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記憶を失った王子は再び人魚姫に恋する。


「さてどこから話そうかな」


 マグヌスはイーサクに椅子を進め、自身は立ったままその細い指を顎にかける。


「最初から話そうか。九年前、カスぺルを襲わせたのは王妃だ。今回と同じ汚らしい奴らを使ってね。そして今回も同じ奴らに襲わせた。ローネ、ウィラも一緒だ」

「それなら助けなきゃ!」

「……多分大丈夫。九年前と同じさ。二人は無事だ」

「なんでそんなことがわかるのですか?」

「九年前、カスぺルは人魚によって命を救われている。そして今度も」

「人魚?!そんなものが存在するなんて。あれは迷信でしょう」

「違うよ。実際、君も助けられているだろう?」

「え?」


 イーサクはマグヌスの話がまったく信じられなかった。しかも自身も助けてもらったのなどと。


「九年前、私も人魚と初めて会った。それから交流があってね」

「へ?!」

「カスぺルは人魚として暮らしていた。海底でね。結構幸せだったみたいだよ。それがなんだか君が難破してから状況が変わったみたいでね」


 そうしてイーサクはマグヌスから長い話を聞くことになる。

 聞き終わってしばらく放心するくらい途方もない話だった。


「私は自分のことは弁えているつもりだよ。小さいときからね。まあ、多少遊ばせてもらったけど。君の兄上役は楽しかった」


 マグヌスはイーサクを愛おしそうに見つめる。


「そろそろ母上には舞台を降りてもらわないと。いい時期だ」


 


 ノアとウィラが王城の門に辿り着くと、門番は待っていましたとばかり彼らを通した。

 そうしてイーサクが待っていると彼の部屋に通される。


「……マグヌス」


 イーサクは確かに待っていたが、その傍にマグヌスがいてノアは体を強張らせた。


「殿下。あの時は失礼いたしました」

「マグヌス?」


 突然臣下の礼を取られ、ノアは呆気にとられる。その隣のウィラも目を丸くして状況を見ていた。


「マグヌス兄上……。いや、マグヌス。兄上をからかうのはその辺にしたほうがいい」


 イーサクが声をかけ、彼は立ち上がる。


「これから、女狐を狩りに出かけましょう。私が猟犬となります」

「マグヌス?」


(この人、また何を言って。大体この人、どうして臣下の礼なんて。イーサクもマグヌスを臣下のように。一体何が起きてるの?)


 ウィラはノアの服の端を掴み、彼は彼女の不安を和らげるようにその背を抱いた。


「まずは狩りにふさわしい格好に着替えてもらいましょう。女狐はもう逃げられません」


 マグヌスはウィラとノアに何も説明しないまま、酔ったように臣下の振りを続ける。


「はあ。芝居じみた演技はもういいから。カスぺル兄上いや、ノア兄上と呼んだほうがいいかな。ローネも、ウィラだよね?」


 イーサクは呆れたようにマグヌスを止め、腰を上げると二人の前に立つ。


「着替えを済ませてから、食事をとりながら説明するよ。九年間のことはマグヌスから聞いている」



 軽く湯を浴びさせてもらい、ウィラはドレスを身に付けさせられた。手伝ってくれたのはジョビナとシャリーンで、二人は事情を知っているようだったが、話してくれなかった。それを不服に思いながらも、ウィラは晩餐の場に向かう。

 すでにノアは着替えを終わらせ席についていた。その隣を勧められ、ウィラはぎこちなくノアの隣に腰かけた。イーサクはその向かい、マグヌスは席に着くことなく、イーサクの隣に立ったままだ。


「カスぺル兄上、僕はあなたをそう呼ばせてもらう。いいですか?」

「勿論だ。お前は俺の弟なのだから。カスぺルは亡くなった母がつけてくれた名前だ。ノアにも愛着があるが、カスぺスという名も大切にしている」


 イーサクの確認にノアが答え、彼は頷くと話し始めた。


(……もう九年前から始まっていたのね)


 九年前、魔女はノアを人魚にしてから、王城の傍に姿を見せた。そこで彼女はノアの「弟」と出会う。ノアに人間としての教育もしたいがため、彼女はマグヌスを通して教材を手に入れ、それを教えた。時折、マグヌスから教わることもあったらしい。

 マグヌスは小さいときにすでに己が本当の王の子ではないことに気が付いていたので、母親と静かに暮らしたかった。しかしながら母は王妃になり、さらに王の子でもないのに、マグヌスを王にするために、ノアを暗殺しようとした。

 境遇を嘆くマグヌスに要らぬ知恵をつけさせたのは魔女だった。数か月に一度しか会わない魔女であったが、マグヌスにとっても彼女は実の母親よりも信頼おける相手だった。

 ノアが人魚として幸せに暮らしていると聞き、彼はイーサクを王にすることを考え始めて、王妃が彼の暗殺を考えないように立ち回りながらも、彼に色々なことを教えた。

 数か月前のイーサクの難破事件は、王妃によるものかと疑ったらしいが、これは本当に事故だったらしい。

 イーサクの死を願っていたのは本当らしいが。

 そうしてマグヌスは魔女と連絡をとりながら、王妃を蹴落とす時期を探していた。


「……マグヌス。王妃はあなたの本当の母上だろう?いいのか?」

「血は繋がってるけど、愛情は皆無だからね。彼女は権力を握りたかったんだ。王の後もずっと」


 長い話を聞き終わり、一同は少し冷めたお茶を飲む。

 さすがに詳細は聞かされないと人払いをしており、給仕はいないからだ。


「カスぺル殿下。人魚の助けが入るとは聞いてましたが、荒事をすみませんでした」

「……マグヌス。それは本心じゃないだろう?」


 臣下らしく深々と頭を下げるマグヌスにノアが尋ね、彼はちろりと舌をだす。


「イーサク。本当にこのマグヌスを臣下に加えるのか?」

「……兄上にそう言われると迷ってしまいますね」

「酷いなあ。これまで色々尽くしてきたでしょう。私は誠心誠意、イーサク殿下に仕えますよ」

「なんだか心配になってきたな」


(私も。ノアが人魚に戻ってくれるのは嬉しいけど、イーサクが王になって、このマグネスが支えるって……)


「兄上。心配しなくても大丈夫。これでもマグヌスのことは信用しているんだ。考え見ればこの九年間、彼は王妃から僕を守ってくれて、色々教えてくれてたなあと思って」

「そうだろう。私はこの日を夢見ていたから」

「が、王妃が死罪ということであれば、その息子のあなたも罪にとわないといけないだろう」

「あ、それは大丈夫。マグヌスは王子でなく、一般市民として放逐される予定だから。私もこのままでイーサク殿下に使えるつもりはありません」


 マグヌスはノアの問いに即答し、一同は狩りに向かうために、王室へ足を運ぶ。

 王室の周りには数十もの兵がおり、扉が狂ったように叩かれていた。


「ここは兄上が。僕はまだ第三王子ですので」

「そうだな……。扉を開けろ」


 ノアが命を出し、扉が開かれる。

 王室を逃げ出そうとした王妃は兵に拘束され、王室が一瞬で裁きの間となった。


 驚いたことに王は正気であり、心底王妃に惚れており、王の嘆願で彼女は死罪ではなく幽閉に落ち着いた。王は王妃と共にあることを願い、退位して静養。マグヌスは一般市民として放逐された。

 結果的に残された王子のうち、第一王子であるノアが王位を継ぐものなのだが、駆け落ちした身であると、彼は王族の身分を返上し、王位継承権を放棄した。

 そうして、イーサクが王となった。

 彼の傍には常に顔に深い傷がある僧侶が相談役として常に控えていたという。

 翌年、隣国の王女がイーサクの元を訪ねる。

 それは海岸であった修道院の少女と瓜二つで、聞いてみると淑女作法の一環で修道院に預けられていたとか。

 こうして、王子は隣国の王女が求めていた少女であることがわかり、婚姻はすぐにまとまり二国間の平和は長く保たれることになる。


 さて物語の主役である人魚姫こと、ウィラのことを語ろう。

 彼女は魔女から借りたナイフで、ノアを襲い……その指に少しに傷をつけ、その血を飲み人魚に戻った。

 第一王子カスぺルは、再び魂を魔女に預け、記憶を失い人魚になった。


「……本当によかったの?」

 

 ヒルダの問いにウィラは微笑む。


 ノアはすべての記憶を失っており、ウィラはまっさらな状態で彼と再び出会った。

 魂を失い、人魚に戻ることはすべての記憶を失うことだと魔女はノアとウィラに何度も説明したが、二人は同意して、ノアは人魚に戻った。


「カスぺル」でも「ノア」でもない、人魚のノアだ。


「うん。ノアはきっとまた私を好きになってくれるから」


 王と魔女の関係も改善して、二人は堂々と会うことができた。


「……君を見ているととても胸が苦しい。君に触れていたいと思うんだ」

「それはまだ早いわ!」


 ヒルダはそんな二人を邪魔する日々で、いつも上の姉たちにどこかに拉致される。


「ノア。私はあなたが大好き。いえ、愛しているわ」

「ウィラ。俺はまだ君のことをよく知らない。だけど、これだけはわかる。君のことがとても愛しい。この腕で抱きしめたい」


 二人は抱き合い、口づけを交わす。


「……今回のノアはへたれではないみたいね」

「よかった。へたれなら、ぶちかます」

「記憶がないのに再び愛し合うなんて、浪漫だわ」

「……結婚式に美味しいものを作らなくきゃ」

「あのノア!手が早すぎる」


 五人の姉が草陰からそっと二人を見守り、王宮では王が魔女相手に悪態をついていた。


「人魚に戻ってくれたのは喜ばしいが、これはいかん」

「まあまあ。王よ。これからまだまだ先が長いぞ。お前さん、あと五人も娘がいるじゃないか」


 魔女は王に請われ、王宮内の彼の私室で二人の姿を水晶に写していた。


「だが、ウィラはまだ十五歳だぞ」

「……確か王妃様は何歳で身ごもったかのう」

「……」


 魔女の問いに王は黙秘を通して、不機嫌な顔で水晶を見続ける。



 王妃も元は人間であり、魔女によって人魚になった隣国の現国王の妹である。人魚として命を落としかけ、人間に戻れば救われたのだが、王妃はそれを望まなかった。王は人間に戻すように魔女に願ったのだが、彼は王妃の意志を尊重し、王の願いを叶えなかった。

 王は魔女に怒り、長く交流がなかった。

 しかし今回のことで魔女と王は和解し、こうして仲良く水晶の中の娘と息子を眺めている。


 ウィラ(人魚姫)のために人間に戻り、再び人魚になって記憶を失ったノア(王子)は、人間に戻っても、人魚になっても、何度でも彼女に恋をした。

 こうして、幸せな人魚姫の物語は幕を閉じる。



――HAPPY EVER AFTER――




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