第十二話 「廻る旅人」
以前向かった時は夜であったその場所、あるいはロウやカイが人目につかない道を通っていたのかもしれない。
真相は定かではないが、今戦闘区とケイトが呼んだ場所は以前と違い賑やかさがあった。
しかし、それは商店街や飲食店街、あるいは武器店街とも違った空気がそこにはあったのだ。
「……熱い」
「実際にはそういうことは無いのだけどね……ここに来れば嫌でも感じるものか」
それは戦う者の熱気。
実際に発生しているわけではない、それでも経験の浅い徹矢にだってわかるほど感じ取れるものがあった。
「この辺にあるのは大体道場だから、これから先、気になるところがあれば教えを請うてもらうといいわ……言うまでもないだろうけど、選ぶときは慎重にね」
「そうですね……自分の特性が非常に面倒です」
多くの道場がある以上、多くの流派が存在している。
当然ながら流派ごとに動きは違い、特に徹矢は突きのみという偏った才能の持ち主であるため流派による相性は非常に大きいだろう。
「ま、そんな才能を持ってしまったことはもう変えようがないし、それをどう活かすかよ問題は」
「……確かにです」
偏っているとはいえこの才能は徹矢の望んだ戦闘に使える才能である。
ならばケイトの言う通り、その才能をどう活用していくかが徹矢の今後であると言えるだろう。
「さて……来たのは良いけど、どうしようかしらね?」
元々の予定ではいくつかの道場の案内をしようと思っていたケイトであったが、徹矢の才能は偏りすぎているため紹介する場所がかみ合わない可能性があった。
調達すること、引き合わせることに関してケイトはある程度の自負を持っているためかみ合わなかったという結果は好ましくない、再度入手した情報から徹矢にとって最適の師となる人物を紹介しようと考えていた。
「そういえば俺、まだカンナさんにお礼言ってませんから会いたいんですけど」
「カンナ? ああ、そういえば」
徹矢の言葉でカンナと関わりがあったことを思い出したケイトは納得したように声を漏らす。
同時に、上手い具合に目的地ができたことで案内という点に関しても助かったと思うのだった。
「カンナならこっちよ、彼は大体格闘場に詰めているから」
「そういえばここを任されているとか言ってましたね」
「ええ、この格闘場の戦技担当、それがカンナよ」
あくまで戦技であって運営とか企画は別の人が担当をしているという話である。
「初戦闘がカンナだったのはまあ、運がよかったわね」
「どういうことですか?」
「単純に自分の現状を知りたいって点ではカンナほど上手い相手を私は知らないわ」
特に欠点の洗い出しに関してはカンナ以上の者はいないだろうとケイトは言う。
徹矢自身、様々な克服するべき事柄を与えられたことで達成するべき目標ができていることからもその能力に疑いようはない。
「時間帯やロウの紹介があったのがよかったわね、そうじゃなかったらさすがに見知らぬ新入りを相手にする暇はなかっただろうから」
「ですね、運がよかったです」
そんな会話をしながら、様々な人が通る道を歩いていく。
精悍な顔つきをした青年、屈強な肉体を持つ男性、ローブを着た知的な女性、多々あれど共通して感じるのは自分では勝てないだろうという予感。
ここにいる者たちは戦い慣れた戦士たち、未だ経験の浅い徹矢に勝てる点などあろうはずもない。
「それにしてもいつもより多い感じね……イベントでもやってたかしら?」
「イベントですか?」
「そ、よくあっているのが参加自由のトーナメントとか、制限ありでの特別戦とか、多人数による小規模戦争みたいなのが不定期にあっているのよ」
「へぇ……」
関心を示すように声を漏らすが、同時に多少の冷や汗を徹矢は流した。
前者二つはともかく、最後に関してケイトは戦闘ではなく戦争と口にしていた、それだけでもそのイベントの激しさが理解できてしまう。
「他にもウチのチーム……というよりほとんどのチームが参加する対抗戦なんかもあるわ、今回は徹矢が入って間もないし見送るでしょうけど」
「そうなんですか?」
「そ……まあ、これに関してはロウ辺りから説明が入ると思うわ、ウチのチームも余裕ないし」
「余裕、ですか」
困ったように言うケイトに徹矢は怪訝な表情を浮かべるが、長くなりそうな話であったため今は置いておこうと疑問を呑みこんだ。
代わりに話を逸らす意味も込めて気になっていたことをケイトに尋ねた。
「そういえばウチのチームって名前とかないんですか? チームとしか聞いていないんですけど」
「……聞いてないの?」
「はい」
「あの二人は……うっかり忘れていたわね」
さっきとは別の意味で困った表情を浮かべたケイトはそれから呆れたようにため息を吐いた。
まあ、自分たちの所属しているチームを教えていないのは問題であろうため、そのような表情になるのも仕方ないかもしれないが。
「『廻る旅人』」
「え?」
「『廻る旅人』よ、私たちのチームの名前は」
世界を渡り歩き様々な場所を旅する者、その意味を込めてその名をチームの名としたらしい。
実際ロウが見つけてきた様々な世界をチーム全員で旅してまわるなどその名の通りな行動なども行っているそうである。
それはそれで非常に楽しいものだろうと徹矢は思いながら、自分の暮らすチームの名前を胸に刻みつけるのであった。
そんな話をしながら歩いている二人であったが、目的の場所に近づくごとに増える人の数に思わずため息を吐きたい衝動に襲われていた。
「多いですね」
「そうね、本当に何かあったのかな……道具や人を持ってくるのは得意だけど、こういう情報は遅いのよね、私」
元々情報に関しての担当はカイであり、ケイトはそちらよりは一段遅れてしまう。
加えて言えば、道具や人を集めることはともかく、実際に戦闘をしないケイトからすればそういう格闘場のイベントに関しては優先度が低いものであるという理由もある。
「ま、それはともかく……入口にはついたわよ」
「あ、本当です」
「ちょうどカンナもいるわね、ちょうどいいし何があっているのか聞きましょ」
話しながらも足は進んでおり、気が付けば格闘場の目の前までたどり着いていた。
そのまま徹矢たちは中へと入り、受付近くにいたカンナの姿を見つけるに至る。
「……テツヤにケイトか、今日はどうした?」
「街の案内よ、それと徹矢から」
「昨日はありがとうございました」
「構わん、テツヤはなかなか楽しみだと言えるほどの力を示した……俺はそれに応えたまでだ」
礼を言う徹矢に、小さく笑ってカンナは必要ないと呟く。
事実カンナは徹矢の戦いや決意を聞いて楽しいと感じていた、そしてこれからの成長を楽しみとも思っている。
「礼を返すというのなら強くなれ、それがなによりも俺にとって嬉しい礼だ」
「……わかりました」
徹矢にとっては今更言われるまでもないことである。
同時に自分の目標に、カンナに強くなった姿を見せることを加える。
「それでいい」
自然と出された手と固く握手を交わし、笑い合う。
同時にウォッチに連絡先を送ってもらい、いつでも連絡が取れるような状態にするのであった。
「今日はこれで終いか?」
「俺としては、さすがに昨日の今日で挑むほど身の程知らずじゃないんで」
カンナに指摘されたいくつかの点、たった一日でそれらの一つでも改善することなど不可能であった。
そしてそんな無様な状態をカンナには見せようとは思えなかった。
「まあ、好きにするといい」
「はい」
「ところでカンナ、今日は妙に人が多い感じがするのだけど、何かあるの?」
会話の切れ目で、ケイトが気になっていたことをカンナに聞く。
聞かれたカンナは少しだけ驚いた顔をして、笑う。
「何だ、聞きつけてきたわけじゃないのか」
「やっぱり何かあるの?」
「ああ、こちらでの企画ではなく、かち合いの方だがな」
「……なるほど、そういうことね」
カンナの答えにケイトは納得したと言わんばかりに頷いた。
横には話について行けない徹矢が一人残される。
「かち合いっていうのは、つまり突発的な対戦のことよ」
「対戦?」
「有名どころが意図せず誰かと対戦することになった場合のこと……それで、一体誰が? 人が多いし、それなりでしょ?」
「ああ、レティナとラストノースだ」
対戦カードを聞いたケイトは目を見開いた。
徹矢には当然ながら聞き覚えのない名前であったが、やはり相当な有名どころのようだ。
「まさかのどっちも有名どころ……しかもそのカードなの?」
「ああ」
思わずというようにケイトは頭を抱え、徹矢を見る。
「……どうかしら?」
「機会には恵まれているな……かなりわかりやすい二人だ、徹矢なら折れることは無いだろうから、有りだとは思うぞ」
「そうね……徹矢、少し見学していきましょ」
「え? あ、はい、わかりました」
徹矢からすれば要領の得なかった会話、わかるのは有名どころの試合を見学するのだということ。
誰かの試合を見るという点については徹矢としても初めてのことで否はない、というよりは非常に乗り気である。
反面やや心配そうにケイトは徹矢を見ていた、戦う二人を知っているケイトであるから、それを見ることで起こることの危険性を理解していたから。
最終的にはカンナからのゴーサインが出たことで見せることを決断したのだった。
ケイトについて行き、たどり着いた場所は観客席。
「……あれは?」
徹矢は戦闘の場所となる会場を見下ろし、困惑した声を出す。
中央、自分もカンナとの戦闘で走り回ったその場所に黒いドームが一つ存在していた。
自分がいた時にはなかったもの、その存在に徹矢はなんなのだろうと首をかしげた。
「あれは、空間の仕切りよ」
「仕切り……ですか?」
「そ、今回の二人が戦えばこの会場じゃ狭すぎるから、もっと広い空間を作ってそこに二人を放り込んでいるわけ」
ケイトの答えに、徹矢は納得と同時にさらに困惑もしてしまう。
ドームがどういうものであるのかは理解ができた、しかし、わざわざそんなドームを作る必要があったということに徹矢は怪訝な顔をする。
「……狭すぎる?」
「狭すぎるわ……今回の対戦の二人、ここの住人の中でもトップクラスの大規模戦闘を行うから」
ケイトの言葉に徹矢は息を呑む。
格闘場の会場は決して狭いわけではない、徹矢もカンナとの戦闘中は駆けずり回ったが十分すぎる広さであった。
それを狭すぎると言い切られる対戦というのは一体どれほどのものなのか、徹矢には想像がつかなかった。
「タイミングがよかったわね、始まるわよ」
ケイトが言い、空を見る。
中央上空に四面の空間ディスプレイが現れ、何もない荒野が映し出される。
そこにいるのは二人の男女、おそらくは対戦を行うであろう人物。
「男性の方の名前がラストノース、女性の方の名前がレティナよ」
「ラストノースとレティナ……」
「二人とも、戦闘系の住人の中では上の中といったところらしいわ……私自身が戦闘系ではないから正確なところは微妙だけど」
戦闘系の上の中、それがどの程度のものなのか徹矢にはわからないが、少なくともトップに近い位置の試合であることは確実であろう。
そんな試合が見られることに少なからず徹矢の心は躍る。
「二人とも派手な戦い方をするから見逃すということは無いわ、しっかり目に焼きつけなさい」
「わかりました」
言われるまでもなくそのつもりですといった様子の徹矢。
貴重な機会なのは間違いないだろう、自分のできる限り見逃すことがないように画面に集中する。
そして、ディスプレイに試合開始を告げるカウントダウンが表示される。
「この試合で徹矢がどう転ぶか」
ケイトは小さく呟き、祈るように目を閉じる……どうか良い方向へと転がるようにと。
祈らなければならないほど、この試合は途方もないものなのだ。
そしてカウントはゼロを告げ、試合が始まる。
「……え?」
そして徹矢は目撃する。
神の欠片を持つ者同士、その最高峰の者たちの戦いというものを。
画面を見ていた徹矢が目にしたのは太陽であった。
開始の合図とともにレティナの頭上から炎が生まれ、巨大な球形を形成していた。
直径およそ二十メートル以上、近づいただけでも焦がされそうなほどの熱量を持っていることが映像越しでもわかる。
その炎は下にいたレティナを含め、周囲を焼き尽くしていく。
「な……」
「先に言っておくわね、あれは彼の挨拶代り」
驚き、空いた口が塞がらない徹矢にケイトはさらに言葉を投げかける。
「彼はいつも開幕と同時に自分が一瞬で撃てる中で最大の一撃を放つ……これがどうにかできないなら戦う意味はない、そういう選定の意味を兼ねているの」
一瞬で発動できるそれに対処できないのであれば、それはつまりいつでも倒すことができるということ。
始まりの一撃、それをどうにかできない限り戦うことすらできないのだとケイトは言う。
「じゃあ、炎に巻き込まれた女性は……」
「当然、生きているよ」
映像の中ではさらに二つの小型太陽を生み出したラストノースが最初の小型太陽へとその二つをぶつけ、途轍もない爆発を生み出した。
近くにいれば余波だけで間違いなく消し飛ばされるであろうその爆発、衝撃で生まれた砂煙が舞い上がる中で、観客はただ息を呑む。
煙の中を何かが揺らめいた、それは人の大きさではない。
一体何がと思う徹矢の前に、それは姿を現す。
「払え」
煙の中にいる何かが大きく動き、その動きで立ち込めていた煙が全て払われる。
現れたのは巨大な鉄の人型……その上半身。
先ほどの炎球、それさえも越えるほどのそれ、全てが現れればどれほどの大きさになるというのか。
「返礼を」
いつのまにかそんな鉄の巨人の肩に乗っていたレティナは、その位置から遥か下にいるラストノースを指し、命じる。
命じられた巨人は片腕を振り上げて、そのままラストノースに向かって突き出される。
そんなものを受けてはいられないとラストノースは高速で後ろへと跳び、その拳を回避する。
そして目標を失った拳はそのまま地面へと激突し、接触した地面は砕け、陥没し、亀裂を作る。
まともに喰らえば間違いなく一撃で死ぬであろう攻撃が、ただ殴るという行為だけで引き起こされていた。
「相変わらず……容赦のない」
「それはこっちのセリフね」
互いの攻撃を見ながら、ラストノースとレティナは呟く。
「だがまあ、互いに挨拶は終わりだ」
「そうね」
二人の言葉通り、ここまでの攻撃は二人にとっては挨拶代りでしかない。
互いに力などほとんど消費していない片手間の一撃……それがこのレベルであるのだ。
そしてここからが本当の意味での戦い。
ラストノースが詠唱のようなものを口にするたびに先ほどの炎球さえかわいく見えるほど巨大な炎や氷塊、岩石が生み出され、レティナの駆る巨人へ放たれる。
そして迫りくるそれらを巨人は片手で振り払い、叩き落とす、様々な力を叩き落とすその腕には毛ほどの傷すら見当たらない。
「すげぇ……」
ぽつりと、徹矢の口から言葉が漏れる。
繰り出される攻防は徹矢では一秒として生存できそうにもないほど苛烈なもの。
それを軽々と防ぎ、同等の反撃を見せる二者と徹矢の間には隔絶した差が存在していることを疑う余地すら残されていない。
目の前の戦闘は徐々に……しかし確実にその威力が、その速度が上がってきている、両者ともにまだまだ余裕があることは間違いないだろう。
「これがこの世界の住人でもトップクラスの戦いよ……レンもあの二人と並ぶほどの実力があるわ」
あの二人ほど派手なものではないけれど、とケイトは続け、そして問題となる点を告げる。
「そんな人たちですら計画を立てて、人数を集める必要があるのが魔王の欠片と汚染された欠片」
それはつまり、そんな彼らですら単体の強さとしてみればそれらに劣るということ。
もちろんそれは一部の強力な欠片の話ではあるが、それでも徹矢にとっては軽視できる話ではない。
徹矢の目的はそれらさえも全て破壊し、回収することなのだから。
「……そうですか」
その意味を理解し、やっとの思いで徹矢はそう口を開いた。
自分の目的を達成するためにはあまりにも遠い、遠すぎる距離がそこには存在している……その事実を目の当たりにした徹矢は少なからず衝撃を受けていた。
「遠いなぁ……」
呟く徹矢をケイトが心配そうに見る。
今の状態はケイトが危惧していた不安に限りなく近づいていた、それはすなわち心が折れること。
あまりにも違いすぎる自身との差、それに押しつぶされることをケイトは危険視していた。
徹矢の志は純粋で、好ましいものだとケイトは思っている。
だからこそ、このようなところで挫折して欲しくなどない……だが、ことここに至りどう声をかけたものかケイトは悩む。
「ケイトさん」
悩むケイトではあったが、答えが出る前に徹矢から声がかかる。
「あそこで戦っている二人に並べるほどの力を持った普通の世界出身の方はいますか?」
「へ? ちょっと待って…………ええ、いるわ」
意外な内容の問いにケイトは一瞬呆けるものの、すぐさま自身の中で引っかかる者がいるかを探し、答える。
それからどうしてそのようなことを聞くのかと問い返そうとして、先に徹矢が答えを口にする。
「つまり、同じ普通の世界出身の自分にもあそこに立てる可能性はあるということですね」
「あ……」
そこでケイトは気づく。
ケイトの危険視していたような色は徹矢に映ってはいなかったことを、正確には既にその色を消していたことに。
「驚いたわ……よく立ち直れるものね」
「そりゃ、あそこまで派手にやられていれば思うところは色々とありますけど」
言いながら、徹矢は視線を戦いを写す画面へと向ける。
そこにはさらに激しく戦う両者の姿、ラストノースの魔法の一撃はレティナの巨人の片腕を消し飛ばし、レティナはすぐさまそれを再生させ、さらに二体目の巨人を作り出す。
恐ろしいのは強大な力を互いに乱発しながらなお両者の顔に疲労が見えないこと、この攻防が本当に片手間程度だとするならば徹矢としても化け物と言わざるを得ない。
「それでも自分が弱くて、ここの住人が強いことは初めからわかっていたことですから」
そして、今ケイトの口から自分と同じ境遇でそこまで至った者がいるということも知ることができた。
ならば徹矢にとっては迷う必要などない、自分もそこまで駆け上がり戦って見せるのだと徹矢は言う。
「強いわね……それより、該当する人がいなかったらどうしていたの?」
「そうですね……その時は初の普通の世界出身者のトップランカーでも目指してましたよ」
「変わらないじゃないの、それ」
「や、多少意気込みは変わりますよ……やっぱ前例がいた方が気分は楽ですし」
呆れたように言うケイトに徹矢も笑って返す。
不安がないわけでは決してない、当然ながらあれほどのものを見せられて自分もあんなことができると自惚れられるほど徹矢も図太くない。
それでも自分の力と自分の選んだ能力を使って進んでいこうと決めたのだから、その意思だけは間違っていないのだと徹矢は信じている。
「さて……じゃあ、少しでも今後のためになるように見させてもらいます」
「……そうね、そうするといいわ」
ケイトは心配していたことがなくなったことで内心で強く安堵する。
それからすっきりしたような表情で徹矢と共に画面の先、繰り広げられる戦いを眺めるのであった。
そして見ている戦いも少しずつ詰めへと差し掛かっていた。
「ホント……魔法使いのクセに良く動くわね」
「そりゃ、そんなものに当たりたくはないからな」
戦う二人、激しい攻防の中で何でもないように言葉がかわされる。
三体の巨人の腕を見切り、完全に回避しながらさらに強力な魔法を放つ。
会話を交わす間さえないような攻防、聞こえるはずのない声、しかし実際に二人は会話を行っている。
実際、画面越しに見ている者ではそれらの会話が行われているとは思えないだろう。
「さて、レティナはどこまで本気を出す気だい?」
「貴方こそ」
小さな笑みさえ浮かべて二人はそんなことを口にした。
見ている側には申し訳なくはあるが、両者とこの戦闘で全てを出し切るつもりはない。
これは勝ったところで特に何かがあるわけでもない模擬戦である。
この戦闘を見ている知り合いだっているだろう、そして時には開かれる大会でぶつかることもあるかもしれない、そんな中で切り札全てを切るなど愚行だろう。
「とはいえ……まあ」
「負けるのは癪だしね」
問題は一つ、両者ともに負けず嫌いであり適当なところで負けるという手段を選べないこと。
だからこそどこまでの札を切り、その上で勝利するのか……全力ではないかもしれないが両者は本気で戦っていた。
「さて問題……私は何体まで巨人を出せるでしょうか?」
「……おいおい、これ以上出るのか」
現れた四体目を見てラストノースも多少顔が引きつらせる。
彼女の言い方であれば五体目や六体目も現れる可能性もある、逆にそう見せるためのブラフという可能性も同じだけある。
トップランカー同士の戦いなど早々かち合うことは無い、だからこそ以前見た情報が古く現在の情報と齟齬が出ることも時折存在している。
現にラストノースの知るレティナの巨人の限界数は三体であったはずなのだ、しかしその情報が古いことを彼はこの状況になって確信する。
トップランカーは実力を隠していることが多く、よほど情報収集の得意な者でなければ精度の高い情報を得ることはできないのだ。
同時に自分の切る手札、切れる手札も修正を始める。
「……面倒だな」
ただでさえ厄介な巨人、それが一体増えるだけでもその危険度は増す。
三体までなら切らずにいられた手札、ラストノースはその札を切ることを決意する。
「さて……後はどれだけ隠せるかだな」
四体の巨人の拳が彼へと迫る、巨人の最も厄介なところは全てレティナ自身が操作しているという点。
四体を一人で動かしているからこそ全ての呼吸が合う、最高のタイミングで連携が行われる。
無論それは四体を完璧に操ることができるという条件のもとであるが、それができるからこそトップランカーの一人であるのだ。
「く……」
ラストノースの口から余裕のない声が漏れる。
いつの間にか四方を囲まれ、避ける隙間もないような連携攻撃。
切ると決めた手札以外は切らない……その制約のもとで今の攻撃を抜けることは非常に難易度が高いことが理解できる。
「だったら……読み取れ」
ラストノースは少ない時間で思考する、考える時間など無いに等しい状態でしかし無限の時間があるかのように思考が加速していく。
その中で真っ先に出た作戦に彼は自分の考えながら辟易とするが、しかし時間もなくそれをすることを決めた。
瞬間、彼の周囲でいくつかの爆炎が舞った。
辺りに発生した爆炎はその中心にいたであろう彼の姿を覆い隠し、レティナから身を隠す。
「目くらましなら、遅いわよ」
四体からの連携攻撃、周囲を隠したところで逃れられる領域を越えている。
修正も何も必要がない、今の攻撃をそのまま続けるだけで既に逃げ場などないのだから。
何かがおかしいと思ったのは、爆炎の中で巨人を通してその一撃目に手ごたえを感知した時。
「え……?」
爆炎を突き破って何かが吹き飛んでいく。
その何かはまぎれもなくラストノースであり、だからこそ余計にレティナは困惑してしまう。
吹き飛んだ彼はレティナの乗る巨人の脇を抜けて後ろへ……つまり包囲された状態から外れた、それに気が付いて彼女が後ろを振り向いた時にはもう遅い。
一撃を受けた彼の姿は酷い……身体を庇ったのであろう左腕は骨が砕け、肉も潰れている、それは到底腕と呼べるものではなく使い物には決してならないだろう。
だが、逆にあの攻撃をそれだけで済ませていたということこそ特筆するべきであろうか。
とはいえ種は簡単な話である、避けるのが難しいのなら覚悟して受ける。
とんでもない攻撃であれ、対策をすれば軽減するくらいはできると踏んで彼はそれを覚悟した。
同時に避けるための小細工と見せかけた目くらましの爆炎、真実は受けるためと……決着のための準備。
――星の海に願いをかける少女――
――彼女の願いは海の一滴を落とす――
それはレティナにとって全く聞いた事のなかった言語。
そも、彼女にだってほぼ聞こえていなかったほどの言葉……それでも初撃で命中した違和感から集中して、何かをやっていると気づいただけのこと。
そしてそれが途轍もなくヤバいものであること、同時に今ならばギリギリで止められるという戦う者としての勘が彼女を突き動かす。
だが……それをさせるほどラストノースも甘くはなかった。
「……っえ!?」
巨人の脇腹辺りで起きた突然の爆発、それは巨人を破壊するほどの威力ではなかったが、揺らがせることは可能であった。
「ラストノースの!? でも、何時の間に!?」
それは、迫りくる攻撃の中でラストノースが立てた予測。
四体もの巨人を操るのであれば確実に操る巨人の姿で見えない部分というのは出てくるだろう。
ならばどうするかと考えれば答えは一つ、巨人にあるであろう視界を共有すること。
幾つもの視点を即座に把握できれば死角は存在しないだろう……だが今回だけは違う。
仮に巨人に視界があるとすればそれはやはり顔であろう、巨人が人型であることも含めてそうでなければ操る難易度が段違いに高くなるであろうから。
ならば吹き飛び、レティナの乗る巨人の脇腹は気づかなければ死角になるだろう……同時に、爆炎により囲んでいた三体からもその行動は見えていない。
そうして起きたのが時限性の爆発……結果それは彼女の動きを止め、彼を止める最後の機会を潰した。
――その一滴は福音――
――もたらす少女の名は――
「――ミーティア――」
瞬間、星が落ちてきた。
四体の巨人と、そしてレティナの頭上へと巨大な隕石が炎を纏って襲い掛かっていた。
「……これは、私の負けかな」
避けるには範囲が大きすぎる、受け止めるには現状の巨人では不可能、新たな手を用いるには時間が足りない。
だからこそ、この戦いはここで決着であった。
星の墜落が辺りの地形を変える光景を見ながら、徹矢はむしろ笑いたい気分になっていた。
決着はまさに規格外とでも言うべき攻撃……だけど、まだそこが限界ではないことをなんとなく直感していたのだった。
「なるほど……これがトップランカーか」
最後の一撃は決意を新たにした徹矢でも揺らぐほどの衝撃があった。
それでもまだ上があることに、驚愕の他にも強い想いが宿る。
「戦ってみたいな……いつか、対等に」
自身の能力で、彼らと戦うことができるその日を夢見る。
だから、徹矢は立ち上がる。
「徹矢?」
「帰りましょう……少し、身体を動かしたくなりました」
「……ふふ、結構男の子」
あの光景を見てもそう言える徹矢にケイトは笑みを浮かべ、自身も立ち上がる。
「道は険しいわ……応援もサポートもしてあげるけど、進み続けられる?」
「望むところです!」
面白がるように問いかけるケイトに徹矢は迷わず、強く答えた。
目指す先は以前よりも厳しく険しいことを悟り、同時に今までよりも強くその先にあるものを見た。
彼らの見ているものと同じものを見るために、徹矢はここから改めて出発すると決めたのであった。