そして、物語は続いていく。
大きな門の前に、馬車が止まる。
私は、期待に胸をときめかせ従者の補助を借りて馬車から降りた。
門の表札には『サウスリーフ国騎士養成学校』と大きく書かれていた。
私たちのほかに、迎えの人があふれかえっている。そう、今日は騎士養成学校の卒団式だ。
「3年ぶりですのね……」
「お嬢様」
「もし忘れられていたらどうしましょう…」
あれから3年がたった。
謁見の間を出た後、私たちはサウスティムの屋敷に向かって両親たちと対面した。
悟史さまの容姿に家族も驚いたが、私たちが名前をかわし結婚を前提に暮らしていると聞くと、お父さまは一つ悟史さまに条件を課した。
それが、騎士養成学校を卒団することだ。
異世界の住人で読み書きにも不自由な悟史さまは、あっさりとそれを受諾した。
言葉に必要な風属性、読み書きに必要な光属性は、ノースリーフ国のエル国王とカイゼル宰相という二大魔術師により装飾品に収められた。魔力量が桁違いな濁りのない魔石は、売りに出せば屋敷の一つや二つは買えるだろう。
あの後、正式に『国王の友人』という肩書をもらうためエル国王に謁見した。
同じ王子ながら、サリエル王子とは違う威厳と、冷ややかだが突き放す感じのない眼差しに驚く。同じ年齢なのに、こんなにも違うのだ。
しかし、その印象はあっさりと崩れ去った。
エル国王は麻生さまを親友だとおっしゃっていて、悟史さまがご学友だと知ると若干の嫉妬めいた雰囲気を見せつつも、親しげな笑みを浮かべている。その上、麻生さまから手紙を預かってきたと悟史さまが告げると、一瞬で満面の笑みに変わった。
そう、異世界で見た大型犬を思わせる国王だった。サウスリーフで聞いていた、『ノースリーフの新王は冷徹寡黙な孤高の王』という評判はいったいどこに行ったのだろう。
手紙の中で、悟史さまの助けになってほしいと書かれていたそうで、エル国王とカイゼルさまは次々に魔力を凝縮させた魔石を作りだし、悟史さまに持たせた。
そして、エル国王自ら異世界へ移転し、悟史さまはあちらの大学を休学した。
それからの今日である。
本来なら4年はかかるだろう騎士学校を、飛び級を重ねて3年で卒団を迎えた。
初めは二人の魔石の補助を使っていたが、次第に悟史さま自身で語学を収め、魔石は護衛がてらの御守になっているらしい。剣術の方も、もともと体を鍛えておられたためか、さほど不自由なくこなせたと聞く。
そして、悟史さまは風と火の魔術属性もちだったそうだ。異世界では魔術が必要なく、眷族も微弱でしか存在しなかったのだが、こちらでは眷族があふれ、少しでも適性があれば使用が可能だ。『国王の友人』という肩書に加え、『全属性の加護者』『熱風の黒騎士』と呼ばれ、気恥ずかしいらしい。
が、それはすべて伝聞したものである。
4年をかけて学校に通っていたら大きな休みの間に会えたものを、悟史さまは休日すら勉学に打ち込んでいた。
緊張しながら敷地内に入ると、どこからか歓声が沸き起こっていた。何かの催しなのだろうか。
約束までに時間があるので、時間つぶしがてらそちらにむかう。
催しは卒団生による模擬試合だった。主席と次席によるものらしいが、卒団式の一つではなく、首席が次席に絡んで起きたものだそうだ。普通は逆じゃないだろうか。
首席は輝くような金髪に、引き締まった体、戦いの最中の真剣なまなざしは、女性を虜にしそうだ。そして、私は次席に目をやり、息をのんだ。
背中しか見えないが、黒い髪にかの人が重なる。
「これで終いだ、サード」
首席が、剣に水魔法をまとわせ一閃する。それはいくつかに分裂して、水の刃が次席へ向かった。
あくまで伝聞でしかない、魔法を使えない悟史さましか知らない私は、人を押しのけ前へと進んだ。
「悟史さまぁああああ!!」
次席の体が、ピクリと反応する。
私の言葉に気づいたのだろう。けれど、次席はこちらを振り返ることなく、水の刃を見据えていた。
「障壁」
次席の周りを風が囲い、水の刃をはねのける。ついで、風の勢いを借りて、前傾姿勢で進み出た次席は、剣に炎をまとわせ首席に切りかかる。水と炎が重なり、白い煙を上げた。
そして、拮抗した力は、互いをはねのける。
押し返されるように離れた主席と次席は、体勢を整えると、とたんに楽しげに笑い出した。
「や~っと本気見せたなお前」
「本気も何も、俺には貴方に敵わないんだが?」
「そりゃ、1年上なら違うだろ」
風に乗って、声が聞こえる。そして、二人はどちらともなく握手を交わす。
「で、あの子が彼女? めちゃ貴族様じゃねぇか」
「いや……俺の妻だ」
つ、妻!?
風魔術で聞くんじゃなかった。3年前より低く、しかし変わらない声音が懐かしく、心を締め付ける。
そして、次席こと悟史さまは、こちらを振り返った。
心臓が破裂しそうだ。
騎士団に入るための機関であり、以前より心も体も磨かれた青年がそこにいた。
「エル」
悟史さまが、私に手を伸ばす。私と悟史さまの直線上にいた令嬢たちが、黄色い声を上げた。
正直、私も黄色い声を上げたかったが、悟史さまの視線に絡め取られ、声が出ない。
「おいで」
悟史さまが言うと、私の体はふわりと浮いた。
暖かい風が、優しく私を包み込む。この感覚は、まさに悟史さまそのもの。
そのまま、私はふわふわと前へ進み、悟史さまの傍で降りる。その瞬間、ぎゅっと強い力に抱きしめられた。
「会いたかった」
耳元でささやかれる言葉に、体中が真っ赤になる心地。模擬試合をしていたためか、鼻に香る汗のにおいに、より心臓がバクバクと暴れた。
「わ……私もです」
呼吸ってなんだっけ。心臓の音が耳に反射して、息がすえない。
「無事卒団したから。 この人がいたから首席は狙えなかったけどな。 サウスティム家的には、よくないか?」
「いいえ、いいえ。 私は、どんな悟史さまでも付いて参ります」
お父さま曰く、優秀なら優秀なほどいいに越したことはないが、卒団できるならそれでいいらしい。
もともと異世界というハンデがあるのだ、十分な無茶ぶりだとお父さまもわかっている。
「あ~も~、みせつけんなよお前ら」
首席が、悟史さまの後頭部を何度かたたく。気にしないそぶりだった悟史さまも、何度もたたかれると嫌らしく、首席を睨みつけた。
「うるさい」
「もう解放してやるから、式までどっかいってろ」
手で払うように、首席が私たちを促す。それに応えてか、悟史さまは不敵に笑うと、指にはめた指輪の魔石に唇を寄せた。
一瞬で世界が変わる。といっても、遠くに催しの場所が見えるので、小さく転移したのだろう。
「え、悟史さまが転移を?」
「エルの魔石で飛んだ。 元の世界には行けないけど、近距離の転移ならコレ一つでできる」
エル、と略称は私と一緒だが、相手は一国の主だ。しかし、いつの間に仲良くなったのだろう。私があえなかったぶん、間を詰められてすごく羨ましい。
「エルのやつ、暇があったら学校まで飛んできてさぁ。 隣の国大丈夫かって時々心配になる」
「………羨ましいですわ」
しかし、会うことは止められてなかったにもかかわらず、学校まで行かなかったのは私の方だ。
ただ素直に待っていた。来ないなら行けばいいのに、動こうとしなかった私は、うらやむ資格すらないのだ。
「でも、これからはずっと一緒にいてやれる」
そういって、悟史さまはその場に跪いて片膝を立てた。胸に右手を当て、まるで騎士そのものの姿に私は息をのむ。
「愛しい人、私の名前はサトシ・ノースティムと申します。 どうか貴女の名前を教えてくださいませんか」
「ノース、ティム?」
ずっと結婚したら悟史さまの世界に帰ると信じていた。それだけに、家族以外この世界になんの未練もなかった。なのに、悟史さまはココで生きようとしているのだろうか。
「ああ、何度か相談してカイゼルさん…いや、カイゼル兄の義弟になったんだ。 エルは俺を弟にしたがってたみたいなんだが、さすがに王弟になるのはなぁ」
困った笑みからも、その情景が目に浮かぶ。そして、残念そうに拗ねるエル国王の姿も。
「で、返事は?」
そこで、私は求婚されたことを思い出す。
返事は、承諾なら自分の本名を名乗る。拒絶なら偽名を名乗る。けれど私はもちろん。
「私の名前はエイネシア・サウスティムと申します。 どうか、末永くおそばに置いてくださいませ」
承諾を返すと、悟史さまは立ち上がって笑った。私は、今日一日でなんどこの人に恋をしたのだろう。きっとこれからも、私は何度も悟史さまに恋をするのだ。
「本当はここで……と行きたいけどな」
「まだ契りませんの?」
あれから色々聞いたのだが、メイドも侍女もお母さまも、殿方に任せるのみとしか教えてくれなかったのだ。
私の言葉に悟史さまは、また大きくため息をつく。
「お義父さんの許可が下りたら、今日にも教えてやるから。 だから」
目をつむって。
熱っぽい声に促され、私は魔法にかかったように目を閉じる。
すると、頬に大きな指が添えられて、唇になにかやわらかいものが触れた。
「とりあえず、今はこれだけな」
目を開けると、目の前に悟史さまの顔。視線が絡まったと思えば、もう一度唇が重なる。
ああ、これが口づけというものなのね。
それから、卒団式を終え即座にサウスティム家へ向かった悟史さまと私は、次席という成績を突き付け結婚の承諾を得た。
その晩、私は契りの意味を知り、今まで何も考えず口にしていたのを、布団にもぐって閉じこもりたいほど後悔するのだった。
完結しました!
元々短編で上げる予定だったで、全体的にダイジェストみたいな感じになってます。
糖度はいつもより低め……かなぁ?
「噴水」→「王子様」→「噴水」の順番で仕上げたので、エル王子と瑞穂の結婚式にはもちろん二人とも招待されておりますが、姿も形もありません。
近いうちに、王子様の方の番外編でそこらへんを乗っけたいと思っております。