかっている。

 でも、今は口を挟まない。

 それでいい。

 昼前、小さな石橋のそばで休憩を取る。

 橋の下を流れる水は浅く、日差しを反射して白く光っていた。

 ルークは周囲を確認し、フィーナは水を汲み、ガルドはまた顔を洗い、前鬼は今度は橋の欄干に座って足をぶらぶらさせている。

 落ちろ。

 そう思ったが、落ちない。

「ミツネさん」

 悠真が少し離れたところから声をかけてきた。

「なに」

「一つ聞いてもいいですか」

「内容による」

「向こうが……その、こっちに気づいたなら」

 言いづらそうに言葉を選んでいる。

「俺、余計に危なくなったりしませんか」

 私は少しだけ黙った。

 その問いは、たぶん昨夜から彼の中にあったのだろう。

「危なくはなる」

 悠真の顔が曇る。

「でも、それはあなたが悪いからじゃない」

 はっきり言う。

「あなたを通じて向こうが来ている。だったら、対処している以上、向こうも気づく。それだけ」

「……はい」

「むしろ、気づかれたからわかることもある」

「わかること?」

「向こうがどこまで見てるか、どこまで手を伸ばせるか」

 私は水面を見る。

「黙って削られ続けるより、ずっとまし」

 悠真は少しだけ肩の力を抜いた。

 完全には納得していない。

 でも、飲み込もうとはしている。

 そのとき、フィーナが近づいてきた。

「ミツネさん」

「なに」

「昨日から、勇者様のことをずっと見ていますよね」

 率直だ。

「見てるわよ」

「それって……元の世界に連れ戻すため、ですか?」

 私は一瞬だけ、フィーナを見た。

 この子は気づいている。

 私がただの同行者じゃないことを。

 でも、全部はまだ話せない。

「それもある」

 半分だけ答える。

「それ“も”ってことは、他にもあるんですね」

「勘がいいのはリゼだけで十分なんだけど」

 後ろでリゼが笑った。

「褒められた」

「褒めてない」

 フィーナは困ったように微笑んでから、悠真を見た。

「でも、ありがとうございます」

「なんで」

「勇者様、少し楽そうなので」

 私は返事をしなかった。

 お礼を言われる筋合いでもない。

 私は私の目的のために見ているだけだ。

 ただ、間違ってもいない。

 午後も大きな戦闘はなかった。

 その代わり、二度ほど妙な違和感があった。

 音ではない。

 気配でもない。

 視線に似た、薄い圧。

 サトリも何度か耳を動かしていたから、気のせいじゃない。

 夕方、少し高い斜面の上で野営地を決める。

 今日は昨日より開けている。

 見晴らしを取った。

 隠れるより、見せる方を選んだのだ。

「昨日より風が強いですね」

 フィーナが毛布を押さえながら言う。

「でも、見通しはいい」

 ルークが頷く。

「悪くない」

 私は結界札を打ちながら、悠真の周囲だけ少し位置を変えた。

 強く守るんじゃない。

 見えにくくする。

 眠りの輪郭を薄くずらし、夢の入口を一段だけ深くする。

「昨日と違うの?」

 リゼがまた見ていた。

「少しだけ」

「やっぱり変えてるじゃない」

「向こうが見てるなら当然でしょ」

 リゼはにやりと笑う。

「いいわね。そういうの好き」

 私は札を最後の一枚まで打ち終えて、悠真の枕元に座る。

「今日は少しだけ変える」

「変える?」

「眠りの入口を深くする。向こうが表面から触るだけじゃ届きにくくする」

 悠真は真面目な顔で聞いていた。

「それで防げますか」

「完全には無理」

「ですよね」

「でも、削られ方は鈍くできる」

 そう言うと、悠真は頷いた。

 最近、この頷き方が増えた。

 全部は理解していなくても、とりあえず聞く。

 悪くない変化だ。

 夜が更ける。

 見張りの足音。

 焚き火の音。

 風の流れ。

 私は昨夜よりさらに静かに気配を沈め、悠真の眠りを追う。

 深い。

 昨日より深い。

 護眠符は効いている。

 でも、その表面を、やはり白い気配がかすめる。

 今夜は触れ方が違った。

 正面からではない。

 周辺をなぞり、輪郭を探っている。

「……慎重になった」

 私が小さく呟くと、後鬼が静かに答えた。

「向こうも様子見ですね」

 護眠符が光る。

 今度は押し返すだけでなく、少しだけ滑らせる。

 触れた先をずらし、本来の入口から外す。

 白い気配がほんの一瞬迷う。

 その瞬間だった。

 眠ったままの悠真の口が、かすかに動いた。

「……遠い」

 私は目を細めた。

 向こうの声が、届いていない。

 いい傾向だ。

 そのまま白い気配はしばらく周囲をなぞり、やがて薄く遠ざかった。

 今夜は問いもない。

 ただ、探って、確認して、引いた。

「昨日よりは弱い」

 サトリが肩の上で囁く。

「ええ」

「諦めた?」

「まさか」

 私は首を振る。

「向こうもやり方を変えてるだけ」

 つまり、こちらと同じだ。

 翌朝。

 悠真は起きてすぐ、自分で言った。

「昨日より、少し眠れました」

 その言葉に、フィーナがほっとした顔をする。

 リゼはにやりと笑った。

「よかったじゃない、検査結果」

「その言い方やめてください」

「でも事実でしょ?」

 私は荷をまとめながら、悠真を見る。

「夢は」

「白い場所はありました」

「声は?」

「遠かったです。何か言ってた気はするけど、昨日みたいには聞こえなかった」

 私は頷いた。

「なら十分」

 ルークが低く言う。

「対処は継続だな」

「そうね」

 ガルドが大きく伸びをする。

「なんか地味だが、大事なことやってる感じはするな」

「実際、大事よ」

 私は立ち上がった。

「派手に壊れる前に止めないと面倒だから」

 前鬼が欠伸をしながら笑う。

「壊れたら、その時はぶん殴ればいいだろ」

「雑」

 後鬼と私の声がまた重なった。

 少しだけ笑いが落ちる。

 その空気の中で、私は北の空を見た。

 向こうも見ている。

 こっちも見ている。

 でも、急がない。

 悠真は見つけた。

 今は守りながら調べる段階だ。

 無理に答えを出す時期じゃない。

 少しずつでいい。

 触って、確かめて、ずれを見つける。

 この世界は――

 管理の修正手順まで、雑すぎる。

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