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9 復讐

 風鈴の音が聞こえる。


 赤井は、またあの時の事を夢に見ているようだ。赤井の彼氏、笹島がヴァンパイアの悪夢んによって絶命し、泣き叫ぶ赤井。最期の声を振り絞り、赤井に逃げるよう告げる笹島。笹島の体を無我夢中で抱き抱える赤井。ヴァンパイアの悪夢んは、血の通わない表情で二人を見下ろしている。

 チリン。

 風鈴の音が聞こえて顔を上げる赤井。すぐ側に、全身藍色のタイツに黒色のシルクハットを被り、黒色でボロボロのマントを付けた人が立っていた。左手には、優雅に泳ぐ金魚がデザインされた江戸風鈴を持っている。その人の左肩には茅色のアライが乗っていた。赤井はその人物に目が釘付けになり、風鈴の音色に心が支配されていくような不思議な感覚になる。

 チリンチリン────。




 赤井が目を覚ますと、右頬に絆創膏をつけた緑がじっと見つめていた。


「大ちゃん、起きた?」


 赤井が上半身を起こし、辺りを見回す。赤井の家の寝室だった。緑の後ろには、不安そうに心配している青戸と、不機嫌そうに腕を組む桃野が立っていた。


「良かったです……意識が戻って……」


「ちょっとぉ、アンタ運ぶの超大変だったんだから」


「え? 運ぶ……? アレ! そういえば、ヴァンパイアの悪夢んは?!」


「黒色タイツのSOGIESC(ソジエスク)が現れて、そっから消えたわよ」


「俺達の他にもSOGIESC(ソジエスク)が来てくれたのか?その人が追い払ったって事か?」


「はい……。でも、その人が言うには、運良く消えてくれたみたいだって……。赤井さんも見てるはずだけど、記憶……無いですか……?」


「祐……。すまん。そのSOGIESC(ソジエスク)の事は覚えてないみたいだ」


「大ちゃん、一度目覚めた後、またすぐ倒れて気を失ったんだよ。俺は祐くんに何とか支えてもらいながら、大ちゃんは薫さんにおんぶされて、ここまで帰って来たんだよ」


「カオルンルンが?! オオオ俺、重かったですよね?」


「何なの、その反応……。重かったわよ。筋肉、少しは減らしたら?」


「や──、それはちょっと……」


 ポリポリと頭をかく赤井。緑の肩に乗っていたアライが、口を開いた。


「大よ、もう体は大丈夫なのか?」


「んー……まだ鉛みたいに重いけど、筋トレすれば戻るだろ?」


「ふっ。大らしいのぉ。…………じゃが、お主はもうSOGIESC(ソジエスク)を辞めろ」


「え?」


 突然のアライの言葉に一同目を丸くする。


「お主はヴァンパイアの悪夢んと会遇し、その憎しみから正気を保てなくなり、お主自身が悪夢んを産み出そうとしていたのじゃ。その様な者はSOGIESC(ソジエスク)にはなってはいかんのじゃ。……お主は普通に生きて、普通の幸せを得る権利もある。SOGIESC(ソジエスク)として生きる事が全てではないじゃろ……」


「……アライ……お前なら俺の事分かってくれてるって思ってた……。けど違った。──俺にとって、SOGIESC(ソジエスク)として生きる事が全てだ。正太を殺した悪夢んを俺の手で殺す。そう誓ってSOGIESC(ソジエスク)になったんだ。正太の事を思い出さない日なんて一日も無かった……。あんな悲劇を経験したんじゃ、俺は普通の生活になんて戻れねーよ……。もし俺が悪夢んを産み出そうとしたら……みんなで俺を殺してくれ。お願いだ。俺に、復讐を果たさせてくれ……」


 重く、悲しい空気が辺りを包む。

 赤井がSOGIESC(ソジエスク)になった理由を初めて知った一同。大切な人を悪夢んによって失い、同情する気持ちもあるが、ヴァンパイアの悪夢んの凶悪さを身を持って体験した各々は、言葉が出ずにいた。そして、もし赤井が悪夢んを産み出した時、果たして自分達で対処できるのだろうかと後ろ向きな考えが、更に空気を重くした。

 そんな重い空気の中、口を開いたのは緑だった。


「大ちゃん……。大ちゃんの気持ちはよく分かった。俺もヴァンパイアの悪夢んを放っておくつもりはないよ。だけど、今の俺達じゃ、あの悪夢んには手も足も出ない。……もっと力を付ける必要がある。だから、強くなろう。みんなで。みんな、大ちゃんの事が大好きだから、大ちゃんを殺すなんて事絶対にしないよ」


 青戸は小さく、しかし緑の言葉を噛み締めながら頷いている。桃野は「当たり前よ。勝手に死ぬのも許さないから」と言ってそっぽを向いた。


「みんなぁ……」


 赤井の目頭が熱くなる。緑が赤井に優しい笑顔を見せる。先程の空気が嘘のように、温かい雰囲気に包まれている。涙目の赤井が、ふとアライを見た時、既にアライは大粒の涙を流していた。


「大よ……お主は良い仲間を持ったな……。ワシが馬鹿じゃった! あんな事を言って、すまなかった……」


「いいや。アライは俺達の事を心配してくれたんだよな。俺のほうこそ悪かった。だから、泣くなよ」


 赤井の手がアライの涙を優しく拭う。


「泣いとらんわい!」


 アライがバサバサと翼を広げる。


「それより、お主らがもっと強くなるよう、ワシがみっちり修行をつけてやるから覚悟せい!」


「修行って、またアレやんのかよぉ〜」


「大ちゃん、やった事あるの?」


 赤井は、げんなりしている。


「望むところよ」


「よろしく……お願いします……」


 桃野は腕を組み、青戸はアライに礼をした。

 さっきまで泣いていたアライは、今度は目から炎を燃やすほど、やる気に満ちている。


 赤井達の修行が始まる。

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