これが、すべての始まり。
王子が、あんな女と仲良くしている姿なんて見たくない!
ジリジリと心が削られていく感覚。あの女が現れるまで、あの笑顔は私にだけ向けられていた。なのに、手のひらを返すように、凍るような視線を送るのは何故?
私は何もしていない。
いじめられているあの女を、助けて治癒を施した事はある。
王妃がねになるため、万人に慈悲を、と育てられたからだ。
なのにあの女、アリアは私に気さくで可愛い笑顔を向ける。
私の腹の内は、こんなにドロドロとしているのに、常に「あの女」と蔑んでいるのに、アリアは私になつく。
治癒を施す時に垣間見えた、彼女の清廉さが、多分王子に好かれる一因なのだろう。
「エルさま、大好き」
そんな無垢な鈴のような声で呼ばないで。私は貴女に慕われるような女じゃない。
「私は、貴女が嫌いよ!」
「でも、そう言いつつ私を助けてくれるお人好しなエルさまが、私は大好き」
ぎゅ、とアリアが私に抱きつく。やめてよ、これ以上私を苦しめないで。
そんなある日、私はサリエル王子に呼び出された。
正直会うのも辛いのに。
けれど、行かざるを得なく、私は指定された噴水に赴く。そこには、サリエル王子とアリアがいた。
思い合う二人が幸せそう、と思いきや迫る王子に逃げ腰のアリア。一体どうしたのだろう。
「お待たせ致しました」
「エルさま!」
私の顔を見るなり、アリアが泣きそうな顔で私に抱きつく。
そして、サリエル王子が私を凍てつくような視線で見据えた。
「エイルリーナ嬢、そなたアリアに何を吹き込んだ」
ビクッ、としがみつくアリアが身を震わせた。
「どうしたのアリア?」
柔らかい髪を撫でると、アリアが潤んだ瞳で見上げてくる。
「王子が判って下さらないのです」
「判らないのはそなたの方だ、アリア。 俺はもう、そなたしか妻に迎えるつもりはない!」
「私ではダメです! 慈悲深く賢女なエルさまこそ、王妃に相応しいのです! どうして判って下さらないのですかっ」
アリアが私を王妃がねと認めた。けれど、よぎるのは喜びではなく苦痛。
ああそうか、私が二人引き裂いたと思われたのか。
「エイルリーナ嬢、そなたがアリアにそう言わせているのか? 害が無いと見逃していたのに、とんだ悪女だ」
「私の親友にそんなこと仰らないで! 王子はいつもいつも、私を苦しめる! 空気が読めない場所で守るとか仰って、余計に虐められたとご存知ですか? それを収め、本当に守って下さったのはエルさまです!」
お人好しはどっちよ。
非常に厄介なのに、アリアの言葉に涙が溢れる。
貴女に嫉妬してばかりでドロドロの私を、親友だと言って。
なのに、私が居るから二人は幸せになれない。
アリアに嫉妬するのも、王子に嫌われるのも、もうこの場にいるのも嫌だ。
『汝、願うなら噴水へ飛び込め。 さすれば道はひらかれん』
不意に、耳元で声がした。反射的に噴水を見れば、どこか光っているように見える。
「気持ちは嬉しいわ、アリア」
やんわりとアリアを離させ、涙に濡れて真っ赤な頬に唇を寄せる。親愛の証に、アリアが涙を止め嬉しそうに笑った。
「エルさま」
「でもね、私には行くべき場所があるみたい」
「え?」
精一杯の見栄を塗りたくって、私はアリアに笑いかける。
悔しい、辛い、羨ましい。
私から奪った貴女が妬ましい。だから、私と言う存在を刻ませてあげる。
「どうか清廉なままでいてね」
ふわりと噴水へ駆け寄り、縁に立ち上がる。
「何をするエイルリーナ嬢」
「喧嘩したり、国を傾けた時に、どうぞ私を思い出して」
「エルさま!?」
ニィ、と笑って私は噴水に飛び込んだ。水深が足首くらいのはずが、深い。
どうかどうか、私を遠くへ連れていって。




