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基礎から始める剣術研修(6)『史上最悪のからだ』

賢者の弟子が身体を起こすと、近くに小人の弟子が座っていた。

やっぱり責任を感じているのだろう。

前に自分が使っていた身体を物の見事にバラバラにして、俺を殺しそうになったのだから、当たり前といえば当たり前か...


「この世界に来たのって今日からなんだよなぁ」


声をかけると、小人の弟子はびっくりしたのか肩をビクッとさせて振り返る。


「今日って言っても、

 こっちの世界って時間の感覚がないから、

 もう4日か5日は立ってると思う」


小人の弟子は小さくうずくまって話す。


「ああ、そっかぁ。

 こっちの世界は夜がこないからなぁ。

 水の精霊のおかげで体力も回復されて、

 寝る必要もないし。


 俺らの世界じゃ完全にブラックな世界だよな」


賢者の弟子の「ブラックな世界」という言葉を聞いて、ほんの少し小人の弟子は笑みをこぼす。

そりゃ、そうだ。24時間休まず延々と研修可能。

これがもし仕事だとか考えると吐き気がする。

でも、実際ゲームの中の主人公や漫画の中の主人公は余裕で24時間休まず戦ってたり冒険したりしてるんだから、異世界とはそういう物なのかもしれない。


「夜がこないかぁ。

 この世界には星空ってないのかなぁ?」


「・・・星空」


賢者の弟子は空を見上げる。

雲ひとつない真っ青な空。

夜がこないから見たことないが、

星空というのは、あるんだろうか?


「そういや闇の世界ってのがあるから、

 そこなら星空が見えるかもなぁ」


「・・・闇の世界なら、星も見えないんじゃない?」


「ああ、そっかぁ。

 闇だから星もないかも・・・」


自分たちはこの世界の事を知らなさすぎる。

魔法も科学も発展したこの世界。

わからない事の方がまだ多い。


「あっ・・・」


小人の弟子の視線を追ってみると、リックが泥の中にダイブして倒れている。


・・・そういえば、まだ剣術訓練の真っ最中だったっけ?


「今これ何試合目?

 っていうか、何回ぐらいオーガと戦った?」


賢者の弟子は小人の弟子に確認すると、小人の弟子は振り返らずに指を4本立てて手をあげた。


「4試合目?それとも・・・」


「みんな4回目よ。

 ミエさんだけ、良い所まで行くんだけど、

 他の人はオーガさんに遊ばれておしまいって感じ」


「そっかぁ・・・オーガ倒せないか...」


って、いやいやこの戦いはオーガを倒すのが目的じゃないし。

なんでみんなオーガに拘ってんだ?


「ミエさん以外は、

 オーガさんの背後に行くこともできてないし、

 オーガさんを動かす事もできてないわ」


・・・動かす事もできてない?それはおかしいだろ?


「どうしてそんな状況が生まれてんだよ。

 一歩も動かない相手の背後にも回れないなんて、

 おかしすぎだろ?」


小人の弟子はめんどくさそうな表情を浮かべて、賢者の弟子の方向に振り返る。


「次、ハルさんが戦うから見てればわかるわ」


・・・まぁ、百聞は一見にしかずか...


オーガの少し前にハルが立ち、その背後に見慣れない男が立っている。


「んっ、ハルの魔法士やってんの誰?」


「研修生たちだけで、

 回していくと魔力切れになっちゃうからって、

 魔法士は契約者がやってくれる事になったの。

 

 だから、次にあなたがやる場合は、

 エルフの賢者様が魔法士をやってくれるはずよ」


「へぇ〜、そんなルール変更があったのか。

 なら断然、俺たちの方が有利なんじゃないか?」


「ええ、有利に...ね。


 始まるわよ」


小人の弟子の歯切れの悪い返事を聞き、すぐにハルとオーガの剣術訓練に視線を向ける。

オーガが横に剣を払うと、まるで剣からビームがでているかのように草原の草が揺れハルへと向かう。

すぐにハルの後ろにいる魔法士が魔法を放ち、それを止めようとするが、オーガが魔法で応戦している。


・・・いまのうちにオーガの背後に回れば...


ハルはじっとしていて動かない。

むしろ後ろに下がっている。


「おい、どうしちまったんだ?

 なんであいつ後ろに下がってんだよ?


 今が攻めるチャンスだろ」


「この角度からだとわからないかもしれないけど、

 風魔法で押されてるのよ」


「押されてる?」


「そう。

 前に立つとわかるんだけど、

 風魔法が展開されてて、後ろに押されるのよ。

 それを堪えるのがやっとで、前に進めないの」


・・・


「それってどうにもできないのかよ」


「ミエさんは風魔法を使って空に逃げてるけど、

 私たちじゃまだそんな事もできないから」


・・・そっか、ミエさんは文字も読めるぐらいだもんなぁ

エルフの街で空を飛ぶ練習とかもちゃんとしてたんだろうな。


「オーガのやつ、

 もしかして手加減なしって感じなのか?」


「あれでもかなり手加減してるわよ。

 ミエさんとやる時なんて、

 魔法で打ち合ったり、空中で戦ったり、

 本当に凄いもん」


「・・・ミエさんってどんだけ予習してきてんだよ」


小人の弟子の話を聞き、苦笑いしかでてこない。

徐々に風に追いやられて立つことさえ困難になっていくハル。


誰の目からみても、ハルの負けは確定だった。


賢者の弟子は立ち上がって腕を降り、足を動かしてみる。


「さっきは全然動かなかったけど、

 大分動くようになったな。


 ただ、なんか身体が重くなって気がするんだが、

 きっとラボの連中がなんかいじったんだろう」


息を大きくすって、ゆっくり吐く。


「呼吸も正常。脈も頭痛がないからきっと血圧も問題なしっと」


「なに、今の見て挑戦するの?」


小人の弟子が、賢者の弟子が後ろで身体を動かし始めたので聞くと、賢者の弟子は


「さっきから視線が痛いんだよねぇ。

 うちの賢者様はドSだからよぉ」


小人の弟子は返す言葉を失ったようで、あっちにいけと手を立てに振る。


「まぁ、確実に負けるとは思うけど、

 ちょっとはみんなの為になるようがんばってくるわ」


賢者の弟子は近くにあった剣を取り、エルフの賢者の元へ足早にむかった。





「話はもう済んだの?」


エルフの賢者の嫌味たっぷりの質問に、賢者の弟子は頷きだけで返す。


「そう。それじゃオーガにもう終わらせるように伝えるわ」


「ああ、頼むわ」


賢者の弟子が返事を返すとすぐにオーガが一歩踏み出しを剣を振るう。

ハルはその剣から繰り出された風魔法で後方へ飛ばされ尻餅をついてダウンする。


・・・ああ、リックもああやって泥にダイブしたのか...


ハルの倒れた姿をみて、数分後の自分の姿を見ているようでため息がでる。


「身体はちゃんと動かせてるみたいね」


「それなりには動くようにはなったと思う。

 ただ、前みたいに飛んだり跳ねたりは、

 この身体だときついかなぁ」


「慣れれば、前みたいに動かせるようになるわ」


エルフの賢者は賢者の弟子の返事が嬉しかったようで、笑みを浮かべるが賢者の弟子には、「慣れれば前みたいに」という言葉が妙にひっかかった。


「賢者様、もう大丈夫なんですかぁ?」


オーガが大きな声でエルフの賢者に呼びかける、エルフの賢者はにっこりと微笑む。

賢者の弟子はそのエルフの賢者の笑みを見て大きく肩を落としてため息をつく。


また、これひどい目にあうフラグだな・・・




草原の真ん中でオーガと顔を合わせると、オーガは腕を組んでニヤリと余裕の笑みを浮かべる。


魔法士の賢者様は、きっと何もしてくれないだろうし、

俺は魔法が使えないから、完全に無理ゲーなんだけどなっ!


オーガの余裕の笑みを見て、心の中でオーガに愚痴を言う。


オーガは位置を動かない。

賢者の弟子はオーガと距離を取り、オーガが構えるのを待つ。


まさかとは思うけど、どしょっぱなから魔法でドーンとかないよな。

また手足ちぎれるとかマジ勘弁だぜ。


ーー安心しなさい。今回のその身体はオーガクラスの魔法でも傷一つつけられないわ。


・・・マジ?


ーー本当よ。その身体の強度は私がちゃんと試してきてるから。


・・・本当に、本当に、本当に、大丈夫?


ーーしつこいわよ。その身体なら大丈夫。オーガとちゃんと打ち合ってきなさい。


開始直前のエルフの賢者の助言で、勝ち筋がほんの少し見え、笑みを浮かべる賢者の弟子。身体の強度が上がって、魔法に耐えられるというのであれば、なんとか自力でオーガに近づいて剣で勝負するだけだ。


利き腕の右腕剣を構え、オーガを睨む。


「んっ、なんか良い表情になったじゃないか。

 その身体気にいったのか?」


「対オーガ専用の賢者様特別チューンだぜ」


「ほう。そんな面白い身体なのか、

 それじゃ、早速行ってみようか」


オーガは話終えると剣を構える事なく、賢者の弟子の正面に飛ぶ。

賢者の弟子は虚を突かれ、剣を横に防御の構えをとるが、オーガの右拳が賢者の弟子の身体を宙へ跳ね上げた。


「ぐっ・・・いてぇぇぇぇぇ」


「おっ、この一撃を堪えるのか?」


宙を舞い痛みで顔を歪める賢者の弟子、オーガはそれを見て驚きの表情を浮かべると、高飛びのベリーロールのように飛び上がって、身をよじり賢者の弟子に後ろ回しげりを加えた。

オーガの蹴りを受け地面に地面に叩きつけられた賢者の弟子は、地面に額をつけ悶絶していた。


「ボヘッ・・・くっ...」


・・・いてぇなんてもんじゃねぇ...意識が飛びそうになった。

ちょっ、賢者様!

この身体って強度かなり高いんじゃなかったのかよ?


地面に顔をうずめた状態でチラッとエルフの賢者の方を見ると


ーーちゃんとオーガの一撃を堪えられたでしょ?


いや、超痛い。もう意識とか飛びそうなぐらい痛い。


ーーそりゃ痛いわよ。強度が高いってだけですもの


えっ?!普通強度が高いと痛みなんかも感じないとかになるじゃないのかよ?


ーーそんな訳ないでしょ。強度が高いのと痛覚とは全く別の話よ。


・・・痛みも感じないで済むように作れよ。


ーー痛みも?そんな事したら、あなた触覚や圧覚まで麻痺して剣を持っても何も感じない。地面を歩いても何も感じない状態になるわよ。


なんでだよ?俺らの世界では防御力あげれば痛みはなくなるんだぞ。


ーーそれ物語の中のゲームの話でしょ?現実はそんなに甘くないわよ。


やべぇ、これ完全にやべぇって!

強度だけ高くて痛みは感じるとかマジで死ぬ!

こんなん完全に拷問用の身体じゃん!


ーーちゃんと脳も強化してあるから、簡単には意識を失わないわ。だから安心してオーガと戦いなさい。


賢者の弟子は両腕の力を振り絞って立ち上がる。


オーガは賢者の弟子の身体を見て、


「すげぇなその身体。


 俺のワンパンと蹴りをまともに受けて、

 ヒビ1つ入ってないなんて、

 正直ショックだぜ」


と真剣な顔で話す。


賢者の弟子はこれから起こる拷問の時間を想像し苦笑いを浮かべて地面に落ちていた剣を拾った。

深呼吸を一度して、空を見上げる。

雲ひとつない青空。

こんな日は草原で横になって昼寝をしていたい。


「おいっ、準備はいいか?」


ほんの少しだけ現実逃避をしようとしていた賢者の弟子をオーガの一言が現実へと戻す。


「くっそぉ、オーガ。

 おまえ剣士じゃなくて本業は武道家かよ!


 俺の身体は超頑丈だから、

 本気でやって、早く終わらせてくれ」


賢者の弟子は本気で早く終わらせてほしいと思い口にした言葉を、オーガは汲み取ったのか、すぐに賢者の弟子の腹部に右腕で一撃を入れ、くの字になった賢者の弟子の背中めがけて左腕で地面に叩きつけるが、それでも賢者の弟子の身体には傷ひとつつかない。


くっ...苦しい...


地面に顔面を打ち付けたというのに、鼻の骨も折れてなければ鼻血も出ていない。オーガは賢者の弟子の身体を掴んで、強引に立たせると顔面めがけて左腕で激しく殴りつける。鈍い音とともに賢者の弟子の顔は激しく歪むが、あごも歯も頭蓋骨もビクともしない。


ぐっ....いてぇ...


「おいおい、マジかよ」


オーガはその強度に驚き、続けざまに何発も賢者の弟子の顔面めがけて拳を打つが、傷ひとつつかない。


「これは、さすがに俺の方がショックだぞ」


...早く俺を倒してくれ...


賢者の弟子を宙に投げ、落ちてきたところめがけて蹴り上げる。

そしてまた落ちてくるところに回し蹴りを加え、賢者の弟子の身体を蹴り飛ばす。


...くそぉ、マジいてぇ...なんだってこんな痛い思いしないといけないんだ...

おかしいだろ...なんでこんな痛い思いして意識も切れない...

くそぉ...ドS魔女がぁ...


賢者の弟子の意識は攻撃してくるオーガよりも、この身体を用意したエルフの賢者に向いていた。

前と同じ身体なら、最初の一撃目で意識を失って終わっていた。

しかし、この強度だけ高い身体では意識も失われないし、身体も壊れない。

いつまでも攻撃を受け続け、痛みを味わうだけの状態だ。


オーガは自身の腕を土魔法で強化し、さらには風魔法で攻撃力をあげる。


何発も殴られたのに、顔は一切腫れていない。

周りの研修生から見れば、魔法の使えない賢者の弟子に対して、オーガが手加減をする為に素手で攻撃しているように見えるが、実際にはオーガが本気を出し、賢者の弟子はその痛みを必死に耐えている。


賢者の弟子は自分の顔を手で触れて確認し、笑みを浮かべて立ち上がる。


「おお、壊れちまったか?」


オーガが眉を細めて賢者の弟子に問いかけると、


「ああ、ほんと笑えるよなぁ。

 

 つい最近まで、

 俺は持病で運動するとすぐに内出血しちまって、

 いつもベッドの上か椅子に腰掛けるだけの生活をしてたんだぜぇ。


 それが、今の俺をみろよ。

 どんだけお前に殴られても、

 蹴られても内出血どころか擦り傷ひとつしてねぇ。


 思わず嬉しくなっちまうよ」


「はぁ〜、おまえ痛くないのか?」


「ああ、くそいてぇ、無茶苦茶いてぇよ。

 ほんと、すべてを投げ出して逃げ出したいぐらいだよ。


 でもよ。

 後ろに立ってる怖いうちの賢者様がそれを許してくれねぇし、

 ここまできたら、俺だって引き下がれねぇんだよ」


「なかなかいい目になったじゃないか。

 それでこそ、倒しがいがあるってもんだ」


賢者の弟子は腹をくくる。

この身体は絶対に壊れない。

意識を失うこともない。

死ぬこともない。


自分はただ痛みに耐えればいい。


オーガの体力が尽きるか、魔力が尽きるか、

それまで俺は何度倒れても、立ち上がり続ければいい。


「いくぞぉ!オラァ!」


次話「基礎から始める剣術研修(7)『成剣せいけん』」

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