Episode 10|哨戒
◆
クロージャが討伐された後も、城下は落ち着いていなかった。
市場が早く閉まる。
子供が外で遊ばない。
蔓の根元があった場所を中心に、周辺の魔物が活性化している。
騎士団が出ても手が回らない状況が続いていた。
城門を出た。
騎士が十二人いる。二つのパーティに分かれている。
アキラは別パーティで北側の哨戒に入っている。
騎士団の隊長がフウを見た。
頭を下げた。
「今日もよろしくお願いします」
フウが「うん」と言った。
隊長がケイに小声で言った。
「あの子の感知が外れたことは一度もないんですよ。騎士の哨戒より先に全部わかってる」
ケイは答えなかった。
——騎士の哨戒より、先に。
九歳だ。
ケイのパーティは、ジンと、フウだ。
フウが前を歩いている。
騎士よりも先を。
「前に出るな」
ジンが言った。
「大丈夫だよ」
フウが振り返った。
「大丈夫かどうかが問題じゃない」
ジンが続けた。
フウが少し速度を落とした。
ジンの半歩前。落とした意味がない。
ジンが、息をついた。
小さく。
何も言わなかった。
——諦めた、わけではない。
言っても聞かない。それだけだった。
◆
城壁から離れたところで、フウが止まった。
「来る」
声が変わった。
無邪気さが消えた。
「どこだ」
ジンが言った。
「右、二十歩。木立の奥。九匹。一匹だけ動きが違う」
フウが右手を指した。
草はまだ揺れていない。
騎士たちが顔を見合わせた。
三秒後、草が揺れた。
出た。
虫型だ。体長が膝ほどある。数が多い。
先頭の一匹だけ、動きが違う。
速い。
「散開」
ジンが言った。
騎士たちが動いた。
フウの言った通りの位置に向けて。疑わずに。
ジンがフウの前に出た。
刀を抜く。一動作だ。
一匹が跳んだ。
ジンが踏み込んだ。刀が走った。
落ちた。
次の一匹が続いた。
また走った。
また落ちた。
無駄がない。隙がない。
騎士たちが、目で追えていない。
もう一匹が横から来た。
「上」
フウの声だ。
ジンが上を見た。
木の枝から飛んでいる。
刀が変わった角度で走った。
落ちた。
「後ろ、六匹。今度は速い」
ケイが振り返った。
草が揺れている。
手を上げた。
——六匹。距離、速度、角度。
構造が、見えていた。
光の線が走った。
後方に向けて、六本同時に届いた。
虫型が一瞬、硬直した。
次の瞬間、六匹が崩れた。
地面に転がる。
動かない。
絶命していた。
静かになった。
「まだいる」
フウが言った。
「あの一匹が奥に引いた。何かを呼んでいる」
◆
木立の奥が、揺れた。
フウの言葉は、正確だった。
現れたのは、体長が人の背丈ほどある虫型だった。
同種の虫型だが、規格が違う。外骨格が厚い。六つの眼球がバラバラの方向を向いている。
大型の後ろに、先ほどの先頭の一匹がいた。
小さく、動かない。
騎士の一人が炎の型を放った。
当たった。
動じない。
また放った。
また当たった。
やはり動じない。
「下がれ」
ジンが言った。
騎士たちが下がった。
大型が動く。
ゆっくりと。
六つの眼球が、ケイを向いた。
ケイが前に出た。
大型が、踏み込んだ。
速い。
体の大きさと合っていない。
構造を読んだ。
外骨格が厚い、のではない。
外側から魔力が補強されている。
補強の構造がある。
——構造には、外し方がある。
必ず、ある。
それを外せばいい。
指を走らせた。
光の線が一本、大型の虫型に触れた。
補強が、解けた。
外骨格が薄くなった。
ジンが踏み込んだ。
刀が深く入った。
大型が倒れた。
後ろにいた先頭の一匹も、同時に動きを止めた。
静かになった。
本当に、静かになった。
騎士たちが動かなかった。
誰も何も言わなかった。
隊長がケイを見た。
何か言いかけて、やめた。
◆
フウが草の上に座り込んだ。
黒髪が乱れている。ワンピースの裾が草で汚れていた。
膝を抱えている。
「疲れた」
「怪我は」
ジンが言った。
「ない」
ジンが近づいた。
しゃがんだ。
フウの右腕を取った。
黙って確認した。
左腕も確認した。
何もなかった。
フウが少し目を細めた。
「心配性だね」
「仕事だ」
ジンが言った。
「仕事でそんなに確認する?」
ジンは答えなかった。
立ち上がった。
草の向こうを見た。
フウが立ち上がった。
「ジン、ありがとう」
「怪我がなかったからだ」
「そうじゃなくて」
フウが言った。
「さっき、上から来たやつ。私が言う前に動いてたじゃん」
ジンは草の向こうを見たままだった。
「気のせいだ」
フウが小さく笑った。
ジンが騎士たちの方へ歩いていった。
ケイはフウの隣に立ったまま、少し間を置いた。
「最初に会ったとき、『また転移してきたね』って言ってたな」
フウが草を見たまま、「うん」と言った。
「前にも会ったことがあるのか」
「そういうわけじゃないけど」
フウが首を傾げた。
「なんか、ずっと来るって思ってた。ケイが。わかんないんだけど」
「わかんない?」
「うん。なんか、ずっと前から。なんでかは、わかんない」
ケイは答えなかった。
——転移してきた、ときに。
フウは、すでに、いた。
フウが、草の上に座り直した。
ジンが戻ってきた。
「帰るぞ」
フウが立ち上がった。
ケイは何も言わなかった。
三人で街道を戻った。
ケイは、その先を、見ていた。
城壁が、低く見えた。
——城下だけで、これだけ出た。
——北は、どうなっている。




