興生の住民に
訓練場の扉を開けると、聞いたことのある声で出迎えられた。
「よっお前ら。さっきぶりだな!」
その声の主は、健人のようだ。
『そうですね。ところで、私達はここのことが未だにあまり分かっていないのですが……』
「ああ、それはちょっとあとでやるから安心しろ」
健人はそう言って、何やら部屋の奥の方に引っ込んでいった。
「これでよしっと……」
戻ってきた健人は、前進を覆う少しゴツゴツしたスーツのような何かを装着し、竹刀二本持って戻ってきた。
「……何やってるの?」
「何って、模擬戦の準備だよ。久々に強そうなヤツがいたら、やりあいたくなるだろ?」
「おおう、戦闘狂……」
星流はかなり驚いている様子だ。
「でも、結果は分かってるんじゃないの?」
「まあな。でも学びにはなるだろ? で、やるのか? やらんのか?」
「やらないでおく」
レリアはそう言って後ろに振り向いた。
「え?……む、無理なのか? そこをなんとかできないか?」
健人は一瞬驚いたような表情をした後、そう言って懇願した。
「……無理かな」
レリアは後ろを向いたまま、そう言った。
「そ、そうか……まあ分かった。そもそも俺が勝手にやろうとしたことだからやらなくても問題はない」
健人はまだ少し名残惜しそうにそう言った。
「それはそれで問題があるのでは……?」
星流が至って真っ当なことを言った。
「んまあ大丈夫だ。俺も流石に誰彼構わずやるわけじゃないし、俺は多少の権限を持ってるから怒られもしない」
なんとなしにそう返す健人。
「権限を変なことに使うのは流石に駄目なんじゃないですか?」
「……そ、それは考えてなかったな」
健人は本気で分かっていなかったようだ。
「で、でも元々レリアの実力は測れって言われてたから大丈夫だ……」
健人はブツブツとそんなことを小声で言っていた。
「で、次は何するの?」
「そ、そうだな。まずは興生の軽いおさらいだな!」
切り替えるように健人はそう言って、興生の説明を始めた。
ここは俗に情報社会と呼ばれるレベルの文明レベルで、安全で文化的な生活ができる都市。貨幣が存在し、仕事やこの都市が課す義務も存在する。そして――
「お前らがこれから受けるのは最低一年間の教育、そして二ヶ月の自立期間だ!」
『質問があるのですが、いいでしょうか?』
「もちろんだ」
『その二つの期間は、具体的にどういうことをするんでしょうか?』
「それはだな、教育期間ではこの興生で生きるための知識を今いる区画で詰め込む。日々の生活もそうだし、基礎的な知識もだ。さらにそれに加え、ここで『義務教育』と呼ばれる汎用的な知識の一部も詰め込まれるな」
健人は教育期間についての説明をした。
「次に自立期間では、この興生の義務を果たし、この都市にいる資格があるかどうかを見極める期間だ。二ヶ月の間に納税などができない場合はここから追い出される。まあ申し訳ないが、こういう秩序でここは成り立ってるんだ」
次に自立期間についての説明もした。
「ってことで、後はお前らの判断次第だ。一回これを受けると、辞めるときは結構面倒だから気をつけろよ。何か質問はあるか?」
健人がそう言った後、レリアは受付に渡された説明書をパラパラと流し見した。
「……うん、私は入ってもいいかな。興生に」
「お、入ってくれんのか。お前みたいな戦力が来てくれると俺も嬉しいからな!」
「……そうだね」
レリアは健人の方を見ずにそう答えた。
「俺も全然入っていいと思ってます」
『私ももちろん大丈夫です』
「了解だ! じゃあそういうことで、こっちの契約書にサインをしてくれ。自分の名前でな」
そう言って健人は紙三枚とペン三人分を差し出した。
「きゅ、急に堅苦しく……」
「すまんな、こうしないと管理が難しいらしいんだ。俺も前口頭でやって怒られてな……」
健人はやはり複雑な仕事はやっていないようだ。
「まあとりあえずサインっと」
星流はサラッとサインをした
『おや、しっかり読んでからサインはした方がいいですよ』
その星流にちょっとした警告をするリレイ。
「うっ、確かにそうだな……」
『あ、私の分は私が確認し終えたらサインお願いしますね』
「あ、自分で書けないもんな……」
リレイを憐れむような目で見つめる星流。
『……お願いですから、憐れむような目で見るのはやめてください』
「すまんすまん」
リレイはその契約書をさーっと目を通した。
『ふむ……まあ大丈夫ですね。星流さん、サインをお願いします』
「あれ? 早いな、そんなんで大丈夫なのか?」
『どうやら私の処理能力は兵器の頃から変わっていないようです。どういう原理なんでしょうかね……』
不思議そうにそう言うリレイ。
「そうなのか……まあとりあえず『リレイ』っと」
そう言っている間に、レリアもサインしていたようだ。
「……よし、これで大丈夫だ。それじゃあこれが部屋の鍵だ。二階にそこの番号に対応している部屋があるはずだから、各自そこで今日は泊まってくれ」
『おや、もしや個室ですか?』
「そうなる。最近はここも人が少なくてな。個室を割り当てられるくらいは余裕がある」
『それはつまりどういうことなんですか?』
「そうだ。ここは他の場所から逃げてきた人のための場所だが、最近はめっきり減ったな。まあ文明が崩壊してから大分立ってるからな……来るのは他の集落が崩壊して、そこから逃げてきた人たちくらいなもんだ」
『なるほど、そんな事情があるんですね』
「……ところでお前、その体で個室とか要るのか?」
『……そういえば、そもそも部屋に入るのすら人の手を借りないといけませんね』
リレイは何も考えてなかった言わんばかりにそのディスプレイの目の隣に汗を表示させている。
「うーん……うちの技術担当に相談して、手とかつけるみたいな感じで、どうにかできないか聞いてみるか?」
『そうですね……して頂けるのであれば是非それでお願い致します』
丁寧にそう言うリレイ。
「球体の体に手がつくのか……」
星流は小声でそんなことを呟いていた。
「ともかく、今日のところは解散だ。リレイのことはまあ……うまくやってくれ」
「うまくやってくれ……わ、分かりました」
星流は少し戸惑った様子でそう言った。
「もうこれで事前準備は終わりだ。明日から教育期間があるから覚悟しとけよ〜?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ん? 言っとくが俺がやるわけじゃないぞ?」
「あ、違うんですか?」
「俺は他の仕事があるからな。それじゃ、またな」
「はい、また」
「ここがよくないかも」「ここが面白いかも」などのご感想等あれば頂けると幸いです。