攻略の先に
26から30階層が巨人エリア。31から35階層が空エリア。36階層から宇宙で41階層から海底洞窟。そして、46階層から最後の50階層までが、この草原エリア。
5階層1エリアだとすれば、海底洞窟を突破した時点でエリーの、いや、俺たちの目標である45階層を越えたことになる。
エリーの父親が記した手記が44階層で終わっていたことから、45階層のボスを突破出来なかったと推測してこの45階層の突破を目標としてきた。
当然、このまま戻ることなんて考えておらず、俺たちはV字型に生成されていると予想されるこのオーセブルクダンジョン50階層を攻略する予定だ。
しかしこれは完全攻略ではなく、それをするためには隠し通路を発見する必要があるが。
ま、完全攻略は次の機会だな。50階層攻略でも十分な偉業のはずだ。
さて、その目標を突破した俺たちはというと、46階層でのんびりとキャンプを楽しんでいる。
大草原エリア突入当初はかなり警戒していたが、しばらく探索したところ、1から5階層の草原エリアとほぼ同じだったと判明したから、ならばということで今日はゆっくりしようと野営することに決めたのだ。
海底洞窟での野営からたった一日だが記念すべき日だし、今日ぐらいはゆっくりしてもいいだろう。
「エリー、気分はどうですか?」
「なにが?」
「目標の達成です」
食後のコーヒーを楽しんでいると、こんな会話が聞こえてきた。
皆がそれぞれ何かしらの目標を持っているが、目標を達成したのは今の所エリーだけだ。いや、リディアも魔法を使えるようになりたいという目標は達成しているか。それが最終目標ではないと思うが、目標を達成した同士として喜びを分かち合いたいのだろう。
「あっけない、というのが本音」
「そうですね。その気持はわかります。私も魔法は絶望的だと色々な方に言われてきたので……」
リディアは未だに魔法を使えない。元々リディアの目標は魔法を使うことではなく、魔法でなければ倒せない魔物を倒すことだった。しかし、魔法を使えないと言われてきたからそれが目標になったという経緯がある。
目標があるのに、それが絶対に達成できないと他人に言われ続けて、尋常ではない絶望を感じたことだろう。
だが、魔法武器を手に入れたことで物理攻撃の効かない魔物を倒すことが可能になり、それをあっけないとリディアも感じたのかもしれない。
「一人だったら25階層も無理だった。皆には感謝してる」
「エリー……」
少し微笑みながら話すエリーは非常に珍しい。それだけ嬉しいということだろう。俺たちもその手伝いが出来てよかったと思う。
しかし、そう言えば……。
「そう言えばさ、エリー」
「うん」
「以前聞いた時、エリーの父親の手記に45階層のボスを倒すには魔剣クラスの武器が必要だと書いてあったって言ってなかったか?」
エリーも当初は魔剣を手に入れるために貯金していると言っていたしな。
「ん、そう書いてあった。でも、もしかしたらアンデッド対策が出来ていなかっただけかも」
なるほどなぁ。炎が効かないアンデッドだと、光魔法のみが有効だしな。
食事の時にエリーから光魔法の浄化の光について色々聞いた。どうやらアンデッド特攻のようだった。他の魔物には全く効果がないからか、アンデッドのみに特化して効果が発揮されるみたいだ。
魔法陣も教えてもらったが、理屈はさっぱりわからなかったよ。やっぱりこの世界特有の法則のようだ。
エリーの父親も魔法士ぐらいパーティにいたのだろうが、光属性は扱えなかったのかもとエリーは予想する。
その上、普通のアンデッドではなく巨人だったしな。そりゃあ、魔剣クラスの破壊力のある魔法効果でなければ倒せないと判断するか。
「なるほど、たしかにそれが濃厚か。さて、俺はそろそろ寝るかな。じゃあ、悪いけど見張りの二人はもう少しだけ頼むな」
他の皆はとっくに寝ている。寝る必要のないティリフスでさえ、石のコテージの中で寝っ転がっているぐらいだ。それだけあのボスが精神的に厳しかったということだろう。
俺も大したことはないが負傷をした。今日は俺も二人に甘えてゆっくり寝ようと思う。
「はい、おやすみなさい」
「ん」
そう答えると二人はまた会話の続きし始めた。
俺はその光景を微笑ましく思いながら、石のコテージに入る。
さて、寝る前にコーヒーを飲んでしまったが眠れるだろうか?ま、寝付けなかったら、また二人の会話に混ざればいいか。
当然、朝までぐっすりだった。
翌日。
出発して大草原の攻略を始める。
なぜ大草原エリアと呼ぶのかだが、1~5階層の草原エリアと区別するためだ。それに、草原エリアには川や森林があったが、この大草原エリアにはそれがないのも理由だ。
ただ、魔物は草原エリアに出没するのと似たような感じだ。主に食べることができる魔物が多い。それに草系の素材も多いのが嬉しいエリアだ。
それもあって、狩りをしながら進むことにした。
こちら側から突入した場合は、ここが攻略するための食料を得る狩場であり、逆だと使った分を補充する場。
俺たちもかなり真面目に狩りをした。
なんせ1~5階層の春夏秋冬がある草原エリアは非常に混んでいるからだ。収穫物なしなんてことはざらだ。
だが、ここには俺たち以外はいない。
昨日まで暗くて水浸しになるエリアを進んでいたから、ここの日差しや風、草の香りがとても心地良い。それが偽物であってもだ。
だからか、一時間の狩りの末、目の前には山のように収穫物が積み上げられていた。
「おい、これどうすんだ」
「ちょっとだけ、てんしょん上がったかも、です」
獲物の多くにはエルのボルトが刺さっているのが目立つ。
昨日や海底洞窟でもお腹出して寝ていたから気づかなかったけど、エルもストレスが溜まっていたんだね。
「それなら仕方ない。急いで解体するぞ」
「旦那はエルに甘いッスよね」
「あの胸やな。ギルはアレに弱いから、ウチにも優しくしてくれるんよ」
うっさいね。お前のは胸当てじゃねーか。それにシギル、お前の篭手についているのは魔物の血じゃないか?お前もノリノリで狩りをしたんじゃねーか。
今日のうちに攻略を終了する予定なのだ。狩りと解体で今日一日使うわけにはいかない。
俺は食べ物を無駄にするのは許せないんだ。狩った分は絶対に無駄にしないと心に決めている。だから、これは全て解体して持って帰る。
だが食肉は大量に手に入れることが出来た。これでしばらくは食料に困らないだろう。
それにこの世界ではまだ冷蔵や冷凍保存という知識はないから、解凍し生肉にすれば高値で売れる。市場には乾燥か燻製肉ばかりだから当然と言えば当然だが。まあ、売りに行くと店主に「何の肉?」と必ず聞かれてしまうのは少々鬱陶しいけどな……。
でも俺たちにとっては良い金策になる。何としても持って帰らなければ。
「ギルも血眼になって草を掻き分けてた」
「そうですね。それにしても凄い量の素材ですね」
リディアとエリーが山のように積み上げられた魔物の隣りにある、同じく山のように積み上げらた草やら木の実を見ている。
それは本当に済まないと思っている。ちょっと、俺もテンションが上がって。
食肉以外にも治癒ポーションの希少な素材を手に入れることができた。
1から5階層のポーション素材は、真っ先に採集され尽くされる。中級ポーション以上の素材ならなおさらだ。
しかし、ここならそれも取りたい放題だ。テンションが上がらないわけがない。
心配といえば、これを全てマジックバッグにしまうことができるかだ。
俺たちは急いで解体し、ポーション素材も含め全員のマジックバッグに分けて詰め込む。するとなんとか全てを回収することができた。
良かった。これで食材も素材も当分は困らないだろう。いや、食料に関しては半魔たちも食べることになるから、無くなるのはあっという間だろうな。
マジックバッグを背負って再度出発する。
日は既に真上になく、もう少しで茜色に変わろうかという時分だ。
これはダンジョンから出るのは明日になるかと思っていたが、意外にも簡単に1階層のボス部屋にたどり着くことが出来た。
時刻で言えば、夕方の5時ぐらいだ。
なぜ簡単にだったのかは、2から4階層と同じで、次へ行くための階段がすぐ近くにあったからだ。渋滞することもないからあっという間に1階層に来れたというわけだ。
ボスも巨大なイノシシっぽい魔物だったから、あっという間に倒すことができた。
その後の解体の方が時間が掛かったくらいだ。
ちなみに1階層の宝箱報酬は、下級治癒ポーションだった。
そして、俺たちはボス部屋の奥にある階段を上る。
上がった先は、真っ赤に染まる夕日があった。
俺の予想は当たっていたな。ここは間違いなく外界。
そう俺たちはオーセブルクダンジョン50階を攻略したのだ。
「終わった」
「そうだな。まあ、まだ隠しルートがあるけどな」
「ん」
「ギル様、あれを」
リディアが小声で話す。
何なのかとリディアを見てみると、ある方向を指差していた。
そちら側に視線を向けると、そこにはテントがあり、その前で楽しそうに談笑する冒険者パーティがいた。
冒険者か。海底洞窟にあった焚き火の跡があったが……、あそこで焚き火をしたのがあの冒険者パーティかもな。
俺たちが見ていることにあちらも気がついたのか、一瞬だけ驚いた表情をした後、満面の笑顔で手を振ってくれた。
「よぉ!あんたらも攻略したのか?!凄いな!」
そのパーティの中でも、最も上等な装備を身に着けた中年の男が近寄ってくる。
あの言いようだと、やっぱり彼らも攻略した冒険者のようだ。しかし、上等な装備だと思っていたが近くで見るとボロボロだな。鎧の一部はなくなり、胸当てはへしゃげ、所々焼け焦げている。部位によってはサビすらあった。
かなり苦労したようだ。
「ああ、今日突破した」
「そうか!!俺たちも昨日の夜に突破したんだ」
「昨日?なのにどうして翌日の、それも既に日が沈みかけている今までいるんだ?」
「突破した余韻に浸って、持ってきた酒を飲みまくったら二日酔いになっちまってな」
「なるほどな」
あー、気持ちはわかる。昨日、シギルが全部飲まなければ、俺だって一杯やりたい気分だし。
それにしてもこの男は随分と気の良い奴みたいだ。魔法都市で見たことのない冒険者だが、かなりの実力者だろう。
「まさか、俺たちの他にもこのダンジョンを攻略しようなんて気概のある冒険者がいたなんてなぁ。それも俺たちが攻略した直後に会えるとは思わなかったよ。攻略にはどれくらいの日数を費やした?」
あー、どう計算すればいいんだ?17階層の魔法都市を出てからで良いんだよな?さすがに空で一度魔法都市に戻ったことは言えないか。
「魔法都市を出て、だいたい10日ぐらいだよ」
「は?魔法都市?10日?何言ってんだ?」
ん?何か反応がおかしいぞ。魔法都市はさすがに知っているだろう。今、オーセブルクで最も有名な街だ。
だが、本当に分からないと言いたげだ。
「魔法都市だよ。17階層の」
「17階層……。いや、あそこは火トカゲと溶岩しか記憶にないが。魔法都市なんてあったのか」
マジかよ。まさか1階層から50階層までぶっ続けで突破したのか?!自殺行為だぞ。
今も男は「んー」と唸って考えている。どうやら本当に魔法都市のことを知らないようだ。
「最近出来たんだよ。もし今度寄ることがあれば、行ってみてくれ」
来てくれとは言わない。俺が代表だって知らないほうが気兼ねなく話してくれそうだしな。
「いや、さすがにダンジョン攻略は疲れた。しばらくは家で娘とゆっくりするよ」
だよな。俺も当分はダンジョン攻略をしたくない気分だ。
「そうか、気持ちはわかるよ」
「だけど、まずは一度オーセブルクに行かなきゃな」
「そうだな。あそこでゆっくりしたら良い。それにあんたらは初めてのダンジョン攻略者だ。ギルドに報告もあるだろうしな」
アンリもさぞ喜ぶだろう。なんせ、ダンジョン全ての情報を手に入れるチャンスだしな。Sランク冒険者にだってなれるかもしれない。
そう思って言ったのだが、男はまた眉間にシワを寄せて首を傾げている。
どうしたのだろう?俺は何か変なことを言ったのか?
「どうした?」
「いや、冒険者ギルドに報告する必要なんてあるのか?それにオーセブルクでゆっくりするより、野営したほうが休めるだろ」
ん?話が噛み合わない。
彼は見るからに冒険者だ。冒険者ギルドに登録しているはずだ。オーセブルクを攻略したなら、ギルドに報告して実績を認めて貰う必要がある。名誉だって手に入るだろう。なのに、報告する必要がない?
「あんた、冒険者じゃないのか?」
「いや、冒険者だが」
「だったらオーセブルクの冒険者ギルドで報告した方が良いに決まってるだろ」
「……オーセブルクに冒険者ギルドはないだろ」
はぁ?!何言ってんだ?
もしかして、これは詐欺なんじゃないか?ここで待っていて、攻略した冒険者に「俺たちが一番だ」と認めさせるために。逆側の入り口があることは誰も知らない。ここを発見さえできれば、そんな詐欺だって出来るだろう。
そうすれば手っ取り早く冒険者ランクを上げられるしな。
………いや、そうだとして、オーセブルクに冒険者ギルドがないなんて言う必要はない。見た感じ、本当にわからないと言った表情だ。彼にとっては事実知らないのだろう。
いったい何なのだ。この全く噛み合わない感じは。
俺と冒険者と男が二人でうーんと唸っていると、エリーが近寄ってきた。
「ん?どうしたんだぃ、お嬢さん。俺の顔に何かついてるのか?」
「やっぱりそう。間違いない」
「どうした、エリー」
俺がエリーの名前を言うと、冒険者の男は「エリー?」とオウム返ししていた。
エリーは男を指差した。
「父」
エリーは冒険者の男を指差して、彼を父と言ったのだ。
俺と冒険者の男が、一瞬ぽかんとしてから同時に「は?」と首を傾げたのは言うまでもない。
その言葉を理解するまで、俺の知能ステータスを持ってしても長い時間を要するのだった。
これにて50層攻略編完です。
皆様、体調はいかがでしょうか?まだまだ、嫌な状況が続きますが、引き続き気を引き締めて健康を大事にしていただけたらと思います。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます。これからもゆっくりではありますが、完結まで続けるつもりですので、読んでいただければと嬉しいです。