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こちらオーバンステップ第一迷宮  作者: 言折双二
6、追放者は《彼ら》の孤児院に過ごす。
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107、望みを口にしてもいいのだろうか?

「んじゃ、もう一個は簡単にいきましょうか。未来の話です」

「未来って、でも、その人はこの冬を越えるためにって」


 言い返したリノに、クヌートはうん、とゆっくり頷く。


「それは嘘です」

「え?」

「え?」


 最初に反応したのは、クヌートの前にいるリノだが、次に反応したのは俺だっただろう。

 嘘、をついていたつもりはないんだが……。

 と思っていると、クヌートの笑う声がした。


「すみません、強い言葉を使いました。嘘というよりも前提というか、ええと、必達目標とかいうんでしたっけ」

「分かりやすく言って」

「はい。つまりはやらなければならない目標として『皆で次の春まで頑張る』というのがあって、その延長線上に『それがもっと続くようにする』というのがあるわけですそして、多分、その一つがここです」


 そう言って、たしたし、と強すぎない調子で足を踏み鳴らす。


「つまり、この店のような話です」


 普通の孤児院の卒業生の仕事は……基本的には単純労働だそうだ。これを大義名分、という言い方をしたくはないが、施政者の意図としては理解できる。安価な単純労働力その確保は街が大規模化するに従って必要になるのだ。生産品の価値が付く工程を集約すれば集約するほどその外側に単純で実入りの少ない仕事が回される……と思う。


 この街で言うならかつては鍛冶で栄えていたということだが、最終的に鍛冶屋で最も価値の高いものが生産されると仮定し、逆に極端な最初の段階を考えると、それは、鉄鉱石を鉱山から採取する鉱夫や加工時の燃料を確保する樵などがそれにあたるだろう。


 勿論、彼らとて鍛冶屋とばかり仕事をしているわけではないだろうが。それでも、一つのお得意様ではあっただろう。

 どちらも多分に技術による改良の余地はあるだろうが、個人的な感覚としては鍛冶に比較すると単純作業と感じるのは否めない。

 ゆえに買い叩かれるのだろうと思う。


「孤児には割のいい仕事がない」


 つぶやいたのはニコだ。

 表情は何というか、ふてくされているようにも見えるし、儚んでいるようにも見える。


 孤児に割のいい仕事が来ない理由は、いつもある、たとえ社会的な地位として平等がうたわれたとしてもそれでも残る問題として大きなものは、一つ、技術というものが基本的に先代から当代へ、そして、次代へと継承することである、これはクラスが子供に発言しやすいということも相まって、大きい。


 実際、孤児のみならず個人が適正にあった仕事をしたいという欲求よりは技術が受け継がれることを重視したほうが集団としては都合のいい場合が多い。かつてできたことがどこかの時点で出来なくなる、この失伝というのは出来る限り避けなければならない事態だ。


 そういう意味ではしがらみのない孤児は自由であると言えなくもない。客観的に見れば一長一短ともいえるが当事者としてはそんな言葉で片づけられてはたまったものではないだろう。

 だが、そのあたりを言っても詮無いので、


「まぁね」


 とだけ言って、ニコの頭に手を置いて撫でる。それだけでほぐれたような表情になってくれるのだからありがたい。


「割のいい仕事っていうのは、基本的には継承するものだからね。親が子に、子が孫に。自分の社会的な地位を譲って受け継がせるのが常道だ。普通はそういう割のいい仕事は人手が要らないからな」


 技術ともう一つの要素が椅子の数だ。いいポジションのところには椅子が少ないとでも言うべきか。出される食事が同じ量なら着席者が少ないほうが多くありつけるというのは一つの真理だ。そして、それを知っているものなら、椅子の数を増やそうとはしないことも。


 施政者としても、それで社会が回るのなら、維持されてきた社会システムは有効活用したほうがいい。

 無論、手が足りないことで集団全体の効率が下がるようなら介入するのも施政者の仕事ではあるが……。


 そのいい例が、ここ、まだ開店はしていないがマルの店だ。


「ある程度、参入しやすい素地がそろっているとはいえ、店を用意するなんて言うのは勿論簡単じゃない。それは分かるでしょう?」


 クヌートの言葉にリノは首を縦に振る。

 彼の言うところの参入しやすい素地というのは、食事処に関するものだ。


 外食の需要が多い街であること、そのため、食べ物屋が多いこと、鉱山の潰れた街の新しい産業として食品の加工に興味を示している有力者がいること、等々。この辺りが外食産業として参入しやすい素地というやつだ。


 これに加えて、偶然の要素がかなり強いとはいえ、マルの売り込み機会が得られた。そして、これは偶然ではないがマル自身の能力が十分だったこともあり商会の偉い人という有力者の支援が得られたのだ。

 つまり俺がやったことは、


「仲介と紹介?」

「交渉?」


 俺の独り言のようなつぶやきにニコが応えて目を合わせる。

 なるほど、今言ったことが全てと言えば全てだろう。


 価値のあるものを価値を知るもののところに、価値あるものを価値を生かせるところに。

 原則としてはその程度だ。そして、それだけなら、手にも足にも不具のある自分でも頑張ればこなせる、少なくとも一部においてはこなせた。手を貸してもらい、ふらつく足を支えてもらい、肩も借りて何とかどうにか、というていではあるが。


「そして、多分、それがあの人の本質だよ」

「本質っていうと。交渉が得意、とか」

「そうじゃないよ」


 返ってきた言葉を一度否定して、しかし、言葉を選ぶような沈黙を挟んで。


「彼は、そもそもを外さない」

「……?」


「この冬を越すのは緊急避難的な意味合いもあるけど、本来、生きるということはよりよく生きるということだ。この春を越えて、もっと向こうの春まで行くには幸せを伴わなければならない。だから、不合理に見える選択もしているんだろう」


「不合理って……効率が良くないってことなの?」

「そうだね。例えば、坊、冬を越すためと考えれば、店を出してどうこうするよりも、解体所でマルをスタンバイさせて、片端から解体作業をさせつつ、肉の買取価格を交渉したほうがよっぽど手っ取り早いし、ある程度お金が溜まれば農家を回って牛の買取からやったらもっと効率良い……よね?」

「んー、どうかな。えっと、そうですね。細かいところは計算しないといけませんが、店をやるよりも人あたりの稼ぎは多い、と思いますよ。計算してないので保証はしませんが」


 確かに、クヌートの言う通り、短期的な彼の言うところの必達目標のためというなら、そのほうが早くゴールにたどり着けたかもしれない。マルの負担は大きいが解体所で金の受け渡しまで済ませれば、商会の人間に荷運びまでお願いできるだろうし、そうなればマル一人で大きな益を上げられるだろう。


「でも、それは後に繋がらない」


 言うとおりである。一つの意味としてはそこで思考を停止してしまうと『牛の解体代行業』という以上の利益を得ることができないし、これは、先に言った単純作業のカテゴリーだろう。もちろん、その中では大分複雑なところであるが、多分、一人でやっている限りは天井が見えるような仕事だ。

 同じような意味合いのことを言ったクヌートが、続けて、


「そして、マルのしたいことじゃない。創意工夫と研鑽で他人を幸福にする、それが今できているのは、効率とは別の観点で動いたからというのがあると思う」



 つまり、と言ってクヌートはまとめに入る。


「僕らを見て、僕らの希望を斟酌してくれるだろう、と。僕はそんな風にも期待しているわけだ」


 それが僕の思う、もう一つのメリットだよ、と言ってクヌートは自分の言葉を一端止めた。

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