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ムスティーク・バタイユ  作者: 沙φ亜竜
第3章 偽りの自分は悲しいものだから
10/17

-3-

「あたしって、もしかしたらメチャクチャ強いのかも? 留架も見てくれてたよね? ねっ?」

「うん、まぁ、見てたけどさ~……」

「お姉ちゃんの華麗な戦いぶり、弟として誇りに思っていいわよ!」

「いや、そこまでのことじゃないでしょ……」


 研究所へと戻る途中も、あたしは車の中で大はしゃぎ。

 留架はいつもどおり素直じゃないけど、心の中ではきっと、「姉ちゃん超カッコよかった! 最高だった! 今すぐにでもクラスのみんなに自慢したいくらい!」と思っているに違いない。

 それにしても、あたしってば、こんなに強かったなんて。

 考えてみたら、ムースバターのエースである萌波さんにも初対戦でいきなり勝てたもんね。天性の素質があるのは疑いようもない。

「あ~、もう! 自分の才能が怖いわ~!」

「うわっ……。姉ちゃんが改心する前の潤平くんみたいになってる……。ウザすぎ……」

「ちょっと、ウザいとか言わないでよ~! 純粋にカッコいいでしょ~? もしくは凛々しい?」

「自分で凛々しいとか、ありえないよ……」

「もう、留架ったら意地張っちゃって! 素直に、姉ちゃん凛々カッコいい、って言えばいいのに!」


 なぜかうんざりした顔の留架。

 それだけじゃなく、木乃々さんや知念さんすらも、留架と似たような表情をしていた。


「あれ~? 木乃々さんたちまで、どうしたんですか~?」

「いえ、自信をつけるのは悪いことではないと思うけど……」

「ですよねですよね! なんかもう、誰にも負けないって感じです! あのミサイルお嬢様にだって、さくっと勝てそう!」

「……潤平くんに勝ったから、明日はそのお嬢様、鮎季さんとの練習試合になるわね」

「あっ、そういえばそうでしたね! じゃあ、明日は萌波さんの仇討ちです! 木乃々さん、任せてください! あたし、勝っちゃいますから!」

「そ……そう……。うん、頑張ってね」

「はいっ!」


 なにやらあたしと周囲のテンションが違いすぎる気はする。

 だけど、勢いに乗ってるし実力もあるわけだし、負けるはずがないよね!

 あたしは自信満々にガッツポーズを見せる。飛び上がるほどの勢いで。

 その結果、


「理葉さん、車の中ではもう少し静かにお願いします」


 運転している知念さんから、こんなお叱りを受ける羽目になってしまった。



 ☆☆☆☆☆



 翌日。


「萌波さん、勝ってきますからね! ま、あたしにかかれば、あんなミサイルお嬢様なんてちょちょいのちょいだと思いますけど!」


 あたしは見送りに出てくれた萌波さんに宣言した。


「……油断はしないほうがいいわよ?」

「大丈夫ですって! 萌波さんは楽しみに待っていてくれればいいんです! なんたって、あたしは期待の新人なんですから! 萌波さんのこと、簡単に追い抜いちゃって申し訳ないですけど!」

「…………そう。せいぜい頑張ってきてね」


 萌波さんの仇討ちでもあるのに、やけに冷めた反応だった。

 まぁ、こんな短期間でエースの座を奪い取ってしまったのだから、たとえ恨まれたとしても仕方がない。

 あたしとしては仲よくしたいと思っているけど、それは無理なのかもしれないな。

 そんなことを考えながら、あたしは研究所を出発した。


 今日の対戦相手は、萌波さんが以前戦った、あのミサイルお嬢様――鮎季さんだ。

 ヤキニクテイショクとかいう微妙な名前のムスティークを操り、「おーっほっほっほ!」と実にお嬢様らしい笑い声を発していた。

 ああいう人種って、思いっきり打ち負かして自尊心を傷つけたりすると楽しそうだよね。

 メッタメッタのけちょんけちょんにして、「参りました、理葉様。これからわたくしのことは、下僕とお呼びくださいませ」とでも言わせてあげようかな。


 ぬふふふ、お嬢様が地べたに頭をこすりつけて忠誠を誓うなんてシチュエーション、最高かも!

 すぐに訪れるであろう近い未来の出来事を想像して、あたしはついつい、しまりのない顔をしてしまっていたようだ。


「姉ちゃん、キモい……」


 隣に座る留架から、そんなツッコミが飛んできた。


「キモいってなによ~? あっ、あたしの優秀さに嫉妬してるの~? それとも、留架には手の届かない高みに行ってしまうのが怖いとか?」

「なに言ってんだか……」

「素直じゃないな~。でも大丈夫、あたしがムスティーク・バタイユ界のアイドルになって超有名人になったとしても、留架は弟だもん、ちゃんと抱きしめてあげるよ~!」

「いらないってば。試合とかトレーニングのあとはとくに汗臭いし」

「嫌よ嫌よも……」

「好きじゃないから! ほんとに迷惑だから!」

「そんなつれないこと言わないでよ~」

「うるさいってば! 離れてよ!」


 今日の留架は、いつにも増してひねくれていて、いつにも増して不機嫌だ。

 どうしたというのだろう?


「ふふっ。留架くんは、今の理葉さんが嫌なのよね? 普段どおりの理葉さんに戻ってほしくて」

「え~? なんですか、それ~?」

「そ……そんなんじゃ! ……ないわけでもないですけど……」


 留架はそれっきり黙り込んでしまった。

 ほんとに、どうしたというのだろう?




 今日の練習試合は、県内随一の大きな競技場に作られた特設ステージで行われるようだ。

 さすが、県内最強と言われている鮎季さんだけのことはある。

 そんな人を、これからあたしが打ち負かしてしまうのね。

 練習試合だから、テレビ放送まではされないはずだけど、大勢のお客さんが見守る中、鮎季さんをこてんぱんにやっつける。


「華麗な戦いをするこの女の子は、いったい何者だ?」「ムースバターの生田理葉?」「聞き覚えのない名前だが、新人か。こんな逸材が眠っていたとは!」


 関係者のあいだでそんな会話が繰り広げられるのも、もう間もなくということだ。

 取材とか、来ちゃうかも?

 一躍トップスターだわ!


 ……って、ムスティーク・バタイユ自体がまだ、そんなに人気のある競技ではないから、そこまでは無理か。

 だとしても、あたしのおかげで人気に火がついたりするかも!

 そうしたら、本当にトップスターになっちゃうわよね!


 にへらにへら。

 会場に着いてもなお、あたしの顔の筋肉は緩みっぱなしだった。

 そこへ、ひとりの女の子が近づいてくる。


「あら、あなたが今日のお相手ですの? くすっ。このわたくしがわざわざ出向いて参りましたのに、見るからに弱そうな人ですわね。もし暇潰しにもならないようでしたら、ムースバターの方々に文句を言わなくてはなりませんわ」


 数珠原鮎季さん。今日の対戦相手だ。

 木乃々さんからある程度のデータはもらってある。どうやらこの人、あたしと同い年らしい。


「なによ! そうやって余裕でいられるのも、今のうちだけよ! あたし、勝っちゃうんだから! 見るからに弱そうだなんて言ったこと、後悔させてあげる! っていうか、土下座して謝ってもらおうかな!」

「自信がおありですのね。いいでしょう。本気でお相手して差し上げます!」


 試合前からバチバチと火花を散らす。

 あたしはあのお嬢様の鼻っ柱を折るべく、意気揚々とエスプリ・ボワットに入っていった。



 ☆☆☆☆☆



『ブリリアントスマイル所属、数珠原鮎季! ヴァーサス! ムースバター所属、生田理葉! ムスティーク・バタイユ、スタート~~~!』


 司会の女性の声で試合が始まる。


「ミルちゃん、行くよ!」


 ――ぶぅぅ~~~~ん!


 あたしの呼びかけに応じて、ミルちゃんの羽音が聞こえてくる。

 目の前にあるモニターはミルちゃん視点の映像になっているため、あたしにはミルちゃんの姿は見えないけど。

 ムスティークとエルヴァーは一心同体。心の目では見えている。


『あれだけ強気な発言をしていたのですから、少しは楽しませてくださいね!』


 言うが早いか、バカのひとつ覚え、ミサイル攻撃が展開される。


「強気な発言は、そっちこそでしょ~!? ミサイルで攻撃してくることなんて、映像で見て研究済みよ! ミルちゃん、ぱぱっと避けてちょちょいっと終わらせちゃって!」


 アイアイサ~~~~!

 とは、もちろん言わないけど、そんな雰囲気でミルちゃんが飛び込んでいく。

 無数のミサイルの雨の中へ。


 あたしのイメージとしては、こうだ。


 まず、ミルちゃんが全部のミサイルを華麗に避ける。

 慌てる鮎季さんの声が響く。

 そこでミルちゃんの得意技、フラフラ攻撃が炸裂。

 フラフラ攻撃じゃ、なんか締まらないな。

 ミラージュ・アタックとでも命名しておこうか。


 とにかく、あたしが技の名前を叫び、ミルちゃんが突撃。鮎季さんの操るヤキニクを一撃のもとに貫く。

 勢いに乗っていて、実力もあるあたしなら、失敗することなどありえない。

 最後に高らかな声で言う。


 鮎季さん、恨まないでね! あたしが強すぎるだけなんだから!


 そして大歓声。トップスター生田理葉の誕生……となるはずだ。

 そう思っていたのだけど。


「あれ……?」


 最初の段階からして、想定外の事態に陥る。

 正確に言えば、ミルちゃんはあたしのイメージどおり、ミサイルを避けた。

 避けたのに、食らった。

 なにが起きたのか、詳しく分析しているような余裕なんてなかった。


「きゃあ~~~~っ!?」


 避けたはずのミサイルが爆発したことで、ミルちゃんの動きが止まる。

 そこへ、二発目、三発目のミサイルが突っ込んでくる。

 無論、そのあとに何十発も続いて放たれていたミサイルもすべて、ミルちゃんを直撃する。


『研究済みが聞いて呆れますわ! わたくしだって、常にトレーニングしてパワーアップを図っているんですわよ? 今回は近づいただけで相手を感知して爆発するように改良しておいたのですが、見事に決まりましたわね! お~っほっほっほ!』


 鮎季さんの勝ち誇ったような高笑いが耳に反響する。

 悔しい……!

 けど、どうにもできなかった。


 攻撃を受けたのはミルちゃんだ。

 ただ、つながりの強いあたしには、その衝撃が余すことなく伝わってくる。

 いや、もともとムスティーク・バタイユはそういう競技だ。エルヴァーが実際に傷を負うわけではないものの、精神的な部分で痛みを受ける。


 萌波さんが鮎季さんに負けたときだってそうだった。ミサイル攻撃をモロに食らった萌波さんは、気を失ってしまった。

 だからこそ、ムスティークとエルヴァーは一心同体だとも言える。


 スタートからほんの数十秒程度。

 あたしと鮎季さんさんの練習試合は、さしたる盛り上がりもないままあっさりと終わった。

 協会が正式に認めた試合としては、過去の最短試合時間記録を大幅に更新するという、不名誉な結果を伴って。


『勝者、数珠原鮎季!』


 歓声は響いていた。

 でもそのほとんどが、あまりにも短く見応えのない試合に対する不満の声だった。

 お金を払って見に来ているわけではないにしても、県内最強と言われる鮎季さんの試合だから、期待して待っていた人も多かったのだろう。

 鮎季さんの戦いを――正確には鮎季さんのムスティーク、ヤキニクテイショクの戦う姿を、楽しみにしていたに違いない。

 あたしはそんなお客さんたちの楽しみを、無情にも奪ってしまったことになる。


 というか、それよりも。

 絶対に勝てる。楽勝だ。あたしには実力がある。勢いにも乗っている。

 数分前までの自分がバカみたいに思えてくる。

 ムスティーク・バタイユの世界に身を置いてから間のないあたしが、そうそう勝ち続けられるわけもなかったのだ。


 あたしに実力があったわけじゃない。

 勢いには乗っていたのかもしれないけど、勝てたのは偶然が重なっただけの時の運だった。

 勝負の世界では、圧倒的な差があっても絶対はない。


 それに、どんな強者であっても、おごり高ぶっていればいつしか落ちぶれてしまうのは自明の理。

 鮎季さんはさっき言っていた。常にトレーニングしてパワーアップを図っていると。

 県内最強と呼ばれている人でも、そこで立ち止まることなく頑張っている。

 あたしの強気は、完全な自惚れでしかなかったけど。

 鮎季さんの強気は、実力から来る自信に裏打ちされたものだったのだ。


「あ……ミルちゃん……」


 自らの招いた絶望に打ち震えながらも、あたしはミルちゃんのことを思い出す。

 あたしの大切な家族、ミルちゃん。

 鮎季さんのミサイル攻撃が、すべて直撃した。

 エルヴァーであるあたしにも、その衝撃は伝わってきた。

 いや、物理的にミサイルを受けたのはミルちゃん自身なのだ。あたしよりもずっと強い衝撃が、ミルちゃんの小さな体を襲っていたことだろう。


「ミルちゃん、大丈夫!?」


 ――ぶぅぅぅ~~~~ん……。


 エスプリ・ボワットから飛び出したあたしに、ミルちゃんが寄ってくる。

 弱々しい飛び方ながら、しっかりと羽を動かして宙を舞っているのが確認できた。


「ミルちゃん! よかった、生きてたのね!」

「死にはしませんわよ。ムスティークはこう見えて、すごく頑丈にできているのですから」


 対戦相手、鮎季さんが近づいてくる。

 あれだけの啖呵を切って試合に臨んだのに、あんなにも短時間で負けてしまったなんて。

 あたしには合わせる顔がない。自然とうつむき加減になる。


「そもそも、ムスティーク・バタイユにおける攻撃は、物理攻撃というよりもむしろ精神攻撃なんですの。エルヴァーに対してだけでなく、ムスティークにとってもそれは同じことですわ。わたくしのミサイルだって、精神的つながりのなせる業、という感じですし」

「そ……そうなんだ……」

「まったく……。ムースバターでは、その程度の教育もしていないんですの?」

「うう……」


 返す言葉もない。

 正式な練習試合に負けたあたしは、鮎季さんのムスティーク、ヤキニクテイショクに血を吸われた。

 ミルちゃん以外のムスティークが、あたしの血を吸うなんて。

 なんとも言えない焦燥感に包まれる。


「それにしても……久しぶりに互角の試合が楽しめるかと思ってワクワクしておりましたのに、拍子抜けでしたわ。あなた、ムスティーク・バタイユを続けたところで、無意味なんじゃなくて?」

「…………」

「ふふっ。悔しかったら、強くおなりなさい。わたくしを楽しませることができるくらいにはね。では、ごきげんよう。お~っほっほっほ!」

「…………」


 そんなセリフを残して去っていく鮎季さんに、あたしは視線を送ることすらできなかった。

 鮎季さんは、あんなふうに高圧的な態度を取ることでこそ、力を発揮できるタイプの人なのだ。

 それを本人も自覚していて、わざわざあたしに対して強気な発言をぶつけてきた。

 試合前、あたしも同じように強がってはいたけど。

 性格的に全然違うんだ。

 あたしは昨日、潤平くんに偉そうに語っていたじゃないか。自分らしく、と。


「姉ちゃん……」


 留架が遠慮がちに声をかけてくる。

 うん。

 弟に心配をかけさせてちゃ、ダメだよね。

 あたしはあたしらしく。


「留架、負けちゃった! でもあたし、くじけないから! だからちょっとだけ、抱きしめさせて!」

「うわっ!? 意味がわからないよ! くっつくなっての、汗臭いんだから!」


 思う存分、留架にほっぺたをすりすりする。

 これでこそ、あたしだよね。

 留架は心底嫌そうにほっぺたに付着したあたしの汗を拭っていたけど。

 まったくもう、素直じゃないんだから! 本心では全然嫌がってないくせに! むしろ、嬉しいとすら思ってるくせに!

 ほんと留架ってば、愛い奴!


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