続 32 最終話
お父さまがいらっしゃって、お母さまと私の三人でお母さまの居室で昼餐を過ごす。昼は軽くつまめるものばかりだから、すぐに食べ終わる。
「其方はカルディオン・レイスベルクをどうしたい」
「まだ好きなの?」
カルディオン様。私の婚約者……だった方。
私は考えた。いや、すでに結論は出ている。
私の記憶では、あれからまだひと月も過ぎていない。でも、すでに私の心は決まっている。
「嫌いになれたわけではありません。ですが、私のわがままな想いが全ての原因だと、悔いております」
「それは違うぞ、エルネシア。悪は其方の想いを利用し、貶め、略奪を企てた者だ」
泣きそうになる心を、奮い立たせる。私はもうか弱い王女であってはならない。
「カルディ……レイスベルク卿は、ミレシアと婚約したのでしょうか」
妹王女のミレシア。カルディオン様が愛したのはミレシアだ。
「ミレシア? それはない」
「あなたは何か思い違いをしていたのでは? ミレシアは別になんとも思っていないわ。ただ大好きな姉の婚約者だから、兄になる人だと慕っていたにすぎないのよ」
カルディオン様は私との婚約が白紙となり、レイスベルク公爵家が保持していた子爵を継ぐことになったらしい。もちろんミレシアとの婚約などなく、レイスベルク家は縁戚からの養子を迎え降爵となる予定だという。
私はお父さまに何も望まないと告げた。私自身、彼に愛されなかった以上のことはされていない。仮に、ティセラ・ヴァルネ子爵令嬢と婚約しても、私に反対も賛成もする権利はない。
「其方には、薬を飲む前から其方の中にもう一人、アイコの魂がいたことを覚えてるのか」
アイコ……それが名前なのか。塔に幽閉されてから、もしかするとその前から、もう一人の私の中で何かが話しかけていた気がする。
特に、塔に幽閉されて嘆いてばかりの私を懸命に励ましてくれたと思うのだが、弱った心が作り出した妄想かなにかだと感じていた。それでも慰めにはなってくれた。
そうお二人にお答えした。
「そうか、その頃にはすでに其方の中で……」
お父さまは呟いた。お母さまは祈るように両手を合わせる。
「其方が薬を飲み、眠りについた後、アイコが其方の替わりにエルネシアとしてその身を守ってくれた。そしてエルネシアの魂が戻ってくる協力をしてくれた」
「アイコは、あなたの中に、まだいるの?」
……感じない。なぜか、おかしな術があるのはわかるが、別の魂――アイコさんの魂は感じない。
私の魂が眠っていた頃の記憶は微かにある。正しくは、私の記憶でない記憶が、まるで夢を見るように浮かぶときがある。
それからしばらく、アイコさんについて話をした。
お父さまもお母さまも、直接お話したのは数回らしいのだが、手紙のやり取りはしていたらしい。
私の書く文字とは、ほんの少しだけ違ったみたい。
話がひと段落すると、お母さまが侍女に目配せをした。すると、ロクセーが近づいて声をかけてきた。
「失礼いたします。エルネシア王女殿下に、これを」
ロクセーが差し出してきたのは、手紙?
「これはサガラ、アイコ様からエルネシア様へのお手紙です」
私はそれを受け取り、お父さま、お母さまを見る。
「私たちは中を読んでいない」
「それはあなたが読むべきものよ」
私は折りたたまれた紙を取り出し、開いた。
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お帰りなさい、エルネシア。
私はアイコと言います。
あなたの体を借りていて、ごめんなさい。
あなたが眠っていたときの詳しい話は、国王陛下と王妃陛下が話すと思うから、私に協力してくれた人について伝えておきます。
宮廷薬師のミリネリンヌさんは、あなたを戻す薬を作ってくれました。
宮廷魔術師のファティセイロさんは、私に権能や術について教えてくれました。
この二人は、たぶんあなたも会うことがあると思います。
私のことは気にしないで、王女として会えばいいと思う。
塔で生活していた時、身の回りを整えてくれた人たちは、元々王妃陛下や王太后陛下に仕えていた侍女だったんだって。
特にエイリンさんとロクセーさんにはお世話になったんだ。
まあ、報酬は王妃陛下から出ているだろうけど、信用できる人たちだと思う。
あとは塔を警護してくれていた兵士たち。
その中でも、アドレーヌ・リンシェル。第四守備隊副隊長だったかな。
彼には私の運動に付き合わせちゃったし、土魔法も教わった。
その時の、あなたの身体の中の人がアイコだったと、彼は知ってる。
私からお礼は渡してあるから、エルネシアから何かする必要はないけど、もし彼が困ったことがあったら、助けてあげてほしいな。
でも、王女様と平民の兵士が知り合うことはないだろうけどね。
それと気づいているかわからないけど、体の中にある『隠密』と『夜目』については、長くなるから、他の手紙にくわしく書いてあります。
気持ちに余裕が出来たら読んでみて。
あと、この世界の言葉にはないけど、足腰を鍛える運動<スクワット>。百回できるように体を鍛えておいたよ。
私が実践していた運動についても、長い手紙を別に書いておいたから、これも暇なとき読んでみてね。練習表もいれているから、エルネシアも体を鍛えるんだよ。
それと、これからも考えることを止めないで。
一人で悩んだときは、周りの人に相談して。
でも、頼るだけじゃダメ。あなた自身が考えることが大切だよ。
あなた自身の人生なんだから。
それでは、これで。
さようなら、エルネシア。
幸せになってね。
相良愛子
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最後の署名を読むことができなかったのは、知らない文字だったから。
涙のせいだけではない。
「他の手紙は?」
涙で掠れた声で、私は尋ねる。
「はい、あと三通あります」
それを聞いて、泣いているのに笑ってしまった。
「今から、読まれますか」
私は首を振る。
早く読みたい思いもある。でも、まだこれだけで十分だった。
彼女を――アイコを感じるから。
手紙を読む楽しみは、もう少しあとでいい。今は、ただアイコを感じていたい。
そして、これからも考えるよ、アイコ。
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最後まで読んでくれて、ありがとう。
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