自己紹介とか【ほっぺの痛みを添えて】⑥
それに、故郷に帰ってきてよかったと思うことは、見知った顔や友達がいるということだ。
親分と慕ってくれた舎弟とか———いないな。
幼稚園児の舎弟って、乳児?
殴りないの喧嘩をした親友とか———いない。
平和バンザイ。
みんなで秘密で飼った猫とか———ねえな。
致命的な猫アレルギーだし。
会うたびに抱きしめてくれたパン屋のお姉さんとか———いねえよ。
まず、パン屋がねえ。
あとは……
幼馴染とか?
自分の交友関係の薄さと人間関係に翻弄される愚かな種族に身震いを覚えつつ、階段へと続く廊下の角を曲がると、聞き慣れた元気のいい声が、後ろから聞こえた。
「ああ、こんなところにいた! 探したんだぞ!」
びくっとなりながら振り向くと、あやめがポニーテールをゆrしながら駆けてきた。
「もう! 呼んでも止まってくれないんだから!」
「そのセリフ……」
「幼馴染が照れながら言ってる感じで頼む、とか言ったら、正拳突き、いくよ?」
あやめが、すうっと目を細める。
この戦意むき出しな女の子は、藤代あやめ。
ロウ姉宅のお隣さんで、小さい頃はよく遊んでいた。つまり、夢とロマンと幾らかの甘酸っぱい思ひ出を加えると、俗にいう幼馴染になる。引っ越してからも連絡を取り合っていたので、今でも子どもの頃のような関係でいられるわけだ。それに、さっきも言ったけど、見知った顔がいるというのは、本当に嬉しいしありがたいことだ。
それだけでなく、あやめは可愛い。
まだ、あどけなさの残る顔立ちに、くりくりとした目、明るい性格。
そしてポニーテール。
文句なしn美少女。
そんな幼馴染がいて、僕は誇らしい。
ほら、ここまで無理して褒めちぎったんだ。
そのこぶしを下して頂けませんか?
握りこぶしを作っている幼馴染(空手黒帯)に、両手を突き出す。
その様子をみて、あやめが小首を傾げる。
「うー、何びびってるの?」
「びびびbbbびびってねえし!」
「いやいや、ちょっと声震えてるし」
「ふ、震えてなんかないんだからっ。ばかばか、色気なし暴力女!」
「……色気なし女……?」
そうだ、そうだ。
俺はびびってなんかない。
勝手に歯がガタガタ言うだけだ。
嗚呼———そうか、なるほど。これが武者震いってやつか。
ふふふ、僕の体がこいつと戦うことを望んでいるということか。
よし、よし、やってやろうじゃないの!
覚悟と決意を胸に宿し、敵を視界に捉える。
すると、あやめが不敵な笑みを携え、振り上げた拳をぎりぎりと鳴らしながら、さらに強度を高めるため握り固めていく。
童顔なあやめがいやらしく笑うと、とても怖い。
息を深く吸った狩人は獲物(僕)を目視・捕捉・確認すると、再びにやりと笑う。
「いま、必殺のおおおぉぉ……最初はグー……」
こ、こいつ強化系か⁉
「……っ、くそが!」
爆発的なオーラ量を感じ取るや否や、韓宝バックステップで距離を取る。
奴のリーチの短さは承知の上だ。
ならば、こちらの技を繰り出す方が、早い!
素早く態勢を整えると、僕は頬を緩めた。
これで、終わりだ!
疾風のごとき速さと流れる水のしなやかさで、両足をそろえ、膝を畳む。
その動作と連動し、、無駄のない動きで、両の手を固く冷えた床に豪快に叩きつける。
そして、防御をより強固にするために、背を丸め、屈むように額を床にこすりつける。
してやられたり! と、目を大きく見開く狩人。
僕は戦闘終了を確信し、小さく微笑み、そして言った。
深い慈愛と、やさしさを持って———
「どうも、すみませんでした」
はい。
ということでね、今さら人には訊けない上手な土下座マナー講座だったわけなんですけどもね。
どうだろうか。
春うららかな昼下がり。
天下の往来たる廊下でガチの土下座を決め込む僕って、終わってるな。