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「うわぁ……、すごいですね~……」
「そりゃあ、関東大会だから。深夜の地方局だけとはいえテレビでも放送されるし、そこそこ人は集まるのよ」
木乃々さんが解説してくれる。
「ま、入場無料だから、というのもあるでしょうけどね」
そんな木乃々さん自身も、あまりのお客さんの多さに圧倒されているように思えた。
あたしは今、ムスティーク・バタイユの関東大会の会場前に立っている。
木乃々さんたちと駅で待ち合わせ、電車に乗って三十分くらいかけて到着した瞬間、まずその建物の大きさに驚いた。
ここは協会が所有するムスティーク・バタイユ専用施設だと聞いていたからだ。
言っちゃ悪いけど、ムスティーク・バタイユの一般認知度はあまり高くない。
オートエフェクト機能なんかのおかげで、見て楽しむ分にはそれなりに燃えられる、という評価を一部で受けてはいるものの、いまいちメジャーな競技にはなりきれていない。
そもそも、ムスティーク・バタイユの大会に参加する団体からして、その数はまだまだ少ない。
地区大会の中で一番規模の大きな関東大会でさえ、エントリーしているエルヴァーの人数は全部で二十八人ということだし。
ムースバター研究所からは、あたしと萌波さんがエントリーしている。うちの他にも複数人エントリーしているところがあることからも、参加団体の少なさがうかがえる。
あたしみたいに、スタートしたばかりの人間でも出場できるのに、どうしてこうも競技人口が少ないのだろう。
蚊という生物自体に嫌悪感を持つ人も多いから、なんて木乃々さんは言ってたな。
蚊……可愛いと思うんだけどなぁ……。
大会に参加する人数は少ないのに、こんなにお客さんが集まっているのも不可解だ。なにか別のイベントでもあるのだろうか。
「ところで、所長さんの姿が見えませんね?」
「そうね。先に会場に来てるはずなんだけど……」
あたしの疑問に、木乃々さんの首をかしげる。
今日はムースバター研究所のメンバー全員で参加する、とのことだった。
にもかかわらず、待ち合わせの駅には所長さんの姿はなかった。
もともと先に来る予定になっていたそうなのだけど、どうして一緒に行動しないのやら。
所長さんは強面だから、そばにいられたら周囲の人に怖がられてしまう、という弊害はあったかもしれないけど。
「控え室にいるんじゃないですか?」
知念さんが控えめに口を挟んでくる。
「ふむ、それもそうね。行きましょうか」
「はい」
あたしたちは素直に、控え室まで向かうことにした。
参加する団体ごとに用意されている控え室は、建物の奥側に存在している。
そこを目指して建物の入り口を通り抜けると、なにやら広いスペースが目に飛び込んできた。
どうやら、たくさんの店舗や屋台などが立ち並んでいるようだ。
人も溢れるほどに群がっている。
ああ、なるほど。こういう部分で、お客さんを増やす効果を狙っているのか。
なんというか、お祭りみたいだ。
「協会側もいろいろと試行錯誤中、ってことなのかしらね」
木乃々さんが若干呆れたようにつぶやく横で、あたしはリンゴ飴をかじっていた。
「ん、美味しい♪」
「姉ちゃん、いつの間に……。試合前なのに、緊張感ゼロだね」
「うわっ、理葉さん、あなた舌が真っ赤よ?」
「リンゴ飴だもん、当たり前ですよ~!」
留架と萌波さんにツッコミを入れられたけど、そんなの気にしない。
お祭りに来たらリンゴ飴は避けて通れない道なのだ。
ともかく、あたしたちは人ごみをかき分けるようにして控え室まで進んでいった。
控え室は、椅子やテーブルが並んでいるだけの、実に簡素な部屋だった。広さもさほどではない。
「あれ? 所長さん、やっぱりいませんよ?」
「そうね。どこをほっつき歩いてるのかしら。ケータイの電源も切ってるみたいだし……」
子供じゃないんだから、そのうち来るでしょう、と結論づけ、あたしたちは椅子に腰を落ち着ける。
「そういえば今回の関東大会、決勝で実験的な手法を取り入れる予定らしいわ」
木乃々さんが不意に、そんなことを言い出した。
「実験的な手法ですか?」
「ええ。詳しいことは発表されていないけど、協会はかなり力を入れているって話よ。だからこそ、いつもより多くのお客さんが集まっているんだと思うの」
「へ~、なんかすごそうですね~」
どんな内容なのかはわからない。
でも、わからないからこそ期待が高まっている、ということなのだろう。
「ま、決勝の話だから。まずはそこまで行かなきゃ。萌波、理葉さん、頑張ってね!」
「はいっ!」
あたしと萌波さんは、気合を込めて声を揃える。
「もちろん、負けても観客としてなら楽しむことはできるけど。できれば関係者として、その場に居合わせたいじゃない?」
「と言いつつ、本音は?」
「注目の決勝で戦えれば、うちの研究所の知名度もぐーんと上がるんだから! 是が非でも勝ち残るのよ!」
「木乃々さん……」
まぁ、あたしとしては、研究所のために、という理由でも一向に構わない。
ミルちゃんと一緒に、思う存分戦うことを楽しめればいいのだから。
「萌波さん、勝ち続けましょうね!」
「そうね。この組み合わせだと……理葉さんと戦えるとしたら決勝になるけど」
関東大会は、シードを含む二十八名でのトーナメント制となっている。
テーブルに置かれていたトーナメント表をのぞき込んでみると、あたしと萌波さんは、確かに決勝まで進まないと当たらない配置になっていた。
「頑張るのよ、あんたたち! うちの研究所メンバー同士での決勝になれば、もうウハウハよ!」
「ウハウハって……」
賞金があるわけでもないのに。
と思ったら、実はそうでもないみたいで。
優勝者を含む有力なエルヴァーが所属する団体には、協会から助成金を出してもらえるのだという。
「だから、勝ってね!」
鼻息を荒げ、ずずいっと顔を近づけてくる木乃々さん。
「お金のためってのも、なんかいやらしいですけど……。研究所がなくなっても困りますもんね。あたし、頑張ります! ミルちゃんも、『燃えてきた~!』って言ってますし!」
「そ……そうなんだ。姉ちゃんの周りを飛び回ってるだけなのに……」
留架は呆れ顔だった。
でも、あたしは元気いっぱいのミルちゃんとともに、こぶしを握りしめて試合に備える。
もっとも、あたしの出番が来るまでにはかなりの時間があって、試合直前ともなるとすっかり気合いも抜け落ちてしまっていたのだけど。
☆☆☆☆☆
関東大会は、三日間で争われる。
ムスティーク・バタイユの舞台設備は建物内に四ヶ所あり、それらがすべて使われる。
ただ、試合は基本的に決着がつくまで行われる。時間制限などはない。
自然と一日にこなせる試合数も限られてくる。
実際には、ムスティークもエルヴァーも体力を消耗するため、それほど長時間戦い続けられるわけではない。
だとしても、どれくらいで決着がつくかは試合によってまちまちだし、休んで体力を回復させる時間も必要になってくる。
だからなのだろう、今日は一回戦のみが行われる予定となっていた。
大勢のお客さんに見守られながらの試合。緊張はある。
だけど、あたしとミルちゃんにとって、初戦なんて単なる通過点でしかない。
待ち時間が長くてダレ気味ではあったものの、これまでのトレーニングや練習試合の成果もあったのか、随分と楽に勝てた印象だった。
当然、うちの研究所のエース、萌波さんも難なく一回戦を勝ち上がっていた。
続く二日目は、午前中に二回戦が行われた。
あたしの対戦相手は潤平くんだった。
『理葉さん、このあいだはありがとう。でも、それはそれ。今日は負けないからね!』
「潤平くんなんかに負けないです! ウザカッコいいナルシストキャラを卒業したばかりの、迷走中の潤平くんなんかには!」
『迷走なんてしてない! 俺は俺らしく、自然に輝くんだよ! 未来に向かってキラキラとね!』
「少しウザさが残ってないですか?」
『うるさい!』
試合前からスピーカーを通しての言い争いを展開し、
『あの……ふたりとも、そろそろ試合を開始したいのですが、よろしいですか?』
なんて、司会の人からため息まじりに言われてしまったけど。
戦いが始まると、一瞬にしてお客さんたちを魅了していった。
エスプリ・ボワット内にいるあたしには、ミルちゃん視点のモニター映像しか見えない。
それでも、周囲の大歓声はエスプリ・ボワットの壁を突き抜けて聞こえてきていた。
最初から得意技の応酬。
全身をキラキラと輝かせながら、潤平くんのムスティーク、ラブちゃんが分身攻撃を繰り出してくる。
対するミルちゃんは、ミラージュ・ディフェンスで応戦。紙一重でかわし続ける。
タイミングを見計らって、反撃のミラージュ・アタックが炸裂。
見事に決まった!
と思ったら、それは分身だった。
ラブちゃんの姿がモニターから消える。
『理葉さん、後ろががら空きだよ!』
ラブちゃん、背後からの体当たり。
「わざわざ教えてくれてありがとう!」
瞬時に反応、ミルちゃんは残像を残して横に飛ぶ。
そこでさらに反転、回避からの不意打ち攻撃に打って出る。
『読んでたよ!』
モニター全体にラブちゃんの姿が映り込んだ瞬間、強烈な光に包まれる。
ラブちゃんが、これまでにないほど強く、光り輝き始めたのだ。
「きゃっ! 目くらまし!?」
なにも見えない。
そこへ、分身したラブちゃんが一斉に突っ込んでくる。
全方位からの攻撃。
このまま止まっていたら、やられる!
ミルちゃんに指示。いつものように残像を残しつつ、上に飛ぶ。
上から迫っていた分身の体当たり攻撃は、モロに受けてしまった。
でも、被害はそれだけで済んだ。
一方、ラブちゃんの他の分身には、いきなりターゲットのミルちゃんが消えたせいで同士打ちが発生する。
素早く動いて分身しているように見せかけているだけだと思っていたけど、本当に分身が出現する技にパワーアップしていたのかもしれない。
『わっ、しまった!』
「今よ!」
同士打ちの影響で止まっていたラブちゃんの頭上から、ミルちゃんが逆襲の垂直落下。
自らのスピードに重力加速度をプラスして脳天直撃。
激しい火花をまき散らし、ラブちゃんがスフィアの底部に叩きつけられる。
モニターに表示される『You Win』の文字。
『勝者、ムースバター所属、生田理葉!』
あたしの勝利を告げる司会者の声は、お客さんの割れんばかりの歓声によってほとんどかき消されていた。
勝者のムスティークは、敗者のエルヴァーの血を吸って、相手の能力をワイルドカードとして取得することができる。
それは関東大会でも同じだった。
ミルちゃんが潤平くんの血を吸うなんて。
「やっぱり、ミルちゃんが穢されちゃう……」
「俺の血なら、理葉さんのよりずっと綺麗だよ! 俺はキミみたいに、おかしくないし!」
「おかしいって、ひどいです~。ああ、いつもはあたしの血を吸ってるミルちゃんが、潤平くんの血をチューチュー吸ってる……。これって、間接チュー?」
「ち……違うから! そういうところが、おかしいって言ってるんだよ! 年下のくせに、俺をからかうんじゃない!」
潤平くんはなぜか顔を真っ赤に染めながら怒鳴りつけてくる。
う~ん、よくわからない人だ。
潤平くんの血を吸い終えたミルちゃんは、なかなか上機嫌な様子だった。あたしと潤平くんの周りをくるくる飛び回り始める。
「ミルちゃん、すごく元気だな~。潤平くんの血のせいで、おかしくなっちゃった?」
「ならないよ! っていうか、俺はおかしくないって、何度言えば……」
「あはっ、冗談ですよ! 今日の試合、楽しかったです! またやりましょうね!」
「う……うん、そうだね!」
あたしが差し出した手を、潤平くんはぎゅっと握ってくれた。
午後には三回戦があった。
あたしは問題なく勝てた。勢いは我にありだ。
なんて、あまり調子に乗ってると、また痛い目を見ちゃうかな?
それはいいとして……。
あたしと違って油断していたわけではないと思うけど、うちの研究所のエース、萌波さんは残念なことに負けてしまった。
相手はあのミサイルお嬢様、数珠原鮎季さん。最初に見せてもらった映像以来、一年ぶりの対戦だった。
もっとも、無数に飛んでくるミサイルの攻撃は、シールドを確実に張ってすべて防ぐことに成功していた。
あたしのトレーナーとして一緒にトレーニングしていたからか、萌波さんは確実に強くなっていた。
にもかかわらず、勝てなかった。
初対戦のときのような一方的な試合ではなかった。
鮎季さん本人も、
『なかなかやりますわね! 正直驚きましたわ!』
と叫んでいたくらいだ。
でも、鮎季さんは相手が強ければ強いほど燃える、という精神の持ち主でもあるようで。
『いいですわよ、萌波さん! もっとわたくしを熱くさせてくださいませ! 全身全霊を込めて、ボコボコにして差し上げますから!』
その言葉どおり、最終的に萌波さんは……正確には萌波さんのムスティーク、シューちゃんことシューティングギャラクシーは、本当にボコボコにされてしまった。
「萌波さん! 大丈夫ですか!?」
エスプリ・ボワットから出てきた萌波さんは、ふらふらと覚束ない足取りだった。
あたしが駆け寄った途端、足をもつれさせて倒れ込んでくる。
ぎゅっと抱き止めると、萌波さんは悔しそうにひと言、つぶやきをこぼした。
「また……負けちゃった……。研究所のエースなのに、ダメね、ウチ……」
「そんなことないです! 萌波さんは頑張りました! あのミサイルお嬢様が容赦なさすぎなだけです!」
「悪かったですわね、容赦なさすぎで!」
あたしと萌波さんのもとへ、鮎季さんが歩み寄ってくる。
「さ、血を吸わせていただきますわよ。ヤキニク、行きなさい!」
――ぶぅぅぅぅ~~~~~ん。
鮎季さんのムスティーク、ヤキニクテイショクが萌波さんの腕に止まる。
「ちょっと、萌波さんはまだ弱ってるのに……!」
「すぐに吸わなくては、意味がありませんの。そういうルールになっているのは、あなただって知っているでしょう?」
言われてみれば、確かにそうだった。
勝利の瞬間に照射される特殊なスポットライトを浴びたムスティークだけが、予備の胃袋に相手エルヴァーの血を溜めておくことができる。
だとしても、萌波さんはこんなにも苦しそうなのに……。
「理葉さん、いいのよ。これは敗者の義務なんだから」
萌波さん自身が、あたしをなだめにかかる。
本人がそう言っているのだから、あたしがどんなに反論したところで意味はないだろう。
ヤキニクが、萌波さんの血を吸っている。
なんだか、嫌な気分だった。
「あら、理葉さん。随分と怖い顔で睨みつけておりますわね。ヤキニクが憎いですか? わたくしが憎いですか?」
鮎季さんが嘲笑を浮かべながら、そんなことを訊いてくる。
「……うん、憎いよ。あたしが絶対に、萌波さんの無念を晴らす! 楽しみに待ってなさい!」
「ふふっ、宣戦布告なさるんですのね。まだ準決勝も残ってますのに」
「それはお互い様でしょ?」
一触即発の様相。
あたしはこの人を倒さないと!
前に負けたリベンジでもあるし!
――ぶぅぅぅんっ、ぶんぶんぶんっ!
ミルちゃんだって、怒りに燃えてるんだから!
あたしは決意を新たにする。
とはいえ、今日の試合はもう終わっている。他のメンバーとともに、その日は帰宅した。
あたしにしては珍しく、熱い気持ちは冷めることなく翌日まで持続する。
午前中の準決勝を順調に勝利で終え、決勝戦を迎えることになった。
対戦相手は言うまでもなく、鮎季さんだ。
萌波さんをボコボコにした、憎っくき悪魔。
さあ、今度はあたしが相手よ!
あたしは意気揚々と決勝の舞台へと身を進めた。




