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異世界初日(11)

賢者に必要とされた事が、本当は少し嬉しかった。

でも、本当に自分が必要なのか不安に思えてきた。


寿命の差、それは個人が1つの事に費やせる時間の差。

人間にはどうしても越えられない壁。

自分だけではなく、人類が負けているような気がすると、

ちょっと悲しくなってしまう。


「君がそこまで人間を大切に思っていたとはぁ

 ちょっと、考えてなかったかなぁ」


「馬鹿いえよ。

 俺は誰かに血を分けてもらわないと生きていけない。

 そんな人間なんだぞ。

 どれだけ、人に感謝して生きてきたと思ってんだ」


賢者も言葉の意味を理解したらしく、視線をそらす。


「感謝ねぇ


 仕方がない子だなぁ。

 この子の心を癒やしてあげてぇ」


賢者の手の平から、青い光の粒が流れてくる。


ーー青の光、水の精霊か。


青の光の粒は身体全体を包みこんでくれる。

光の粒が身体の周りを泳ぐ。

光の粒をみていると心が和む。

不安はもちろん、胸につかえていた物まで、

頭の中の重たい物がとれていく。

水の精霊の癒やしの効果。


ずっとこの水の精霊に身体を包まれていたい。

ああ、やばい。この水の精霊はマジでほしい。


薄く目を開くと、賢者がこちらを見ている。

我が子を見る母親のような、優しそうなまなざしだ。


ーーありがとう。


賢者と、水の精霊に素直に感謝する。


現実ってのは、想像よりもはるかに残酷だ。

人はみんな、それを乗り越え、その中を生きていく。

自分もまた、人として、この現実を受け入れて、

この異世界で頑張ろう。


「君は、これからまだまだ変われるよぉ。

 君の心は生まれたばかりなんだからぁ」


光の粒が自分の身体の中に入っていく。


「少しの間貸してあげるねぇ」


空気を深く吸い込んで、吐ききる。


ーーよし、いこう。



賢者は歩幅に合わせて、後をついていく。


周りを見渡すと本当にいろいろな種族がいる。

しかし、自分より背が低い者たちばかりで、ちょっと違和感を感じる。

どうみても獣人族と呼べる人たちも、自分より背が低く、なんか自分が考えてサイズと違う。


「ここではぁ

 君を移民者登録するからねぇ


 君はまだぁ、読み書きできないと思うからここでまっててぇ」


自分が不思議に思っていたことなど、心を読まれているのだから賢者にはわかっていただろう。

できれば教えて欲しかったんだけど、無視して賢者は行ってしまった。


「了解」


賢者の後ろ姿を見て、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で返答を返す。


異世界から人間は、移民者として登録されるのか。

賢者に言われて、受付らしき場所のすぐ近くのベンチに腰掛ける。

頭の中で、このベンチも動いたりとか考えたが、

確かあれは、賢者が物語を参考にしてっと話をしていた事を思い出し、

警戒せずに腰掛ける。


見た目は固い木材みたいなのに、座ると柔らかい。

この素材はなんなんだろう?


賢者は受け付けの人と話をしているが、なにかもめている様子。


どうせあの賢者の事だから、難癖つけているんだろう。


賢者と、さっきの水の精霊の影響だろうか、

建物の中の人の視線がここに集まっている。


このでかい建物の中になにがあるのか、他にもいろいろ見て回りたいのだが、

他の人たちの視線が痛い。


これはちょっと、やっちまったな。

賢者なんていう有名人と一緒にきた異世界人。

視線が集まらない訳がない。

しかも建物内で水の精霊に癒してもらって。

もうバッチリ目立ってるね。

とんでもない異世界デビューだ。


空を飛ぶ練習をしていた親子から手を振られる。

手を振り替えしてご挨拶。


賢者が不満ありげな表情を受かべて歩いてくる。

賢者の後ろには、困り果てた顔の受付の女の人。


「ねぇ

 君の呼び名なんだけどぉ


 エルフの賢者の弟子

 エルフの賢者の物

 エルフの賢者の付き人

 エルフの賢者のペット


 どれがいぃい?」


・・・


・・・


・・・


思わず、眉がピクピクしてしまう。

そんな無茶苦茶な名前がつけられようとしていたとは。

うん。もうわかってたよ。


受付の女の人と視線を合わせると、

そこからは助けてくださいという言葉が読み取れる。

しかし、なんてすごい候補ばかりなのか。


賢者は自分の心を読んだらしく、にっこりと微笑みで返す。

こいつ本気でこの中から呼び名を決めたがってやがる。

「はぁ。

 なんで、すべて頭に「エルフの賢者」がついてんだよ?」


「君はだって私の物だもん。

 私の物にぃ、私の呼び名をつけるのはぁ

 当然じゃないのぉ?」


賢者の後ろに立っている受付の女性も苦笑いを浮かべている。

いくらなんでも、変な呼び名が並んでいる。

この世界でも非常識な呼び名なのだろう。


「いや、もっとまともな呼び名ってないの?

 それに最後のは完全にペットって言っちゃってるよね。せめて人扱いして!」


「君たちの世界には、

 そう呼ばれたいって言う人もいるって聞いたわよぉ」


「どこ情報だよっ!

 自分にはそういう趣味はない!」


「君と同じ世界の人に聞いたんだよぉ」


賢者にこの情報を伝えた奴。

異世界になんつう情報を流してるんだ。


「とりあえず、普通の呼び名にしてくれ」

「ならぁ

 エルフの賢者の物でいぃい?」


「いや、だから物扱いもやめて貰えますか。

 せめて人扱いしてくれ。

 それに俺は、賢者の物になった訳じゃないから」


「もしかしてぇ、

 もうかわいい女の子をみつけちゃったのかなぁ?」


「いや、そんな相手いないし、

 ここまで来る間に、どこにそんな余裕あったの」


「ほんとかなぁ?


 君、結構いろいろな女性に手を振ってたわよねぇ?」


「ただの挨拶だろ。

 それに手を振ったのはほとんど子供にむかってだから」


「なぁに、子供がいいのぉ?」


「いや、子供は可愛いと思うけど、そういった趣味ではないから。

 それに受付の人困ってるから、せめてもっと簡単で短い、

 賢者の弟子、とかにしてくれ」


賢者には見えないかもしれないが、

賢者の後ろでずっと苦笑いをしている受付の女性は、

もうどうして良いかわからないという感じで肩を落としている。

会話に加わる事もできず、賢者と自分との言い合いを聞き続けている。


賢者は思いっきり不満そうな表情を浮かべる。

「エルフの」なんて付けられると、呼び名が長すぎる。


賢者と受付の人の間に割って入り、「賢者の弟子」を主張する。

後ろで、賢者が「エルフのぉ」と言っているが、無視。


「本当にそれでよろしいでしょうか?」


受付の人は、自分にではなく、賢者に確認を取る。

賢者は首を横に振る。

賢者の頭をつかんで、首を縦に振ろうとするがびくともしない。


なにこの力。なんでここまで拒否るの?


「君ねぇ。

 賢者の弟子って言ったら、

 他の賢者の物だと勘違いされるかもしれないんだよぉ」


・・・えっ?!


「何、賢者って他にもいるの?

 もう、いろいろありすぎて、聞いてたとしても覚えてないよ」


「いるよぉ。

 だからぁ、君は私の弟子ってぇわかるように

 『エルフの賢者』をつけたいんだよぉ」


賢者と自分との呼び名を巡っての睨みあい。

ただし、賢者の目には殺気や恐怖は感じない。

ただ、賢者との睨みあい、

そう、見つめ合いに自分が耐えられる訳もなく、

数秒も持たずに視線をそらす。


賢者はニヤリの笑みを浮かべて、そらした先に顔を運ぶ。


ーー「エルフの賢者の弟子」なんて呼び名はマジで嫌。呼び名だけで9文字だぞ!


「いいじゃん。

 君が書くわけではないんだからぁ」


「いや、俺だってこれから色々な書類とかに呼び名書く事があるかもしれないじゃん」


「文字書けないのにぃ?」


「覚えます!


 それに、そんなに自分の物だって主張しなくても、

 俺がどっかに逃げるとか無理だから」


「君がそうでもぉ。周りはそう思わないのぉ」


ポットの話を聞いていたので、賢者の気持ちもちょっとわかる。

だけど、それを呼び名にされると、この先の生活が。


賢者と自分の呼び名を巡る攻防が続く。

建物の中で、人集りができてくる。

受付の人が何か言いたそうだが、

賢者に対して発言するのは抵抗があるのだろうか?

書類を握りしめ、じっとしている。


その後も呼び名を巡る賢者と自分の攻防が続き、

建物の中の一番偉い方が仲裁に入り、なんとか呼び名が決定した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


正式名:エルフの賢者の物(注:者でなく、物である)


役職名:賢者の弟子


略称:4番


この世界で、自分の呼び名が決定した。





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