111、拡張しつつ脇見をしつつ
「更に大きな問題としては、品質の平均が上がることです」
「同じ値段で、ってことだっけ?」
「品質向上の技術が出来ると、高い品質のものが安価になります。というのは、以前ならよかった、というものが、いつもの、に変わっていくからです」
うん、とうなずくリノ。
「そうなると、どうなるか。先程も少し触れましたがどうなると思いますか?」
「えっと、肉を売ってる人は得しない……んだったっけ?」
ちょっとまって、と手のひらを差し出しクヌートを静止するリノ。
「でもでも、今回のマルの肉は高く売れたから、あ、タイムラグがあるのね。それで、先に高い技術を持ってると得られる利益が大きくなる!」
「今のところは間違い無いと思います。技術が真似しにくければしにくいほど、その利益の大きな期間は長くなります」
真似しにくい技術。……技術に限らず、今回のマルのやったことでは真似しにくいいくつかの要素がある。一番目につくのは勿論、高レベルの料理人であるマル自身だが、解体所の道具というのも位置からやろうとすればハードルが高い、立地で言うなら絶命させたあとの牛を川に沈めて体温を奪ったが綺麗で冷たい大量の水、というのも模倣がたやすい部分ではないだろう。
「あれ? でも、真似しにくいならよくない? その間は儲かるから……」
「ある意味では正解ですが、少々安直です。マルが出来ることと、できないことを考えればその懸念に行き当たるかもしれませんがちょっと前の質問と似ていますが、マルが肉の品質を上げることで得するのは誰でしょうか」
「んー? 牛を高値で買ってもらえる農家の人と、お仕事が生まれてお金をもらえるマルと、品質の良い肉を手に入れて高値で売れるお肉屋さん……あとは、美味しい肉を食べられるお客さん?」
「そうですね。ただ、高品質のものがいっぱいになると、どうなるのか、これはさっき答えてもらったとおりに、農家もマルも肉屋も得があまりなくなって、食べる人にだけ得が残ります……まぁ、これは乱暴な言い方ではありますが、やりすぎは良くないということですね」
「極端に言うと、全部、マルがやったのと同じレベルで肉にした場合がそうだ、ってことだよね?」
「適当ですが、街の人口を三千として、一人の肉の消費を200グラムとしましょう。牛一頭から……300キロ食べるところが取れたとして、牛だけで人口を賄ったとしても、一日二頭解体すれば間に合います」
この間、それ以上の数を解体したマルなら問題ないだろう。
「つまり、マルはそれをする力があるけれど、それをすると、問題になるということです」
実際にそうしたとしても、肉の値段は今よりは上がるだろう。今よりも、品質のいい肉が安価に入手できるという方向性に変わりはないが、多少値段に反映されてもマルに働いてもらわなければいけないという流れになるだろう。
だが、働きすぎれば利益が落ちると言うなら、程々でやめておいたほうが良いのは間違いない。そうすれば、農家もマルも肉屋も得する、肉を買う人も、今よりは安く良いものが買える。最効率ではないだけだ。
しかし、これは、
「けれども、この、得をするというのは表面的なものです。間違いではありませんが完全な正しさもない、というものです」
「……えっと、具体的には」
「農家ですね。いいですか。先程の話の通り、マルは、全ての牛を解体することができかねない位の能力があります。にもかかわらず、一部の牛しか解体しない、というのはどういうことか」
「んー、あ」
うんうん、とリノがうなずく。
「同じ牛をもってても、高く買い取って貰える人と、そうならない人がいるってわけか」
「そういうことですね。特に理由もなく、運の問題で損得が決まる、そういう不平等を与えることになります」
なるほど、それは恨まれるかもしれない。勿論、降って湧いた幸運を与えただけで、誰かから搾取したわけでもないのだが、得てして、それは不平等さをより際だたせるものなのかもしれない。
「そういうことをするなら、対処法は基本的に大きくなることしかありません」
「大きく? 大人に?」
「いえ……今回なら例えば、ゼセウスさんの商会の一部門になるとかそういうことで、敵対したくないと思わせるか、あるいは、牛を飼うところから自分たちでする、といったところでしょうか」
そこまで言って、クヌートは言葉を切った。
とりあえず、彼の主張は一旦停止らしい。




