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王様の奴隷  作者: ぷー介さん
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日常という非日常

エレノアは時間を見つけるとエルに変装しサルマンへ出向くようにしていた。

それは、理容店という市民が集まる場所ならば街の情報も集まる。エレノアなりに王族として市民の必要としていることについて知りたいという名目だが、最近ではコリンと会うことの方が楽しみになっていた。エレノアの足は自然と彼が働く居酒屋に向かう。


あの一件以来、コリンと交流を続けている。ロジェットの手伝いが無い日や早めに終わった日は決まってコリンを誘い二人で街を一望出来る丘へ登った。そして、定位置と化した切り株の上に二人並んで座る。エレノアが8歳に対し、コリンは13歳らしい。可愛らしい子供が二人並んで座る姿は微笑ましい。しかし、二人で話す内容は、全くもって子供らしからぬ話題も多かった。


「関税の引き上げについてどう思う?」

二人の話題は、日常の流行りや世間話に混じり、政治、経済、法律や戦況についても多かった。

エレノアはコリンの方を向いて聞いた。

ルドラ王国は何百年も続く王国ではあるが、実際のところ王座の奪い合いの歴史であり、王国の政治や経済が安定したのはこの十数年である。経済の発展について今後まだまだ余地があるといえる。


「そうだな…」

コリンは街をじっと見下ろしながら少し考え、言葉を紡いだ。

「ルドラは今まで一次産業が主で、貿易ではまだまだ弱い立場だと思っていた。だから、関税率を上げるなんて陛下の決断は愚かだって思ったけど、北側のイリヤ国と二次産業の共同開発を行うというアイディアを聞いて驚いた。まさか、国家を上げたプロジェクトを組むなんて、今までのルドラでは考えられなかったからな。」



コリンが様々な考えを巡らせながら話す言葉をエレノアは一字一句逃すまいと、黙って聞いていた。コリンの言葉は王族とは別の第三者として貴重な意見だ。

エレノアはコリンと初めて会ったとき、助けては貰ったものの無愛想な人という印象が多少あった。しかし二人で会ううちに、無愛想という印象は消えていた。

彼は感情を表に出すことが苦手なのだろう。そのため、初対面で彼は無愛想だという印象を与えてしまう。しかし、彼は不器用なだけで、慎重に言葉を選び発言しているだけだとエレノアは感じていた。


エレノアは残っていた前世の記憶と重ねながらコリンの話を聞いた。

前世とはテクノロジーも全く違うが、この世界でも、貿易についての問題は沢山ある。そして、海外との貿易については、エレノアの前世の仕事柄、関心があった。


「エルはどう思う?」

エレノアが黙っていたので、今度はコリンがエレノアに問いかけ、エレノアは考え込んだ。

「僕はまだ時期早尚じゃないかと思ってる。二次産業に進出するという気概は良いけど、市民は一次産業で成り立っている人達がほとんどだし…。他国から干渉されなければいいけど…」


エレノアは、国王の政策に反対というわけではないが、懐疑的になる部分もある。だからこそ、第三者の意見が欲しい。

国王が父親ということで身近過ぎる視点ではイマイチ自分の考えに自信が持てない。


「俺は今回の政策は良いと思うが…まぁ、賛否両論だな。」


コリンが簡単に話をまとめてしまうと、立ち上がって伸びをした。そして無表情のままエレノアを振り向いた。


「やるんだろ?稽古」

「うん!」



再び暴漢に襲われても逃げ切れるよう、無駄に人を傷つけないよう、コリンが護身術をエレノアに教えることになった。

腕を掴まれる等の体術から、剣技まで、日によって教わることは様々だった。それは、アーシェやジョーイと行う基礎的な稽古とは違い、より実戦に近いものだった。


そして最終的に逃げ切れない場合は相手を傷付ける事も覚悟しなければならないとコリンから言い聞かされていた。

不要な怪我人は生み出したくないが、それでも事態収拾のために最低限の犠牲を払わなければならない場合もある。



『あんな状況は二度と起こしてはならない。』

エレノアは座りながら背筋を伸ばした。そして、コリンの菫色の瞳をじっと見つめると、突然立ち上がりコリンに向かってタックルを仕掛けた。

しかしコリンの動きは速く、エレノアの脇へ避けた。急停止が出来ないエレノアは空を掴み、標的が避けた為、慣性の法則よろしく倒れそうになる。しかし、エレノアは右手と両足で踏ん張り、低い姿勢のまま地面を蹴り方向転換をすると、再びコリン目掛けて突進した。

コリンは先程と同じように直前で脇へ避けた。しかし、エレノアはコリンの直前で思いっきり足を踏ん張り、後ろへ一歩跳んだと思うと、今度はコリンが避けた方向へ跳躍した。

「ぅおりゃぁ!!」

そのままエレノアは右拳を振り上げた。

拳はコリンの眼前まで来ていた。エレノアは今度こそイケる!そう思った瞬間だった。

「パシン!!」


拳はいとも簡単にコリンの左手で払われたかと思った瞬間、そのままコリンの右手で鳩尾を掌底打ちされエレノアは地面に投げ出された。


「ぅうぅ…」

エレノアは腹部を抑えながら苦しそうに地面に転がった。彼女は一応これでも王国の姫である。今までこんな仕打ちされたことはない。というか女性はほとんど鳩尾を殴られるなんてことは経験しないのではないだろうか…。

だが、コリンはエレノアが立ち上がるのをじっと見つめている。

もちろん、コリンだって女性にこんな事をするはずない。だが、今目の前にいる少女を『弟のような少年』と思い込み、稽古をつけて欲しいとせがまれたのだから、容赦はしない。『エル』にもっと強くなって欲しくてコリンが知っている限りの事を教えたいと思っている。


「いたたた…さすがに今のはキいたよぉ。」

エレノアは鳩尾を撫でながら立とうとすると、コリンはさっと手を差し出し立つのを手伝った。エレノアは立ち上がると身体についた埃を手で払いながら聞いた。

「今のはどうだった?いつもよりは早く反応出来たと思うのだけど?」

「俺の足元を見て方向を予測したんだろ?上出来だ。あとは最後まで油断しない事だ。エルも強くなった」

「ホントに!?」


コリンも一緒にエレノアの埃を払ってくれた。そして、エレノアは褒められて嬉しかったのか、目をキラキラさせて目の前のコリンを見つめた。エレノアの頬が少し汚れていたのだろう、コリンは親指で頬の汚れを拭っている。とその瞬間コリンはエレノアと目が合った。コリンはいつの間にか眼鏡の奥、エレノアの太陽の様な瞳に引き込まれていた。


「コリン?」

何秒も経ってはいないと思う。だが、急に黙りこくってしまったコリンをエレノアは訝し気に呼んだ。

「ん?いや、何でもない。ここに痣が出来てしまったと思って…」

コリンはエレノアの右顎に出来てしまった1センチにも満たない小さな痣の周りを優しくなぞった。跡になるような大きなものでは無さそうだが、出来た場所が顔だ。『男の子だって顔に痣は拙いだろう』コリンは少し罪悪感を感じていた。

「げげ?!痣が出来ちゃってる?目立つ?」

「ん、いや、まぁ1日、2日くらいは腫れるだろうが…すぐに治る傷だとは思う。だけどもし治らなかったら俺が責任を…」

そこまで言いかけてコリンはハッとした。責任を取るといったところで何をしたらいいのかわからない。そもそも、女の子の顔に傷なら将来を約束して結婚等、恋愛小説で聞いたことあるが、相手は小さな男の子だ。今後だっていくらでも顔に傷を作ってもおかしくない。だが、『エル』に対しては、なぜだろう。このままどこかに『エル』を傷つけないよう隠してしまいたいとまで思っていた。弟のような存在だからか?


「1日、2日かぁ…まぁ、多分大丈夫だろう。」

エレノアはエレノアで何かを考える様にブツブツ言っている。


カーン・・・カーン・・・・


街の教会で夕方を知らせる鐘が鳴る。

「もうこんな時間か。」

「そろそろ帰らないと!」


コリンとエレノアは街を見下ろした。街の人々も昼から夜への準備に取り掛かっていた。

「じゃあ、また今度よろしくね!」

「あぁ。」

エレノアは右手を大きく振りコリンに別れを告げると走っていった。

そしてそれにコリンも右手を軽く上げ応える。いつも二人はここで別れる。そして再開の約束はしない。お互い、これ以上は踏み込まないという暗黙のルールがあった。


エレノアは走った。通り慣れている森とはいえ、さすがに夜の森を通るのはいささか不安が残る。


エレノアは自室に戻ると、鏡台の前で髪を整え、そして顎に出来たと言われていた痣を確認した。

「なんだ、痣って言ってもこれっぽっちね。これじゃ絶対気づかれないわね」


コリンが申し訳なさそうに責任を云々言っていた気がするので、どれくらい酷い傷だったのか内心不安があったが、こんな薄っすら蒼い小さな痣など、すぐに治ってしまうだろう。

エレノアは痣の周りをなぞった。無意識にコリンの感触を思い出していた。


コンコン―――

「お夕食の準備が整いました」

ドアの外でミラが呼びかけた。

「今行くわ。」


エレノアは髪を簡単にまとめると自室を出て食堂へ向かった。そしてエレノアの『痣なんて気づかれない』という予想は甘かったと知らされる。

主に、ジョーイの乱心で。




「私の可愛いエレノアにぃぃ!!痣があぁぁ!アーシェか!アイツか!アイツがやったんだな!今すぐアーシェを打ち首にしろ!!おおお、エレノア可哀そうに。こんなに痛々しい傷が出来てしまって。兄としてこの傷を国家総力を挙げて治療しよう!!」

「お兄様落ち着いてください!この傷はドアにぶつかっただけです!アーシェ様とは一切関係ありません!!」

「そ、そうなのか?!エレノア!!アーシェなんか庇う必要はないんだよ?」

ジョーイはエレノアを抱きしめながら泣いている。彼の端正な顔は涙と鼻水でグショグショになっていた。

エレノアは何とかジョーイを宥めようと必死である。しかしそんな状況を横目に王妃とパトリックは平然と食事を進める。こんなことは最近の日常と化していた。唯一、王だけがエレノアの傷を不安そうにこちらをチラチラ見ている。


「ジョーイ、そんな小さな傷くらい治るわぁ。エレノアが困っているでしょう。安心しなさい。ワタクシも昔はもっと大きな傷を何度も作っては治してるんだからぁ。」

王妃はとうとう呆れたようにジョーイを諭した。しかし、ジョーイは頭を振って反論する。

「エレノアと母上を一緒にしないでください!エレノアは母上と違って繊細なんです!!」

「なっ!!」


王妃は右眉をピクリと上げた。

「ジョーイ、ちょっとこちらへ来なさい」

「なんですか、母上。」


ジョーイは不満そうだが、王妃が呼ぶのでしぶしぶエレノアから離れると、王妃の傍へ寄った。王妃はジョーイの肩に両手を置き、彼の目線に合わせて諭した。

「エレノアはね、ワタクシの血も半分入っているのよぉ。だからね、少しの物事には負けないたくましい女性になって欲しいと思ってるのぉ。だからね…」


「グフッ!!!」


鈍い音がしたかと思うと、ジョーイがいきなり鳩尾を抑えて崩れ落ちた。

「そのような痣くらい簡単に克服できる女性になって欲しいと思っているし、ジョーイ、貴方は体力的にも精神的にも、もっと強い殿方になって欲しいと思っているのよぉ。」


王妃は誰もが見惚れてしまうような爽やかな笑顔で、だが右手を固く握りしめて、崩れ落ちているジョーイを見下ろしている。


「…精進…しま…す…」

ジョーイはそれだけ言うとガクッと気を失った。きっと、いや絶対、王妃の拳がジョーイの鳩尾に入ったのだろう。

最近は、夕食も賑やか(?)になった。今までは王族として毅然とした態度で、お互い本音も言わず、あくまで形式の家族という感じだった。しかし、王妃のカミングアウトのおかげで、王妃や王、兄弟たちと本音で向き合うようになったとエレノアは感じていた。


「やれやれ、これじゃエレノアが嫁ぐとなったら大変なことになりそうねぇ」

王妃は面白そうにエレノアを見ながら食事を再開させ、エレノアは苦笑するしかなかった。


とりあえずは、アーシェという国民を冤罪で打ち首にする事にならないで良かったとエレノアは安堵した。

ここまで読んでいただきありがとうございます

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