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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十一章 50層攻略
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目標地点

 3方向から迫る大波は、まるで俺たちを狙っているかのようにこの場所へと押し寄せてくる。


 「やべやべやべッス!」


 「うわ!ギルみたいやん!」


 ……それ俺?まあ、自分でも『やべぇ』と『まあ』が口癖とはなんとなくわかっていたけど、あんな連呼してる?百歩譲ってそれが俺だとして、なぜ今真似をする?ハッ!もしや陰で私いじめられてる?!やだ!陰険!

 ……シギルはそんな陰険なことしないか。あの性格だし、回りくどいことではなく直接言ってくるだろうしな。

 いやいや!今そんなことを考えている場合じゃない。パニクって現実逃避してた。


 「ギル様!あれは問題ないのでしょうか?!」


 大問題だよ。波に巻き込まれる怖さはよく知っている。まだ幸運なのは周りに建造物がないところだが、巻き込まれる方向からも波が来ているのは、最大の不幸だ。

 それだと行き場がなくなり………、あ、嘘だろ?そういうこと?

 天井の穴、2つ以上から迫る波。間違いなさそうだが、無茶させすぎだろ。


 「あー……、問題だけど、俺たちはあの波に飲まれなきゃならないみたいだ」


 「は?死ぬわ、そんなん」


 「波に飲まれたとして、お前のどこに死ぬ要素あるんだ?」


 「そやった。ウチだけは無事やから、まあいっか」


 こいつ……。俺たちがいなくなった後、どうやって街に戻るのかとツッコんでやりたい。


 「あの波に巻き込まれると、おそらく次の上層へといけるはずなんだ」


 そう言いながら酸素を出す球根を全員に配る。


 「確証ない?」


 球根を受け取りながら、エリーはこんな質問をする。

 うーん、嫌な質問だ。だが今の気持ちを正直に言おう。


 「ない。けど、俺たちには秘策があるから大丈夫だろ」


 「ひさく、です?」


 「ああ、とりあえず移動しよう」


 俺たちは急いで穴の中心から少し離れた場所へ移動すると全員で固まる。


 「それでどうするのですか?」


 「よし、この辺りなら大丈夫だな。じゃあ秘策だが、全員でティリフスに掴まれ。離さないようにしっかりとだ」


 「え?」


 「盾?」


 「違うけど、それでも良い」


 「おい」


 俺が暴れるティリフスを羽交い締めする。動けなくなったティリフスに皆が次々と掴まった。


 「ど、どうなるんスか?!」


 「たぶん、これからあの天井の穴へ行くことになるはず」


 「たぶんとか、はずとか確信はないんか!」


 「理論は知っているけど、実際にやったことなんてないからな。やりたくもないし。でも、それしか考えられないからな」


 「ギル様は落ち着いていますね。私は怖くて仕方ないです」


 それは全員がそうだろう。落ち着いているように見える俺も含めてな。だが、秘策は盾のように硬いティリフスではない。


 「それはこれがあるからな」


 俺はティリフスの腰にある浮き輪を指差す。


 「それがなにか?」


 「大波で怖いのは波に飲み込まれ、波に連れて行かれた先で倒壊した建物の瓦礫などに巻き込まれること。当然溺れることもだけど、だが周りに建物がない状況だし、この浮き輪が溺れることを防いでくれるからな。ある程度の安心はある」


 まあ浮き輪がひっくり返ると危険だが、その時はその時だ。それに俺たちは上へ浮き上がるのだから、その心配をしても意味がない。

 ティリフスが沈まないように対策したものがこんなところで役立つとは思わなかった。


 「その、ギル様の仰る通りだったとして、天井の穴から少し離れていますがこれでよろしいのでしょうか?」


 「ああ、それはだが……、いや説明している暇はなさそうだ。来るぞ」


 振り返れば波が間近に来ていた。その高さは5メートル近い。大地震で発生する大波に比べれば大したことはないのだろうが、向こう側が見えなくなるほどの水の壁が迫りくるだけで恐怖心を掻き立てる。それが3方向から来るのだ。常人なら絶望してもおかしくない。

 その波の一つに俺たちは接触する。

 未だ倒れず高くなり続ける波に飲まれるが、ティリフスの浮き輪のおかげで浮かび上がる。つまり波に乗ったのだ。

 天井の中心から離れたのは、おそらくあの天井の穴の真下が波同士のぶつかり場所で、そこで待機した場合上手く浮上することができない可能性があったからだ。

 丁度ぶつかり合う時に、波の最頂点近くにいなければならない。そのために中心から少しだけ離れたのだ。

 そして、波同士が重なり合った。

 3方向の波それぞれが反射波となり、互いの力が行き場を失い上方向へと逃げる。結果、峰の尖った一つの水柱と化した。

 三角波だ。

 地球では台風時に見られる現象で、波高20から30メートルにもなり非常に危険だ。

 ティリフスにしがみついた俺たちはその勢いに逆らわず上昇する。

 物凄い衝撃とともに押し上げられ、瞬く間に天井の20メートルへと到達するが、勢いは止まらずさらに上昇し続けた。

 この波も同じ三角波で、おそらくその30メートル近い高さに達するだろうが、それでも次の階層へと行くことはできないだろう。最高到達点で竪穴の岩を掴むか?

 そう指示しようとするが、突然俺たちは水上から水中へと状況が変わった。

 三角波に飲み込まれて水中へ飲み込まれたか?!

 ティリフスの浮き輪の力と三角波の威力に押され、俺たちは水中を急浮上する。

 慌てて用意しておいた球根を咥え呼吸をする。

 呼吸できたことで少しだけ落ち着いたのか、上昇する中で現状を考察する。

 どうやら俺たちは次の階層にある水中へと入ったようだった。海底洞窟の入り口のように、不思議な力で止まっていた水に、三角波が突き刺さったようだ。

 それで水上から水中へ潜ったと勘違いしたのだろう。

 皆に伝えずにいたが、これはかなり危険な賭けだった。しかし、俺は勝てたようだ。

 でも、安心はできない。三角波に飲み込まれることや、上昇しても届かず、今度は水面へ叩きつけられる危険性は去ったが、今は違う危険がある。いや、発生した。

 水中での急浮上による減圧症、つまり潜水病の危険だ。

 俺はティリフスの浮き輪を腰から抜いたナイフで刺し、空気を急いで抜く。

 三角波の勢いをティリフスの鎧の重みで相殺する。全員が掴まっているから、これ以上は上昇せずに済むだろう。

 そのまま待っていると三角波が収まったのか、俺たちは下降し始める。それを全員で泳いで抗う。

 それを何回か繰り返しながらゆっくりと浮上していったのだった。



 竪穴を抜けてもまだ水中だった。

 上を見上げ状況を確認するが、どうやらこの階層は天井近くまで海水のようだ。

 悩んだ末、俺たちは一度水面まで浮上することにした。

 水面から顔を出すが、天井がすぐ目の前にあり、さながら水害パニック映画のような状態だった。

 だが、海底洞窟の他の階層と違うところは、雨が降っていたことだ。

 バタバタと水面を叩く雨。いや、大雨だ。視界が非常に悪く、まだ水中の方が良いほどだ。

 頬を伝う雨が口に入ると塩辛い。この雨は海水のようだ。

 なるほど、こうやって海水を補充してたのか。

 これが満杯まで達すると行き場を失った水は、下層にあった穴から逃していたのか。それがたまたまあの時間帯だったということか。

 下層に降りる場合は、下層へ水を放出する時の吸い込む勢いに流されたら行けるはずだ。

 一日に1回から二回、この階層と下の階層を移動できるということだな。下の階層でキャンプ時に気づかなかったのは、丁度三角波が終わった時に到着したからだろう。


 「見ろ、上手く行った」


 「綱渡りやん!」


 「まあまあ、無事に次の階層に来れたわけですから」


 「ん、他に道なかった」


 「なんでリディアもエリーもギルの味方するん?」


 リディアは俺に甘いし、エリーは事実を言ったまで。つまり、俺は正しいのだ。でもティリフスも甘やかされてると思うぞ。サボっても何故か怒られないからな。


 「しかし、凄い雨だな。話すのも辛いぞ」


 口を開く度に塩っ辛い雨を舐めるハメになる。通常の雨ならば気にしないのだが、海水というだけで煩わしいんだな。


 「確かにそうッスね。でも視界が悪いけど、魔物と戦うことがなさそうだから良かったッスね」


 「すごい数だった、です」


 あ、そこ?海水の雨なのはいいんだ?

 浮上している時に海底を見たが、遠くの方でゾンビやスケルトンがひしめき合っていた。おそらく、アンデッドもここから下層へと補充されていたのかもしれない。

 ただ上層を目指している俺たちは彼らと戦うことはないだろう。下層に行く時はゾンビたちともみくちゃにされるから、上を目指していて本当によかったと思う。


 「さて、それじゃさっさと次の階層へと行くための道を探すか」


 そうして俺たちは探索を始めた。

 俺はまずティリフスの浮き輪を修復してから出発した。抱えながら泳ぐのはやっぱり辛いからな。

 始めは全員で行動していたが、しばらくして、やはり海底を歩くアンデッド以外の魔物は出現しないのを確認できたから、手分けすることにした。

 ティリフスを残すことで集合場所の目印なってもらった。エルの持たせてある光を出すプールストーンもティリフスに持たせた。何かあればこの光が教えてくれる。

 この階層は下の瓢箪型階層よりかなり広く、全員で探索してもかなりの時間を要した。

 壁まで行き潜って横穴があるか調べるのだから当然だが、それ以外にも天井や海底も調べなければならなくなり、それが理由で時間がさらにかかる。

 ティリフスの連絡を見逃さないために、ある程度調べたらまた海面まで浮上しなければならないのが非効率なのもある。

 そんなことを繰り返しながら数時間。

 ティリフスがいる方向に光が灯ったのを確認する。どうやら誰かが見つけたようだ。俺は急いでティリフスの下へ戻ることにした。

 戻ってみると、仲間たちは既に戻っていた。あれ、俺ってもしかしてこの世界の住人より泳ぎ下手?俺がいつも背負っているマジックバッグはティリフスに預けたから、そうなのだろう。少しだけショックだ。


 「おまたせ。誰が見つけた?」


 「ん」


 「エリーか。さすがだな。じゃあ、向かうとするか」


 エリーが俺たちの中で最も高いモチベーションを保っている。なぜならもうすぐ目標の階層のはずだからな。

 もっと時間がかかっても不思議ではない広さなのに、これだけ早く見つけられたのは、エリーの願いのおかげかもしれない。

 エリーの案内でその場所へと向かう。

 次の階層へ行く道は、このダンジョンではよく見る横穴だった。中を覗いてみたが、海底洞窟入り口やこの階層に来るための竪穴のように、水が不思議な力で止まっていた。中には階段もあった。

 どうやらここで正解のようだ。

 全員で横穴を通り、階段を上る。

 最上段を上り切るとそこには扉があった。どうやらここがボス部屋のようだ。


 「ボス部屋か」


 「そういえば、こちら側はエリア突入時にボス戦なんですね。巨人エリアもそうでしたし」


 「あー、たしかにそうだな。宇宙は別として、空エリアのロック鳥も出口側、いや、逆側突入時は入り口だが、そこで長く旋回してたな。リディアの言う通り、エリアの最初にボス戦なのかもな」


 「まだボスかわからない」


 「そうッスよ。すんなり次のエリアかもしれないッスよ?」


 その可能性もある。だが、この海底洞窟エリアでボスらしき魔物はいなかったはずだ。俺はこの部屋がボスだと思う。


 「じゃあ、さっさと開けて見てみるか。皆、疲れは?」


 全員が首を横に振る。

 数時間の探索だったが疲労は少なく、階段休憩をせずこのまま進むことに決めた。

 重い扉をいつものように押して開けようとする。

 だが、びくともしない。


 「何してん?」


 「いや、全く動かないんだが」


 俺は全力で押している。それでも動く気配はない。

 今度はエリーとシギル、俺の3人で押してみる。だが、やはり動かない。

 一瞬、この扉はフェイクで違う場所に本当のボス部屋があるのかと思ったが、すぐそれを否定する。

 このエリアは水が主役だ。中が水浸しなら押して開けるのは厳しいはず。つまり引くのだ。

 エリーとシギルに押すのを止めさせ、俺一人で扉を引いてみた。するとすんなり開いた。

 中はやはり水があった。しかし、水位は膝ほどで、やはりというべきか、不思議な力で入り口から流れてくることはなかった。

 そしてボス部屋で間違いないことも分かった。だが、問題はそこではない。

 ボス部屋の様子は、遠浅の海岸で見つけた洞窟の中ような風景で、そこに天井に空いた穴から光が差す幻想的な美しい場所だった。

 でも、扉を開いた瞬間から鼻につく匂いが、その光景全てを台無しにしたのだ。

 生物の腐敗臭。

 扉を開けた瞬間でボスの姿は見えていた。いや、このエリアに出没する魔物を見ていたら予想できたはずだ。

 どうして水エリアなのにアンデッドにこだわるのか疑問を覚える一方で、その圧倒的存在感に恐怖さえ感じていた。

 ボスはゾンビ。

 瞳は白濁し、顔の皮膚は剥がれ落ち筋肉が丸見えで、その肉も色が黒く変色している。体の肉は所々腐り落ち、骨まで見えている。

 そのアンデッドの周りにある水は、ヘドロのように淀んでいた。

 紛うことなくゾンビだ。

 しかし、大きさが通常のそれではなかった。

 巨大な人形のゾンビ。


 「ボスは巨人のゾンビかよ」

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