突破
『おぉぉぉおおおおお!!』
巨人ゾンビの咆哮。もしかしたら咆哮しているわけではなく、一般ゾンビが漏らす怨嗟の声なのかもしれないが、巨体だからか叫んでいるような声量だ。
しかし……、息が臭い。肺が腐り、吐く息でその腐臭が漂っているのだろう。いつも思うのだが、魔法を使うスケルトンやら、ゾンビなどのアンデッド系は既に死んでいて呼吸を必要とせず、もしかしたら声帯や肺が機能していないかもしれないのに、どうやって声を出すのだろう?
これもファンタジー特有の不思議現象なのだろうか。
「これがこの階層のボスですか。ギル様どう処理しますか?」
おぉ、リディアがアグレッシブだ。少し前までアンデッド系、正確には魔法攻撃でしか倒せない魔物を苦手としていたのに、今は平然としている。法国でヴァンパイアを倒したのが自信になっているのだろう。
「どのくらいのものか試してみるか」
よく観察せずに攻撃するのは褒められた行動ではないのだが、じっくり観察したところで巨体のゾンビだしなぁ。アンデッド系の弱点である火の魔法で攻撃して、ボスの強さや反応を見たほうがいいだろうな。
そう判断し、俺は大きめの『ファイアボール』を放つ。
火の玉が向かっているのに、ゾンビは身を守ることすらしない。
そのまま『ファイアボール』が直撃し、巨人のゾンビは燃え上がった。
しかし、ジュッという音と共に火が消える。
「火ぃ消えたで」
「マジか。あの巨人ゾンビは火が弱点じゃないのか」
腐った時に出る体液のせいか。いや、他のゾンビはそれでも燃える。もしかしたら、水のせいか?だとすれば、厄介だぞ。
ゾンビは他にも物理攻撃が効くが頭部を破壊しない限り動き続ける。何より痛みを感じないからか、ノックバックさせるほどの威力がないと、攻撃を受けながらも構わず反撃してくる。
この巨人ゾンビは一撃で頭部を破壊するのは難しい。
可能なのは俺の電磁加速砲か、シギルのパイルバンカーぐらいか。だが果たしてそのチャンスがあるかどうか。
「厳しいですね。あの首の太さでは私でも切り落とせるかどうか」
「んー、なんとか俺たちで頭を地面につけさせて、シギルのパイルバンカーでトドメってのはどうだ?」
巨人ゾンビは立っていない。足が相当腐っているのか、そういう魔物なのか四つん這いのような姿勢だ。
姿勢を崩し、頭を地面に叩きつけるぐらいなら何とかなるだろう。
「えー、気乗りしないッス」
シギルが本当に嫌そうな顔をする。
やっぱりゾンビに愛武器を使うのが嫌なのか?
「でも、一撃で仕留めるにはそれが効果的だろ?それにパイルバンカーは武器の魔法効果だから、正確には直接攻撃するわけじゃないぞ」
シギルの武器は篭手。それに腐肉やらが付くのが嫌なのではと思い、それを払拭させるために説得する。
パイルバンカーは、機械的構造から杭に至るまで、全てが土魔法で生成されている。その部分に肉片がついたとしても、魔力を止めれば生成され部分は砂になってなくなるのだから、気にする必要はないと。
だが、シギルが言いたいのはそうではないようだ。
「いや、目の前で腐った頭の中身が飛び散るんスよ?ちょっと……ね」
それは視覚的なことだった。
あー、たしかにそれは嫌だな。俺もかなり残酷なことをしてきたが、巨人の大きさの腐った脳みそが散らばるのを見て夜の食事をする自信がない。
スキルのおかげで頭部を吹き飛ばすことには何も感じないが、スキルには吐き気を抑えてくれる効能はない。
「でも、普通のゾンビにはできるだろ?」
「それとこれとは別ッスよ!一般的なゾンビは吹き飛ばした物が肉片なのか、頭の中身なのか判別できないじゃないッスか」
俺は魔法か斬撃かだから吹き飛ばすことはないけれど、打撃系のシギルが破壊したのを見たことはある。確かに、腐って脳が減っているのか気にしたことはなかったな。
うーん、そんなに嫌なら仕方ないか。皆に時間を稼いでもらって、俺が電磁加速砲で破壊するか。
「じゃあ、かなり時間が掛かるけど俺が魔法で吹き飛ばす。皆で時間を稼いでくれ――」
『おぉぉぉおおおおおお!!』
時間を稼いでくれるか?そう言おうとしたら、ゾンビが突然叫び、俺を叩き潰すように腕を振り下ろした。
「急にどうした?!クソ!でも、避けるだけなら……」
指示しようとしていたからか、巨人ゾンビの予備動作を見逃してしまった。だが、かなりギリギリになるがそれでも何とか避けられそうだ。
「!」
回避しようと飛び退く体制になるが、俺の真後ろにティリフスがいることに気づく。
マズイ、ティリフスの動きが鈍い。俺が避けてもティリフスには直撃してしまう。
石の壁や、氷のドームで防ぐには時間が足りない。ティリフスを抱えて避けるしかない。
俺は体全体に魔力を溜め、全力で飛び退くとティリフスを抱えて倒れ込む。その直後に今までティリフスがいた場所に、巨大な手が叩きつけられた。
うっわ!ギリギリ。無属性魔法で肉体強化をしていなかったら間に合わず叩き潰されてたな。それに突然過ぎて、足だけに魔力を溜めることができなかった。
無属性魔法による肉体強化は、それだけで大量の魔力を消費する。それが体全体の強化なら尋常ではない魔力消費量だ。
体の中にある魔力を同じ体の中に溜めるのに、なんでこんなにも魔力を使うのか理解はできないが、そうなのだから仕方がない。研究を続けるタザールに解明を急いで欲しいほどだ。
などとどうでもいいことを考えてる場合じゃない。それよりティリフスは……。
腕の中にいるティリフスの体をくまなく見て、どこも怪我……はしないか、異常がないことを確認すると安堵のため息を吐く。
「ティリフス、大丈夫か?」
「ひ」
「ひ?」
「ひぃん、怖かったよぅ、ギルぅ」
「は?え?」
普段は絶対にしないであろう泣きそうな声のティリフスに、俺は驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。
っていうか声が可愛いだけに、こういう言葉を聞くとドキッとするな。顔や体がなくてゴツい鎧でも、声だけで十分可愛いと感じてしまうとは、声の影響力は凄いな。
あまりの出来事に集中力が途切れてしまったのか、ティリフスの声のことに考えていたら背後に迫る危険に気づくことが出来なかった。
背中に突然の衝撃。
「ぐっ!!」
「きゃあ!」
俺とティリフスは吹き飛ばされる。
吹き飛ばされて体が回転している最中、どうして吹き飛ばされたのか見ることが出来た。
どうやら巨人が手を叩きつけた後、その手を俺たちに薙いだようだ。俺たちはそれにぶつかり吹き飛ばされたみたいだ。
俺はティリフスをしっかりと抱き、自分の体が地面になるように着地する。
水しぶきが上がり、それが雨のように降り注ぐ。
クソ……、手、足、動く。攻撃を受けた背中は……、痛みはあるが大丈夫そうだ。ティリフスに攻撃は当たっていないし、着地も俺の体だ。大丈夫だろう。
体が叩きつけられたのが水でよかった。地面だったら治癒ポーションを使うハメになっていた。巨人の攻撃でダメージが少なかったのは、振り下ろした後に振りかぶずそのまま腕を振り払ったからだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫、です?!」
「ああ、怪我はない。ティリフスも平気だな?」
「う、うん」
チクショウ、怒りが積み重なる。体に痛みを与えられ、狂化スキルが溜め込んでいる憤怒が爆発しそうだ。一度リッチと戦った時に我を忘れるほど暴れたが、あの感情は身を任せて良いものじゃない。
感情を乗せて戦う分、一撃に絶大な威力があるが、戦い方が雑で俺のやり方じゃない。素直過ぎて見切られやすいし、何より、攻撃を受けても構わないという感情と、敵を完膚なきまでに叩き潰すという感情に支配されてしまう。
それでは勝利したとしても、重傷になっている可能性が高い。もしかしたらそれが致命傷かもしれない。
なんとしてもそれは避けなくては。
俺は理性を取り戻すために、目を閉じて大きく息を吸いゆっくりと吐く。だが――。
「ギル様!」
「!」
俺が平常心を取り戻そうと努めるが、リディアに注意されそれが中断される。
何事かと目を開くと、巨人が攻撃した方とは逆の腕を振り上げていた。腕の向きからして俺を狙っている。
なんでだよ!俺ばかり狙ってんじゃねーよ!そんな知能はないだろうが!
慌てて立ち上がろうとするが、腰にしがみつき兜をゴリゴリと胸に押し当てるティリフスが邪魔で上手く立ち上がれない。
その間に巨人ゾンビは腕を振り下ろした。
やっちまった。これは直撃するな。まあ、仕方ないか。戦闘中に倒れ込んだまま、目を閉じた俺が悪い。甘んじて攻撃を受けようじゃないか。死ななければ回復はどうとでもなるから、無属性魔法で身体強化で防御力を高めるか。
「まったく……、これだから狂化スキルは嫌なんだ」
ティリフスをもう一度庇うために体を入れ替え、無属性魔法で体全体を強化すると、すぐに来るであろう衝撃を待つ。
だが、攻撃は来なかった。
金属と何かがぶつかった音が響く。エリーが俺とティリフスの前に立ち、大盾で攻撃を受け止めたのだ。
「エリー!」
「………」
エリーは力もあって防御のスペシャリストだ。だが、それでも巨人の振りかぶってから叩きつける攻撃を受けるのは危険だ。
大盾は横からの攻撃には絶大な防御力を誇るが、上からの攻撃は想定されていない。大盾の重さが上乗せされた攻撃を体に受けるのだ。
受け流せば何とかなるが、今回エリーはそれをしていない。
真正面から受けたのだ。
エリーのダメージが気になり声をかけるが、エリーは答えずブツブツと何かを呟いている。
ダメージが大きいのか?現に、エリーは攻撃を受けて片膝をついている。
それでもエリーは潰されず、逆に巨人ゾンビの腕を押し返そうとしている。
『おぉぉぉおお!!』
巨人は押し勝てないと理解したのか、もう一本の腕で横から攻撃しようと振りかぶる。
なんとなく俺を狙っている気配がする。
なんで俺ばかり……。やっぱり最初に攻撃したからか?だが、わかっていれば魔法で防御できる。
石壁を出すために魔法陣を展開しよう集中する。だがその必要はなかった。
「……浄化する光を降り注げ!『浄化の神光』」
その呟きの直後、巨人ゾンビを包むかのように、ボス部屋に元々差している疑似太陽の光とは別の白い光が降り注いだ。
『おぉぉ…………』
その光に直射され、巨人ゾンビは頭の先から徐々に蒸発していく。
頭の半分が消え去ると、巨人ゾンビは大きな音を立てて横に倒れた。
え、光魔法?光属性って攻撃力の無い属性じゃなかったのか?
「エリー、今のはなんだ?」
「光属性の上級魔法」
そういうことじゃなくて。いや、俺の質問が悪かったか。
「光魔法ってダメージ与えられるんだな」
「アンデッドによく効く。普段は中級だけど今回は大きかったから上級」
どういう理屈だ?俺もアンデッドに光魔法を使った実験をしたことがあるけど、光を当てただけじゃ倒せなかったぞ。んー、もしかしたらこの世界特有の魔法科学なのかもしれないな。だとしたら言語を理解しないと真似できないぞ。
「後で教えてもらえるか?」
「ん」
「だが、盾であの巨人の攻撃を受けて大丈夫だったか?」
「平気。でも、上級使ったから魔力がもう無い」
そう言えばさっき、普段は中級を使っているけど、今回のボスは巨体だったから上級を使ったと言っていたか。
エリーは近接戦闘も魔法も得意な万能型だ。最近のステータス確認は怠っているが、魔力もそれなりに高かった記憶がある。
だが一度使っただけなのに、それがほぼ無くなるということはかなりの消費魔力なのだろう。まあ、あの巨人のゾンビを一撃だから当然か。
でも、そのおかげで命拾いした。
「ああ、迷惑かけたな。後は俺たちでなんとかするよ。助かった」
エリーは頷くと何事もなく立ち上がった。どうやら本当にダメージはなかったようで良かった。
「ギル様、ティリフス、お怪我はありませんか?!」
「だ、大丈夫、です?」
「あー、旦那。助けに行けなくて申し訳ないッス」
俺を心配した仲間たちが俺に駆け寄ってくる。
あの攻撃を防ぐ術はエリー以外ないから仕方ないだろう。それに俺を助けて、他のメンバーが傷つくのも嫌だしな。
俺は問題ないと手を挙げて答える。
しかし、どうして俺ばかり狙ってきたんだろうか。やっぱり、最初の先制攻撃がいけなかったのか。
「ギルぅ、こわいぃ」
ティリフスが未だに俺に抱きつきながら可愛い声を出していた。ゴリゴリと俺の胸を当たる金属が非常に痛いが。
そういえば、ティリフスはアンデッド嫌いだったか。それじゃ仕方な……、いや、それ以前にアンデッドはティリフスたち精霊を狙ってくるって話じゃなかったか?
今回のボス戦、俺はティリフスの目の前にいて、さらにそれを庇ってずっと近くにいた。
「ティリフス!狙われ続けたのはお前のせいじゃないか!!」
「いやー、ギルがいじめるー」
まあ、ティリフスが悪いわけではないから、嫌味を軽く言って許すことにした。
その後宝箱を開け、石ころが入っていたことにがっかりしたが、シギルの話によるとこれは『破邪石』というれっきとした高級素材アイテムだと説明された。
見た目でがっかりしていたのに、高級と聞くだけで満足してしまうのが悲しい。
それから少しだけ休憩を挟み上層を見るためにボス部屋を出る。
階段を上りきるとそこは、疑似太陽の光が燦々と降り注ぎ、優しい風が草花を撫でる大草原だった。
5階層毎にエリアが変わるならここは間違いなく次のエリア。つまり。
「エリー、46階層だ」
「ん、目標達成」
草原を眺めていたエリーが振り返ると、そこには初めて見る満面の笑顔があった。




