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神様の欠片と廻る旅人  作者: ALICE
第一章 死して始まる世界の物語
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第三話 「転生回廊」

「おー、戻って来たか」


 徹矢が公園へと戻ってくると、レンはベンチに寝そべるようにして空を見上げていた。


その姿だけで見ればかなり駄目な大人ではないだろうかと内心で思いながら徹矢はレンへと近づくのだった。


「よっと、まあとりあえず座れ」


「そうします」


 レンが起き上がり、空いたスペースに徹矢を誘う。


そこに徹矢は座り、顔を合わせた。


「さて、早速午前の続きと行くか?」


「ああ、いえ、少しレンさんの話を聞いてみたいとか思っていたりするんですけど」


「俺の?」


 昼食を食べながら、徹矢は昼にレンに会った時のことを考えていた。


自分の中にある神の欠片については話を聞いたものの、レンに関しては名前以外はほとんど謎のままである。


レンは一体どういう存在であるのか、通り魔から抜き出していたように神の欠片を回収しているようだけどどうしてそんなことをしているのか、ここではない世界についてなど聞いてみたいことは色々とあった。


答えてくれるのであれば聞いてみたい、そう考えながらここへ来たのだった。


「なるほど……いいぞ、どうせある程度説明はしないといけない話もあるからな」


「そうですか」


 答えてくれることに安心し、徹矢は問いを投げかける。


「じゃあ、レンは何者なんですか?」


「何者……かぁ、一言で表せれば転生者ってやつか」


「転生者?」


「そ……俺みたいな存在が初めて世界を越えるのはいつのことだと思う?」


「初めて世界を越える……」


 それはつまりきっかけは何かということ。


別の世界というものをこころから理解できるとすれば、それは実際に移動してみる以外に方法はないだろう。


そして実際に移動するための方法、そのきっかけとなる出来事。


「さっさと正解を言ってしまうなら……死んだときだ」


「死んだ……って、え!?」


「俺みたいに別の世界を移動できる奴ってのはよほどの例外がいない限りは元の世界で死んだ奴なんだよ」


 輪廻転生という言葉がある。


死者が新たに生まれ変わる、そのような意味であるがこの世界においても似たようなシステムが存在するという。


死後の魂が新たに生まれ変わる、そのために魂はある一つの世界を経由することになる。


「その場所のことを俺たちは転生回廊って呼んでる」


「転生回廊……」


 その世界へと辿り着いた魂はそこで生前の記憶を浄化され、新たな世界へとその魂は流れていく。


そして新たな世界で産声を上げるのだという。


「普通であればその世界は魂の流れに流され留まることはできない、そのまま記憶は消え、新たな世界に旅立つことになる」


「記憶が……」


「まあ、前世の記憶なんてあっても邪魔なだけだから、消すこと自体は特に文句があるわけではないけどな」


「……それもそうですね」


 もしも仮に、生前と同じ世界に生まれ変わるのであればその記憶があった方がいい場合もあるだろうが、世界が変わってしまえばほとんど不要でしかない。


記憶の消される忌避感はあるものの、新たな世界に旅立つうえで必要がないと言えば確かにそうなのだろう。


まあ、どちらがいいと一概に言えるものではないのだろう。


「ま、ともかく普通は通り抜けることしかできないから、生まれ変わる道の意味を冠して転生回廊なんて呼ばれているわけだ」


「なるほど……」


「さて、ある程度予想できているとは思うが普通は通り抜けることはできないと言った……だったら、普通じゃない者もいるという話だ」


「それが……レンさんたち?」


「そう、記憶を持って転生回廊で生まれ変わった者、転生者」


 死後、転生回廊で目覚める。


そしてそこで世界の仕組みを知り、同じ境遇の者たちが集まることで一つの共同体が完成する。


「その共同体が属する者たちにはある一つの共通点が存在する」


「……神の欠片、ですか?」


「そういうことだ」


 その答えに、徹矢は無意識のうちに胸の辺りに手を持って行く。


別にそこに何かがあるわけではないのだが、気がつけばそこに手を触れていたのだ。


「ちなみにだが……現状徹矢はそこに行くことはできないぞ」


「へ?」


「転生回廊で動く資格があるのは、神の欠片を原石状態にまで位を上げている者だけだ」


「原石状態……」


 つまり、神の欠片を制御できる者のみがそこにたどり着くことができる。


確かに発現状態である徹矢の現状では行くことができないのだろう。


「もし現状で神の欠片の制御に成功して、原石状態となればその時初めて資格ができるわけだ」


「なるほど……」


「でだ、そのことを含めて俺からも徹矢に聞きたいことがある」


「……なんですか」


「当然、お前の神の欠片をどうするかという話だ」


 徹矢の中にある未来確定の力、それを制御するための訓練。


その結果として徹矢は転生回廊へと至るための資格を手にすることになる。


「徹矢が原石状態になれば俺は徹矢の欠片を抜き取ることができる……そうなれば、転生回廊に行くことは無い」


「そういうことですか」


 レンは選べと言っていた。


その身に神の欠片を宿して転生回廊へと至るのか、それとも多くの者たちと同じように転生の流れの中にいるのかを。


「正直な話を言えば徹矢はかなり恵まれているぞ、こんな選択ができることなんてほとんどないのだから」


「……そうでしょうね」


 死により初めて到達する場所。


生を終えてこの場所を初めて知るのであるからこのような選択肢など生まれるはずもない。


今の徹矢とレンのように転生者と現地の神の欠片を持った人間が会うという事態でなければ早々有り得ない選択肢なのである。


「どちらの選択肢も一概に間違っているわけではないからな……好きな方を選べばいい、それぞれの利点でも教えてやろうか?」


「あ、お願いします」


 まず手放すことで徹矢に生じるメリットを挙げるとすれば確実に未来を視ることがなくなることだろう。


制御ができるようになったとしても能力自体は存在している、何かの拍子に制御が外れて夢ないし何かを起こしてしまう可能性は零ではない。


それが絶対に嫌だというのであれば、手放してしまった方が良いだろうということ。


また、輪廻転生のシステムのことを考えれば、浄化され新たな世界に行くことが正常な流れであると言える。


その視点から見れば転生回廊に留まることができ、今のレンのように他の世界に干渉することすら可能な転生者は異物であると言える。


それを考えれば、神の欠片を手放すことは正しい。


「これが手放した場合の特徴、それでここからは持ったままの場合についてだ」


 持ったままでの最大の利点はやはり能力を使用できることだろう、徹矢の未来確定の能力なら善悪問わず非常に使用方法は考えられるだろう。


また、やはり死んだ後も確固とした自分でいることができる点は大きいところであろう。


あるいは今レンがしているように異なる世界をその目で見ることができるという点も魅力として挙げられる。


「もちろん、メリットだけというわけではないんですよね?」


「当然だな」


 手放す場合のメリットは当然ながら能力が使えなくなること。


しかし、他のデメリットと言える点はなく普通の人間として当たり前の状態で輪廻転生を繰り返す、それだけである。


そして持っていることのデメリット、能力の使用が過ぎれば、特に悪行に使用していればレンのような者の目に留まり通り魔の男のようになること


「それからデメリットというか、決定的な事実になるんだが、時折認めない奴がいるんだよな、コレ」


「何ですか?」


「人間から外れてしまうこと」


 端的に言われた言葉は、徹矢を停止させるのに十分な力を持っていた。


「だってそうだろ? 普通の人間と違う力を持っていて、普通の人間と死の意味が違う……言っているように普通の人間とは違うんだよ」


 人外とでもいうべき、ソレ。


言葉で表すとすれば、化け物という以外に他はないだろう。


「それを認めない奴が偶にいる……気持ちはわかるがな」


 誰もが自ら望んで化け物になったわけではない。


それでも転生者はそう呼称されるだけのものを持ってしまっている……それを理解せずにいた者が、いざ自分が化け物と呼ばれる事態に陥る。


それで壊れてしまうのならまだいいのかもしれない……だけど、大抵の場合本当の意味で化け物と化してしまう。


「だから、こっちに来るという選択ができるお前は自分で決めろ、神の欠片を手放して人間でいるのか、持ったまま人から外れるのか」


「……知らないで到達した人は、そのまま人外になってしまうんですか?」


 徹矢が聞いたのはつまり転生回廊で選択することはできないのかということ。


自分が珍しいケースであるならそんなものを知らずに到達した者たちはどうしているのか。


「ハッキリと言えば転生回廊で選択することは可能だ、俺だって到達してから選択した口だからな」


 転生回廊で神の欠片を抜き取り、改めて魂の流れに乗ること。


それで人間の流れに戻ることができる……それは特に期限など無くて、人間に戻りたくなったのならそうすることができる。


だけど、それには一つの落とし穴も存在している。


「一度死んだあと、今度こそ自分のすべてが消えるとわかっていてもう一度死ぬことができるか?」


 人間に戻ることができる……だけどつまりそれは確固とした自分が消え去ってしまうということで、それを恐れる者は多い。


なまじ一度死ぬということを体感しているからこそ、それはなおさらに恐ろしいという人間は多いのだ。


そしてそれは徹矢も同じ。


「あ……」


 死のイメージ、夢の中で徹矢は一度間違いなく死んでいる。


消える感覚、それをもう一度自分の手で起こそうと考えれば、震えて動けなくなるだろうと徹矢は理解してしまった。


「俺は自分が消えるのが嫌だったからな……だからこうしている」


 消えたくないというのはそれはそれで一つの想いであり決断である。


大切なのは、決断したことを間違いだなんて思わないように過ごすこと、レンはそう続けるのだった。


「ここまで話したのはあくまで俺の主観の話ではある、当然転生回廊の奴らの中には違った考えを持っている奴もそれなりにいる」


「なるほど……参考になりました」


「俺から言えるとすれば、生きている内に選択できることは間違いなく幸福だ、だからしっかりと考えて決めろ……数日とはいえ、まだ時間はあるからな」


 言って、レンは猶予期間を出した。


それはつまり、レンがこの世界にいることのできる時間であり、徹矢が制御の訓練をしている時間である。


「わかりました……考えます」


 徹矢の能力は凄まじいものがある。


きっと徹矢が、人間が一人で持つには持て余していまうほどの力だと言えるだろう。


こんな力など無くてもいいのかもしれないが、自分が消える……そんな事実を聞かされて軽々に手放すというのも何かが違うと徹矢は感じるのだった。


「ま……俺が何者かってのならこれくらいで十分だろ、他に質問はあるか?」


「だったら……どうして神の欠片を集めているんですか?」


「オーケー、これに関しては俺個人というよりかは転生回廊全体での話になるんだけどな」


 転生回廊の住人が他の世界の神の欠片を集めようとするのはいくつかの目的があるとレンは告げた。


「簡単で即物的な理由としては、今しているように持っていた奴の能力を扱うことができることだな」


 認識の操作、それは元々は通り魔の男が持っていたものでレンのものではない。


にもかかわらずレンがその能力を使っているように、欠片を得ることで別の能力を使うことができる……集める理由の一つとしては最もシンプルなものと言えるだろう。


「それから、大きな目的としてはある存在を復活させることだろうな」


「復活……ある存在って?」


「当然、神様さ」


 神が砕けたことで欠片として散った無数の能力。


だけど、その欠片が元々存在していたであろう転生回廊にすべて集めることができたとしたら、神様を蘇らせることもできるのではないか。


そう考えた者がいて、それに賛同した者が集まって、転生回廊の中でも一つの集団が生まれた。


「神の復活を願う者たち、これが散っている神の欠片を集める主な理由だろうな」


「じゃあ、レンも?」


「いや、俺は神の復活に関しては割とどうでもいい……あくまでそれを目的としている奴が多いから主なものとしてはそれだろうという話だ」


 当然他にも理由はあり、レンにとってはそちらの方が優先であると続けた。


それが欠片の汚染を防ぐため。


「汚染?」


「神の欠片の力には善も悪もない、問題はそれの使い手……ってのは言わなくてもわかるよな?」


「……はい、例えば俺の能力を使って人助けしようが悪行に使おうがそれは使い手次第だってことですよね?」


「そ、そこで問題になるのは、欠片は持ち主の想いや感情に影響を受けやすいという特性」


 神の欠片は特に人の悪意に対して反応することが多く、誰かを傷つけたい、誰かの物を奪いたい、そんな悪意に曝された欠片は暴走することがあるという。


暴走の種類はさまざまであるが、例えば周囲を巻き込んで暴発する、欠片の影響によって異形へと変貌してしまうなどのケースがよく見られる。


そして欠片とはいえ、それは元々神の一部であり、その力は凄まじい……時には世界一つが終わることさえ十分に考えられる。


世界の終わり、出されたスケールの大きさに徹矢としてはイメージを持つことすらできなかった。


「え……と、本気で?」


「ああ、実際に滅びた世界だって三つや四つ何て数じゃきかない」


 嘘ではないのだろう、そんな力が自分の中にあると思うと少し恐ろしく感じてしまう。


「仮に徹矢の能力が暴走した場合は本気でシャレにならない可能性もあるな、星が爆発するなんて可能性すら持ってきそうだし」


「恐ろしくなるようなこと言わないでもらえますか!?」


「冗談半分本気半分だ、そうしておけば悪事に使おうって気も失せるだろうからな」


「ええ、もう失せましたよ確かに」


 うへーといったように脱力した姿勢を見せる徹矢。


それをニヤニヤと笑いつつ、レンは話を続ける。


「まあ、そういうわけで、危険度の高い神の欠片の回収を行っているわけ……知っていてそれを見過ごすのは性に合わないからな」


「自称正義の味方、らしいですからね」


「自称って言うな、自称だけど」


 口をとがらせてレンが徹矢に突っ込んだ。


ただし後半は自称であることを認めていたのだけれど。


「ちくしょー、アイツら名乗らねーんだよ、だから一人で宣言してるんだよ悪いか」


「いや、アイツらと言われても知りませんよ……」


 愚痴をこぼすレンに徹矢は苦笑しながらツッコミを入れた。


「とりあえず、俺が神の欠片を集める理由はそんなところだ」


「一応わかりました」


 神様を蘇らせる、そして暴走を抑えるために神の欠片を集める。


特に後者に関しては徹矢としても同意見であった、知っていて何もしないということは自分にはできそうにない、そう考えていた。


「なるほど……転生回廊の方たちも結構大変なんですね」


「ま、精力的に動き回っている奴はそうだな……それに大変なのは神の欠片の回収だけじゃないんだぜ?」


「というと?」


「俺的にはこっちの方が転生者にとっての本分って感じがするんだが……神様は相討ちになって砕けたって話したよな?」


「へ? ええ、確かにそんなことを聞いていますね」


「さて、神様はその欠片だけでも様々な現象を俺たちに起こしている……さて、そんな神様と相討ちになったものにそんなものがない、そう言い切れるか?」


「それは……」


 絶対にない……とは言い切れないだろう。


相討ちになったということは、存在していたであろう神と同等の何かがあったのだと考えるのが自然である。


そしてそんな何かは神と同じく砕け散った際に影響を及ぼさないのか。


「あり得ない……ってことはないんでしょうね」


「そういうことだ……神と対立する魔王の欠片(ロストピース)なんて呼ばれてるけどな」


 神の欠片の違いとして最も顕著な点は宿るのではなく、それ単体で何かを起こすこと。


神の欠片と同じく力は強大で、発動すれば世界を滅ぼすことも可能なほど。


「本当に対立していたことが関係あるのかね……アレは神の欠片を持つ者でないと滅せない……退けること、封印することは可能であっても消滅させることだけはできない」


「だからこそ、本命……ですか」


「そ、神様の後始末……神様の欠片を受け継いだ俺たちだからこそ、その役目は当然だろ?」


 ニッと笑って、当たり前のごとくレンはそう言った。


「運命みたいだ、とかガキっぽいこと言うわけじゃないけど……俺みたいな存在がいるのには意味があると思うんだ」


「意味……ですか」


 レンの言葉の中で意味という言葉だけが強調されているように徹矢は感じた。


問いかければ、レンは少々バツの悪い顔で言葉を続ける。


「なんつーかな、意味っていうか存在理由みたいなのが俺たちには必要なんだよ」


 転生回廊の中でレンたちは生きていた中で最盛期の姿で過ごすことができる。


ある意味では魂だけの状態のようなもので、食事などを必要としないし、老いもない。


よほどの外的要因がない限り永遠に生きていられるために、誰もが時折感じてしまう虚無感と言ってもいい感情。


「自分はどうして生きているんだろう……ってな」


 目的もなく、ただ生きているだけでは必ずその感情、悩みを越えることができない。


そのため転生回廊において自殺を図るものがいる、つまりは自分の消滅。


「だから自分が今こうしているのはこうするためだ……そんな意志や意味、目的、存在理由を持つことが必要なんだ」


「へぇ……」


「生きてるうちは腹減ったり、学校行ったり何かしら行動はするものだからな……あそこはソレすらないから顕著になるんだよ」


 本当に、何の行動を起こさなくても生きていられる世界。


それが良い悪いではなくて、そういった面もあるとレンは語っていた。


「神の欠片を集めること、魔王の欠片を消滅させること……大抵はどっちかを存在理由としてるな、例外もそれなりにいるけど」


「例外って?」


「そうだな……例えば世界が見たい奴とかがそうだ」


「世界が見たい?」


「今俺がやっているように転生者は記憶を保持したまま世界を渡ることができる、だから数多の世界を回ろうとするやつも少なくない」


 今徹矢のいるような世界、魔法の存在する世界、ここよりもずっと科学の発達した世界、魔物が居る世界。


世界は無数に存在していて、知らない風景、生き物……そんなものも無数に存在している。


それを見てみたいと世界を渡るものは少なくはない。


「気持ちはわかるし、俺も適当に世界を移動することもあるけどな」


「それはいいですね……少し憧れます」


 徹矢にとっては秘境探検といったイメージではあるがそれ自体はある程度外れていないだろう。


とにかく重要なのは未知に触れること、自分の世界を広げることであるから。


「さて……まあ話はこのぐらいにしたほうがいいかね、必要な話はしたしそれ以外に聞きたいことがあればまた機会を見ながら話すとしようか」


 レンとしてはまだまだ質問に答えても構わなかったのだが、元々ここにいる理由は徹矢の制御の訓練のためなのである。


全てについて話していては日が暮れてしまう、そうなっては訓練を行うこともできないため、レンは会話を打ち切るのだった。


そして徹矢もそれは理解しており、文句も言わずに制御の訓練を行うために意識を切り替えるのだった。


「じゃ、午前中と同じようにやっていくぞ?」


「お願いします」


 レンの手のひらが徹矢の背中へと当てられる。


午前中と同じようにレンの指示を聞きながら、徹矢はゆっくりと意識を集中させていった。


何度か休憩をするように息をつくとき以外は、二人ともほとんど動きを見せずにただただ集中を続けていた。


しかし、だからといってうまく行くわけではなく時間だけが過ぎていく……このまま駄目なのではないだろうか?


持ちたくないそんな不安は徹矢の集中をさらに乱し、削り取ってしまう。


「落ち着けってのは無理があるのはわかってる……けど、徹矢ならば大丈夫、その手は既に未来を変えているんだ」


 乱れが出た直後にはレンが徹矢のフォローに回り、集中力を取り戻す。


そんなことを繰り返しながら、ただただ愚直にレンの言葉を信じて徹矢は意識を深く潜らせていった。


それより何度かの繰り返しを経た後、変化が訪れた。


「あ……」


 目を閉じていた、そのはずなのに強い光が見えたような気がした。


だけどそれは一瞬のことで、その変化に浮ついた精神ではそれを留めることができず、見えた光は霞みがかったように消えて行ってしまった。


「待……て……」


 再び意識を集中させようとするが、うまくはいかない。


感覚の兆しが見えたことで、逆にそれをもう一度見ようと意識をしてしまい深く集中できなくなってしまう。


無意識的にできたことを意識的にしようとすると難しくなる……そんなものなのだと徹矢は理解し、ため息を吐いた。


「……はぁ」


「失敗しちまったみたいだな」


「ええ……」


 兆しは見えた……そのはずなのに、徹矢にはむしろ遠くに行ってしまったように思えてしまった。


それを示すように、その後どれだけつづけようとも先ほどの兆しを見ることはできなくて、気がつけば夕暮れ時となってしまっていた。


「……今日はここまでだな」


 そう、レンは終わりを宣言した。


「まだ、やれます」


 その終わりを拒否するように徹矢は言葉を発するものの、レンに首を振られてしまう。


「無理はするなよ……家族だっているわけだし、長いことやりすぎて最後の方はさらにうまく行ってなかっただろう?」


「う……」


 完全に見透かされた言葉に徹矢は二の句が継げなくなる。


そんな徹矢にレンは笑いかけ、頭をポンポンと二度叩く。


「時間はまだある、ゆっくりやっていこうぜ?」


「……そうですね、レンさんの言う通りです」


「わかればよろしい、ってことでこれを持っていろ」


「これ……は?」


 レンにより握らされたもの、それはチェーンで繋がれたペンダントであった。


徹矢の目から見てもそれは精巧と言えるほど凝った作りをしていて、それだけでも安いものではないだろうという予想がついてしまう。


こんなものを渡されてもどうすればいいのかわからない、そんな視線をレンに送れば、レンもまたわかっているといったように頷き、口を開く。


「封印系の能力を持った奴に作らせたペンダントだ、能力を一時的に抑える効果があって、当然神の欠片にも効く」


「それじゃあ……」


「つけてれば能力は発動しない、夢は見ないと思うぞ……まあ、数日しかもたないものだから一時しのぎではあるけれどな」


「それでも十分ですよ!」


「そうか? ならなによりだ」


 徹矢の強い礼にレンはやや照れくさそうにしながら笑った。


俺はここにいるから好きな時に来い……そう言うレンに見送られながら、徹矢はレンに別れを告げて家路につくのであった。




 それから場所は移り、徹矢は自分の部屋の中でレンからもらったペンダントを眺めていた。


「これがあれば……夢を見ないで済むのか」


 未来の夢を見ない、それは徹矢にとって何よりも望んでいたこと。


だからこそ、それが叶うことに徹矢は嬉しさを隠せない。


「けど……実際にどうしたもんか」


 考えることはレンに問われたこと。


自身の欠片を制御して持ったままでいるのか、それともレンに取り出してもらうのか。


徹矢自身はこんな能力などいらないと思っているし、レンが必要としているのなら渡したいとも思う。


悪用すれば碌なことにならないことは火を見るよりも明らか……これだけの理由が揃っている以上持っていることにあまり意味がないようにも思える。


だけどそれでも躊躇うのは、死後のことを考えてしまうから。


転生回廊、次の世界、浄化される記憶……普通の人にとっては選択肢はなく、考える必要もないことである。


だけど欠片を持つ徹矢にとっては違う、今の自分のままずっといるのか、それとも全てを忘れて新たな生を受けるのか……自分の終わりを選んで決めることができる。


レンが告げていたように徹矢のように選択肢があることは幸せなことなのだ。


「自分が消える……か」


 部屋のベッドに転がりながら、徹矢は呆然と呟いた。


思い出すのは朝に見た夢……刺され、暗くなっていく視界、何も感じなくなっていく暗闇……それを思い出してしまうと、もう大丈夫なのだとわかっていても震えが走ってしまう。


それを最後に自分という存在は消えてしまう……それを徹矢は嫌だとも感じていた。


何も聞かなければよかったのだろうかと徹矢は思うが、同時にそれもまた違うのではないかとも思う。


結局は堂々巡り、答えは出ないまま悩み続けてしまう。


そもそもこの回答に正しい答えなど存在してはいない……輪廻の道を歩むことも、己として死後の道を歩むのも当事者の意志によって決まり、他者に良し悪しを決められるものではない。


一つの生として正しいのは、巡り巡る輪廻の道だろう……しかし、自我を持つ者たちにとって己という存在を護ることも当然と言える。


同じことは昼にレンにも言われた……どちらもが正しいことだからこそ、徹矢は自分の意志で選択しなければならない。


「……止めた、寝よう」


 答えのない問題であるため、いくら考えたところでどうにかなるものではない。


昼と同じく結論としては制御ができなければ全て無意味だと言うこと、そしてそのための時間や猶予は少ないながらもあるのだということ。


まるで悩まないと言うのもそれはそれで問題であろうが、悩み過ぎても仕方がないと徹矢は考えることを中断して就寝するのだった。


……その日の夢はただの人間と何も変わらない、普通の夢だった。

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