098、状況開始
「まぁ、もう四日目なのでもう良いかもしれませんが」
と坊は言った。休憩時間は大丈夫か、と聞くと、すぐすみます、と言い返された。
さて……、
「問題と言ってもそれ自体は大したものではありません」
「というと?」
「正確には、今や大した事ではない、という感じでしょうか」
四日目ですから、と彼女は言った。
それを受けて多少の推測はできる。
つまりは変化に対しての許容度とか、そういう話だ。
看板なんかを立ててしまえば、それに縛られるだろう。様子見としての一日目、二日目で値段が適切ではなかった場合、それが、高めに設定していて、さげるというならまだしも、低かったので上げるというのは、あまりいい印象は持たれないだろう。
「看板があるかないかで印象が反転するわけじゃないですが、印象を強くすることになるんじゃないかと思うわけです」
「なるほどなぁ」
つまりは見た目の印象ということでもあるのだろう。これは、値上げ、というよりも間違いだと思うが、受け手が同じように思ってくれるとは限らない。
だから、慎重になる、というのはよくわかった。そして、それを今なら解禁していいという意味も。
「どうせ……という言い方は良くないけど、どうせあと二日だからってことか」
「まぁ、そういう言い方をするならそういうことですね」
影響が少なくなった今ならというところだが、……さて。
「ちなみに、印象としてはどうかな? 値段を変える必要はありそう?」
「んー、利益を出していますので現状で良いのでは、と思います」
坊の意見で言うなら、売り切れるほど売れているので下げる方向性は無いだろう、と、そして、これ以上上げるとこの時期の肉とはいえ高くなりすぎる、とそれを合わせて、
「値段の変更はいらないのではと思います」
それが彼女の判断らしい。
「じゃあ、使うか」
判断したが、これが意外と難しい。看板を置く場所が無いのだ。
低いところでは、あまり目を惹かないし、高いところに保持する方法がない。
見栄えだけで言うなら、良い手段は、オーリなりシノリなりに掲げ持ってもらうことだろう。しかし、手を空けるための工夫で手を塞いでどうするのか。
「椅子と壁を組み合わせて立てかけるのが一案ですね」
「あー、そういう手もあるね」
問題点は、椅子の高さだから、地面に置くよりだいぶマシとはいえ、大した事の無い高さであるという点。あとは、必然、壁際になってしまうので目を惹きにくいというところだ。
「というわけで」
ちょろちょろとしていた年中組の女の子を呼ぶ。三人組は看板を見るや、そこに書かれた牛の絵を貶す……いや、貶すというよりも、面白いものとして笑っているだけで、そこに暗さは無い。
絵の書き方を教えてあげようか、と生意気なことを言われるが、牛だと伝え合ってれば十分だと返しておく。えー、と揶揄するような笑みを浮かべられるが、とりあえず、こちらのしたい話に持っていく。
「三人にお願いだけど、その看板を持って、列に並んでいるお客さんに串の値段を教えてあげてきてくれない?」
「んー、うん!」
揃った明るい声で、彼女たちは答えて、走っていく。
看板を持っていた子が、少し遅れるが、他の子達が半分ずつ持ってと看板を運んでいくのを見送る。
すると、呆れたというようなため息とともに坊の声がした。
「あー、一石四鳥狙いってところですかね」
「んー?」
「お客様への説明分の負担を減らす、お客様への説得力をもたせる、ついでに、彼女らに仕事を与える、と」
「……それじゃ、三鳥じゃない?」
「えぇ、看板を掲げさせることで迷子にならないようにする。というところまでですね、そこまでで、四鳥です」
3つ目はまだしも、4つ目は考えてなかったなぁ、と思いながら。
「まぁ、そういうことにしとこうか」
「考えてますねー。あ、そろそろ、休憩が終わるので戻りますね?」
「おう、頑張って」
「――。はい、ありがとうございます」
では、と言って坊は背中を向けて屋台の方に戻った。
喧騒があって、行列は尽きない。
・
その背中を見送っていると入れ替わりのようにオーリがやって来て、耳元でぼそりと、言う。
「お客さんじゃないお客さんが来たみたいだぜ」