第十三話 「旅路のスタートライン」
徹矢がこの世界に来てから数日が経つ。
朝目覚めた後は地下でルーテと訓練を行うことが日課として定着し始めていた。
「っ……せやぁっ!」
空中高くに跳び、落下と同時に自分用に作られた槍を振り下ろす。
「……本当に不思議」
振り下ろされた槍の一撃を軽く横に躱しながら、ルーテは感慨深げにつぶやいた。
徹矢も躱されることはわかっていて、その上でさらに手を打つ。
「『バレット』」
自身の攻撃に時間差をつけて放たれた力場の一撃。
それは横に躱したルーテの頭部へ向かって直進する……それは躱すタイミングを読み、その直後を狙った力場の一撃だ。
普通であれば外すことがないはずのその一撃は、しかし相手は普通ではない……徹矢の予想をはるかに上回る反応速度で対応され、躱される。
そして躱した動作は次の動きへと無駄なく繋がれる。
回避した速度のまま一回転、そのまま裏拳の要領で放たれた一撃……それを未だ振り下ろしの攻撃動作が終わらない徹矢に躱す術などない。
「んがっ!?」
顔面に裏拳を喰らい吹き飛んでいく徹矢、仰向けに倒れるものの意地なのか槍だけは手放していなかった。
「さて……今朝はここまで」
「……ありがとうございました」
ここ数日、一撃も入れられず訓練が終了することが常であった。
実力差があることは十二分に理解していてもそのやるせなさだけはどうしようもないと徹矢は倒れたままため息を吐く。
「だらしない、しゃんとする」
「ちょ、ルーテさん蹴ることないでしょ!?」
倒れていた徹矢を不満に思ったのかルーテが軽く蹴りを入れてくる、軽くと言ってもつま先で蹴っている辺りが性質が悪いが。
ともかく二度も蹴られるのは勘弁だと徹矢が跳ねるように体を起こした。
「とりあえず、今日の反省会」
「……了解です」
戦闘が終わればどこをどうすればいいのかについて話し合い、それは大体においてルーテのダメ出しばかりではあるのだが……。
どれだけ工夫したところで、上位者には無駄だらけなのだと嫌でも理解させられる瞬間である。
「…………まあ、今日はここまで」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
自身でも気づいていないような癖や細かい動きにまで指摘を入れられ、徹矢は精神的なダメージで若干片言になりながら返事をする。
しかし、それからすぐに気を取り直したように表情を戻してルーテに問う。
「ルーテさん、昨日今日とみて俺の才能をどう思いますか?」
「歪、理屈に合わない、変態というのはいい表現」
「……ですよね、後最後の点に関してだけは断固として否定させてもらいます」
一点を狙うことにかけてのみ発揮する才、槍や傘による突きや弓や能力による射撃、それらに限っては他よりもずっと精度が高い。
そういう点では、弓が一番徹矢に適していると言えるだろう……もっとも、その才能にしても欠点というべきものがあるのだが。
「未熟、静点にしか狙えないなら意味がない」
「おっしゃる通りです」
現状、その高い精度を保つことができるのは相手が動かないことを前提としなければならない。
事実、基本的に徹矢の攻撃はカンナにしろルーテにしろシシトにしろ相手が動かなければ一点を狙う攻撃は全て命中していただろう。
例外があるとすれば、カンナとの戦いで焦って放った一発それのみであり、それにしても惜しいと言えるほどには狙いはよかった。
しかし、当然ながら敵の攻撃を素直に受ける相手などよほどのことがない限り存在しない。
「あと、攻撃が綺麗だから攻撃の軌道とどこを狙っているのかわかりやすい」
虚実が少ない、というよりは徹矢の性質上一点を狙うことが必要になるため対象へ向けるのが普通である。
当然、動きが鋭くなっている時は絶対に当たる攻撃であり、フェイントなどが存在しないということになる。
「っあぁー、なんでこんな微妙な特性ついたんだか」
両手を伸ばし、徹矢は仰向けに倒れる。
戦う才能があるに越したことは無いが、それでもここまで異色なものにすることもないだろうと思う。
「それに関しては予想は立てられるかも」
「え、本当ですか?」
「ん、テツヤ……自分の名前の由来とか聞いた事ある?」
「由来、ですか? ……えっと、どんな時でもまっすぐ、貫き徹す矢のようになれ、みたいな意味ですかね、大分意訳して覚えましたけど」
「名は体を表すという言葉がある……特に、魂の存在である私たちは確固たる自分を示すための名前は特に重要」
さらに徹矢は死後にこの世界があることを知っていた。
自身が未だ続くことを理解していて、その名の由来がすぐに出る程度に意識していた結果、その名に即した性質を手に入れたのではないかというルーテの予測。
「あり得るんですか、そんなこと?」
「ただの予測、テツヤのそれが生前からのものなのかここに来てからのものなのかもはっきりしないし」
「あー、それは確かに」
普通の世界でこのようなことをすることなどほとんどない以上は発覚の難しい才能である。
祭りの射的などでも効果はあったのかもしれないが、生前であれば未来確定の能力により当たることも外れることも夢の時点で確定してしまうためはっきりとはしない。
「わからないことはここまで……今連絡が来てる、亮二とロウが呼んでる」
「え? あ……本当ですね」
言われてウォッチを確認、確かに呼ばれているのを見つけて徹矢は勢いよく立ち上がった。
「けど、この組み合わせ……」
「貴方にとっての始まり」
「へ? それってどういう」
「行ってみればわかる」
それ以上を話す気はないようで、ルーテはさっさと上へと上がってしまう。
徹矢はそれもそうかと思いながらその後を追うのであった。
「や、来たね徹矢君」
広間へと辿り着くと、早速というようにロウが徹矢に声をかけてくる。
隣には亮二が座っており、適当に徹矢に向かって手を振っていた。
「ええ、それで……今日は何かありましたっけ?」
呼び出される理由に今一思い当たることがなかった徹矢は首をかしげながらロウに問う。
それをロウは笑いながら応える。
「いや、武器の準備とかも終わったみたいだしね、そろそろ一度違う世界を経験してもらおうと思っていたんだ」
その言葉で徹矢の中で様々な感情が表される。
これから始まるという歓喜、行く先がどんな世界であるかの期待、そして不安。
「一応初めての世界だから、ロウの奴ある程度気を使って適切な世界を探していたみたいだよ」
「あ、お前そういうこと言うか?」
「大体同じことをカイに対してやってんじゃん、お前」
「それ言われると何も言い返せないな」
そんな亮二とロウの掛け合いを聞きながら、とりあえずというように徹矢はロウに頭を下げる。
「ありがとうございます、ロウさん」
「そう礼を言われても困るんだけどね……とりあえず、説明するから適当に座ってくれる?」
「あ、はい」
言われ、徹矢は二人と向かいの位置にあるソファに座って説明を待つ。
「転移に関しては亮二がやってくれる、転移中の事故などはないからそこに関しては安心していい」
「こういう時しか働けない運び屋だからね、その点に関しては信頼してもらって構わない」
「……というより、事故って一体」
「ああ、それは……」
「俺らもまだここに来てないときのことらしいが、転移中の事故で世界と世界の狭間に落とされた奴がいるらしい」
曰く、奈落や混沌。
落ちたら自力での帰還はまず不可能、さらに移動中のため肉体的なものはなくあくまで魂の状態で死ぬこともできない。
そもそも意識を保っていられるような場所ではなく、意識を失ったまま漂い続けることになる。
その時は何かしらの偶然で狭間からはじき出されたことでどうにか帰還したとの話らしいが、その時点で転移をした時から数百年経っていたということがあったという。
「……怖っ!?」
「その時の運び屋は住人総出でフルボッコにされたらしいね、いかんせん昔過ぎて情報が足りないけど」
「そういうミスだけはしないとここで誓うよ」
「いや、本当にお願いします」
自分でどうにもできない場所に取り残されて何百年も過ごすのはさすがに無理だと徹矢は心の底から失敗しないことを願うのだった。
「まあ、移動に関しては特に気にしなくていいよ……とりあえず、次の話に進もう」
ロウがそう言って自分のウォッチを操作する、ほどなくして徹矢のウォッチの方へ反応があり、徹矢も何があったのかを確認する。
行われたのはウォッチの格納物資の譲渡、ロウから徹矢へ携帯食料であったりテントであったりといったおよそ旅に必要なものが大量に徹矢のウォッチへと送られてきていた。
「これ!」
「ま、旅の初心者への餞別だ……調達したのはケイトだけどな」
「そうですか、後でお礼を言っておきます」
「ケイトからすれば仕事の範疇だけどな……ま、それは好きにするといいさ」
小さく笑いながら、ロウは話を続ける。
移動方法、道具などの準備に関しての話を終え、ようやくもっとも重要となる行き先に関する話へとさしかかる。
「それで、肝心の行くべき世界だが……ぶっちゃけランダムだ」
「……え?」
非常に不安になるようなことを言われ、徹矢は聞き間違いかと思い聞き返す。
「だからランダム、オーケー?」
「……マジデスカ?」
「マジ、というかまあ、ある意味では当然のことだよ」
無数の世界が存在しているこの場所、世界の中には特別な道具や技術などが存在している場所もあるという。
そういう情報を集めること、また、いざ神の欠片や魔王の欠片が現れた際に地形や気候と言った世界の情報があるだけでもとり得る手段が増えることがある。
そのため、特定の目的がない世界の旅であれば未踏破の世界で調査を行うのが基本であるとロウは言う。
「徹矢君も訓練とはいえ世界を移動するわけで、なら調査の方にも協力してもらってそちらの訓練もしておきたいわけ」
「なるほど……って言っても調査しろと言われても何をしていいかわかりませんよ?」
「それに関しては道具と一緒にチェックシートを渡してあるから、それに従って書いて行けばいいよ、さすがに素人に精密な仕事は要求しないから」
徹矢の不安を交えた疑問にロウは笑って応える。
徹矢はウォッチからチェックシートらしいものがあることを確認して一安心し、それからあることに気づく。
「あれ、でも、ロウさんある程度世界を探していたそうじゃないですか?」
「ああ、ランダムとは言っても条件は絞っているからな」
「条件?」
いきなり即死もあり得るようなとんでもない世界では訓練にすらならないとロウは言い、ランダムに選ぶ世界の中である程度の条件を付けていた。
一つは神の欠片および魔王の欠片が存在しない世界、ランダムで選んだ世界の候補の中で存在を確認できた世界を除外した。
また、その最中存在が確認された世界に関してはルーテであったり他のチームへ情報を回して対処を行うのだと付け加えていた。
「さすがにこれに関しては新人に任せるわけにはいかないからね、こっちも全力で操作したつもりだ、抜けはない」
仮にあったとしたら探し屋としては完全に廃業するしかないとロウは口にする。
徹矢の件で一度のミス、二度は絶対に行わないとロウの覚悟の言葉であった。
「ま、それはともかくとして、条件その二」
徹矢の出身世界に近い世界観のものの除去、つまりは普通の世界以外の世界であること。
異なる世界の経験を積むという名目上似た世界ではその効果は当然ながら薄い、そのための処置としてその条件が追加された。
「ロウさん、神の欠片だけじゃなくてそういう世界の傾向もわかるんですか?」
徹矢の質問にロウは若干困ったような笑みを浮かべ、それから話す。
「あくまでも表面上だけだけどね……前に普通の世界かと思っていたら地下世界が存在していたとかいう事例もあるし」
ロウ自身その傾向の判断が信頼のあるものかと言われれば首をかしげざるを得ない。
「いわゆる初対面の第一印象みたいなものかな」
初対面の相手に対し外見だけを見て、性別であったり、外見から感じる雰囲気を読み取っているのだとロウは言う。
強面の外見に対して実際は臆病、優しい顔をした外道といった外見からかけ離れた内面を持っている者は当然いる。
そういったようにロウに読み取れるのはその世界の外見、表層の部分だけでありその内側にとんでもないものが存在していることもあるのだと言う。
特にその世界が混沌としているほど読み取れない可能性が高くなるのだと補足するのだった。
「ま、少なくとも外見上普通の世界ってのは全部除外しているから、今回はよほど運が良くか悪くかないと実は普通の世界ってのはないはずだ」
「わかりました」
「ま、主な条件はその二つだ……一応、あと一つだけ条件はつけてたが、正直当てにならん」
ロウのかけた三つ目の条件は危険度、世界経験と調査を目的としている以上ある程度の期間その世界に留まってもらう必要がある。
しかし、欠片がないため完全な死は免れてもその世界での死は当然ながら存在する。
先ほどロウが言っていたが世界の傾向は表層しか読み取ることができない、そんな状態の中でも確実に不味いと感じたものだけは特例として除外されているのだとロウは言う。
例えば大量の死者が現出していることが読み取れる世界であったり、抉られるや削られるなどの明らかに人為的に地形が変えられた場所が多数存在している世界であったりなどが挙げられる。
「さすがに生存期間半日もないとか嫌だろ?」
「……ええ、そういう世界は遠慮させてください」
現状でラストノースやレティナに本気で挑むようなものであろう。
いくら上昇志向があろうとも何もやれずに終わってしまっては学ぶことすらできない、それでは逆に成長が遅くなってしまう。
「ま、そんなとこだ……んで、とりあえずそうやって条件付きランダムの結果として選ばれた世界に、亮二が今から徹矢君を送るから」
「はい、わかり……え?」
ロウの言葉に頷きかけて、徹矢は止まってしまう。
何か今聞き捨てにならないことを聞いたというように目を見開いて彼はロウを見る。
「今から……ですか?」
「そうだよ、そのために亮二に待機してもらってるんだから」
「いや、でも準備とか」
「今さっき徹矢君のウォッチに送ったものはなんだっけ?」
言われて思わず徹矢はウォッチを見る。
送られたものは言うまでもない、ケイトの用意した旅のための準備である。
その仕事は完璧で、このまま旅に出たところで何の問題もないだろうというほど充実している内容である。
「さ、亮二、さっき教えた世界を開いてくれるか?」
「りょーかいしましたっと」
ロウの言葉で亮二が立ち上がり、その手に何らかの力が込められていくのがわかる。
徹矢は自分を置いて進められていく状況に冷や汗を流しながら、それでも対応しようと二度ほど深呼吸を行う。
「…………はぁ、ええわかりました、行きますよ……自分が望んでいたことですからね」
「中々の寛容さだね、このチームでやっていくなら大事なことだよ」
「主にロウのせいだけどなー」
ニヤと笑って言うロウに横から亮二が突っ込んだ、実際問題はないとはいえ今すぐとしたのはロウの発案に他ならない。
「ま、少しでも早く様々な世界を経験して欲しいっていう気持ちの顕れだと思ってよ」
「まあ、そう考えておきます」
「ま、建前だけどね」
「せめてもう少し伏せておこうとか思わないんですか!?」
頷いた直後にそんなことを言うロウに徹矢も思わず突っ込んだ。
そんな彼の様子をロウは笑いながら見ていた……けれど、少しだけ真面目な顔つきになって話を続ける。
「本当は、チームの都合で一度このホームから離れていて欲しいんだよ」
「へ? ……それはどういう?」
「転生回廊では時折チーム対抗戦ってものがあるんだけど……これが結構厄介なものなんだよ」
「チーム対抗戦ですか……そういえばケイトさんから少し話を聞いたような気が……」
街の案内を受けた時、チームの名前を聞く前に話していたことがその話であったような気がすると徹矢は思う、もっともその後の衝撃的な戦いの光景にほとんどが吹き飛んでしまっていたが。
ともかくチーム対抗戦は文字通りチーム単位による戦いということであるのだが、この催しは基本的に全てのチームが参加するようになっているという。
その対抗戦に勝利すればそのチームの名が上がり、様々な店などでサービスを受けられる等のメリットがある。
メリットがあるのであれば、当然ながら敗北すればデメリットも生じてしまうという。
「このデメリットが結構大きいんだ、できれば避けたい」
「……なんですか?」
「勝利チームへ自分のチームが所有する神の欠片の譲渡」
各世界で回収した、つまりは所有者のいない神の欠片は回収した者およびその所属するチームで所持することが認められている。
所有していれば所有しているほど戦力は上がるが、当然ながら簡単に見つかる、手に入れられるものではない。
場合によっては転生回廊内での奪い合いにも発展しかねないため、一つの入手手段としてこのようなルールを対抗戦に加えたのだという。
「賭けるものがあるとやる気も起きるし、相乗で強くなろうとする……けど、結構デカい落とし穴があるんだよ」
「それは……?」
「考えてみてくれ、負けたチームがそういった神の欠片を所持していなかったらどうなると思う?」
「へ……? えと、それは……別のペナルティでも?」
「ま、別って言ったら別だけど……簡単な話だよ、仮に所持者のいない欠片がないとしても、所持者のいる欠片であれば確実にあるよね?」
言って、ロウは徹矢の胸のあたりを指さした。
実際にそこにあるわけではないだろう……しかし、それの意味しているところは明白である。
「……そういうことなんですか?」
つまり、自分の中にある神の欠片を差し出せと……そういうことであるのかと。
徹矢の考えていることが分かったのだろう、ロウはほんの少しだけ首を横に振る。
「徹矢君の考えていることは少し違うよ……中身を奪うんじゃない、本人ごと連れて行くんだ」
直接的に言ってしまえば強制的にチームからメンバーを引き抜かれるのである。
「基本的にチームを辞め、他のチームに入ることは本人の自由だ……ただし、これにより引き抜かれた場合は違う」
チームのリーダーからの勧告のように明確な理由がない限り、賞品となったその人物はチームの移動を制限される。
救いであるのは奪われる欠片に関しては敗者のチームに選択権があるということ、ただし同時にそれはネックにもなりうることではあるのだが。
「ネック、ですか」
「仲間が奪われた場合だよ……仲間を奪い返すために勝利をしても、相手チームがそれを選ばない可能性もある」
「あ……」
特に所有者のいない欠片を持っているチームであるのならなおさら、さらに亮二のような運び屋であれば他のメンバーを差し出してでも奪い返すことを阻まれる場合もある。
相手に奪われにくいということは、同時に相手から奪いにくいということでもあるのだ。
「……とまあ、長々と対抗戦については語ったことだけど、大体分かったんじゃないかな?」
「ええ、まあ……おおよそ」
今回の場合で何が一番問題であるのかは徹矢にもわかる、現在このチームにはエースがいないのだ。
そして対抗戦がどのような形式であったとしても、経験の浅い徹矢は足手まといにしかならない。
「さらに俺と亮二は戦闘では徹矢君以上に何の役にも立たない、カイは一応情報収集を行う後衛として働けるし、ケイトも転移を利用した攪乱なんかは得意だよ……ま、それでも」
純粋な戦力として数えられるのはルーテだけだということはハッキリとしていた。
ルーテの実力もありレンのワンマンというわけではないとロウは言うが、実際にレンがいないというのは半減どころの騒ぎではない。
「ってわけで、こちらとしては今回の対抗戦に参加する気はない……そのために徹矢に今すぐ飛んでほしいわけだ」
「……最後のそのためにあたりから一気に話が飛躍した気がするんですけど」
「徹矢君の行き先の候補を探していた時に欠片の反応もキャッチした……こっちはルーテに任せるとどうなる?」
わかりきったこと、チームに攻撃役がいなくなることになる。
そもそも人数自体も戦力外を含めて四人であり、誰がどう見ても勝利できる要素が見当たらない。
「メンバー不足を理由に今回の対抗戦の不参加を表明するんだ」
徹矢はともかくとしてルーテに関しては欠片に関係していることであるため優先度が高く大義名分としては十分であるとロウは言う。
そしてやるのであれば徹底的にやるということで、徹矢に関しても外の世界に出すことで戦闘人員ゼロの状態で対抗戦の話を持ってくる客を迎えたいのだと続けた。
「正直、この手段は露骨すぎるから乱用できないんだけどね」
ロウの言葉に徹矢も同意するように苦笑を浮かべる。
特に徹矢は大きな大義名分もなく、意図的に人数を減らしておきながら人数が足りないと言っているのだから自作自演にもほどがある。
少なくとも二度連続は使えないとロウは言い、話を続ける。
「今回は何が何でも不参加を取るけど、次の対抗戦がある時に鍵になるのは君だよ」
「俺……ですか?」
「そ、まだ徹矢君の情報はほとんど出回っていないからね……場合によってはジョーカーにもなり得るんだよ」
欠片の精錬がある以上相手がどんな能力を使ってくるのか分かったものではない。
能力がわからないというだけでも相手に与えるプレッシャーは大きい、活用範囲の広い徹矢の能力なら様々な奇襲をかけることができるだろうとロウは言う。
「そのために必要なことは……もうわかるね?」
「……俺が強くなること」
徹矢の答えに、ロウは満足げに頷いた。
本当にジョーカーとなれるのか、それとも捨て札として終わってしまうのかはこれからの徹矢次第。
ならば絶対にそうなってやると徹矢は心の内で誓うのであった。
「さて、話している内に準備は終わったようだよ」
「おー、とりあえず道は開いたぞ」
徹矢とロウが向いた先では亮二が笑いながら背後にある白く渦巻く空間を指さした。
その渦巻く空間の先には全く別の世界が広がっている……そう考えて、徹矢の心は少なからず高揚する。
未知との遭遇、それに対して恐怖がないわけではない……それでも、やはり期待や興奮というものが徹矢の中では大きかった。
「あ、そうです……準備のことでケイトさんにだけお礼を言いたいんですけど」
「ああ、わかった……それくらいは余裕だよ」
徹矢の頼みに頷き、ロウは自分のウォッチを素早く操作する。
長年使って慣れているのだろうその操作は未だ慣れていない徹矢には感心するほどの速さである。
「……終了、連絡はしたからすぐに来ると思うよ」
「ありがとうございます」
徹矢はロウに礼を言って、落ち着いて辺りを見渡した。
自分やロウを見ながら『道』を維持している亮二とその近くにルーテの姿、ルーテは何かを言うこともなく徹矢をじっと見ていた。
徹矢自身は気づいていなかったものの、それはロウと話している間ずっと続けられていた。
「……何ですか、ルーテさん?」
「ん、ちゃんと行き先でやっていけるか心配しているだけ」
徹矢の問いにルーテは無表情な様子で答える、それこそ言葉通り心配しているのか疑わしいほどに無表情であった。
困ったように徹矢は視線を彷徨わせると、亮二が笑いながら救いの手を入れる。
「大丈夫、ちょっとばかり顔に出にくいだけでちゃんと心配しているから……ウチで一番心配性なのはルーテだよ」
「余計なこと言わない」
亮二の言葉が不満だったのかルーテは亮二へローキックを放つ。
戦闘能力のない亮二にそれを避けられるはずもなく亮二は足を押さえてへたり込む、一瞬『道』が歪んでいたもののすぐに取り直して維持している辺りは仕事人であろう。
「ちなみに今のは照れ隠し」
「もう黙る」
痛みにくじけずさらに解説する亮二にルーテが前蹴りを放つ。
その頬が若干朱がさしているのをみて徹矢は本当のことなのだろうと推測するのであった。
そんな様子を眺めている内に、目的の人物がこの場へと姿を現した。
「結構集まっているのね……それでロウ、何か用があったみたいだけど?」
「来たねケイト、用があるのは徹矢君の方だよ」
「徹矢が?」
ロウの言葉に首を傾げて徹矢を見る。
そんなケイトに対して徹矢は立ち上がり、しっかりと頭を下げた。
「はい!?」
「……旅用の道具の一式の準備、ありがとうございました」
驚くケイトに対して頭を上げた徹矢が要件を口にする。
その言葉を聞いたケイトは得心がいったという様子を見せ、それから若干呆れた目で徹矢を見る。
「そういうこと……徹矢も相当に律儀だね」
「自分じゃ何を用意していいかもわかりませんでしたから、これだけのものを用意されたのなら感謝しないと気が済まないんです」
「これが私の仕事なんだけどね……ま、そういうことなら感謝は受け取ってあげるわ」
ケイトは笑ってそう言いながら、広間を見渡す。
「見たところ旅立ち直前みたいね、ついでだから見送ってあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
軽くもう一度頭を下げた後、徹矢は亮二が維持している『道』へと顔を向ける。
「……亮二さん、さっき揺らいでいましたけど大丈夫ですよね?」
「問題ないって……気持ちはわかるが大丈夫だ、ちゃんと送ってやる」
苦笑いを浮かべる亮二は、そのまま徹矢の近くまで行って肩を叩く。
触れられた肩から感じる亮二の力、それは徹矢の予想よりもずっと強くて、不思議と安心させられる何かを持っていた。
欠片の不安は消え去り、徹矢は『道』へと近づいて行く。
そんな徹矢へ、『道』の近くにいたルーテが声をかける。
「これが貴方にとって始まり」
「始まり……ですか?」
「そう、自分の意志で世界を渡る……欠片の保持者として戦うことの、廻る旅人の一員としての第一歩」
始まりはいつからだろう、人によってはこの世界へとやって来た時だと言う。
あるいは欠片の精錬を終えて本当の意味で欠片の持ち主となった時のこととも言えるだろう。
しかしルーテはそのどちらでもなく、今この時を始まりと言っていた。
欠片を集めるにしろ、欠片を打ち砕くにしろ異世界へと渡る必要がある。
ならば初めて、自分の意志により世界を渡るこの時こそがスタートラインなのだとルーテは徹矢に告げた。
「なるほど……確かにそうかもしれません、なら今まではスタートすらしてなかったってことですか」
「私の中ではそう」
「了解しました……なら、こちらに帰って来た時こそ俺はルーテさんと同じ立ち位置に立てるわけですね……強さはともかくとして」
「そういうことになる……だとしても、何もできずに帰ってきても認めてあげないわ」
「わかっています、今よりも成長して帰ってきますから」
「ええ、楽しみに待っているわ……期待している」
「はい!」
小さく笑って言うルーテに徹矢は力強く返事をする。
そして最後とばかりにここにいる面々の顔をもう一度見まわしていく。
「そういえばカイさんは?」
「あいつは新しく見つけた欠片の世界を調査中……さっき連絡取ったらがんばれって伝言が来たよ」
「そうですか」
浮かんだ疑問、それに対してロウが素早く答える。
それに少し残念な思いが芽生えるものの、伝言でその気持ちを吹き消していく。
「じゃあ、行ってきます!」
宣言して、徹矢は『道』へと振り返る。
「ま、程々にな」
「あんまりすぐ帰ってきちゃ駄目よ」
「帰って来た時を期待しているよ、徹矢君」
「……がんばって」
四者の声援を受けながら、徹矢は『道』の中へと踏み出していった……。
ルーテの言葉を借りるのであればここがスタートライン、徹矢の『廻る旅人』としての長い長い旅路、その一番最初の瞬間であった。
「神様の欠片と廻る旅人」二章へと突入しました。
二章は徹矢が初めて異世界を渡る話となります。
十二話もそうでしたが二章は作者の前作を知っていると若干ニヤッとできる要素があったりします。




