ヴァジの目的
ヴァジと会うために城を出る。城門の前は魔法都市の住民を集めて会議で決まったことなどを知らせることが出来るように、広めの広場にしてあった。しかし、戦後半年経った今ではその広場は縮小されている。
俺は今出てきたばかりの城を振り返って見る。
「デカくなったなぁ」
視線の先にあるのは、可愛らしい小さなお城ではなく、王都にある城のような威厳が感じられる建造物。今までより数倍も広くなった俺たちの居城、魔法都市城だ。
つまり、城が大きくなったせいで広場が小さくなったのだ。
もちろん、俺が増築したかったわけではない。今までの城で十分満足していたし、俺と仲間たち、魔人で住む分には問題なかった。どちらかと言えば、持て余し気味の広さだった。
なのに何故増築したのか?
それは、これが王国と取引した結果だからだ。
俺は大きな溜息を吐き、外套の上から羽織ったローブのフードを目深に被ってから目的地へ向かって歩く。
王国も飛空艇を手に入れたかったのは、戦後の賠償会談でわかっていた。けれど、当時は王国に取引できる材料がなかったのだ。その上、王国は戦争を仕掛けた張本人であり、その戦争の直後なのだから当然他の国とは条件が全く違う。王国は魔法都市国民と戦争に参加した連合国が納得できるような条件を提示しなければならない。
それがどれだけ困難なことか、そしてもし金で解決するなら途轍も無い金額になるであろうことは、この世界の常識にまだまだ疎い俺でも分かる。王国が飛空艇を持てるようになるには、ずっと先の事だろうなとその頃の俺は考えていた。
しかし、戦後から一ヶ月が経ち、各国の上空でちらほらと飛空艇が飛び始めた頃、王国から使者が来た。アレクサンドル王子(現在は戴冠して王になっている)が、取引条件を提示してきたのだ。
結論から言えば、俺はその条件を飲み、現在の状況になっている。
王国から提示された条件の一つが、魔法都市城の修繕費用、さらに増築の費用を王国が持つこと。
あの小さい城の修繕など増えた領地の税で賄えるし、現在のようにバカでかくなると想像していなかった俺は、当然その条件を鼻で笑い断るつもりだった。
けど、2つ目の条件が魔法都市にとって最重要であり、喉から手が出るほど欲しい物だったのだ。
2つ目の条件。それは国礎足り得る大きさのダンジョンストーンの譲渡。
国礎と言っても国が掲げる目標や、国民はどうあるべきかなどの概念ではない。国礎を辞書で調べたなら国の基礎や国の土台と言った内容になるが、譲渡される物は本当にそのままの意味になる国の土台で国基礎なのだ。
ダンジョンの最奥にはそのダンジョンが自身を成長させ、アイテムや自然物、魔物や自然現象を生み出している魔石がある。それがダンジョンストーン。建国にはこのダンジョンストーンが必要であり、それを国礎とこの世界の住人は呼んでいる。
魔法都市にはこの国礎がない。俺は魔法都市を建国したつもりだったが、国礎がないから国として成り立っていなかったらしい。国礎は国民の魔力を登録すると身分証明になるし、その魔力登録が市民権の発行になるのだから非常に重要なのだ。
その国礎として使えるようなダンジョンストーンはそれなりに大きく成長したダンジョンからしか入手できない。小さなダンジョンをいくら攻略して小さいダンジョンストーンを入手したところで、国礎にはできない。国礎を手に入れるには、オーセブルクダンジョン級を攻略しなければならないが、オーセブルクダンジョン内で建国した俺たちにその選択肢はない。当然、買えるような物ではなく、お手上げ状態だったのだ。
ただ、俺はその事を誰にも指摘されなかったし、国民からも魔力登録をして欲しいと言われたこともなかった。だったら国礎がなくても良いだろと問題の棚上げを決め込もうとしたのだが、ティリフスから実は魔法都市の住民は魔力登録を今か今かと待っていると言われたのだ。どうやら国民たちは建国したばっかりだったのと、戦争で慌ただしいかったから待ってくれていただけだったらしい。
深刻な問題だと認識した直後に、王国からの国礎譲渡だ。俺が飛びついたのは言うまでもないだろう。
そうして条件を飲んだ結果が数倍に大きくなった魔法都市城なのだ。
国礎も設置して、約一ヶ月前から魔力登録を開始した。これで魔法都市は国として成り立ったことになり、俺も胸を撫で下ろすことが出来た。
とまあ、こんな経緯があって城が大きくなったというわけだ。広くなったせいで使用人の仕事をしている魔人たちは毎日の掃除が大変になり、新たに雇ったことで費用は増えてしまったから、広くなって良かったとは一概に言えない。
それに気になることもある。
国礎譲渡の提案タイミングがあまりにも良すぎることだ。まあ、何となくだがこれから会う奴の仕業だろうなと予想出来るが……。
さて、なんの話だろうな。まさか、本当に暗殺するつもりじゃないだろうし……。
指定された店に到着し、店内を覗くがヴァジの姿は確認できない。
意を決して店の中に入ると、俺に気がついた店長が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ、ってもしかして代表ですか?」
フードで顔を隠しているのによく分かったな。
俺は軽くフードを上げて顔を見せる。
「ああ」
「お一人でなんて珍しいですね」
「いや、待ち合わせだ。ヴァジは来ているか?」
「ああ!ヴァジさんの待ち人は代表だったんですね!どうぞこちらへ。ご案内します」
店長について行きながら周りを見る。店内は一杯で、そこら中から笑い声や乾杯でコップを打ち合う音が聞こえてくる。
「盛況だな」
「ええ。これも飛空艇の定期船?のおかげです。色々な場所から来てくれているようですね」
大陸中の国と浮遊石の取引を始めた俺は、航行時の単純なルールの提案と、ある取引を各国に持ちかけた。
航行時の単純なルールとは、安全と障害の防止のための決まりごと。つまり、航空法のようなものだ。飛空艇同士が同高度ですれ違う場合に互いに右側を通ることや、交差時は左側が優先であるなど事故にならないための簡単なルール。それと、領空侵犯は撃墜されても文句は言えないなどの概念も。
ルールに関しては各国の首脳陣も悩んでいたらしく、すぐに了承された。これからも少しずつ話し合ってルールが増えていき、いずれはしっかりとした国際法として成り立つだろう。
ある取引というのもこのルールに関係している。
領空侵犯の概念を植え付けたということは、勝手に他国の空を飛べなくなるということだ。せっかく飛空艇が出来たのに、自国内でしか航行ができなくなる。もちろん、事前に通達して許可が出れば可能だが、通信手段が乏しいこの世界では非常に回りくどく時間が掛かる。
そこで、オーセブルク上空のみ飛空艇の停泊を無条件で許すことにした。それによってオーセブルクを経由して各国に物や人を送ることが可能になる。その代わりに二週間に一度、各国から定期船を送る約束を取り付けたのだ。
この定期船のおかげでオーセブルクには人や物が集まり、それに比例して魔法都市にも旅行者や商人が増えることになった。オーセブルクは今や貿易迷宮都市なんて呼ばれている。
「何か問題はあるか?」
「忙しすぎて完全24時間営業になったぐらいですか。嬉しい悲鳴ってやつです」
「そうか」
「代表、こちらです」
店長に案内されたのは、店の奥にある個室だった。俺やシリウスが利用する店がわざわざ作ってくれたらしい。
個室に入ると既にヴァジが座っており、ビールを飲んでいた。
俺の到着に気がついたヴァジはビールを一気に飲み干し、店長に俺の分と自分のおかわりを頼む。
それを横目に俺はローブを脱いでから席に座る。
「待たせたな」
「いや、待ってねぇよ」
そのわりにはヴァジの吐き出す息が酒臭い。俺が来るまでに結構飲んだようだ。
「それで……、俺を呼び出したのは何故だ?」
「約束したじゃねーか。魔法都市に帰ったら一杯やろうって」
………ああ。そう言えば賠償会談の時、別れ際にそんな事を言っていたっけ。でも、こんな今日飲みに行こうぜ的なノリで誘われるとは思わなかった。
とは言え、ただ一緒に飲みたかっただけじゃないはずだ。雰囲気からして暗殺するつもりじゃないのも何となく分かるし、重要な何かを伝えたいのかもな。
でもその前に文句の一つぐらいは言ってやりたい。
「やられたよ、ヴァジ。まさか、この通信手段が乏しい世界で情報戦を仕掛ける奴がいるなんてな」
「何の話だ?」
「王国の敗戦賠償の交渉に、飛空艇の取引材料。全部あんたの仕業だろう?」
賠償会談では魔法都市、法国、帝国の欲しい物を用意。飛空艇の取引条件も魔法都市が欲しい物を出された。ドンピシャ過ぎて頷かざるを得ない。ただし、その状況にもっていくには、膨大な情報を手に入れ、さらに精査する能力が求められる。言い換えれば、その能力を持つ人物がいなければこの状況に持っていくことは到底無理だ。
だが、こう言ってはなんだが、アレクサンドル王にそれが出来るとは思えない。もしかしたらいつかは出来るようになるかもしれないが、今ではない。猛勉強すれば出来る類のものではないしな。つまり、その能力を持つ人物が他にいる。
状況から考えてヴァジだろう。
まあ、こんな考察をするまでもなく、ヴァジがやったのだろうってことは予想がつく。
ヴァジは顎の髭を軽く撫でながら溜息を吐いた。
「王国は大損だっただろ?国土の多くを割譲することになり、貴重なダンジョンストーンを譲ることにもなった。その上、城の修繕費、増築費まで払ったんだ」
「国土はナカンを統合したことで元のままか、少し広くなっている。ダンジョンストーンも恐らくナカンでたまたま見つけたもので、王国に必要のないものを渡したに過ぎない。そちらの損は魔法都市城の修繕費と増築費だけだ。王国のダメージは驚くほど少ない。豪商と呼ばれるだけあるよ。全く、さすがだ」
「……さすがはお前の方だ、ギル。得をしたと浮かれていい勝ち方であるのに、それに疑問を覚えるなんてな。お前の言う通りだ。王国にそれほどダメージはない。いや、むしろ助けてもらったぐらいだ」
「助けてもらった?土地の割譲や貴重なダンジョンストーンを渡して?」
「王国には広大な国土を護れる兵が足りなくなったんだ。防衛線を下げ、防衛地点を限定しなければ国防に支障が出るほどにな」
なるほど。ナカンと魔法都市の戦争で、王国は数え切れないほどの兵を失った。以前と同じように配置することは不可能だ。結果的に土地を渡した方が王国としては助かるのか。
「ダンジョンストーンは?価値は計り知れないだろ」
「ダンジョンストーンなんてのは諍いの種にしかならない。不満を持った王国民が、はたまた元ナカン国民かが独立国家を目指し蜂起するかもしれない。売ろうにも同じ理由で他国は買いたがらないし、値段が高すぎてまず買えない。自由都市の大金持ちでも買えない価格だからな。そんなものは他国に渡しちまった方が安定する」
蜂起した勢力がダンジョンストーンを手に入れれば国として成り立つ。ダンジョンストーンがもう一つあるという情報が漏れたら良からぬことを考える奴がいずれ出てくる。国にとって重要なものではあるが、2つあれば危険物に早変わりだ。だったら、既に国として認められているが国礎がない魔法都市に譲った方がマシってことか。
結果的に王国はいらないものを渡して、戦争終結と飛空艇を手に入れた。賠償金や魔法都市城の修繕費等の出費はどうしようもないが、飛空艇の潜在価値に考えれば採算が取れるとの判断か。……よく考えられている。何より恐ろしいのが、戦争の犠牲者を脇に置けば、どの国にも利益が出ている点。それも彼の狙い通りだろう。
種明かしされた今では完全に理解できた。取引に関しては彼と争わない方がいい。どれだけ頭を回転させて考えても、商売というジャンルでは彼には勝てない。
「見事すぎて恨み言すら言えないな。………さて、じゃあそろそろ本題だ。今日はどんな厄介事を持ってきたんだ?」
急な話題の転換に、ヴァジは目を見張って感嘆したように息を漏らす。
「ほぉ?潔いのもそうだが、俺がただ飲みに誘っただけと思っていないことに驚いた」
いや、飲み誘っただけなんて誰も思わないだろ。
「商売の話かとも思ったが、ヴァジが欲しがる物なんて俺には心当たりがない。重要な話があるんだろ?」
俺がそう言うと、今までのヴァジは全て嘘だったと思えるような深刻そうな表情に変わった。
「でははっきりと言おう。自由都市英雄から魔法都市代表ギルに、魔物の討伐を依頼する」
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