-2-
単なる練習試合。
あたしはそう思っていたのだけど。
いや、実際に練習試合なのは確かなはずなのだけど。
会場にはどういうわけか、随分と多くのお客さんが集まっていた。
「ええ~~~っ? ムスティーク・バタイユって、こんなに人気のある競技なんだっけ?」
疑問符を飛ばしまくるあたしに、木乃々さんが解説を添えてくれた。
「ちょうど、他のイベントが途切れる時間帯だったみたいね。練習試合は無料で誰でも見学できるようになってるから、暇潰しのために寄ってみたって人がほとんどなんじゃないかしら」
「暇潰しですか……」
そりゃそうだよね、とは思ったものの、なんだか寂しい気もする。
せっかくだし、少しでも盛り上がってもらえると嬉しいな。
「ほら、理葉さん。エスプリ・ボワットに入って」
「えっ? 挨拶とかMCとかの時間はないんですか?」
「そんなのないわよ。っていうか、理葉さん、なにか喋りたかったの?」
「ん~、盛り上げようかな~と思ってたから~。いえーい、みんな、ノッてるか~~~い? って感じで」
「会場がしらけるだけよ。余計なことを考えてないで、早く準備しなさい!」
「はぁ~い!」
あたしはミルちゃんのヒモを解き、スフィア内に放つ。
そして小さく深呼吸し、エスプリ・ボワットへと入っていった。
「わっ、やっぱり狭いのね~。研究所の設備よりはまだマシだけど、さほど変わらないくらいのショボさだなんて……。うちの研究所は建物自体がオンボロだから、絶対にビンボーなせいだと思ってたのに~」
正直な感想を漏らした途端、閉めたばかりのドアがドンドンと叩かれる。
「こら、理葉さん! 声はマイクで会場全体に聞こえるんだからね!? 自ら研究所の恥をさらさないで!」
木乃々さんからの叱責。
「ありゃ。すみません~、つい本音が……」
「本音とか言うな!」
と、それはさておき。
『ふっ、生田理葉さん、逃げ出さずに会場まで来たんだね。この俺が直々に褒めてあげるよ!』
スピーカーから唐突に男性の声が流れてくる。
対戦相手、滝瀬潤平くんの声だ。
「あたしが逃げるわけないじゃないですか。勝てそうだと思ったのに」
『どうしてそんな結論に至ったのかわからないが……。試合が始まったらすぐに、その考えが間違いだったと認めることになるはずだよ!』
「ん~、間違いじゃないと思うんだけどな~」
『ふっ、そうか。怖気づいている気持ちを悟られまいと、強がっているってことだね!』
「え? 全然そんなことありませんよ?」
『素直になれ! そして俺の前にひざまずくのだ!』
「お互いエスプリ・ボワットに入ってますし、目の前でひざまずくとか、物理的に不可能ですけど……」
『うるさい! さっさと始めるぞ!』
試合前から感情をむき出しにする潤平くん。
それでも、やっぱり脅威になるとは思えなかった。
なぜなら、潤平くんの言葉には本心が微塵も込められていなかったからだ。
『ネオジェネレーション所属、滝瀬潤平! ヴァーサス! ムースバター所属、生田理葉! ムスティーク・バタイユ、スタート~~~!』
司会者らしき女性の声が響き、あたしと潤平くんの戦いが幕を開ける。
正確には、あたしのムスティークであるミルちゃんと、潤平くんのムスティークの戦いだ。
……そういえば、潤平くんのムスティークって、どんな名前なのだろう?
「潤平くん、あなたのムスティーク、名前はなんていうんですか?」
『ふっ、ラブリー・ジュンだ!』
うわぁ~、寒いネーミング。
という感想は黙っておいた。
べつに空気を読んだわけではない。
すでに戦いが始まり、ラブリー・ジュンがミルちゃんに迫ってきていたからだ。
『俺のように輝きを放つ、ムスティーク界のプリンセス、ラブリー・ジュンの機敏な動きをとくと見よ!』
「ん~、ムスティークって蚊だし、機敏に動けるのって当たり前な気が……」
『いちいちうるさい奴だな!』
「そっちこそ~」
それにしても、ちょっと気になることがあった。
潤平くんが自分のムスティークをプリンセスと表現していたことだ。
「ラブちゃんって、メスなんですね~」
勝手にちゃんづけしつつ、あたしは素直に疑問を飛ばす。
『ラブちゃんと呼ぶな! ラブリー・ジュンだ! だいたい、ムスティークはメスに限られているんだから、当然じゃないか!』
「あれ? そうなんですか。じゃあ、ミルちゃんもメスなのね~」
『知らなかったのか!? そもそも、血を吸う蚊がメスだけだというのは常識だろうに!』
「それは知ってましたけど、ムスティークは特別な蚊だって聞いてたから。オスのほうが強そうだし、戦うには合ってそうってイメージだったんですよ~」
でもそうすると、ムスティーク・バタイユは女の子同士の戦いだということになる。
それはそれで、燃えるシチュエーションなのかもしれない。
『余計なごたくはもういい! 一気に決着をつけてあげるよ! ふっ、俺の華麗なる戦いぶりに、惚れてしまっても知らないぞ~?』
「え……そんなのありえない……」
『真顔で否定するな! 行くぞ、ラブリー・ジュン!』
潤平くんの言葉に合わせて、ラブちゃんの全身が輝き始める。
スターシャイニング。
DVDの映像でも見た潤平くんの得意技、いわゆる分身の術だ。
無数に分裂したように見せかけて、実際には高速で移動しているだけだとは思うけど。
それでも、まともに向かっていっては、こちらの不利は否めない。
ただ……。
ムスティークの得意技は、エルヴァーの性格が反映されるという。
そこがどうしても引っかかっていた。
「ミルちゃん!」
あたしの思いどおりに、ミルちゃんが動く。
『むっ!?』
ミルちゃんも分裂した。
映像で見た観客の人たちは、そう思ったことだろう。
でも違う。
相手の動きと完全に同調し、ずっとラブちゃんの目の前の位置をキープするように移動しているだけだ。
『な……っ!? どうして……』
潤平くんは困惑していたけど。
あたしには答えがわかっている。
「潤平くん。無理するのはやめたらどうですか?」
静かに言い放つ。
ずっと感じていた違和感は、これだった。
所属する研究所の方針で、潤平くんはウザカッコいいキャラを演じている。
演じることを強いられている。
いまだ人気が高いとは言えない競技、ムスティーク・バタイユを盛り上げるため、それと研究所の知名度を上げるため、特殊なキャラクターを演じ、一般の人にもすぐに覚えてもらえるように仕向けている。
それはわからなくもない。
だとしても、ムスティークとエルヴァーのつながりによって戦うための力が得られるのだから、エルヴァー本人が迷っていたら本来のパワーが出せるはずもない。
もちろん、言われたとおりに演じている状態だったとしても、勝ちたいという気持ちは生じるだろう。萌波さんと戦ったあの試合のように、勝てる場合だってあるに違いない。
とはいえ、それではどんなに頑張っても百パーセントの力は出せないことになる。だからこそ、単純にマネしただけであるミルちゃんでも、簡単に同じ程度の能力を発揮できたのだ。
自らの意思を押し殺した状態では、ムスティークとのつながりは強まらない。周囲の実力が上がれば、徐々に埋もれていくだけでしかない。
まだこの世界に飛び込んで少ししか経っていないあたしではあっても、勝つために必要な要素を分析する能力は不思議と培われていたようだ。
あたしはそういった理論を、マイクを通してバカ正直に語った。
語らなければ、楽に勝てる試合だったというのに。
木乃々さんから文句が飛んできそうではあったけど、言わずにはいられなかった。
もっと自分らしく戦って、と潤平くんに言ってあげたかったのだ。
たぶん潤平くんは、普段はすごくおとなしい人なのだと思う。
ゲームが大好きで、暇さえあればゲームで遊びゲームの世界に没頭する。そんな、どちらかと言えば引きこもり気味な性格ですらあるように感じられた。
ほんの数分、食堂で会話を交わしただけでしかないけど、あたしはほとんど確信していた。
それはマイナスのイメージとなる性格かもしれない。
だからといって、偽りの自分を演じ続けるのは、心のどこかに後ろ暗さを抱え込む原因となってしまう。
ノリノリで演じているように見えても、これは本当の自分ではないと、胸の奥でモヤモヤとした思いがくすぶることになる。
そんな状態では、力を出しきれるわけがない。
「ここは戦いの場だけど、楽しまなきゃダメだと思うんです。ミルちゃんもそう言ってます!」
『……ふっ、キミはムスティークの声が聞こえるとでも言うのかい?』
「うん、聞こえますよ。ミルちゃんの気持ち、あたしにはわかります!」
迷いなく答える。
潤平くんからは、なにも言葉が返ってこなかった。
「え? エルヴァーとムスティークのつながりが必要みたいだし、当然ですよね? そういうものですよね?」
「いや……そんなの姉ちゃんだけなんじゃ……」
エスプリ・ボワットの外から、留架の呆れたような声が聞こえてくる。
留架はきっと、あたしとミルちゃんが以心伝心で一心同体なことに嫉妬してるだけなのよね。ジェラシってるのよね。
やっぱり、愛い奴!
……あっ、今は試合中だった。
留架のことなんか考えてる場合じゃない。
「潤平くん、あなたは今、戦っていても楽しくないでしょ?」
『た……楽しむために戦ってるわけじゃないし……』
潤平くんの口調からは、さっきまでの威勢が完全に失われていた。
「楽しまないと! 自分をさらけ出して! じゃないと、ラブちゃんだって満足しないですよ!」
『ラブリー・ジュンだってのに……。でも……』
一瞬の沈黙、そして、
『わかった! 俺、試合を楽しむよ! 理葉さん、負けても恨まないでよね!』
これまで見た中で一番の笑顔を振りまき、潤平くんは言い放った。
「うん、そうこなくちゃ! 自分らしく! それがあるべき姿なんですよ! でも……あたしだって負けないですからね!」
ミルちゃんが攻撃を繰り出す様子を頭に思い浮かべる。
華麗なダンスを舞うように。
ふらりふらりと動きで魅了して、相手に近づいていく。
ダンスに見惚れた相手は完全に骨抜き。あとは一撃を加えてフィニッシュだ。
『そう簡単には行かないよ!』
ミルちゃんのふらふらダンスを、ラブちゃんはさらりとかわし、距離を取った。
そこから、ラブちゃんの反撃がスタートする。
ついさっきまでとは比べ物にならないほど光り輝き、数十……いや、数百……もしかしたら数千とも思えるほどの数に分裂し、一気に間合いを詰めてくる。
「なにかと思ったら、まったく同じ攻撃じゃないですか! 結局は分身攻撃……きゃあっ!?」
いくら数が増えようと、同じ攻撃なんて食らうはずがない。
そう思った矢先、衝撃が襲いかかってくる。
見た目以上に、速かった!?
「潤平くん、意外とやるじゃないですか!」
『上から目線で余裕をぶっこいていられるのも、今のうちだけだからね、理葉さん!』
確かに、余裕はなかった。
実力はほぼ互角。
いや、あたしよりキャリアが長い分、潤平くんの動きのほうがスムーズだ。
このままじゃ、負けちゃう!
必死になってミルちゃんを応援する。
苦しい……けど、楽しい!
素直にそう思える、熱い戦いになっていた。
そっか、これがムスティーク・バタイユってものなんだ。
観戦している人たちの声援も、より一層大きくなっていた。
戦っているムスティークとあたしたちエルヴァーだけじゃない。お客さんたちもみんな、楽しんでくれているのだ。
そう考えると、心の奥底から嬉しさが込み上げてくる。
『理葉さん、観念したのかな? 動きが鈍いよ!』
「ちょっと考え事をしてただけです! それに、試合はまだ始まったばかりなんですから!」
と言いながら、あたしは長期戦を覚悟してはいなかった。
自分が優位だと思い込んだ潤平くんは、集中力が弱まり始めていた。
そこを、突く!
「えいっ!」
防戦一方で逃げている、といった状況を装い、ラブちゃんが背後まで近寄ってきた瞬間、急ブレーキをかける。
「ミルちゃんのヒップアタック炸裂よ!」
正確に言えば、ミルちゃんのお尻にラブちゃんが自ら突っ込んでくる、という形だった。
『うわっ!? ラブリー・ジュン、緊急回避……って間に合わない!』
あたしの目の前にあるモニターでは、よくわからなかったけど。
勝負はついた。
背後からぶつかってきたラブちゃんが、完全に目を回して落下していったのだ。
普通だったら、速度に乗っているラブちゃんのほうが、ミルちゃんを弾き飛ばして勝利しそうな場面。
ミルちゃんが勝てたのは、シールドのおかげだ。
瞬時に展開した萌波さんの得意技によって、ミルちゃんはラブちゃんを吹き飛ばし、見事勝利した。
戦いに没頭しながらも、ワイルドカードの存在を忘れていなかったのが、あたしの勝因だった。
一回だけという制限があるワイルドカードの攻撃を使ってしまったことにはなるけど、勝ちは勝ち。
あたしは勝利の気分に酔いしれていた。
☆☆☆☆☆
「負けたよ、理葉さん。でも、楽しかった!」
「うん! あたしも、すごく燃えちゃいました!」
試合後、あたしと潤平くんは固く握手を交わした。
その背後では、ネオジェネレーションのお偉いさんたちが、「言葉巧みに騙して本来の能力を封じたようなものだ! こんなの、ムスティーク・バタイユの精神に反する! 今回の試合は無効だ!」と叫んで異議を申し立てていたのだけど。
「俺は俺だから! ウザカッコいいナルシストキャラなんて、俺には似合わないです! 今後は俺らしく戦います!」
潤平くんは力強く宣言し、所属する研究所の人たちを黙らせた。
その後、事前に申請済みの正式な試合であることから、勝者のムスティークであるミルちゃんが、敗者のエルヴァーである潤平くんの血を吸った。
ミルちゃんの予備の胃袋に、潤平くんの血が溜め込まれた状態。つまり、潤平くんの得意技、スターシャイニングのワイルドカードをゲットしたことになる。
萌波さんのシールド技を使ってしまったのはもったいなかったかもしれない。
でも、予備の胃袋の数はわかっていない。上書きされてしまう可能性を考えれば、これでよかったのだと思っておくべきだろう。
「理葉さん、今日は相手をしてくれてありがとう! ミルちゃんとの意思疎通レベルも高いみたいだし、すごいよね! 俺、理葉さんのファンになっちゃったよ!」
「あれ~? 戦う前、試合が終わったらあたしが潤平くんのファンになってるはずだとか、言ってませんでしたっけ~?」
「理葉さん、からかわないでよ! あれはキャラを演じてただけだから!」
「あははは! うん、わかってますよ! 今日はほんとに楽しかったです! また今度、戦いましょう!」
「ああ、そうだね!」
再び握手を交わし、あたしはこれ以上ないほどの上機嫌で試合会場をあとにした。




