行きついた先には。
ああ、暖かい。
温もりの方に身を寄せれば、耳元で何か声がした。
驚いている?
「なんだお前っ!?」
「サリエル、王子?」
王子に似ているが、全体的な色素が暗い。
けれど、あの凍てつく視線でないことが、幸せだ。
「は? ……てか、いつのまに入り込んだんだ」
「ん? ………え、ええっ!!」
バッ、と私は起き上がる。状況を把握するに、ここは布団の中で、王子に似た殿方と添い寝していたという事に。
なんてはしたない!!
いや、はしたない処ではない。未婚の女性が男性と添い寝など、ふしだら極まりない。
「せ……責任……」
「はぁ?」
「責任とって下さいませ!!」
「ちょ、まて!大声を出すな、姉ちゃんに聞こえるっ」
焦った王子は、私の口元を大きな手で抑え、布団に押し付けた。
薄い布越しに、王子の体温を感じて顔が赤くなる。
「うるさいよ悟史! あんた朝からなに……本当になにしてんの!!」
扉が開き、変わった衣装の女性がこちらを見て呆然とした。
あれは、王子の姉君エカテリーナ様?やはり色素が暗いけれど。
「ちがっ、これには訳が!」
「こんな朝っぱらから……いや、夜中から女の子連れ込んだってわけ? しかもお姫様みたいな白人美少女」
「しらねーよ! 朝起きたら布団の中にいたんだって」
「あの、エカテリーナさま?」
「ん? 私の名前は恵里佳だけど……もう、朝だからヤるのは止めてよね!」
バン、と音をたててエカテリーナさま…ではなく恵里佳さまが出ていった。
「だから誤解だって言ってるだろ!」
サリエル王子がこんなに表情豊かになったらこうなのだろうか。
貼り付けたような笑みより、よほど素敵だ。
それよりも、1つ気になることが。
「あの、サリエル…ではなくて悟史さま」
「あ?」
「あの………出来ましたら、離していただけると」
まるで結婚した夫婦のように布団に押し付けられると、心臓が壊れそうだ。
気づいた悟史さまは、焦って立ち上がる。離れた温もりが、少し恋しい。
「………で、あんたは誰だ?」
「私は、エイルリーナ・サウスティム。 サウスリーフ王国の大臣にてサウスティム公爵家の長女ですわ」
布団に座り直し、居住まいをただして述べる。すると悟史さまは眉を寄せて机の本棚から冊子を取り出した。
薄く彩り豊かな冊子に、心が揺らぐ。
「まぁ、まぁ! なんて冊子ですの? どのような技術が…この国は進んでいらっしゃるのね」
「やっぱりサウスリーフ王国なんてねぇぞ。 嘘……」
「え……?」
サウスリーフ王国が、ない?
サッと血の気が下がる。
きっと知らない辺境の国に飛ばされたと思ったのに。
「………もしかして、異世界人ってやつか?」
異世界。
そんなもの、物語の中でだけだと思っていたのに。
よく考えると、言葉は通じるのに、冊子の文字は読めない。
「…………」
とたんに怖くなった。もしここから追い出されてしまったら、どうしようもない。簡単に遠くへ連れていって、と願ったツケだ。
「悟史さま」
「………ほっとける訳ねぇだろ。 どうせもうすぐ家を出るんだ。 しばらく置いてやる。あと」
ぽん、と大きな手が頭を撫でる。どうしてか、とても安心した。
「俺の彼女って設定にしとけ。 そしたら同居するって理由になる」
彼女?
「私としては、妻でも妾でも構いませんが」
「俺が構うの!! ………ったく、なんてエロゲだよコレ」
「私は……やはり魅力がありませんのね」
生まれてこの方縁談など来たことがない。そして王子には嫌われた。家族には蝶よ花よと言われてきたが、どうやら公爵家令嬢という札があっても必要とされないらしい。
「何を誤解してるか知らねぇが、アンタは綺麗だよ。 どっかのお姫様みたいだ」
トクン、と心が跳ねる。家族以外に言われるのも初めてで、さらに王子に似ている悟史さまに言われるなんて嬉しい。まるで王子に言われたみたいだ。
「………私は、エイネシア。 エイネシア・サウスティム。 悟史さま、どうか本当の名前をお教えになって」
どうか、私を貰ってください。あの噴水が、私を導いた存在が彼であるなら、嬉しい。
悟史さまは、不思議そうに首をかしげる。
「あ? 名前は真部悟史だけど」
本名を教えてもらえた嬉しさに、体が震える。
思わず、私は悟史さまに抱きついた。
「悟史さま、どうか末長くお側に置いてくださいませ」
「はぁ!? ちょ、意味わかんねぇし!」
薄い布越しの体温が心をくすぐる。
だが、悟史さまは私を引き離した。温もりが離れ、とたん寂しさが募る。
「…………っ」
「馬鹿! ………俺だって、健全な男なんだぞ………クソッ」
悟史さまに、強く抱き締められる。
この腕の中にいると、私はここにいて良いんだと思えた。
「悟史さま」
「…………なに」
抱き締められて、顔が見えない分、声て判断するしかない。しかし、その声が強ばっていて、私は身を震わせた。
何かご不興をかったのだろうか。でも、王子のような冷たさとは違う。抱き締められているので、嫌がられている訳でもなさそうだ。
「………私と契ってくださいませんか」
「意味わかんねーけど、ホームシックで余計な事は言わない方がいいと思うぜ?」
ポンポン、とぶっきらぼうに背中を軽く叩かれる。子供のようにあやされ、私は悟史さまの胸に顔を埋めた。
●
私が落ち着いたのを見計らって、悟史さまは私を連れて外へ出掛けた。
外に出れば気が晴れるだろうと言って下さった。
「ナイフとフォークはありませんの?」
薄い生地にクリームと黒い液体に謎の果実が入ったものを渡され、私は戸惑う。
「そのままかじりつけばいいだろ?クレープ食べたことないのか?」
そういい、悟史さまはクレープとやらを私の顔に近づける。
そのままかじるなど、はしたない。しかし、悟史さまは構わず自分のものを食べ始めた。
王子の姿で粗雑な食べ方に、私の心は締め付けられる。
嫌なのではない、否応なしに目を引いてしまう。
「悟史さまは、魅了術を使われてますの?」
「………は?」
「だ、だって……先程からずっと私を魅了し続けていらっしゃるわ。 私、困ります」
ドキドキして何も喉を通らない。王子じゃないのに、初めて会ったのに、ずっと魅了されている。
「よくわかんねー。 でも、早く食べねぇと捨てるぞ」
「いえ、食べますわ!」
食べ物を粗末にしてはいけない。庶民には、食うに困る者も多いのだ。
私は、クレープを手に取り思いきって口に含む。口の中に広がる甘さとほろ苦さが美味しい。
私は、見つかれば叱られると判りつつ、クレープを食べる。
そうしていると、ふと視線を感じた。方向を見れば、悟史さまが優しげに笑っている。
こんな表情、王子にも向けられた事がない。自然と、目に涙が溢れる。
「えっ!? だ、大丈夫か?不味かったか?」
「ち、違うのです。 私、今までそのような笑みを向けられた事がないのです。 ですから、嬉しくて」
「………どんだけ高嶺の花なんだよ」
悟史さまは、くしゃり、と私の髪を撫でる。その手の大きさに、私は涙を止めた。
「ほら、さっきからみんなアンタを見てる。 今は泣いてるからだけど、初めは………可愛いからだ。 ああもう、アイツみたいに言えたら楽なんだけどな」
頭を撫で回す手は、まるで私をあやすかのようだ。
「悟史さま」
クレープを食べ終わり、私は悟史さまの腕に手を回した。手だけじゃ嫌だ。もっと近くで悟史さまの体温を感じていたい。
私はいつからこんなはしたない女になったのだろう。
失恋してすぐなのに、同じ顔に恋をしている。
このまま傍にいたいと願ってしまう。だから、契って妻にしてほしい。私が不安にならないように。だが、それは私のワガママに過ぎないのだ。