6 アイドルの底力
物陰から出てきた人物、それは赤井だった。肩にはアライも乗っている。
「あらマッチョさん」
「カオルンルンの事大好きなんだねぇ〜」
神宮寺、早見は割と歓迎ムードだ。
「カオルンルン、申し訳ないけど、今日はボディガードとして俺も一緒にいさせてくれないか?」
「はぁ? アンタ、ストーカーなの? 結構よ。アタシ達三人居るから」
「恐らく今日辺り……悪夢んがお主らを襲うかもしれんのじゃ……」
「アハハ! 小鳥が喋った??」
「よく出来たオモチャですわねぇ」
桃野は絶句している。
「ワシはアライじゃ。悪夢んとは──
「カオルンルン、誰と話してるんだ……?」
黒いモヤが全身を包み込み、人の形をした何かが突如、桃野の背後から現れ、語りかけて来た。
「「キャ────」」
神宮寺と早見は恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込み、桃野は蛇に睨まれた蛙のように動けずにいる。
「マズイぞ!」
「「成!!」」
赤、青、緑の全身タイツが、桃野、神宮寺、早見を抱え、黒いモヤと距離を取る。
「大ちゃん達の話が終わる前に、まさか登場する事になるとはね……」
「赤井さんが話を付けてから、ぼく達も出てくる予定でしたけど……こんなに早く悪夢んが現れるなんて……」
「龍二郎、祐、ありがとな!」
「アンタ達、何なのよ……。そのダサい格好……」
「俺達はSOGIESCだ!」
「薫さん達を守りに来たヒーローさ」
緑が、震える桃野の肩にそっと手を置いた。赤井の肩に乗っていたアライも、桃野の肩にちょこんと乗った。
「案ずるな、カオルンルンよ」
「大丈夫。大ちゃん、超強いから」
「念の為、バリアを張らせてください……。積水成淵」
桃野、神宮寺、早見にシャボン玉のベールが包む。
「何ですの、これ……」
「少しの攻撃なら、これで凌げます。ちゃんと息も出来ますから……」
「ありがとう」
早見は涙目ながら、青戸にしっかりと礼を告げる。
「いえ……」
青戸の頬が紅潮する。
「カオルンルンと俺は付き合ってるだ……誰にも邪魔させない……カオルンルンは俺のものだ──!」
咆哮と共に黒いモヤは上昇し、それは体長十メートルを超える大蛇の悪夢んとなった。あんぐりと口を開け威嚇する。
「祐、龍二郎、援護頼む」
「はい……」
「ああ」
赤井は大蛇に向かい、真っ直ぐに突進する。青戸、緑は左右に散り、方々から援護射撃をする。
「水滴石穿」
「二河白道」
大蛇の悪夢んは、素早く屈み左右からの攻撃を回避する。そこへ赤井が大剣を突き出し、悪夢んに迫る。切先からは火花が散る。
「はあああ火牛之計!」
大蛇の悪夢んは、瞬時にソフトクリームのような形になり、赤井からの攻撃を耐えた。
「こいつ、素早い……」
大蛇の悪夢んは、一瞬のうちに赤井を捉えて巻き付き、赤井を拘束する。そこへ大きく口を開け、紫色の毒ガスを吐く。
「マズイッ!」
「しまった! 大ちゃん!!」
緑は赤井の元へダッシュし、青戸は水滴石穿で悪夢んを怯ませ、赤井を悪夢んの拘束から解いた。
赤井は緑にお姫様抱っこされ助けられたが、毒ガスを浴びて身体が痺れている。
「ん〜。無抵抗な大ちゃん……。いいねぇ」
緑は、赤井を抱き抱えズレた眼鏡を整える。赤井は身体の痺れで苦悶の表情だ。
「緑さん!」
青戸が叫ぶと同時に、大蛇の悪夢んが大きく口を開け、そこから小さな蛇が続々と滝のように溢れ出て来る。
「おっと」
緑は赤井を抱き抱えたまま、軽やかなステップで小型の蛇を避ける。しかし、背後に大蛇の悪夢んがいる事に気付かず、緑、赤井は悪夢んに拘束される。
「やっちゃったね……」
緑は小さな声で呟く。
「緑さん! 赤井さん!」
青戸は駆け寄ろうとしたが、小型の蛇が青戸の足首を咬んでいた。
「痛っ……」
青戸は痛みと同時に蛇の毒が回り、痺れて動けなくなる。
神宮寺、早見の足元にも小型の蛇が大量に絡み付き、積水成淵を破り、二人の足首にも咬みついた。二人は恐怖におののいていたが、あっという間に痺れて気を失った。
「やっと二人きりになれたね、カオルンルン」
「ワシもいるんじゃが」
「ずっと、この時を待ってたんだ。寂しかっただろう。待たせてごめんね」
黒いモヤを纏った歪んだ表情に、引き攣った笑顔の男性。アライの事は認識していないのか、全く反応していないようだ。
カオルンルンの名前を書いた鉢巻に、カオルンルンのTシャツに、カオルンルンのうちわをリュックに挿してる桃野のファンだが、狂気に満ちている。
「……許さない」
下を向き、手を震わせる桃野。
「どうしたんだい? 二人きりになれて、照れてるんだね」
男性が桃野の肩に触れようとし、その手を振り払う桃野。
「アタシの大切な仲間を、アタシ達の事を応援してくれるファンを、アタシ達の事を懸命に守ってくれた人達を傷付けるなんて……。いくらアンタがアタシ達のファンでも……いいえ。アンタなんか性格がひん曲がった乱暴者よ! これだけ沢山の人を傷付けておいて、何笑ってんの? アンタのその腐った根性、叩き直してやる!」
覇気溢れる桃野の言葉にたじろぐ男性。アライがニヤリと微笑む。
「カオルンルンよ。お主もSOGIESCとなり、悪夢んと戦う意思はあるか?」
「もちろんよ!」
「よかろう。手の甲を出すのじゃ」
桃野は右手をアライの前に出し、虹色の嘴が触れる。
「式典完了じゃ」
「成!」
桃野は、全身ピンクのタイツに、およそ三十センチの紫色に輝くテディベアを右手に抱えている。金髪のツインテールが揺れる。変身した桃野に、大蛇の悪夢んが反応し、赤井と緑を投げ捨て襲い掛かる。
悪夢んに背を向け、桃野が唱える。
「敬天愛人」
悪夢んの頭上に、悪夢んの二倍以上の大きさのテディベアが突如現れ、落下した。素早い悪夢んが反応できない程の、僅かな出来事だった。塵に消える悪夢ん。
桃野は男性に相対し、思い切りビンタする。パァン! と乾いた音が響く。
「言っとくけど、アタシ、アンタと付き合ってなんかないから。目、覚めた?」
男性はぼーっとしているが、邪悪さは無く、瞳には光が差していた。
「アタシ達がどんな思いでアイドルしてるか、アンタには分かんないかもしれないけど、生半可な気持ちではやってないの。今度、アタシの大切な人達を傷付けたらタダじゃおかないから。覚悟しな」
悪夢んを倒した事により蛇の毒も消え、皆すっかり回復した。早見は泣きながら桃野と神宮寺をキツく抱きしめた。それを見守る赤井達。ふと、桃野が赤井達に気付き「ちょっとぉ、アンタ達弱過ぎ! メガネ、マッチョさん超強いとか言ってたわよね? 口先ばっかりじゃない」と毒舌を吐く。赤井達は言葉も出ない。
「でも、ありがと。アンタ達が来てくれなかったら、奈々美んや天音っちとこうやって抱き合えてなかったかも」
頬を赤らめながら、照れ臭そうな桃野。
「カオルンルン……!!」
赤井は瞳をウルウルさせて喜んだ。子犬のように。