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王様の奴隷  作者: ぷー介さん
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事情聴取

助けてくれた少年はコリンと名乗った。エルはコリンの後を付いていく。

コリンはダウンタウンの入口近くの居酒屋で下働きをしているらしく、ダウンタウンに似つかわしくない年齢のエルが娼婦街へ進んでいったので、なんとなく嫌な予感がして様子見をしたのだと教えてくれた。


ダウンタウンと大通りの境目にコリンの働いている居酒屋はあり、その近くに騎士団の駐在所はあった。駐在所では兵士が数人常駐しているらしい、そこは地域の治安を警備している、いわゆるルドラ王国の交番である。


エルは駐在所に足を踏み入れるのは初めてで、入るのを躊躇ったが、コリンはどんどん中まで進んでいく。


「すみません、ダントさんいますか?」

コリンは近くにいた兵士に何かを話している。兵士はコリン達に『奥にいる』と言って探し人がいるであろう部屋のドアを指差し駐在所からどこかへ出掛けていった。


少年はノックをせずに案内されたドアを開けた。


「ダントさん、こんにち……何してるんですか?」


顔をしかめた少年に続いてエルも入室すると、部屋の窓枠に手と足を掛け、今にも飛び出して行きそうな男がいた。

男はコリンを認めると、ギョッとした顔をし、動揺しているのか目が盛大に泳いでいる。


「あぁ、こ、コリンか!今日は天気が良いからもしかしたら翔べるかもしれないと思って!あはははは…」


「はぁ、そんな逃げなくても、今日はツケの請求で来たんじゃないですよ。ちょっと人拐いに巻き込まれそうになったので、通報に来ただけです。」


コリンは盛大な溜息を吐き、呆れたように説明した。そして男はコリンの説明を聞くやいなや、先程まで冷や汗をかいていたとは思えないくらい顔がパァッと晴れやかな笑顔になって近づいてきた。


「そうか!そうか!コリンがわざわざ頼ってきてくれたんだな!」


男は金髪で40歳くらいだろうか、コリンの肩をバンバンと叩き、嬉しそうな笑みを浮かべている。


「おや、そちらのお連れの方は?初めまして、私は駐在所長のダントと申します」


ダントは紳士然とした態度でわざとらしく恭しくエルにニコリと微笑み握手を求め右手を差し出した。だが、それは嫌味ではなくふざけたような素振りで、それに応えるように、エルも微笑み返し握手に応じる。


「エルと申します。この度は、人拐いに遭いそうなところをコリンさんに助けて頂きました。」

「なんと!災難でしたね。無事で何よりです。」



「ダントさん、その事で話があるんですが…」


エルとダントが挨拶を交わしていると、コリンは神妙な面持ちで話を始めた。







「なるほど…正当防衛で相手を傷つけてしまったと…」

ダントが顎に手を充てて思案しているのを、エルは不安そうに見つめている。それにダントが気付き、エルにウィンクをした。


「なぁに、正当防衛だろ。それに髭剃りナイフならそんなに傷は深くないだろう。まぁ、傷を見てからの判断になるが…」


コンコンコン─────


「失礼します。人拐いの関係者かと思われる男性二人を確保しました。」

「よし、わかった。エル、君は顔が二人に知られているだろうからここから出ないように。コリン、君は二人の顔を知っているか?出来れば男達に隠れて顔を確認して貰いたい。」


コリンは黙って頷くと、ダントはコリンに付いてくるように言った。

兵士がダント達に男を確保した事を伝え、ダントとコリン二人が部屋から出ていくとエル一人が部屋に取り残される形となった。

男達に顔を見られないのであれば、本来はエルが男達の顔を確認するべきだったが、傷害を起こしている可能性のあるエルと男達を接触させるわけにもいかずダントの判断でコリンを連れていく事としたのだろう。


エルは一人落ち着かず部屋をウロウロと歩き回ったが、不安が解消されるはずもなくドアを少し開き外の様子を穿った。

エルたちが入ってきた廊下にはもう一つドアがあり、その前にコリンは立っている。そしてコリンはドアに耳を近づけて聞き耳を立てていたが、エルがドアから顔を出しているのを見つけると、口に人差し指を当て『静かに』のジェスチャーをした。

そしてドアの中からは男達の怒鳴り声が聞こえてきた。


「だから俺はガキに刺されたんだよ!!被害者なんだぞオラァ!!解放しろぉ!!」

男達はかなり荒れているのか、聞き耳を立てなくても怒声が聞こえてきたが、その中には聞き覚えのある声も怒鳴り声の中に怒声も交じっていた。


「さっきから自分が被害者だどうのって言ってっけど、てめぇらローランから流れて来た人拐いだってのはわかってんだよ!手配通知にてめぇらの情報は既に流れてきてんだ!」

ダントの怒声に男二人はローラン討伐から情報が流れている事を知ったようで黙ってしまった。


「『刺された』だぁ?!てめぇらがガキを拐おうとしたからだろ!そもそもガキに刺されるようなヌルい仕事してるんならやめちまえ!そんなちっさなかすり傷でピーピー騒ぐな!大の大人がみっともねぇ!」


ダントの怒声が聞こえなくなると、あたりは一気に静まり返った。おそらく男二人もダントに論破され何も反論できなくなってしまったようだ。


怒声からしばらくたつと、コリンの前のドアがガチャリと開きダントだけが出て、コリンを連れ立ちエルのいる部屋へと戻ってきた。

そして、ダントはエルの前に立つと、今後の処遇について説明し始めた。


「今回のエルがしてしまった事は、完全に正当防衛だから、気にしなくて良い。むしろエルのおかげであの二人を逮捕出来たので感謝したいくらいだ。二人は今後地下牢から公の手続きを経て収監されるから逆恨みは無い。」

そこまでダントは矢継ぎ早に話すと、エルの目線に合わせるため屈み、目を細めてエルの頭に手を置いた。

「色々な事が起こってショックが大きいかもしれないが、君は自分自身を守るために必要な事をしただけだ。気にする事はない。本来であれば、君のような人が出ないように我々が治安を守らなければならなかったのに、不安な思いをさせてしまったね。それに君は初めて人を傷つけてしまったのだろう。怖い思いをさせてしまって申し訳なかったね。」


ダントの優しい言葉にエルの緊張が解けたのか、エルは気づいたら大粒の涙を流していた。そしてコリンはそんなエルの背中を優しくさすってくれていた。








エルは腫れた瞼を濡れタオルで冷やしながら、ダントが作成する報告書の質問に答えていた。そしてコリンはエルのすぐ隣に座っている。

「じゃあ、実際に手を出してきたのは大きい方の男なんだね。ところでエル、君の本名を聞いても良い?」


ダントは羽ペンで書きながらエル回答を待った。しかしエルは首を横に振り

「僕はエルです。奴隷身分なので、家名はありません」


エルの回答にダントはピクリと肩眉を上げた。


「まさか、いくら奴隷身分は職業選択自由だとはいえ、君の年齢であの場所で働くことは禁止されているはずだ…まさか誰かに無理矢理雇わされているのか?!」


ダントの語尾に怒りが含まれている事を感じたエルは慌てて誤解を解こうとした。

「違います!僕はロジェットさんの理容店で働いてます!今日はダウンタウンの研師にハサミを受け取ろうと……あぁ!!ハサミ受け取りに行かないと!!忘れてた!!」


エルは漸く本来の目的を思い出し、思わず瞼に掛けていた濡れタオルを落としてしまった。コリンは慌てふためくエルの為にタオルを拾い上げエルに手渡すと、エルは泣きそうな顔でコリンを見つめた。初めてエルの素顔をみたコリンは一瞬は目を見開いた。


「お前っ…」

「ダントさん、今何時ですか?!どうしよう!!研師さんまだやってるかな?明日からロジェットさんのお仕事出来なくなっちゃう!!」


エルは慌ててダントに向き合い頭を抱えている。

「エル、落ち着きなさい。今はまだ午後3時だよ大丈夫。研師とはバリーさんのところかな?彼の店ならはまだやっているよ。但し、さっきの事もあるから一人では行かせられないよ。だからと言ってうちの兵士を付けると目立ってしまうし…そうだ、コリンと一緒に行きなさい?大丈夫だ、彼は強い」

「それは全然構わないですけど、俺が強く出られるのはツケ払いが遅い人だけです」


ダントはコリンの言葉に一瞬ビクッとした後に、エルにニッコリ微笑んだ。

「今日はありがとうございました!」

エルは眼鏡を掛け帰り支度を正すとペコリとお辞儀をして部屋を出ようとした。


「そうだ、エル。今回の事はロジェットに一応伝えておくよ。今後の為にね。」

ダントがエルに呼びかけると、エルはロジェットに心配を掛けてしまうとためらったが、

「なぁに、あいつとは同期入団で今でも飲み仲間だ。悪いようにはしないよ」

とダントはエルにいたずらそうにウィンクをした。



─────



駐在所を出てまたダウンタウンに向かう二人。

一人で歩いた時は不安だったエルも、二人で歩くことで少し安心していた。二人は道中で色々な話をした。



「俺もエルと同じ奴隷身分だよ。たまに居酒屋で働いて。それ以外は結構好きなことしてる。」

「じゃあ僕と同じ感じなんだね。せっかく友達になれたんだし、また会える?」



エルは眼鏡の奥でコリンにニッコリ笑いかけた。エルの笑顔にコリンもアーモンド型の目を細め応えるようにニッコリ微笑むと「あぁ」と頷いた。

「それにしても…」

コリンは思案しながら言葉をつづけた。

「ローラン村に関しては王様も判断を誤ったんじゃないか…?」


「なぜ?犯罪の温床だった村を殲滅した事は良かったんじゃないの?」

コリンが顎に手を当て考えていると、エルは首を横に傾げ意味が分からない様子だった。


「いや、ローランを殲滅したことは評価できるけど、時期早々だったんじゃないか?今や、ローランという犯罪者たちの隠れ蓑が無くなってしまった事によって、犯罪者は各地域へ散らばってしまった。今回の人拐いだってそうだ。ローランにいられなくなったから王都まであいつらは出てきた。この国は光と闇を完全に分けていたから平和だったのに…。」


コリンは悔しそうにギリっと唇を噛んだ。理髪店では王の政策を褒める者はいても、否定する者はいなかった。だからコリンの考えはエルにとって興味深いものだった。

「でも、そしたらいつまでも周りの地域住人に負担を強いる事になるよ。それは王のお許しになるところではないんじゃないかな?一部の住人にだけ負担を強いる事は王の本意ではないと思う…。」

エルはコリンの考えに素直に自分の意見を述べた。コリンの言っていることも理解できないわけではないが、納得は出来なかった。

コリンは「そうか」とだけ頷いて少し黙ると、それからは他愛のない会話が続いた。


エルは研師の店に着き無事ハサミを受け取り、コリンが働く居酒屋で二人は別れエルは帰路に着いた。


理髪店まで戻ってくると、エルはロジェットに今日あった事を話した。ロジェットを出来るだけ心配掛けさせないように端的に話したつもりだったが、ロジェットが申し訳なさそうに「怖い思いをさせてしまったね」と言っていたので、「新しい友達が出来たので楽しかった」と伝えた。



そろそろ夜の帳が降りてくる頃、エルは一日の仕事を終え、ロジェットの店を後にするとサルマンの東側にある大きな森に入っていった。この森はルドラ王国が管理している森であり、『王立の森』と呼ばれていた。しかし、実際に整備されているわけでもなく、鬱蒼と茂った木々に街の光は奥まで届くことはない。そしてこの森は王宮の東側まで続いている。


エルは森の奥深くまで進むと、既に使われていないのか、蔦の絡まるとても古そうな井戸の前で足を止めた。そして、井戸の蓋を開けると井戸の奥底まで降りて行く。


エルは下まで降りると、中は湿った空気が充満していた。だが、井戸の底は水は流れておらず人一人が通れるくらいの地下道となっている。エルはその道を躊躇なく進んでいく。どれくらい歩いただろうか、しばらく歩くと、壁に突き当たる。そして正面の壁には梯子が伸びておりエルは梯子を登り井戸から出ると、薄暗い部屋へと出た。





ルドラ王国は身分制度がある。

貴族

市民

奴隷

に分かれている。

しかし、奴隷だからといって虐げられる存在というわけではない。

市民は土地と家名を持ち近隣で労働を行わなければならない。これは、人口の偏りを出来るだけ減らし貧富の格差を少なくするための政策として何百年も続いている。そんな市民に対し、奴隷は土地と家名を持たない。しかし、奴隷は土地を持たない代わりに職業の選択の自由があり、国内のどこでも制限なく就労する事が出来る。その為、土地を不要とする奴隷の方が市民よりも裕福であることも多い。また貴族の召使等、土地を不要とする仕事に就く者のほとんどは奴隷である。

以上の事から、市民よりも奴隷の方が優遇されているように感じてしまうが、市民は市民でその地域の医療など、福祉の保証を安価で享受することが出来る。それはその地域へ土地税を払っているからだ。しかし奴隷は土地税を払わない代わりに、住んでいる地域での福祉等の保証を受ける事は出来ない。そして市民から奴隷に身分を変更する事は容易だが、奴隷から市民へ身分を変更する事は困難である。なぜなら市民として必要な土地と家名はなかなか貰う事は出来ないからだ。もともと市民の人口に対して、予め土地は割り振られている為、市民から奴隷になる者がいなければ土地は余らず、土地を手に入れられないまま、何年も待たなければならない。また、家名は王の勅印が必要であり、勅印をまとめて下賜されるのは年に1日しかない。その為、もしタイミングが合わなければ土地があっても次の勅印日まで約1年待たなければならなくなってしまう。利害を考え市民として生きる事を選ぶ事も少なくない。

また、市民と奴隷の婚姻の障害といえば、夫婦はどちらかの階級に統一しなければならないくらいである。

この身分制度は意外と成立しており、何百年もルドラ王国を存続させる要因の一つともいえる施策であった。


そして、一般に知られていない階級制度がもう一つある。

それは王族である。

王族という階級は一般で知られているが、それは王の親族である事だけである。

そしてここからは一般に知られていない事である。

『王族は国の奴隷として土地と家名を持たず、己を殺し国の為に生きなければならない。』

この言葉は王族は必ず学ぶ事であり、エルもまた幼い頃から何度も教え込前れてきた。




エルは先ほどまで来ていた服を全て脱ぎ、そして井戸の出口の傍に置いてあった服に着替え、薄暗い部屋を出ると自分のベッドに寝転がった。

その瞬間と同時に、もう一方のドアが勢いよく開いた。




ガチャ!!




「エレノア様ぁ!!どこ行ってたんですか?!シアンと血眼になって探してたんですよ?!」

ミラは泣きそうな顔でベッドに横たわるエレノアを見つけ駆け寄った。


「えぇーっと…庭の秘密の場所で寝てたら夜になっちゃった?心配掛けちゃってごめんね?」


エレノアは気まずそうに起き上がり両手を合わせて謝ると、ミラは溜息をついた。

「次こそは秘密の場所とやらを教えてもらいますからね」


今日は色んな人に溜息を吐かれる気がする…

エレノアはミラの様子を見ながら、今日一日の事を思い出した。


エルは、駐在所で奴隷身分だと名乗ったが、嘘は吐いていない。エルは第1王女エレノア本人であり、確かに『国』の奴隷身分であるのだ。


「そろそろお夕食のお時間となりますので準備をお願いいたします。」

ミラが部屋を出ていくと、エレノアはふぅっと息を吐いた。

「危機一髪…」


それだけ呟くと、エレノアは食事の為部屋を出て行った。


こちらのお話、小説再開したいと思います。

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