10 吉書の奏
赤井の家。リビングのテーブルを端に寄せ、赤井、青戸、緑、桃野は半切を使い、広くなったリビングの床で書き初めをしている。アライは教師のようにちょこちょこと歩いて、それぞれの様子を見守っている。
「一角一角に真心を込めるのじゃ。お主らの技"四言"とは、四つの漢字が合わさって出来ておる。その意味、言葉の響き、技の能力、それらを深く知る必要がある。じゃから、ます初めに行う"吉書の奏"が打ってつけなのじゃ! ッコラ! 大め!! お主、また筆を持ったまま寝るな!」
アライは虹色の嘴で、赤井の頭をつつく。
「いてっ! だぁ──もう! 俺は勉強とか習字とか懲り懲りなんだよ! 何で大人になってまで習字させられなきゃなんねーんだよ!」
「お主だけじゃぞ、文句を垂れとるのは。ほれ、周りを見てみろ」
アライが嘴をクイっと曲げる。青戸、緑、桃野は背筋を正し、黙々と吉書の奏に励んでいる。
「ほほぅ。祐よ、お主の字は魂が震えるようじゃ」
青戸は俯き、重たい前髪で目元は隠れているが、嬉しそうに頬を染めている。
「あーん。アタシも無理かも。肩凝るわ、これ」
「まあまあ薫さん。俺達の修行、始まったばかりなんだから、一緒に頑張っていこうよ」
「メガネが肩揉んでくれたら、頑張れるかも」
「仕方ないなぁ」
緑が桃野の肩に触れようとした時、すかさず赤井が割って入る。
「龍二郎、気安くカオルンルンに触るんじゃねー! 俺の許可取ってからにしろ!」
赤井の大好きなアイドル、桃野薫。赤井は、神の如く桃野を崇拝している。
「何よ、赤井。アンタ、アタシの彼氏でも何でもないでしょ。アタシがメガネにお願いしてるんだからいいのよ。邪魔」
「ガ──────ン……」
赤井は桃野に煙たくあしらわれ、酷く落ち込んでいる。
「ふふっ。可愛いなぁ大ちゃん」
赤井達がおしゃべりしている横で、青戸は手を止めず吉書の奏を続けている。次第に、青戸の周りから青色のオーラが現れる。
「むっ。驚いたのぅ。これほど早く覚醒するとは……」
アライが唸る。赤井達も青戸の変化に気付き、注目している。
青戸の書いた字も、青いオーラを纏いユラユラと揺れ始めた。次第に半切から文字が浮かび上がり、宙を舞った。数秒間青戸の周りを漂った後、泡の如く消えていった。
「これは"竜門"といってじゃな、極限の集中状態になると自身からオーラが出るようになるのじゃ。オーラには二種類の効果がある。一つは、四言の能力を倍にする。もう一つは、祐の積水成淵のようにオーラで敵の攻撃を守る。攻守揃った便利な力じゃが、竜門はベテランのSOGIESCでも五分が限界じゃ」
「すげぇー……」
赤井の声が漏れる。桃野や緑も青戸の竜門に心を奪われていた。
「ふぅ……」
青戸が小さく息を吐くと、青色のオーラは消えた。
「なあなあ祐! さっきのどうやったんだよ?」
赤井が青戸の肩を掴み、キラキラした瞳で質問する。
「え……?何のことですか……?」
青戸は小首を傾げる。青戸には、先程の出来事は眼中に無く、ただひたすらに己の四言と向き合っていたのだ。
「アライ! あんなカッコイイ事出来るなんて、何で最初から教えてくれなかったんだよ?!」
「お主は最初からやる気も無く、ワシの説明をちゃんと聞いとらんかったろ。初めての時にワシは言ったぞ」
「くそーぅ! 俺も文字を浮かしてやるっ!!」
赤井は鼻息荒く、筆を手に取る。
「おいおい。大よ、目的を忘れるでないぞ。吉書の奏とは、己と向き合うのが大切なんじゃ。文字を宙に漂わせるのが目的じゃないぞ」
アライの言葉は赤井には聞こえていないようだ。
「全く……」
アライが深く溜息をつく。赤井の真剣な表情を優しく見つめる緑。そんな緑をボーっと見つめる桃野。青戸は再び黙々と吉書の奏を続けていた。
一週間後には緑が竜門を習得し、更にニ週間後には桃野も習得した。
赤井は未だに習得出来ずにいた。他の者が竜門を習得していく中で、取り残されて焦る赤井。復讐の為に強くならなければいけないのに、成長できていないのではないかと自分を責めていた。吉書の奏の目的を忘れ、悪循環に陥っていた。
緑はそんな赤井の様子を見て、散歩に行こうと誘った。




