思惑
コンラッドは、『エル』が笑顔でいてくれる国であれば国王など、誰でも良かった。
しかし最近、嫌な感じがする。コンラッドは、それが引っ掛かっていた。
コンラッドはふと眼を開けると、エレノアが心配そうに覗いてきた。いつの間にか横たわって寝かされていたのだろう、エレノアが膝枕をしている事に気が付くと、コンラッドは慌てて起き上がった。
「悪い。つい眠ってしまった。膝枕まで…」
「枕の代わりが見つからなくて。それに男同士。気にしなくて良いよ」
「あぁ、恋人でもあるまいし、照れることないか」
コンラッドは変装のために黒く染めた頭をぎこちなくポリポリと掻いた。
そして、コンラッドは抱える違和感をエレノアに確認した。
「そういえば…最近、国内が少しキナ臭くないか?」
「ん?」
コンラッドの言葉にエレノアは首をかしげたが、すぐに言っている意味を理解したのか、険しい表情になった。
「僕もそう思う。南方の国境辺りが最近騒がしいと思う。だけど…」
エレノアは言葉を濁したが、意を決して言葉を続けた。
「南方での不満は、急激な政策の締め上げだと思うんだ。」
エレノアの考えにコンラッドはほぼ同感だった。
平和が崩れてきている。
コンラッドはそう感じていた。
駐在所長であったダントも、最近は南方に送られ警備に就いているらしい。そのため、駐在所は人員不足で治安も悪くなってきたと聞いている。
『きっかけはほんのささいな事。
しかし、ささいな事を放置しておけば、そこから大きな綻びとなる。』
今の王の方針はその意識がはっきりとみてとれた。
エレノアは少し考えると、
「今日はそろそろ帰るね。やらなきゃならないことが出来た。」
立ち上がり、コンラッドを残し帰っていった。
コンラッドも、エレノアの後ろ姿を見送ると逆方向へ歩き始める。
お互い、険しい表情だった。
─────
「お兄様、少し宜しいでしょうか?」
エレノアは、執務室のドアを開け、ジョーイの許可を得る前に入室してきた。
ジョーイは相変わらず大きく積まれた本の山に囲まれていた。
「エレノア、どうしたんだい?」
ジョーイは本の間から顔を出してエレノアの方向を覗きこんだ。エレノアは緊張した面持ちで話を続けた。
「お兄様、差し出がましいお話なのですが、南方地方の政策について…」
「エレノア、その話は聞きたくないよ。国交についての政策は施行したんだ。以前も言ったよね?」
ジョーイは明らかに不機嫌な表情へと変わった。
「しかし、あまりにも急激な変更では…」
「エレノア!!」
ジョーイはエレノアの言葉を遮り話を聞こうとはしない。
「でも、これではお母様の時より…」
エレノアはそこまで言いかけて『しまった!』と思った。
言ってはいけない言葉を言ってしまったのだ。しかし、後悔しても、時すでに遅し。ジョーイはみるみる顔が青ざめていく。
「エレノアまで、私とお母様を比べるんだね。あぁ、どうせ私は能無しだよ。ろくな政策一つ作れない。」
ジョーイの豹変にエレノアは慌てて言葉の訂正をしようとした。
「お兄様!違う!そういうつもりじゃ…」
「出てってくれ。」
「お兄様!」
「聞こえなかったか?出てってくれと言っているんだ。」
「…はい…すみません…」
ジョーイの強い口調にエレノアはそれ以上何も言えず、部屋を出ていく事しか出来なかった。
エレノアがドアを閉めると、部屋の中では、何かを投げつける音が聞こえた。
エレノアは唇を噛みしめた。
悔しい。ただそれだけだ。
しかし、今、一番悔しい想いをしているのはジョーイである。
ジョーイがここまで追い込まれてしまった事はエレノアに一端があると、エレノアは後悔していた。
兄弟で遠乗りをしたあの日、なぜ、兄の話をきちんと受け止めなかったのか。もっと違う受け止め方があったのではないか。
エレノアは、そのまま廊下を進んだ。
兄が駄目なら、本丸に直談判しかない。エレノアは王の執務室へ向かった。
本来なら、娘であるエレノアでさえ、事前に申請をしないと父親である王と謁見は出来ない。しかし、エレノアはそのまま扉を開き、王の執務室へと入っていった。
「お父様、お忙しい所失礼致します。」
「事前連絡が無いようだが、急ぎか?」
王は山積みの書類から視線を外さず、淡々と問いかけた。
そこに、エレノアは書類と王の視線の中に無理やり押し入った。
「陳情したいことがございます。南方地方での貿易締め付けは、民への負担が大きすぎるように感じます。代償として、不満を持つ者も増えて来ます。だから警備強化されたのですよね?」
一通り、伝えたいことを伝えると、エレノアは王の反応を見るため押し黙った。すると漸く、エレノアに視線を合わせた王は相変わらず無表情だった。
「言いたい事はそれだけか?だったら下がりなさい。」
それだけ言うと、王はまた書類に視線を落とし、仕事を再開した。エレノアは、予想以上の王の反応に落胆し、部屋を出ていこうとした。
「あぁ、エレノア待ちなさい。」
王の呼び止めに、エレノアは期待した。もしかして、気が変わって政策について検討してもらえるのかと。
「次回は会いに来る前にきちんと事前に申請をしなさい。決まりで皆が動いているのだ。お前だけ特別扱いするわけにはいかない。いいな。」
「はい、お父様。」
エレノアは肩を落として執務室を出た。
王を説得するなんて思い上がりだった。エレノアは恥ずかしさと、自分の意見を全く聞き入れて貰えない不甲斐なさで顔が真っ赤になった。
実際、王やジョーイ達が己の私利私欲で間違った王政を強いていればもっと強気で否定が出来た。しかし、王やジョーイは民の事を一番に考えている。今回の政策だって、治安が良くなかった地域での国交を検討した結果、ならず者達への締め上げの為の政策であった。ただ、少しだけ以前より厳しくなった為、不満が発生しているのだ。確かに治安維持を考えると、多少の犠牲が必要となるかもしれない、それでもエレノアは黙っていることは出来なかった。
─────
「コンラッドはどう考える?」
ハーシェル家当主ニコラスは屋敷のリビングで、コンラッドとチェスをしている。コンラッドは叔父であるニコラスの問いかけに、暫し考え、駒を進めた。
「叔父さんは俺に王座奪還を勧める癖に、自分では王座奪還をしようとしないですよね。」
「私に王の器など無いさ。私が王になるくらいなら今のトワイニング家の方が国政は上手くいく。だがコンラッド、お前は違う。お前は幼い頃から物事を冷静に見極める素質があった。私にも兄さんにも無い才能だよ。」
ニコラスはコンラッドの駒を奪うと自分の駒を置いた。
「俺には叔父さんが言ってる事は良くわかりません。ただ、最近、国内がキナ臭い気がします。」
コンラッドは駒を奪われても冷静に駒を置いていく。
「キナ臭いとは?」
それに対しニコラスの手が止まることはない。
「国民が政策に不満を持ち始めていると感じます。」
コンラッドは駒を進めるがニコラスの方が優勢である。
「ほぅ、それでコンラッドはどうしたい?」
ニコラスの駒はコンラッドのキングを追い詰めていく。
ニコラスの手に、コンラッドは無言で考える。そして、おもむろに駒のナイトを動かした。
「叔父さん、チェックメイトです。」
「ほう。気づかなかったな。」
ニコラスが優勢に見えたが、いつの間にかコンラッドの駒はニコラスのキングを着実に追い詰めていたのだった。
ナイトでのチェックメイトは難しいと言われているがコンラッドは易々と行い、ニコラスは感心した様子で顎髭を触りながら、チェス盤を眺めている。
「叔父さん、今日はもう終わりにしましょう。」
コンラッドがチェスを片付け部屋を出ていこうとすると、ニコラスに呼び止められた。
「コンラッド、私は今のままでも不満はない。だが、もしお前が動くのなら、私も全力を尽くそう。」
コンラッドはニコラスの言葉に、返事のように軽く会釈だけして部屋を出ていった。
次は18時くらいに投稿予定です




