暗闇の中で。(7)
携帯電話で時間を確認する。
もう下校時間だ。
賢者様はまだ、魔方陣を書いている。
話しかけてもガン無視状態。
水の精霊も話をするのは、結構力を使うらしく、
今は、自分の身体の治療をしてくれている。
なんでも、肝臓と腎臓が結構痛んでいるらしい。
おそらくは、薬が原因だ。
暗い防空壕の天井を見上げてため息をつく、
何度も何度もため息をついていると、お腹の虫が声をあげる。
この空腹は、水の精霊でどうにかできないのかな?
空腹ってのは、無理だよな。
できれば、別世界に行く前にスカキアのラーメンを食べておきたいな。
ああ、この世界での心残りが1つ思い浮かんでしまった。
あの特製ラーメンを、もう一度食べたい。
「スカキアのラーメンは、確かにおいしいわよねぇ」
急に返事が返ってきて、思わずドキッとした。
って、スカキアのラーメン食べた事あるのかよ。
「もちろん食べた事あるよぉ。
この世界には何回も来てるし、
この世界で美味しい物をリストアップしてから、私は来てるもん。」
別世界の賢者様がスカキア・・・想像するとちょっと笑える。
って、こっちの世界で何か食べる時ってお金とか必要じゃん。
賢者さまとはいえ、こっちの世界のお金とか簡単に用意できるものじゃないでしょ。
「お金なんて簡単よぉ。
魔法でちょちょいと同じ物を作ればいいだけだしぃ」
いやいや、それ犯罪だから。
この世界では完全に犯罪だから。
「犯罪って言われてもねぇ。
この世界の人たちに私を裁く事ができるのかしらぁ?
私がこの世界の生物全てを裁く事はできるけどぉ」
・・・ああ、そうね。人間には無理なんだろうね。これ、本当にダメな賢者だ・・・
「スカキアって、やってる場所が少ないじゃない。
今回、君以外にも候補がいたんだけど、
スカキアのある地方じゃなかったから、
君を優先してあげたんだよぉ」
思わず笑ってしまう。
何、その理由?
自分が病気から解放されたのって、スカキアのおかげ?
賢者様は「クスッ」と鼻で笑い、違うよぉっといった感じで顔を振る。
「でも、今日はもう無理かなぁ。
君が意識失ってる時間が結構長かったから。」
「そっか。俺がもう少し早く起きてれば、2人でスカキアに行けてたって事か。」
「行けてたかもねぇ。
でも、すぐにまた戻ってくるから、一緒に食べにいけるわよぉ」
ーーえっ?!
「そりゃぁそうでしょ。ずっと働くって訳でもないんだし。
休みの日は基本自由よぉ。
こっちの世界に戻ってくるのには、
いくつかのルールを守る必要はあるけど、
ルールさえ守れば、休みの日は自由に行き来できるわよぉ」
・・・別世界に行ったら、2度とこの世界に帰ってはこれない・・・
漫画とか、ゲームとかでも、異世界物や召喚物は普通はそれが基本じゃない?
その暗黙のルール、やぶっちゃうの?
いいの?そんな事?
「行き来できないと、私はどうやって帰るのぉ?
それに召喚できるって事は、必ず元の世界に戻す事も可能なはずよ。
返せないとか言うのは、ただの物語のご都合主義でしかないわぁ」
賢者は笑みを浮かべながら魔方陣を書く。
「君が想像している異世界って物とは、
私達から見ると、かなりおとぎ話かなぁ」
賢者は、ちらっとこちらを心配そうな目で見てくる。
「例えばの話なんだけど、
君はエルフって聞くとどんな生き物を想像する?」
頭の中でエルフを想像してみる。
最初に思い浮かんだのは、エルフ=美人。
エルフ、耳が人間よりおっきい、金髪の白人、羽。
森の中で暮らす?自然を大切にする、魔法が使える。
「ああ、もういいよぉ。
完全に間違ってるからぁ。
私、これでも元はエルフ族なんだよぉ」
ーーエルフ・・・?!?!
「本当よぉ。」
改めて賢者の顔をじっと見る。
エルフは美人というこの世界の定説はどうやら正解だったらしい。
ただ、見た目は人間と変わらない。
耳は大きくない。
髪の毛が黒いのはダークエルフ?
「ダークなんてないからぁ」
ーー返事はやっ。
「これから君が行く世界はエルフの世界だから、
エルフとは沢山あえるわよぉ。」
賢者は、こちらを見て笑顔を浮かべる。
なんだか、この笑顔はちょっと恐い。
「エルフの世界、、、って事は、他にいろんな世界があるって事?」
「もちろんあるわよぉ。
ただ、今はまだ他の世界の事は言えないかなぁ。
私たちの世界に行ってからなら教えてあげられるんだけど、
まだ今は教えてあげられないかなぁ」
なぜか、賢者は申し訳なさそうに答える。
ーーあまり気にしてないのだけど、
心の中で思った瞬間、賢者の顔が少し明るくなった。
やっぱり、この心を読むってのは反則技だ。
こんなチート技、マジでアウトだ。
この卑怯者め。ばーか、ばーか。
心の中で、賢者の悪口を言うと、賢者の口元が緩んでいくのがわかる。
「全部聞こえてますよね?」
確認の為、賢者に口答で聞いてみる。
賢者はこちらを見ると、にっこりと微笑んだ。
うん。間違いなく聞こえている。
異世界人はみんな心の声が聞こえるのか?
もしそうだったら、異世界人おっかねぇ。
一瞬にして賢者の姿が消えたかと思った瞬間、賢者の顔が目の前に現れる。
「ねぇ。今のおっかねぇってどういう意味?」
賢者からのいきなりの質問。
ーー顔が近い。顔が近い。答えるからもっと離れて。
「その単語、私、まだ知らないわよ」
賢者は、一切後ろに下がらない。
賢者の目を見ると、赤く光っているように見える。
顔から血の気が引いていく。
腕には鳥肌がたち、震えが止まらない。
「早く答えてっ!!!」
水の精霊の叫び声が聞こえる。
早く答えないと、危ない。自分の中でも何かがそう告げている。
「おっかねーは、恐いって意味。」
賢者に向かって、思い切り叫んだ。
「ありがとっ。」
賢者の表情は一瞬でさきほどまでの笑顔を取り戻し、魔方陣の作業に戻る。
しかし、金縛りみたいなのがとけない。
身体が動かない。
さっき賢者から感じた物は間違いなく恐怖だ。
あれは目力という物なんだろうか?
意識はある、だけど身体が遠く感じる。
自分の今いる場所とは、全く違う場所に身体があるように遠く感じる。
「恐かったよね、ごめんなさい。
私、知らない事があると、どうしても知りたくなっちゃってぇ」
賢者はこちらに背をむけている。
賢者の声はしっかりと聞こえてきた。
しかし、まだ腕の震えが止まらない。
身体が遠い。
身体が自分の意思とは全く違う場所にいる。
「これは僕でも治せないかな。
精神体が体から離れちゃってるもん」
水の精霊の声が聞こえる。
「失敗しちゃったなぁ」
賢者は深いため息をつくと、こちらに向かって歩いてくる。
賢者が近づいてくるほどに、身体がどんどん遠くなっていくのを感じる。
賢者がどんどん近くに歩いてきているはずなのに、どんどん自分は離れていくように感じる。
自分の背中が見える。
「これだけは、覚えておいて。
君が弱いんじゃないの。私が強すぎるの。」
賢者はさみしそうな目で、自分の身体ではなく、
自分の背中を見ている自分を見つめている。
圧倒的な力の差に、精神と肉体の分離。
これは幽体離脱という物なのだろうか?
それとも臨死体験という物なのだろうか?
「ほんの少しの間の記憶だけ、
君が思い出せないように封をさせてもらうわ。」
賢者はそうつぶやくと、空になった自分の身体のひたいに口づけをする。
・・・
・・・
・・・