疲労
更新遅くなり申し訳ないです!
亀更新ですが、頑張ります!
「エル!!お帰り!!」
エルが王宮に戻ると一人のメイドが顔を綻ばせ抱きついてきた。
「酷いわエル!一人で騎士団の訓練に行ってしまうなんて寂しいじゃない!!」
「ぉわっ!!ルー!胸が苦しいよ!!」
「あらごめんなさい、私の自慢の胸が」
ルーと呼ばれたメイドはエルを抱き締めていた腕をゆっくり解いた。ルーはエルより少し年上くらいで、最近雇われたらしい。エルよりも背が高く、ルーがエルに抱きつくと、エルの顔がちょうどルーの豊満な胸に埋もれる状態になる。
年齢が近いということもあり、ルーはエルによく甘える仕草をするが、それはエルにとって姉というよりも、妹みたいな感じであり、妹がいたらこんな感じなんだろうとエルは照れ臭くもルーが慕ってくれる事を嬉しく思っていた。
「ぷはぁ!寂しくさせちゃったのならごめんね。でも、私も陛下の役に立つためにもっと強くなりたいから。」
エルはルーの胸から顔を漸く引き剥がせたのか、酸素を目一杯吸い込んだ。
「んもう!そんな努力家なエルも好きよ!!辛くなったらいつでも私の胸を貸すから!なんなら今夜一緒に寝てもいいのよ!」
ルーはそう言うと、エルの右腕に自分の両腕を絡ませ形の良い胸を押し付けてきた。
「ありがとう、でも今からハンク様に今日のことを報告に行かなければならないから、そのお誘いはまた今度にさせて貰うよ。その時はメイド皆を誘ってパジャマパーティーを盛大にやろうね。」
エルはやんわりとルーの腕を解くと、ルーと別れ、ハンクの執務室へと向かった。
「んもう、照れちゃって」
ルーは年齢には似つかわしくない妖艶な微笑みを浮かべエルの後ろ姿をみつめていた。
エルは執務室の扉をノックし、ハンクの返事が聞こえると執務室へと入室した。
「そこに掛けなさい。本日はどうでしたか?」
エルが執務室に入ると、ハンクは書類から目を離し、エルをソファーに腰掛けるように促した。
「本日は私の我儘を聞いてくださりありがとうございます。今日は基礎ということで、ひたすら体力づくりに励んでました。なので今日はもうクタクタです。」
「それは良いことですね。今後も訓練に励みなさい。貴方は万が一の時は陛下を御守りする立場にあるのですから。そういえば…」
エルの回答に満足そうにハンクは頷きお茶を一口飲み言葉を切った。
そして、ハンクはエルを見つめニヤリと笑ったかと思うと、立ち上がり、エルを覆い被さるようにエルが腰掛けるソファに手を付いた。
エルはハンクの笑顔に本能的に逃げ出したくなったが、ハンクがソファーに手をつきエルを囲ってしまっているので逃げ道はない。ハンクの美しい顔が段々とエルの顔に近づき、エルは思わず目をギュッと瞑った。
そして、そっとハンクはエルに耳打ちをした。
「貴方は本当に男ですか?」
え?
どういう事?まさか、私の素性がバレた?
エルは驚きで目を見開くと、ハンクの顔を見つめた。背中を一筋の汗が流れていく。
「どういう意味ですか…?」
エルは平常心を装ったが、その様子をハンクはじっと見つめる。
ふっ、とハンクは緊張を緩めたように肩をすくめると、ソファーから手を離しエルから離れた。
「そんな怯えなくても、取って喰いやしませんよ。いえ、最近貴方がメイドと仲が良いらしいのですが、それ以上の関係に発展しないようですので、一応念のための確認です。」
「意味がわかりません。」
エルは反抗の意を込めハンクを精一杯睨みつけたが、ハンクは動じる事もなく不思議そうな顔でエルを覗き込む。
「あれだけ色気たっぷりにメイドが誘惑しているのに、少しも靡かないので、エルは実は男が好きなのかと思って、私も誘惑してみたのですが、違うようでしたね。」
「今のが誘惑ですか?!こっちは蛇に睨まれた蛙状態ですよ!!」
「ふむ。私も顔には自信があったのですが残念です。それにしてもエルが不思議で仕方ありません。女性にあれだけ迫られているのに動じないとは。貴方は何歳でしたっけ?」
「16歳ですけど…。」
「16歳であれば年頃男子でしょう。性欲だってあるでしょうに。一発や二発決めてきなさい。私は部下のプライベートにまで口を出す上司ではありませんよ。」
「性欲…一発や二発…。」
エルは予想できない言葉がハンクから飛び出し動揺が隠せず、魚のように口をパクパクさせた。
いくら、エルに前世の記憶があるとはいえ、前世の頃だってそこまで性に奔放では無かった。それが今世では元王女であり、今もそちらの方面には疎いままのエルなのだ。『一発二発』の言葉だけでなんの事か検討がつくが、エルはそれを想像し恥ずかしさのあまり一瞬にして顔に血が上った
「…なお…」
「はい?」
エルが小さい声で何かを呟いたが、ハンクは聞き取れずエルに耳を傾けた。
「余計なお世話です!!」
エルはハンクの耳元で絶叫すると逃げるように走り去っていった。呆然と立ち尽くすハンクを残して。
それからエルは夕食をとっても全く味がわからなかった。ハンクの言葉を何度も思い出しては赤面し、一緒に食べていたルーや他のメイド達は不思議そうにエルに何度も尋ねたが、エルは気不味そうに何でもないと首を横に振るだけで、何も答えないまま夕食を後にした。
「ハァ…今日は疲れた…。」
エルは湯に浸かりながら本日虐め抜いた体をほぐした。
明日からほぼ毎日訓練を受けるようになれば、少しは強くなれるだろうか。そうすればコンラッド様に少しでも長く側にいられないだろうか。
静かな屋根裏部屋で、ちゃぷんと湯の音だけが響いた。
エルは一人寝支度を整えていた。
今日は彼は来るのだろうか。昨日の舞踏会で彼を見かけて以来ずっと顔を合わせていない。今日こそは会いたい。そう思う反面、自分はもう不必要なのだと突き放されてしまうのではないかと不安で仕方がなかった。
いつもならもう来る時間になっても、彼は来ない。王になり、やはり元王女を匿う事は煩わしくなったのか。エルは静かに不安に襲われた。
あの人について行けば罪を償えると思った。でも、今はその気持ちよりも、ただ彼の側にいたい。その気持ちがエルの中で膨れ上がっている。だが、彼は王で自分はただの奴隷であり、彼にとっては敵である元王女だ。エルはいつも身につけている仮面を手でなぞった。これは自分の身を偽るために彼から渡された仮面であり、考えれば考える程二人の間には溝しかない。
ことり、と仮面をサイドチェストの上に置くと、灯りを落とし、ベッドに入った。
コンコンコンコン
「エル、私だ」
小さな呼びかけにエルは一瞬幻聴かと思ったが、もう一度小さくノック音がしたので慌ててベッドから飛び起き扉を開いた。
明るい廊下で、逆光が眩しかったが、エルが待ち望んでいた人物だとすぐにわかった。
「陛下!!どうして?!」
「話は後だ、部屋に通してもらえないか?」
こんな屋根裏の廊下に国王を立たせるわけにはいかない。
エルは慌ててコンラッドを部屋へ招き入れた。
「すみません、灯りをつけます。」
エルは暗がりの中、慌てて新しい蝋を燭台に立てているとそれをコンラッドが手で制した。
「このままで良い。今日はもう遅い。すぐに出て行く。」
暗がりで距離を見誤ったのだろう、エルが振り向くとすぐ近くにコンラッドの顔があった。
窓から入ってくる満月の月明かりだけが二人を照らしている。
「わ、わかりましたので、どうぞおかけください」
エルは慌てて下を向きながらコンラッドをいつもの椅子に座るように促した。
暗くてよかった。きっと今私の顔は真っ赤だ。顔が熱い。
エルは恐る恐るコンラッドを見やったが、そんなエルを知ってか知らずか、コンラッドは思案するように下を向き手を組んでいる。
そして意を決したのか、コンラッドはエルに向き合うと、頭を下げた。
「昨日は悪かった。」
「へ?」
エルは一瞬この状況が理解できず、ただ間抜けな表情を浮かべる事しか出来ない。
しかし、目の前でコンラッドが頭を下げている状況が漸くエルの頭の回路に到着すると、慌ててエルはコンラッドの頭を上げさせた。
「いやいやいや、突然謝らないで下さい!!意味がわかりません!!」
コンラッドが突然謝罪してきたことはわかったが、それが何故なのか理解出来ないエルはパニック寸前である。
なんなら、国王を謝罪させるなど、外にバレたら処刑モノだ。
「陛下に謝罪されるようなことなど全くありません!!」
エルはコンラッドの下げた頭を上げさせる為に、コンラッドの両肩に手をつき、コンラッドを見上げた。
「だから頭を上げてください?ね?」
エルの諭すような口調に、コンラッドは恐る恐る顔を上げた。すると、目の前には困ったような表情のエルの顔がすぐ近くにあった。
「怒って…いないのか?」
不安そうに瞳を揺らすコンラッドに、エルは「ん?」と小首を傾げ、上目遣いにコンラッドの話の続きを促してくる。
その表情にコンラッドは思わず抱き締めたくなるような衝動を抑え、ゆっくり言葉を続けた。
「その…昨晩は来ないで悪かった。昨晩は夜遅くまで貴族達と話が盛り上がってしまって…その…エルとの時間が取れなくて…」
…
……
………
「………っは?」
コンラッドの謝罪の理由をエルは全く予想出来ず、しかも予想外の事過ぎてエルは今最大の呆け面をしてしまった。
確かにエルがここに来てからは毎晩コンラッドと二人の時間があり、昨晩だってエルはコンラッドの事を待っていた。しかし、この時間の本来の目的はエルの監視のためであり、どちらかといえばエルにとって本来は嫌な事。
すなわち、謝罪される理由などある筈もない。
だが、エルはいつの間にかこの時間を毎晩待ち望んでいた。
だからエルはコンラッドの発言に『この人も自分と同じくあの時間を楽しみにしていたのか』と期待し顔を綻ばせそうになったが、『違う。期待するな』と顔を引き締め、そして努めて冷静に言葉を紡いだ。
「陛下の…」
「コンラッドだ」
「…っは?」
エルが発言しようとして、コンラッドが言葉を被せてきたので、エルは思わず間の抜けた反応をしてしまった。
「コンラッドで良い。二人でいるときくらいは名前で呼んでくれ。」
「いや、そんな恐れ多い…」
エルは慌てて否定しようとしたが、濡れた仔犬のように不安そうな瞳でこちらを伺ってくるコンラッドに絆され、エルは反論を諦めた。
「かしこまりましたコンラッド様、今後はそう致します。それで先程の話ですが、コンラッド様がこの時間を私の監視の為に割いて頂いているだけなので、私に謝罪など必要ありません。」
エルはきっぱりと心を決めてコンラッドと向き合った。 改めて言葉に出すことでエルは自分を戒めた。
しかし、エルの言葉にコンラッドは目を丸くし、次第に悲しそうな表情になっていったようにエルは感じたが、それは思い違いだと小さく首を振った。
「そうか…。そうだな…。本来の目的はそれだったな…。俺は貴女を監視していたのだ。つい、この時間が楽しくて勘違いをしていた。貴女にとってはこの時間はただの義務だったんだな。」
「それは違いますっ!!」
コンラッドの言葉にエルは思わず反論した。
違う、と。
言わなければ。今、私が抱いている気持ちを。
エルは拳を握り、コンラッドを見上げた。月光に照らされたコンラッドの髪は上質な絹糸のように輝いて見え、エルは息を飲んだ。
「私だって、当初は罪を償う為の時間でしたが、この時間は私にとって次第に掛け甲斐のない時間になっていました。ですから…まだ継続していただけるのならば、私はコンラッド様を待っていたいです。」
「待っていて…くれるのか…?」
コンラッドの問いにエルは何も発せず小さく頷いた。
すると、エルに信じられない事が起きた。
エルはコンラッドに抱き締められていた。
何も発せず、ただ、強く抱き締められた。突然の事にエルは驚いたが、抱き締められている圧迫感は嫌では無く、むしろ安心感に包まれている感覚だった。
エルは目を瞑り身体全体でコンラッドを感じ取ろうとした。
どれくらい経っただろうか、コンラッドはエルから離れると、エルの顔を見ようと、両手でエルの頬を包んだ。
「なぜ…?」
「え?」
「二人の時間が掛け甲斐の無い時間なら、なぜ一人で騎士団の練習に行くのだ?練習なら俺と二人で練習をすれば良いだろ?」
コンラッドの提案にエルは胸が躍ったが、奴隷が国王を練習に付き合わせるなど、あり得ない。
エルは頭を振り、困ったように微笑んだ。
「コンラッド様の…貴方の部下でいるために、私は強くなりたかったのです。その為には、まず貴方から一人立ちしないとなりませんから。」
「…そうか。あまり無理はするなよ…」
「はい、努力します」
コンラッドはエルの顔を見て、肩を竦めるとエルの頭をくしゃっと撫でた。
「エルがそこまでいうなら応援する。だが、何か困った事があったら、必ず相談するように。いいな」
「はい、ありがとうございます。」
コンラッドの優しい手に、エルは気持ち良さそうに頭を擦りよせ、そして、コンラッドも目を細めてエルを眺めていた。
「それでは、今日はもう戻る。明日も頑張れ」
「はい、おやすみなさい」
結局、いつもと同じくらいの時間を二人で過ごし、コンラッドが席を立つと、エルが廊下まで見送った。
次の約束はしない。
それは、必ず次が訪れる事をお互いに知っているから。
エルはコンラッドが階下に降りるまで見送ると欠伸を一つして寝床に入った。
コンラッドはもう少し部屋にいたかったんだと思いますが、エルが鬼教官(笑)にしごかれて疲れがピークだったのを察知して、名残惜しくも、しぶしぶ部屋から出ていきました。




