世界を救った魔術師、勝負に勝って喧嘩に負ける
水蒸気爆発でバラバラになった三日月堂からは、空の様子がよぉく見えた。もうすぐ日が沈むオレンジ色の空が、俺を包み込んでくれていた。
「ポアラ、無事か?」
「はい。先生の指示通り、すぐに防御魔術を張ったので。先生は大丈夫ですか?」
「なんとか五体満足だ」
とはいえ、ダメージはある。やはり子供の防御魔術では無傷で済まねぇな。
しかし、あちらさんは悲惨な状態みたいだ。瓦礫の山を背に、満身創痍でウォルザが倒れていた。
ニフルヘイム•ドミニオンのコアであるつらら。そこから水蒸気爆発を起こした。俺たちは防御魔術を張ったが、あっちは他の魔術が使えない状況だったため、モロに爆撃をくらったみたいだ。
しかし、まだ息がある。
「俺たちの勝ちだな」
ポアラの『フロスト•ソード』が生きており、剣先をウォルザへと向ける。
「そっちはド派手にやったみたいだね」
ミラージュの声がし、振り向く。
「……お前が言うかね」
大柄な男はミラージュにボコボコにされ、引きづられていた。
「──くく。こちらの負け、か、ええ、はい」
水蒸気爆発を直に受け、大ダメージ。
味方(?)の大男もダウンしているときたら、ウォルザはもう抵抗する様子も見せない。
「その歳で、よくニフルヘイム•ドミニオンの弱点がわかったな。何者だ、きみは」
「リッタ。ただのリッタ」
そう言うと、納得してなさそうな顔をされてしまう。
「まぁ良い。エルディア・アストラルはもう我が物だ。あーっはっはっはっ!!」
まるで勝負に負けて喧嘩に勝った、なんて言いた気な笑い声が、この場に響き渡った。
♢
ウォルザは王都の騎士団に逮捕された。三日月堂の店主も、それに関わっていた連中も、全部お縄についた。
ノアも例外ではなかった。
ただしノアの場合、直接牢屋、というわけではなく、事情聴取のため、騎士団の詰所に留め置かれる形となった。
どのような理由であれ、俺の学院の生徒がやったという事実は変わりない。学院長として、俺はノアと会わなければならない。
しかし、今の姿で会うわけにも行かないため、クロードに手を回してもらった。
そのままクロードと共にノアと面会というのも、ノアからしたら、「なんで王様と知らんガキが来た?」となるし、騎士団も意味不明だろう。
なんで、ポアラが面会に行く形にして、俺は付き添いということになった。
「……なんで、お前らが来るんだよ」
面会室の厚いガラス越しに、ノアは目を伏せたまま悪態をつく。
まぁ、当然の反応だ。高嶺の花のポアラと編入生の初等部のドパガキに来られる意味がわからんよな。
「話を聞きに来たんです」
俺の代わりにポアラが会話してくれる。俺は黙って二人の会話を見守るとする。
「話すことなんて、ない」
「ウォルザ先生に、どう言われて手を貸したんですか?」
ノアの肩が、びくりと震えてしまう。
ポアラが真っ直ぐとノアの顔を見つめる。
彼はチラリとポアラを見ると、また顔を伏せ、言葉をこぼした。
「……最初、は、ただの相談だったんだ。親父が、病気で……薬代が、どうしても足りなくて」
ぽつり、ぽつりと絞り出すように話し始める。
「ウォルザ先生が、優しく相談に乗ってくれた。『あの銅像の杖は、異国ではかなりの価値となる。誰も傷つけずに、金を作れるぞ』って」
異国では……か。
「それで、盗みを手伝ったん、ですね」
「盗み……なんて考えはなかった……ただ、古い杖と新しいレプリカを、こっそり取り換えるだけだからって……そう言われたんだ」
言い訳がましく聞こえるだろうことは、ノア自身もわかっているのだろう。声が、どんどん小さくなっていく。
「あの人が、こんなことのために俺を利用してたなんて……知らなかった、本当に」
俯いたまま、拳を強く握りしめている。
「学院長先生の銅像を……フェリックスたちも騙して……俺は……」
うっ、うっ、と涙をこぼす姿に、つい、「すまない」と声を出してしまった。
ポアラの耳には入ったようだが、肩を震わせ泣いているノアには聞こえなかったみたいだ。
「ノアくん……」
ポアラが、静かに口を開いた。
「あなたがしたことは、許されることじゃありません。学院のものを盗み、仲間を欺いた。その事実は変わりません」
「……わかっ、てる、よ、そ、んなこと」
「でも、利用されたということ。あなたがどれだけ苦しい状況にいたこと。それをちゃんと話せる場は、きっとまだあります」
優等生らしい、まっすぐな言葉。だが、それだけに、ノアの心には響いたようだった。
「……俺、学院長先生の杖……勝手に盗んで、売ろうとして……許されないこと……」
「大丈夫」
俺はノアのことをまっすぐと見つめる。
「え?」
「きっと許してくれる」
「……なんだか、きみを見てると、本当にそんな気がするよ」
♢
「これにて一件落着、ですかね」
帰り道。俺を抱っこしたポアラが言い放つ。
「まぁ、エルディア・アストラルは戻って来ないけどな」
「別にいらない杖って言ってたのでは?」
確かに。ポアラの言う通り、俺としては拘りのある杖じゃない。だからあんなところに飾っていたんだけど。
「ウォルザの言っていたことが少し気がかりでな」
「なにを言ってましたっけ?」
「『まぁ良い。エルディア・アストラルはもう我が物だ。あーっはっはっはっ!!』って」
「ウォルザ先生は捕まったんですよね? なんだか、そんなことは関係ないようなセリフです」
「だろ? それに、なんだか俺たちが杖を必死に取り返しに来たかのような感じじゃない?」
「ですです。先生とウォルザ先生の杖への温度差を感じますね」
「捕まることはどうでも良く、どうしても杖が欲しかった。それから異国では価値がある……」
「あ、ノアくんが言っていたセリフですよね」
「ああ。俺も多少価値があるのは知っていたが、異国の方が価値があるのは知らなかったな」
「杖には、なにか意味があったんでしょうか。あの人にとって」
その問いに、俺はしばらく黙り込んだ。
「わからん。ただの金策だったのか、それとも別の狙いがあったのか」
「直接、ウォルザ先生に聞きます? ノアくんに面会したみたいに」
「だな。クロードに頼んで、ウォルザとの面会もセッティングしてもらおう」
本人に直接聞けば良いだけの話。




