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すべてが終わったあと、決勝戦で使われた実験的な手法に関して、ムスティーク・バタイユ協会の関係者から説明があった。
お客さんが高い臨場感を持って試合を楽しめるように、会場全体を巨大なスクリーンとして利用し、立体映像を投影する画期的なシステムだったのだという。
「全部立体映像だったのね」
とすると、お客さんがミサイルの爆発に巻き込まれると思って、あたしも鮎季さんも焦っていたけど、そんな心配はいらなかったことになる。
今更ながらに安堵するあたしをよそに、協会関係者からの説明は続く。
空間をスクリーンにする目的で、会場やエスプリ・ボワットの内部には特殊なモヤがかけられていた。
モヤに含まれる粒子に光を当てることで、空気中への映像投影が可能となる。
ただ、人体に悪影響はないものの、若干の眠気を引き起こす副作用が残っていたのだとか。
なんだか頭がぼーっとした感じだったのは、それが原因だったようだ。
「まだまだ改良の余地は多分にあるかと思いますが、実験自体は大成功だったと言っていいでしょう」
その意見には同意できなくもない。
だとしても、なにも知らせずに実験するなんて、ちょっとひどいのではないだろうか。
といった思いは他の人も同じだったらしく、会場から不満の声が上がる。
それも協会側としては予想の範疇だったのか、
「今回の件はサプライズ的な意味合いで秘密裏に実行しましたが、観客の皆様を混乱させてしまったことに関しては、素直に謝罪致します。まことに申し訳ありませんでした」
説明していた協会関係者は、そう言ってすぐに深々と頭を下げていた。
あらかじめそういう演出があるとわかってさえいれば、ものすごい臨場感を得られるのは確かだし、これは革命的な出来事だと表現してもよさそうだ。
今後はもっとずっと多くの人がムスティーク・バタイユを見に来てくれるようになるかもしれない。
あと、参加する人も増えるかな?
体験したのはあたしと鮎季さんのふたりだけではあるけど、本当にムスティークになったかのように、スフィア内を自由に飛び回ることができたのだから。
そこでふと思い出す。鮎季さんのほうは自分で制御できず、暴走しているような状態だったことを。
疑問を口にすると、協会関係者の顔が曇る。
「そう……ですね。あれはこちらとしても想定外でした。立体映像を投影するための気体については、改めて成分を詳しく分析し、改善しなくてはなりません」
そんな答えを聞き、このシステムが正式に実用化されるまでには時間がかかりそうだ、と落胆する。
そのとき、説明していた人のそばに、もうひとりの人物が近寄っていくのが見えた。
それは……。
「あれ? 所長さん?」
あたしのつぶやきが聞こえたのか、所長さんは小さく微笑む。強面の顔だから、笑顔であっても威圧感があったけど。
「私はムスティーク・バタイユ協会のシステム開発部長、御倉坂近衛です。今回の映像投影システムにおきましては、開発総指揮を行っている立場にあります」
「えええ~~~っ!?」
所長さんって、協会関係者だったの!?
という驚きの他に、御倉坂という名字にも驚いていた。
普段から『所長』としか呼ばれていなかったし、まったく疑問にも思っていなかったけど。
御倉坂……。木乃々さんと同じ名字……。ということは……。
「所長さんって、木乃々さんの旦那さんだったの!?」
年齢差がありすぎる気もするけど、昨今流行りの年の差婚なのかも?
「ち……違うわよ! あれは私のお父さん!」
「あ、ああ~、そっか、なるほど」
木乃々さんの訂正で、あたしは納得する。
小規模な研究所で木乃々さんが働いているのも、父親が所長だからと考えれば合点がいく。
知念さんはちょっと謎だけど、最初の頃に木乃々さんの犬だとか言っていたくらいだし、理由は木乃々さんがいるから、ってだけでも不思議はない。
と、そんなことよりも。
今は所長さんが協会関係者でシステム開発部長だという件のほうが重要だ。
所長さんの説明は続いていた。
「数珠原鮎季さんの暴走につきましては、やはり会場内に散布した気体の影響だと考えられます。しかし、原因についてはおおよその見当がついております。改良にもすぐに着手できるでしょう」
さらにこんな宣言まで続ける。
「しっかり改善したシステムとして確立し、今月末に行われる全国大会では全試合に使用したい。私どもとしては、そう考えております」
今月末……。
今は八月の中旬だから、もう二週間もないことになる。
それまでに改善するなんて、とても大変そうに思えた。
他人事ながら、所長さんは随分と困難な宣言をしたのではないだろうか、と心配になってくる。あたしが気にしても仕方がないことではあるけど……。
思えば関東大会のあったこの三日間、所長さんはずっと、あたしたちよりも先に会場まで来ていた。
おそらく、協会側の打ち合わせなどに出席していたに違いない。
それにしても、協会のシステム開発部長で随分と忙しいはずなのに、うちの研究所の所長までやっているなんて……。
「実は僕、今回のシステムについて、少しだけ知ってたんだよね」
不意に留架がそんなことを告白する。
「ええっ!? どうして!?」
「僕のトレーニングを指導してくれてたの、所長さんだったから」
詳しく聞いてみると、留架のトレーニングをする際、所長さんは簡易版のシステムを研究所に持ち込んで実験していたのだという。
エスプリ・ボワットに留架が入り、内部に映像投影用の気体を注入、システムを起動することで、ムスティークであるチョコちゃんになったような感覚を得られる。
そういう実験にも協力していたらしい。
「まぁ、会場全体にまで映像を投影するシステムだなんて、聞いてなかったけどね。でも、楽しくトレーニングすることができたよ」
「そうだったんだ~」
だからこそ、留架はあたしに勝つことができた、という側面もあったのかもしれない。実戦経験まではなくとも、ムスティークと一体化するような実験を繰り返していたことになるわけだし。
ムスティークとエルヴァーのつながりが大切な点を考えれば、トレーニングとしても有用なシステムだと言えそうだ。
「今後もムスティーク・バタイユの世界が発展していけるよう、私どもは苦労を惜しまず力を注いでいく所存です。どうか皆様、これからもムスティーク・バタイユをよろしくお願い致します」
所長さんはそう言って、話を締めくくった。
「負けましたわ。完敗です」
鮎季さんがあたしに歩み寄ってくる。
「暴走したヤキニクを止めてくださって、ありがとうございました」
素直に頭を下げる鮎季さんを見て、あたしの思いはひとつ。
こんな鮎季さん、鮎季さんらしくなくて、すっごい違和感があるな……。
ちょっと失礼なことを脳裏に浮かべつつ、あたしは笑顔を返す。
「気にすることなんてないよ! 今の話は聞いてたでしょ? 立体映像だったみたいだし、ミサイルでお客さんがケガをしたりする心配はなかったんだから!」
「だとしても、観客の皆様を混乱させてしまったのは紛れもない事実ですわ。ヤキニクがわたくしの言うことを聞いてくれなかったのも悔しいですし……」
鮎季さんはかなり沈んでいる様子だった。
声に力がないどころか、体全体が縮こまっているようにも見える。
「未熟さが招いた完全なる敗北でした。こんなわたくしには、ムスティーク・バタイユをする資格なんて、ないのかもしれませんわね……」
うわ……。ここまで卑屈になられると、逆に引いてしまう。
というか、調子が狂っちゃうよ。
鮎季さんは鮎季さんらしく、高慢におほほ笑いをしていてもらわないと!
自然と笑顔が消えかけるのを懸命に堪えながら、あたしは元気いっぱいに言葉をかける。
「でも前のときは、あたしが負けたもん! 最短時間記録を更新する完敗だったもん! とにかく、これで一勝一敗だよ! 次は負けないからね!」
次、また戦おう。
だから気を落とさずにムスティーク・バタイユを続けてね。
そんな意味を込めて、あたしは鮎季さんに右手を差し出した。
「……そう、ですわね。負けて終わっては、わたくしの気が済みませんわ」
鮎季さんはそっと、あたしの手を握り返す。
その直後、ぎゅうっと力を込めてきた。
「今回の負けは特殊な条件下だったせいですし、考えてみたらわたくしの実力が劣っているとは言えません。次こそ、あなたに無様な敗北をプレゼントして差し上げます!」
「言ったわね! でもあたしは強くなってるんだから、そう簡単には負けないよ! っていうか、今度は実力でねじ伏せてあげる!」
「あらあら、まだ新人の分際で大きな口を叩きますのね! わたくしの本当の力を存分に受けて、泣いて謝っている姿が目に浮かびますわ! お~っほっほっほ!」
「出た! おほほ笑い! それでこそ、鮎季さん! 根っからの悪役気質!」
「だ……誰が根っからの悪役ですか!?」
いつのまにか、怒声の応酬が始まっていた。
そして、
「あはははははは!」「うふふふふふふ!」
思いっきり笑い合う。
「理葉さん、お互い頑張りましょう!」
「そうね! 永遠のライバルとして!」
「あら、なにを言っておりますの? あなたがわたくしのライバルだなんて、実におこがましいですわ!」
「わぁ~! やっぱり鮎季さんは悪役だ!」
「悪役ではありませんわ~!」
そんなあたしと鮎季さんのやり取りを見て、木乃々さんも知念さんも留架も萌波さんも、周囲にいた他の人たちもみんな、笑顔になっていた。
☆☆☆☆☆
関東大会の会場をあとにするあたしたち。
所長さんはまだ協会側の仕事があるようで、来たときと同様、別行動になったけど。
ムースバター研究所の他のメンバーで、和気あいあいと駅に向かって歩いていた。
木乃々さんは終始笑顔。優勝おめでとう、と何度も繰り返している。
そういえば、優勝者の所属団体には助成金が出るって話だっけ。それでこんなにも喜んでいるのか。
そのお金って、あたしのものじゃないの? といった不満もないわけじゃない。
だけど、ムースバターはかなりオンボロな研究所だし、設備投資に回してもらえばいいか、と考えている。
また、萌波さんもあたしの優勝を祝福してくれた。
ただ、若干複雑そうな表情を見せる瞬間があったのは、エースである萌波さんを差し置いてあたしが勝ったのを不満に思っているからなのかもしれない。
もちろん、留架も喜んでくれている。
おめでとうの声に、ありがとうと返して抱きしめてあげたら、いつもみたいに嫌がって、「汗臭い!」を連発していたけど。
ほんと、留架ってば素直じゃないんだから。愛い奴!
こうして、あたしは関東大会で優勝した。
とはいえ、まだまだこれからだ。
ムスティーク・バタイユの発展のために、今後も頑張って戦おう。
それがミルちゃんの存在意義でもある。というか、あたし自身も素直に楽しいし。
「ムースバター研究所のエルヴァーとして、これからもよろしくね、理葉さん、萌波!」
木乃々さんの言葉に、
『はいっ!』
あたしは萌波さんと声を揃え、熱い気持ちを込めた返事を響かせる。
もっとも、そんな状態は長続きしない。それどころか、一瞬で終了だった。
「まぁ、大きな大会が終わって疲れたから、しばらく休みたいですけどね~。なんたって、夏休みなんですから~。ダラダラと過ごしたいですよ~」
気合の抜けたぼへ~っとした顔に変わるあたしの様子を見て、全員が全員、呆れを含んだ視線を向けてきた。
「ミルちゃんもそう言ってますよ~。ね~、ミルちゃん!」
――ぶぅぅぅぅん、ぶぅん!
え~? もっと戦いたいよ~!
ミルちゃんは反論するような感じで、羽をしきりに動かしていたけど。
他の人には伝わらないのだから、ここは肯定してくれたと思っておこう。
「やっぱりミルちゃん、あたしと同じ気持ちだって言ってます!」
――ぶぅぅぅぅん、ぶんぶんぶん!
必死に否定するミルちゃんを完全に無視して、あたしは自分の意見を押し通すのだった。




