第二十二話 「炎武熱戦」
すぐ隣を高熱の衝撃波が奔っていく、余波の熱だけでも肌が痛み、汗が流れ落ちる。
何よりも厄介なことが攻撃が見えないこと、初撃をギリギリで躱すことができたのはハッキリ言って偶然であった。
ハイネが熱波を放つ時には自身に向かって手を向ける必要があるようで、それにより徹矢は躱す指針としていた。
直撃すればかなり不味いだろう、徹矢はそんな内心を呑みこんで足元に空間を展開して駆け抜ける。
加速して放たれる槍の一撃、それをハイネは紙一重で回避する。
向かってくる槍、その直線での速度は自身が出せる速度よりも上だとハイネは確信する。
速度が劣っている以上は相手の踏み込みを見誤れば回避することは難しくすぐさま貫かれるだろうと感じていた。
互いに攻撃の動き、それを見誤れば手痛い一撃を貰ってしまうことを予感し、集中を切らすことはない。
その中で二人は互いに口元に笑みを浮かべている、自身でも気づいていないほど無意識のうちに。
「……フッ!」
「ぐぅっ……!」
ハイネの薙ぎ払いを徹矢が受け、流す。
そこから徹矢は視線だけをハイネに向けて空間を展開、弾丸を射出する。
「……ッチ」
迫る弾丸を見てハイネは追撃を諦めてすぐさま徹矢から距離を取る。
単純な槍の技量であるなら突きを除きハイネの方が徹矢よりも上、単純な打ち合いであれば遠からず徹矢は負けるであろう。
そうならないのはただそれだけの戦いではないから、槍での技量の差を埋めるように徹矢は持てる力を振り絞って戦っているから。
徹矢に向けられる手のひら、即座に徹矢は空間を展開して空を駆けあがる。
「このっ……!」
徹矢とハイネの差、最も大きな点を挙げるとするならばそれは空中への対応力。
空中に足場を作り跳ねることのできる徹矢に対してハイネは空中にいる相手に対して取れる手段が少ない、熱波を相手に向けて放つことくらいのものであろう。
とはいえ空中を高速で跳ねまわる徹矢に命中させることは難しく、放たれた熱波はことごとく空を切る。
そして……。
「……っ!」
「喰らえっ!」
熱波を放つ隙を逃さず徹矢は加速、ハイネの視界から消えて頭上を取り、そのまま槍を上段から振り下ろした。
頭上からの攻撃に気づき、ハイネはその振り下ろしを同じく槍で受け止める。
しかし、それこそが徹矢にとっては望んでいた展開であった。
「『バレット』」
「っ……しまっ!?」
ハイネが気づく、が遅い。
上空からの攻撃に圧されその場に縫いとめられたハイネ、攻撃側からも普通であればここからまともな攻撃に移ることはない。
しかし徹矢は違う、必要なのは徹矢の意志、それにより先ほどのように力を振るうことができる。
放たれた弾丸は計四発、ハイネの四肢を狙う形でそれらは襲い掛かった。
命中すれば間違いなくハイネの戦闘力を激減させ、徹矢は彼を打倒することができるだろう。
ハイネが犯した一手のミス、拮抗するからこそその一手は致命傷とも言える事象を引き起こす。
その状態を覆すとするならば、ミスから致命傷の間に徹矢のミスを突かねばならない。
「ぐ……」
ハイネから強い視線が徹矢へと向けられる。
それを見た瞬間徹矢は酷く嫌な予感に襲われる、このままではマズイという直感に従って徹矢は空中を蹴り後ろへと跳んだ。
そしてそれは正解であり、ほんの少しだけ遅かった。
「ぐ……あ!?」
ハイネと徹矢の間、そこに壁でも作るかのように熱波が下から昇ったのだ。
あのままでいれば身体全体を焼かれ、焦がされていただろうことは想像に難くない。
それを躱すことができたのは僥倖であったと言えるだろう……だけど、完全に無事とは言えなかった。
熱波、その熱が握っていた槍を通して徹矢の両手を焼いていた。
穂先から一瞬で伝わるほどの圧倒的な熱量、想像以上の熱さと痛みが走り徹矢の顔が一瞬歪む。
「躱されたか……」
徹矢の状態を見て残念そうな表情を浮かべるハイネ。
今まで徹矢に手を向けてからしか熱波を放っていなかったにも関わらず、そのセオリーを無視した攻撃。
ほぼ奇襲と言ってもいいそれを最低限で躱すことができたのは戦闘中、本当に手を向けなければならないのかと疑っていたから。
攻撃を躱す指針としていて、そして自身が意志だけで発動する能力であるからこそ本当に手を向けなければならないのかと疑念はあったのだ。
「動作に罠を仕込むのは基本、か」
「こちとら一応の切り札だったんだがな」
会話をしながら徹矢はハイネの様子を注視する。
おそらく下からの熱波に空間ごと弾丸は焼かれてしまったのだろう、ハイネには届いていない。
向こうは隠していた札を明かされ、徹矢は両手を負傷した……釣り合いが取れていないのはどちらであるのか。
「……滅茶苦茶痛ぇ」
両手が焼かれ、落ちた槍はまだ熱を持っていて拾うことはできないだろう。
ウォッチも戦闘中に使えるほどの速度は使えない、通用するとしたら向こうが徹矢の行動が何を意味するか分からない一度だけだと徹矢は判断する。
「結構ヤバそうだな? 棄権するか?」
ニヤリと笑ってハイネが問いかける。
疑問を投げかけてはいるものの、返ってくる答えなど決まっているそう言わんばかりの目をしていた。
そして、その通りだと言うように徹矢はハイネへと問いかけ返す。
「逆にそっちならどうだよ?」
「そりゃ、なあ?」
「「続けるに決まっている!」」
ハイネの手が向けられ、そして徹矢はほぼ同時に横へと跳ぶ。
放たれる熱波に徹矢は強い疑問を感じる、隠していた札を見せてどうしてまだ手のひらを向ける必要があるのか。
札がバレてなお相手に攻撃を教えるような真似をする、そうする意味は徹矢が考える限りで二つ。
一つは手の向きとは違う方向に放つフェイントのような使い方、もう一つは……。
「そうする必要がある場合、か」
連続して放たれる熱波、徹矢の逃げる方向を追って向けられる手のひら。
その様子からして前者はなさそうだと徹矢は当たりをつける、ならばそうしなくてはならない理由があるということ。
ハイネのここまでの動き、使ってきた熱波のことを考えて、徹矢は一つの仮定を思いつく。
遠くへと放つには手を向ける必要があるのではないか、という仮定。
「なんにしても……かっ!」
放たれた熱波を躱し、徹矢は毒づいた。
仮に徹矢の考えが当たっていたとしてやること自体は変わらない、絶好のチャンスをあの時の熱で防がれたのだ。
問題は生半可な攻撃ではハイネへ届く前に焼き尽くされてしまうということ、仮に届いたとしてもその威力は確実に減衰する。
強い、と徹矢は素直にそう思う。
それでもルーテやアルメラに比べればまだまだやりようはあると、そうも感じていた。
「ぐ……」
駆け抜ける徹矢が小さく苦悶の表情を見せる。
それは両手の痛み、焼けた手のひらから発する断続的な痛みが徹矢を襲っていた。
無視しようにも、時折鋭い痛みを伴って徹矢の思考を乱していく。
「これは……思ったよりも難しいかもな」
どれだけ意識の外に追いやろうとも、発生する痛みはそれを容易く突破していく。
その度に集中は乱され、力場の制御にも少なくない影響を与えてしまう。
それは実力が拮抗している相手に対して徐々に明確な差となって表れていく。
「そらそら、どうした!?」
「やたらめったらに撃ちやがって、力の底が無いのかよ」
熱波は決して少なくない数を撃っている、にもかかわらずハイネには疲労している様子は見られなかった。
むしろ調子が上がっているのか始まりよりも元気そうに見える程である、回避しているだけでも少なくない消費となっている徹矢からしたら羨ましい限りであった。
「ッチ」
熱波を躱す、しかし徹矢の表情は今までにないほどに憎らしげである。
感じたのだ、今の熱波の余波が今までよりも熱い、近いものであることを。
それは回避が遅れているということの証明、わずかばかりの制御の乱れが起こしている必然。
「マズイ、流れだな」
滝のように流れる汗、熱波の余波で会場は驚くほどに温度が高くなってきている。
額を伝り、目に入ろうとする汗をわずらわしく思いながら、自身の状況などを考慮しないにしても早期の決着をつけなければならないと徹矢は結論付ける。
自身と同じ姿に見えてもハイネは人間とは違う、熱さによって疲労が増すのは自分ばかりなのだ、長期戦は自身が万全の状態であっても不利としか言いようがない。
「できることを早めにやらないとな……」
可能であれば早急に手の治療を行いたいと徹矢は思う。
自身の能力による治療ができればそれが一番ではあるが、最早その機会は逸してしまったと徹矢は思う。
切断された腕さえ繋ぐことができる能力、だけど今は使えない、少なくとも徹矢自身が無理だと判断している以上は不可能であろう。
徹矢の脳裏にリューネの言葉がよみがえるが、今この場で挑戦するにはリスクが大きいと徹矢は判断していた。
となれば他の手段はウォッチの中の治療薬を利用することであるが、こちらにもいくつか問題が存在している。
まずはウォッチを操作しなければならないということ、今の手で操作は難しく、遮蔽物の無いこの場所では徹矢の隠し札を見せることになる。
さらに、治療薬の効果がどれほどのものかわからないということ。
擦り傷程度の軽微な傷ならば弱い治療薬で十分であった、しかし効果の高い治療薬を使用したとして治るのか、また即効性があるのかなどの検証が満足にできていないのだ。
治療は可能だが時間がかかるでは隠し札までを使っての釣り合いが取れないと徹矢は舌を打つ。
「となると……やりたくないけどな」
徹矢の中に状況の打開法が思い浮かぶ、それは自身の仮定した熱波の考察が正しいとしての行動。
間違っていれば、正解していても徹矢の予想を越えたものであれば一気に危険なことになる可能性があるもの。
それでも徹矢はそれ以上の作戦を思いつくことができず、その作戦を行うことを決める。
「『ステップ』!」
言葉を口にし徹矢は加速する。
熱波を躱した直後の急接近、最初の時と同じ行動、通常であればハイネはそのまま迎え撃つことができたであろう。
しかし優勢になったことによるわずかな気の緩み、現状の徹矢の全力での一歩。
今までの速度に慣れ、さらにハイネ自身相手の速度が落ちかけていたことに気づいていたからこそ、不意の速度の上昇にハイネはわずかばかり対処が遅れてしまった。
「っ!?」
「遅い!」
迷うことなく、その速度のまま徹矢はハイネへと接近してその胸元に蹴りを叩きこんだ。
熱波を放つ余裕さえなく、徹矢の蹴りはハイネへと命中してその身体を吹き飛ばす。
「まだ!」
蹴りの感触から徹矢はハイネが自分から後ろへと跳んでいたことに気づき、畳みかけるよう吹き飛んだハイネへと接近する。
使う暇なく連撃を叩きこむ、そんな意図が見える徹矢の加速に、しかしそうはさせないとばかりにハイネが動く。
「させるか!」
「……やっぱりそううまくはいかないか」
ハイネの周囲を高熱が噴き上げたのだと徹矢は理解、このまま攻撃すればダメージを受けるのは徹矢の方だろう。
速度の急停止させ徹矢は横へと跳んだ、元々防御がある以上連撃は止められることは初めから織り込み済みであったのだ。
意図はただ一つ、防御の熱波を観察するため。
先ほどはダメージを喰らったことでその防御の正体が徹矢には掴めていなかった、だからこそ発動させ、見るためにそう仕向けるような攻撃を仕掛けたのだ。
収穫はあった、ハイネの防御は彼を中心として地面から熱を噴出させる技、その範囲はおそらくハイネの手が届く範囲までだと徹矢は断定する。
それ以上の範囲であれば手のひらの火傷だけでなく、逃げ遅れた一部も焦がされていただろうと言う予測から有効範囲はそう外れてはいないだろうと徹矢は思う。
「残念だったな」
「そうでもないさ……断言してやる、次の攻防で決着だ」
ニヤリと笑うハイネに徹矢もできる限り不敵に笑って返す。
大言をしていると徹矢自身思うものの、そうしなければ敗色が濃厚なのも確かなのだ。
だからこそ次の行動、それがこの勝負の行方を決める……徹矢はそうするつもりであるし、そう確信していた。
徹矢のそんな意を読み取ったのだろうか、面白そうに目を細めるハイネ。
「だったら、見せてみろよ!」
もう気を抜くことはないと言わんばかりに声を張り上げ、ハイネが徹矢へ手を向ける。
その動きは徹矢も予想しており、行動に移す。
「うまく行ってくれよ……」
祈るように言葉を口にして徹矢は空間の力を借りてその場を駆け出した。
今までのように横や空へではなく、ただ前へと。
「な!?」
襲いかかる熱波に対して正面から向かってくる徹矢にハイネは驚くものの、そのまま熱波を放つ。
徹矢は焼けた手のひらを前へと突き出して、ただ叫ぶ。
「『シールド』!」
全力で空間を固め盾を為す、それは盾と言うよりも壁に近いもの。
熱の防御で弾丸はかき消されてしまっていた、盾もまた防ぎきれないのではないか? そんな疑問は徹矢も抱いていた。
それでも徹矢はできると信じる、それが実現するために必要なことであると理解して。
そして熱波と壁がぶつかり合い……防いだ。
「よしっ!」
「やるじゃねえか!」
ハイネの叫びとともに熱波の力が増したことを徹矢は感じる。
それでも徹矢は、盾はその一撃を防ぎきる……そして、
「らぁぁぁぁぁっ!」
「い……!?」
熱波を防ぐ壁そのものが前へと押し出される。
見た目に反して迫りくる壁にハイネは顔をひきつらせ、さらに熱波の威力を強めて押しとどめる。
壁は止まり、ハイネの近くで再び押し合いになる……が、
「『ミスト』」
突如壁が霧散して、白い霧へと変化する。
強めた熱波はそのまま壁だったものを貫き、奥へと……そこにいたはずの徹矢の姿はない。
「な……!? この霧は!?」
ハイネの周囲を覆う白い霧、それがハイネの視界を急速に狭めていく。
そして徹矢は霧に乗じて行動を開始する。
「動け」
「っ! そこか!」
背後で何かが動く気配を感じて即座に反応、手に持つ槍を持って背後を薙ぎ払う。
しかしそこに手ごたえはなかった。
「な……に……?」
「悪いな、デコイだ」
この霧全体が徹矢の能力そのもの、その一部だけを動かすことで背後の気配を演出したのだ。
徹矢の技量が上がれば霧の中に無数の気配を生み出すことすら可能だろう……無論、今の徹矢にはそこまでの技量は存在しない。
今でもその気配というのは本当にお粗末なもの、この霧のことを理解しきれていなかったハイネだったからこそ通じたもの。
そして一度それがあるとわかってしまえば通じないだろう、ハイネももう騙されないだろうと徹矢は考えていた。
だからこそ通じる一度目……その一度で徹矢は最大の効果を発揮させる。
「せやぁぁぁぁぁっ!」
「ぐ……あっ!?」
徹矢の全力の蹴りがハイネに直撃した、軽減すらされた様子の無い確実な一撃が突き刺さる。
そしてこの機を徹矢は逃しはしない、逃すことなどできない。
壁の盾に霧への変化、徹矢の力は既に底を尽きかけている……ここで決められなければ徹矢の負けは確定するのだ。
決して軽いものではなかった今の一撃、しかし今の一撃程度でハイネは沈まないと徹矢は確信している。
だからこそこのまま攻め立てる、自身が力尽きるまで全力を持ってハイネを攻撃する。
「『ミスト……ガトリング』!」
周囲の霧が幾つも集まり合い、無数の弾丸となってハイネに襲い掛かる。
一撃一撃は普通の『バレット』よりも低いもの、しかしその数は膨大、全てが命中すればダメージは計り知れないだろう。
次々に命中していく弾丸、その衝撃でついには霧の範囲外へと吹き飛ばされていくハイネ。
「舐め……るなぁぁぁぁぁっ!」
このままいけばあるいは……そんな望みを打ち砕くようにハイネが咆哮した。
いくつもの弾丸を喰らいながらそれでも防御の熱波を発動させる、即座に展開される熱の壁、それに阻まれて徹矢の弾丸は焼き消されていく。
届かない、その一撃一撃に込められた力は低いが故に熱の壁を越えることはできなかった。
「はぁっ……はぁっ……残念だったな」
熱の防御の中でハイネは小さく笑みを浮かべる。
その内心は安堵、防御の発動がもう少し遅ければきっと自分は倒れていただろう、それくらいに今の連弾はハイネにダメージを与えていた。
しかし防御は間に合った、今も襲いかかる霧の弾丸にハイネは脅威を感じない。
「ち……くしょぉぉぉぉぉっ!」
霧の中でもハイネが防御を張ったことが確認できたのだろう、徹矢の叫びが響き、霧が動く。
ハイネを包むように、そして全方位から霧の弾丸を射出する。
どこか防御の薄いところをと、ただただハイネに向かって弾丸を放ち続ける。
「残念だけど……無駄だぜ」
どの方向から来ようとその弾丸では自分には届かない、もしも自身の壁を越えてくるほどの弾丸であればその前兆や気配で着弾よりも先に気づくことができる、ハイネにはその自信があった。
「さあ、どうする?」
激突前の徹矢の言葉から間違いなくこの攻撃が徹矢にとって最後の攻撃、これさえ凌いでしまえば向こうに余力は無いだろう。
こちらも喰らったとはいえ、力さえ使い果たした徹矢であれば負けは無いという確信がある。
霧の中、徹矢の姿は見えない……叫び声は聞こえたがどうしているのだろうか?
「何かを仕掛けるか?」
自分ならばこのまま漫然と攻撃はしない、そしてテツヤもまたそうはしないだろうという戦った者としての確信。
必ず最後の一手を仕掛けてくる、そう思い霧の動きを注視する……そして来る。
霧の大半が一ヶ所へと集まっていく……力を集結させた一撃、予想通りの一撃である。
「まあ、それしかないよな」
そう、壁がある以上は威力のある一撃を放つしかない。
そして徹矢に新たに力場を作るだけの余力は無い以上は今ある霧を集めた全力の一撃を放つより他はないのだ。
左手にかき集められていく霧の弾丸……いや、どちらかと言えば『ジャベリン』の形状、巨槍とでも言うべきだろうか。
余裕のない、必死の形相で徹矢はハイネと顔を合わせる。
「いくぞ……ハイネェェェェェッ!」
「来い、テツヤァァァァァッ!」
咆哮とともに徹矢の左手にから巨槍が放たれた。
徹矢のいた場所にはかき集められなかったのか足元にはまだ霧が残っている、それでも大半がかき集められたその砲弾は過去最大の大きさと威力であるのは間違いない。
その一撃であるならばハイネの防御を貫き、倒すことも可能であろう。
しかし、貫かれるとわかって防御をするだろうか? 答えは否。
放たれた一撃、それを撃ち落とそうとハイネは手を向ける。
仮のそれを躱しさえすればハイネの勝利は絶対に揺るがないだろう……けれどそうはしなかった、そんな勝ち方をハイネは望まなかった。
打ち勝って見せると徹矢と同じように咆哮し、熱波を放つ
そしてぶつかる巨槍と熱波……激しい衝撃が起こり、そして勝ったのは……熱波であった。
焦熱が徹矢のすぐ隣を突き抜けていく、残していた力の差……それが如実に表れ、徹矢の一撃をかき消していった。
撃ち合いの結果は徹矢の負け、誰が見ても明らかであった……だけどそれはまだ決着の一撃ではなかった。
続く光景にハイネの瞳は驚愕に揺れた。
「な……?」
気が付けば、徹矢が高速で接近をしていた。
普通の移動では出せない速度、明らかに能力を行使したのだとわかる。
「残った……霧か」
かき集められなかったと思っていた最後の霧、その全てを高速移動のために使用したのだと判断する。
一歩の加速では十分すぎるくらいには残してあった霧、その全てを使用した加速は速く、そして移動に使ったことにハイネは虚を突かれ動きが止まる。
徹矢の蹴りは弱くはない、それでも一撃であればまだ自身の身でも耐えられる、決定打が与えられない以上は攻撃に残りを使ってくるだろうと考えていたのだ。
その考えを否定するかのような光景がそこにはあった。
「……やられた」
ハイネの視線が、自然と徹矢の立っていた場所へと向けられる。
そこには霧のあった間は見えていなかった割れた瓶の残骸があった、どこかに隠し持っていたのかとハイネは舌を打つ。
同時に高速移動ですら本当の意味での霧の使用方法ではなかったのだと今更ながらに悟る。
霧は隠していたのだ、足下に転がった残骸を……そして治っていた両手を。
「これで」
接近する徹矢、その手は治っていて、そしていつの間にか槍が握られていた。
巨槍を放つ時にはまだ握ってはいなかったことをハイネは確認している、そんなものを隠せるほどには霧は残っていなかった
しかし今気が付けば槍が握られている以上、何らかの方法を持っていたのだろう……対処をするには遅すぎた、自身の手に持つ槍でももう間に合わない。
ハイネは理解する、これは……。
「決まりだ!」
自分の敗北だ……と。
一閃、徹矢の放った槍はハイネの肩に吸い込まれるように突き刺さり、その勢いに押されてハイネの身体は吹き飛んだ。
そして仰向けにハイネは倒れ、動かない。
『…………き、決まったぁぁぁぁぁっ! 霧の晴れたその瞬間、ハイネの肩をテツヤの一撃が貫いたぁぁぁぁぁっ!』
一瞬の静寂、それから爆発したように歓声が鳴り響いた。
それを聞きながら力を使い果たして倒れていた徹矢は立ち上がり、ややふらつきながらもゆっくりとハイネに向かって近づいて行く。
近づいてくる徹矢の姿を倒れたまま視界に入れ、笑いかける。
「よお、勝者のクセしてふらふらじゃないか」
「うっさい、負けたくせに何笑ってやがる……本当に負けたんだろうな?」
「何言ってるかわからねえよ……あの時、あえて肩に命中させられたのはわかってる、完全に負けた……文句は言わねえさ」
あの瞬間、徹矢はやろうと思えばハイネの頭や胸を貫くことも可能であった。
それを理解しているからこそハイネは動かない、あるいは今でも立ち上がり徹矢を倒すことができるかもしれないが、そうしないのだ。
あれは自分の負けであったと、ハイネ自身が強く思っているから。
「教えちゃくれないか? 槍を持っていた理由、薬を持っていた理由」
「ああ、別に構わないよ」
徹矢はそう口にし、ウォッチを操作して手元に瓶を出現させる。
瞬間的に現れた瓶にハイネは少しだけ目を見開くが、すぐに納得したように笑みを浮かべた。
「なるほど、霧で槍が無いことも隠していたのか」
霧でハイネの視界がおおわれた間に徹矢はどうにかウォッチを操作して瓶で手を治療し、落ちていた槍を回収したのであろう。
槍が消える瞬間が視界に入っていればハイネは警戒しただろう、しかしその瞬間は見えなかった、霧に隠されていた。
「たぶん、二度目に俺を霧で覆った時だ」
「ご明察」
全方位からの攻撃、その意図がなかったわけではないだろうがその本当の理由は槍が消える瞬間を万が一にも見られないように隠すため。
そこまでされていたことにハイネは感嘆し、負けたと素直に思わされてしまう。
「悔しいな……悪いけど届かない相手ではなかったのになぁ」
「届かない相手じゃなかったのは同じことだ、俺の対戦相手ってグレーツとかアルメラクラスしかいなかったんだぞ?」
「うわ、御愁傷様だな」
徹矢の発言に本気で痛ましげに見てくるハイネ、それを非常に微妙な顔をしながら徹矢はハイネに突き立つ槍を掴んだ。
「抜くぞ、いいな?」
「ああ、好きにしろ」
ハイネの肩から槍が引き抜かれる、多少の痛みでハイネは若干顔を歪めたもののなにも言うことはない。
残された傷痕に徹矢は瓶の中身を垂らし、その雫は傷口に当たりすぐさま治療を始めた。
即座に痛みが引いた事に多少の驚きを見せながらハイネは身体を起こして傷を見る、そこには既に傷らしい傷は存在していなかった。
「すっげ……」
「ああ、俺もさっき使ったのが初めてだからこの即効性には驚いたよ」
やけどを負っていたはずの手を見ながら、ハイネの言葉に徹矢が返す。
その言葉にハイネは少し呆れた顔で問いかける。
「おい、すぐに治らなかったらどうしていたんだよ?」
「そもそも連弾の時点倒せているのが俺の理想だったんだよ」
「ああ、振りじゃなかったのか、アレ」
ハイネのツッコミに徹矢は苦い顔をしながら答える。
実際、畳みかけたあの時に倒せていれば危ない橋を渡らずに済んだことは間違いない、防がれた時の徹矢の叫びは決して油断させる振りではなく本心だった。
だからこそ薬の効き目に賭けた、その賭けに勝ち、ウォッチの高速操作が可能になったことで槍を瞬間出現させての奇襲が可能だったのだ。
仮にすぐに治らないのであれば、後は槍を空間で包んで突貫させる程度のことしか徹矢にはできなかっただろう……そしてそれには高速移動より多くの霧が必要で、警戒を抱かせていた可能性は高い。
ほんの少しの警戒、それだけでその槍での結果は変わってしまっただろう……この結果は決して大きな差があったわけではない、あったのはほんの些細な差。
「運に救われたよ……正直、手をやられたらここまでヤバくなるとは思ってなかった」
両手をやけどしていなかったら戦いの展開はまた変わっていただろう、当然結果が逆になっていてもおかしくない。
反省し、対策をしなければと徹矢は思い、徹矢はハイネへ手を差し伸べる。
「いい勝負だったと俺は思う……正直、楽しかった」
「はは、俺もだ」
ハイネはその手を掴み、笑う。
「次は負けねえ」
「次があるかはわからないけれどな……でも、あったとしても次も負けないさ」
手を引かれ立ち上がるハイネ。
交わされる視線、二人に向かって観客席から惜しみの無い拍手が鳴り響いた。
そして、このコロッセオを囲む八本の塔から轟音を立てて炎が空に向かって昇って行った。
「……今のは?」
「大精霊様が今の戦いをお認めになったって合図……俗っぽく言えば拍手だな」
「……とんでもない拍手もあったもんだ」
呆れたように徹矢は言って、笑う。
『交流をしているところ申し訳ないが今日の炎武は二戦、次を始めなければならないから移動してください』
「おっと、ここまでみたいだな……お互い自分の控室に戻るとしようぜ」
「……そうですね」
「「またな」」
二人は声をそろえて、すれ違う……お互いの控室へと向かって。
徹矢が歩く先、控室から現れるアルメラの姿があった。
「よ、頑張ったじゃないか」
「ま、なんとかなりました」
「次は俺の番だな……行ってくるわ」
交錯する二人、すれ違いざまハイタッチをして互いの行くべき場所へと歩いて行く。
徹矢は控室へ、アルメラは戦場へと。
『さあ、続く炎武第二戦、挑戦者はあのアルメラだぁ!』
実況の声に続くように歓声が響き渡る。
その様子に徹矢はほんの少しだけ苦笑した。
「だからあのってなんだよあのって」
笑いつつも、控室にたどり着いた徹矢はアルメラの立つ場所を見つめる。
あるいは初めてまともに見るであろうアルメラの戦闘、それをしっかりと見届けようと徹矢はその場所から眺めるのであった。
そして始まる、炎武の第二戦……アルメラという者の本気の戦闘が。




