第一話 「未来の夢」
上月徹矢は夢を見るのが嫌いだった。
徹矢にとって夢は絶望の象徴だったから。
別に徹矢の夢が悪夢であったというわけではない、あるいはそれよりも性質の悪いものであったかもしれないが。
徹矢が見ていた夢は明日であった……徹矢が夢を見れば明日自分がどういう行動を起こしどんなことが起こるのか、それが鮮明にわかってしまう。
言葉として表すのであればそれは予知夢という言葉が最も正しいだろう、徹矢にはそれが使えてしまっていた。
普通の人間が聞けばとても羨むであろうそんな特別な能力、徹矢もそれを理解した時にはどれほど素晴らしい能力なのだと思っただろう。
未来に起きたことを好きに変えることができる……それが勘違いだとわかるのは自覚してそう遠くない間のことであった。
徹矢が明日のことを見ることができることは疑いようがない……しかし同時に徹矢が見た夢の内容を変えることはできなかったのだ。
無論細部にわたり全てが夢と同じようになるわけではなかったが、誰かが怪我をした、プレゼントを貰ったなど、物事の正負を問わず徹矢にとって比重の大きい事象であるほどそれは何らかの形で実現してしまうようになっていた。
例えば徹矢の友達が転んで怪我をする、そんな夢を見たのだとしよう。
それを実現させまいと徹矢が転ぶ友達を助けようとしたとき、いくつかのパターンに分岐することになる。
助けることに失敗する場合、自分の行動に関わらずそれは自分の見た夢と同一のものであると言えるだろう。
助けることに成功した場合、確かにその場の未来は変わったと言えるだろう……だけどその友達はまた別の所で転び、結局は同じ怪我を負うのだ。
よしんば転ばなかったとしても、それと同等の事故などが起こり怪我をする。
いくつかのパターンが存在したとしても、そのパターンの中に友達が怪我をしないというパターン、それだけが存在していない。
凶報だけでなく吉報も同じであり、あえてそれから逃げ出そうとしても必ずその喜ばしいことはやってくるだろうし、あるいは同等の幸福が必ず引き起こされる。
見た夢を避けることができない……吉報であればまだ良いが、災厄であっても逃げることができず、それが起こる瞬間を待つしかないという絶望。
そして、他にも徹矢を苦しめる絶望がそこには存在していた。
見た夢を変えることができない、避けることができない……そうであるなら、その日起こるすべてのあらすじとでも言うべきものをその日の始まりの時点で全て知ってしまうということ。
自分の知っているあらすじをなぞるように一日が過ぎていく、その日何が起こったとしても徹矢にとっては全て知っていることなのだ。
学校の抜き打ちテストであっても、誕生日のサプライズであっても、徹矢は目が覚めた時に全て知っている……だから、驚きも感動も薄い。
道ですれ違う人、授業の内容、友達と話す会話……全て知っている、新鮮さなどどこにも存在していない。
極々小さな差異を除いてしまえば、徹矢にとって夢と現実は繰り返しの世界……むしろ夢こそが徹矢にとっては現実であったかもしれない。
地獄のような日々の中で次第に徹矢の心は飽いてしまう……そんなある日、最悪の夢を見た。
それは……自分が殺されてしまう夢。
道を歩いている時に見知らぬ誰かが自分に襲いかかってきて、ナイフに刺されて死んでしまう……そんな夢を見てしまった。
目が覚めて、生きていることに安堵のため息をついて、そしてベッドの上で震えた。
だって自分はもう知っているのだから、今日見てしまった夢は必ず起こってしまう……そんな未来への恐怖。
だけどそれだけではなくて、見た夢そのものが徹矢にとって恐怖だった。
だって死んでいた……刺された痛みを、同時に熱さを、失血のよる寒気、そして失われていく意識、それらの感覚全てが自分の中に刻まれていた。
夢の中だったとはいえ、死ぬというのがどういうことであるのか……それを理解してしまった。
「どうする……?」
徹矢の口から思わずといったように言葉が漏れてしまう。
だけどそんな問いかけに意味はない……徹矢には死という選択肢以外に用意などされていないのだから。
それでも、一つの行動を起こすために徹矢の身体は動いていく。
「外に……出ないと」
夢で刺されたのは外、それを考えれば徹矢の行動は間違いであるように思える。
夢で見た光景を考えれば、家の中に閉じこもっている方がまだ助かるかもしれない……そんな希望が持てる。
だけど、それが悪手であることを徹矢は直感的に理解していた。
「少しでも早く……出ないと」
家に閉じこもった程度で未来を回避できる……それほどこの夢は容易くない。
精々が通り魔から強盗に変化するのが関の山と言ったところだろう……だけどその変化があまりにも大きかった。
その日は日曜日……徹矢の父と母、双子の妹という家族がこの家で過ごしているのだ。
自分が見た夢は自分が殺されるところまで……じゃあ、部屋に閉じこもっていた場合自分を殺した後でソイツが自分の家族を襲わないという保証は? そんなものがあるはずがない……だからこそ、家族を生かす可能性を高めるために徹矢は外へと向かうのだ。
自分の死に場所が家族から遠いほどに、家族へ累が及ぶ可能性は小さくなる。
そう信じて徹矢は外へと出るために急ぐ、家族に不信感を与えないために着替えだけを済まし、玄関へと向かう。
「あら、徹矢……どこに行くの?」
外へ出るとき徹矢は母の声を聞いた。
言いたいこと、話したいことならば多くあったが……到底信じられる話ではない。
友達の所へ遊びに行く、朝食はいらない、と適当に母に告げながら徹矢は外へと飛び出していった。
徹矢がとった行動は、実際には何の意味もないのかもしれない……徹矢が何をしようとも徹矢の家族には何もないかもしれないし、その逆の可能性も考えられる。
それでも徹矢はそうせずにはいられなくて、がむしゃらに道を駆け抜けていく。
夢で見た場所だけには近づかないように注意を払い、慣れない道を駆け抜けた先……
「え……?」
夢で見た光景と同じではないが、しかし以上に似通った光景の場所へと辿り着いてしまう。
まるで最後にはそうなることが決まっていたかのように、あまりにでき過ぎた終着点だった。
そして夢で見た時と同じように、右の角から人影が現れたことを確認した時には既に徹矢は来た道を反転して駆け出していた。
間違いない、と徹矢は思う。
ほとんど確認など取れていなかったはずなのに、今のが自分を狙っている人間なのだと理屈抜きで確信してしまう。
それを示すかのように、その人影は徹矢を追いかけてきていた……背後からのその気配に徹矢は一層力を込めて駆け抜けていく。
無駄なことをしている……と、徹矢は思ってしまう。
逃げられないことなど今までの経験で嫌というほどわかりきっている……それでも、死にたくなどなかった。
有り得ることのない救いを求めて徹矢は祈り、走り続ける。
ああ、どうして自分が狙われるのだろう……そんな疑問が浮かぶのだけれど、きっと理由なんてないのだろう……強いてあげるのであればそれは夢を見てしまったから。
後ろから追いかけてくる男が自分を殺す夢を見た、だからあの男は自分を殺しに来ている……意味が分からず、破綻しているがきっとそれが真実。
そんな夢さえ見なければ、きっと何事もない、もう飽きるほどいつもの日常を過ごしていたのだろう。
「はあっ……はあっ……」
走っている以上、疲労は溜まっていく。
どれほど走ったのだろうか……徹矢にとっては長い時間だったのかもしれないし、実はまだ一分と経っていないのかもしれない。
街の中を駆けずり回る徹矢はその中で違和感を感じた。
朝とはいえ人が全くいないわけではないだろう時間帯……そのはずなのに誰一人ともすれ違わない自分。
それはたまたまなのかもしれないが、夢の中でも確かに誰とも会っていない……そんなところまで再現されているのかと徹矢は絶望にも似た感覚を味わう。
「っ……!」
それはある意味では必然だったのかもしれない。
全力で駆けまわり疲労する身体、足下にさえ注意を払えない余裕のなさ……転倒しても仕方がない状況ではあった。
派手に転び、鈍い痛みが身体に広まっていく……しかし徹矢は止まらない、すぐに起き上がり走る。
だけど当然ながらその速度は今までとは比べるまでもなく落ちていて、遅い。
それでも徹矢は走る……生きたいと願い、ただ走る。
「よくもまあ逃げる……けどまあ、俺に狙われたことを恨むんだな」
しかしそんな願いに対して現実は無慈悲で、男が徹矢に追いついてしまう。
そのまま手に持つナイフで徹矢を刺そうとして……再度転倒した徹矢によってその刃は空を切った。
偶然、いや、そうなるように徹矢が自分から倒れこんでいた……そうするよりほかにそれを躱す方法などなかったから。
だけどそれはつまり徹矢は再び地面に倒れこんでいるということで、そして再び立ち上がるほどの時間は与えられていなかった。
「手間をかけさせるな!」
再び徹矢に振り下ろされるナイフ……それを再び躱す手段を徹矢は持っていない。
それでも死にたくないと身を捩り、どういう奇跡かそれは徹矢から外れていた。
「て……めぇ」
二度も外したことによる苛立ちか、ナイフではなく蹴りが倒れた徹矢へと放たれた。
当然ながら三度目の奇跡など降りてはこない。
「げほっ……かはっ……」
蹴る、蹴る、踏みつける。
上手くいかなかった苛立ちを解消するように何度も男は徹矢を蹴り、踏みつける。
容赦などない、それらを身に受ける徹矢は身体中から感じる熱さと痛みに苦悶の表情を浮かべる。
「これで……死ねやぁ!」
そんな徹矢の表情を見て痛めつけることに満足したのか、再び徹矢の身にナイフが振り下ろされる。
徹矢は自身の眼前に迫るナイフを見つめる。
ナイフの動きは見えていても既に徹矢は動くことも難しく、今度こそ躱すことなどできようもない。
だからこそ、徹矢の必死のあがきも願いも結局は届かず、ここに幕を下ろす……。
「よく頑張ったな……坊主」
幕を下ろす……はずだった。
現れるはずのない第三者、男の凶行を止める者がその場に現れなければ……。
「え……あ……?」
徹矢は自身の耳を疑った、男の者では決してない誰かの声を聞いたことに。
そして目を疑った、自身の眼前で止められたナイフが存在していることに。
見れば明らかな光景を、しかし徹矢はすぐに信じることができなかった。
この瞬間、誰かが助けてくれるなど、そんな光景を徹矢は知らない、見たことがない。
「んで、あんたはよくもまあ暴れたもんだな、連続殺人犯さんよ」
新たに現れた誰かは男のナイフを指で摘み、その一撃を止めていた。
決して徹矢を傷つけないように、そのような意思が見えるほどそのナイフは微動だにしない。
そんな光景を目にしながら、誰かの言った連続殺人犯という言葉に最近そんなニュースをやっていたことを徹矢は今更ながら思い出していた。
「っ、放せ!」
「はいはい」
男がナイフを引こうと力を入れる姿を見て、誰かはあっさりとナイフを手放した。
途端に男と誰かとの間に距離が空き、そして男と徹矢の間に入るように誰かは軽く前へと踏み出す。
「誰だてめぇ! ここに誰かが来れるわけがないはずだ!?」
こんな状況があり得るはずがない、根拠など無いはずなのに男は声高にそう怒鳴りつける。
男だけではない、徹矢もまたこんな状況はあり得ないと未だに信じられずにいた。
夢の中では誰にも会うことがなく、そして死ぬはずだった……そうであるはずなのに、何故ここにその人はいるのだろう、何故未だに自分は生きているのだろう。
それに対して誰か、赤い髪の男が応えるように口を開いた。
「ハッハッハッ、俺が何者かって? なら答えてやろう!」
徹矢を背にして堂々と立つ彼は、この状況にまるで合わない笑い混じりの声で答える。
それは声だけでなく動きまでどこか芝居がかったように決め、告げた。
「正義の味方だ!」
どこまでも突き抜けるように、その言葉は響いていく。
響いた言葉は何のことはない子どもの時に抱く夢のようなもの、大人になるにつれそんなものはいないと思うようになる。
そんな存在だと、彼は至極大真面目に言い放っていた。
普通ならば笑われるだろう、だが今この時徹矢にはその言葉は簡単に信じられるほどの力があった。
彼が言葉を口にした瞬間、徹矢の抱いていた不安も恐怖も絶望も、全てを振り払ってしまっていた。
その背中を見ているだけでもう恐れることはないのだと、そう確信させるだけの力がそこにはあった。
「ふ、ざけるなぁっ!」
徹矢から見れば彼は確かに正義の味方なのだと思った。
しかし、相対している男からすればふざけているとしか思えない回答だろう。
邪魔されたこともあり、怒りを瞳に宿した男はナイフを振り上げて彼へと襲い掛かる。
「結構本気なんだがな……信じられないってのはわかるが、それを目指すことくらい誰にだってあるだろ?」
冗談にとられたことに多少の不満があるのだろうか? 彼はやや不満げな表情を見せながら向かってくる男と相対する。
ナイフを向けられているにもかかわらず焦りや恐怖などが見えない、そんな彼が男へとゆっくりと歩み……そこから先の光景を、徹矢は理解することができなかった。
「え……?」
「な……!?」
彼がナイフを躱して……その時にはナイフを持っていた男の身体が天地逆転していた。
驚きは一瞬、その後は重力に従って地面に倒れ伏してしまう。
おそらくは投げ技か何かであろうが、何時どのタイミングで男を投げたのか当事者の男はもちろん傍から見ていた徹矢でさえわからなかった。
あまりにも鮮やかな手並み、その一回の動きだけで男とどちらが上であるのか簡単にわかってしまう。
「諦めな、アンタじゃ俺には勝てねえよ」
倒れた男を見下ろす彼が告げる、断言するほどに隔絶した差がそこにはあった。
強さという基準が違う、住んでいる階層が違う、生き物としての根底が違う……ともかく男と彼には決定的な差があることだけは徹矢にも理解できてしまった。
それをこの場で認められないのは、たった一人。
「う……あ、あああぁぁぁぁ!」
ナイフをデタラメに振り、男が起き上がる。
デタラメに振ったナイフに当たることを避けたのか、一度彼は後ろに退いて男が起き上がるのを待っていた。
起き上がった男が再び彼へと襲い掛かり、気がつけばまた地面に倒される……それの繰り返し。
「無駄な努力だ、まだわからないのか?」
「うるせぇっ!」
呆れたような彼の言葉に吼え、男が再び立ち上がる。
だけど怒声とは裏腹にその表情には信じられないという驚愕の顔に染まっていた。
「ウソだ……ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだっ!」
認められないと、そう言うように繰り返し男が叫ぶ。
「俺は手に入れたんだ! 能力を! 選ばれた人間なんだよ!」
どこか自分に言い聞かせるような叫びに徹矢には聞こえた。
能力、選ばれた人間、それらは傍から聞けば先の彼の正義の味方の発言と程度は同じものだろう。
しかし、先ほどと同じくその言葉は本気で吐き出されたもの、至極大真面目に存在の肯定を行っていた。
どういう意味なのか、そんなものがあるのか、徹矢には判断がつかないところではあるが一つだけわかったことがある。
彼の空気が変わった、次でこの戦いとも呼べない何かは終了する。
「確かに特別ではあるんだろうな……だが、何をやってもいいわけじゃない」
そうして彼は一歩を踏み出し……男とすれ違った。
その瞬間、男の身体が不自然に上へと跳ね上がった。
例えば顎にアッパーを喰らわせればそうなるだろう……そんな形で男の身体が宙に浮いたのだ。
そして浮き上がった身体はさらに何かの衝撃を受けているかのように何度もぐらつき、最終的に地面に倒れて動かなくなってしまった。
「十四発だ……アンタが殺した数と同じだけ殴らせてもらった」
言葉の通りだとすれば、あの不自然な男の動きは殴った衝撃だということだろうか。
一度も殴る姿など徹矢には見えなかったというのに、それが実際に起こったことだと理屈などを抜きに理解してしまう。
「ま……原石ならこの程度、か」
彼は呟きながらうつぶせに倒れた男の背に手のひらを当てる、その後に目の前で起こった光景に徹矢は息を呑む。
男の背中から光を放つ何かが現出したのだ、それが何であるのか徹矢には皆目見当もつかない……が、それでもそれが異常な事態であることは理解していた。
「欠片の回収完了っと……坊主、無事だった……か?」
その何かを掴み取った彼はそこでようやく徹矢の方へと向いた。
徹矢に恐怖を与えないように、笑みを浮かべ状態を聞こうとする彼であったが、彼が手に持つ何かを見ているのに気が付いてその表情が凍り付いた。
「え、嘘だろ? おい、ちょっと待てって……」
そこには先ほどまでの泰然とした彼はなく、うろたえるようにしながらゆっくりと徹矢の方へと向かっていく。
彼にとっては完全に予定外のことだったことは今の彼の様子を見ればわかる、ならばいったいどうして自分がここまで彼をうろたえさせる原因となってしまったのか……それが徹矢にはわからなかった。
見られたからだとは思うが、しかしそれならばもっと気を使う方法があっただろう……あのように堂々と行い、見つかったとうろたえるのは明らかにおかしい。
一体どういうことなのだろうか、そう考えている内に彼が徹矢に話しかけてきた。
「なあ、坊主……俺の手の中にあるものがわかるか?」
そう言って彼が徹矢に見せるのは男の中から取り出した何か。
自ら光る立方体のような何か、そこには秘められた何かがあるのはわかるけれど言葉で表すことがどうしてもできなかった。
そのまま、見たまま感じたままの答えを告げれば、彼はガクリと落ち込んでしまった。
「聞いてねぇ……聞いてねぇぞロウゥ……」
誰かへの恨み言らしき言葉を漏らす彼であったが、その身体がじわりと光を纏い始めていた。
「これ……は?」
「うおっと、いけねぇ……消えるところだった」
「消える?」
「あぁ……これは色々と説明してやった方がいいよな、よし、少しこの場で待ってろ」
困ったように頭を掻いていた彼は倒れたままの男の元へと移動して、肩に担いだ。
「コイツを警察署の前にでも捨ててくる……この場所でそのまま待ってろ」
彼はそう言い残して、徹矢が何かを言う前にその場から消え去った。
まるで何もなかったかのように、残された徹矢の周囲は普段と変わらない様子へと戻っていく。
残された徹矢はどうすればいいのか全く分からない。
今目の前で起きた光景の何一つ徹矢には理解できていない、聞きたいことはいくらもあったのにそれをする暇もなく置いて行かれてしまった。
救いは待ってろという言葉、それだけを頼りに徹矢は痛む身体を起こして考えをまとめるように、ぽつりと呟く。
「生き……残れたのか? 未来は変わったのか?」
彼の乱入、それは今まで変わるはずがないとある意味で信じていた予知夢を完全に覆した。
いや、そもそも完全に覆されたのか、それさえも徹矢にはわからない。
自分が助かったのか、それともこのあとに何か代わりの死がやって来るのか……こんな状況は初めてであり確かと言えることなどなにもない。
徹矢はそれが恐ろしいと思い、だけど同時に嬉しくも思っていた……これほど先がわからない状態など久しくなかったことだから。
「あの人が戻ってきたら……何を聞こうかな」
聞きたいこと自体はたくさんあるだろう。
目の前で起こったさまざまなこと、徹矢はそれらのほとんどを理解できていないのだから。
思った疑問をぶつければいいのだろう……だけど、順番如何に限らず必ず聞かなければならない、そう思っていること。
当然ながら自分の能力についてである。
夢を覆すことができた理由、あるいは自分の夢について何か知っていることがあるのか……長年疑問に思っていたことの答えを彼は持っている、そうであればいいと徹矢は願ったのだった。
それからやや時間が経ち、彼がこの場所へと戻ってきた。
「待たせたな、アイツはしっかり警察署の中に放り込んできたしもう安心だ」
「そうですか」
通り魔が捕まったこと、それ自体は喜ばしいことである。
しかし、徹矢にとって大事なことはもうそのことではない……それは彼もわかっていることである。
「まあ、なんだ……いろいろ聞きたいことはあるだろうが、まずは移動しようじゃないか」
ニッと笑う彼に徹矢も同意するように頷いた。
騒動や混乱をしていたとはいえこの場所は普通の道である、話に適しているとは言い難いだろう。
先導を始める彼に、徹矢は未だに痛む身体に気合を入れてその後をついて行く。
彼に連れられた徹矢が辿り着いたのは近くにある小さな公園、子どもでさえ滅多に入ることがないとよく言われている場所であった。
「ま、座れよ、疲れてるだろ?」
「そう……ですね、そうさせていただきます」
彼の座ったベンチの隣に腰掛けて徹矢は彼の方を見る。
彼もまた徹矢を見ながら口を開いた。
「さて、聞きたいことはあるだろうが……なによりもまずは自己紹介からだな」
今から普通ではない重要な話をするというのに互いにまだ名前すら知らない状態。
さすがにそれではいけないと彼が口を開く。
「ファーレン・テックバーグ、正義の味方だ……呼ぶときはレンでいい」
名乗り彼、レンが右手を徹矢に向けて差し出した。
その右手を見て徹矢もまた口を開く。
「わかりました、俺は上月徹矢です、名字でも名前でも好きに呼んでください」
そして同じように右手を差し出してレンの右手を握った。
レンもまた握られた手を強く握り返し、笑う。
「オーケー徹矢、じゃあ大事なお話を始めようか」
そしてレンは語り始める。
普通とはかけ離れた、非常識な世界の話を……。
「そうだな、やっぱりまずはこの質問から行こうか……徹矢、お前は自分が特別な力を持っていることに気づいているか?」
「っ!」
どんな質問しようか、そんな風に考えていた徹矢に向けられたのはこれ以上ないほどの直球の質問であった。
そしてそれは徹矢にとっても望むところであったこと、遠回りなどせず二人は本題へと入る。
「ええ、普通じゃない能力……心当たりがあります」
「それを話せるか?」
「……はい」
未来が見える夢、普通であれば一笑に付されるだけであろう話。
明日が見える、だけど見えるだけでそれを変えることなどできはしない。
そして自分が死ぬ夢、それを覆すように現れたレン……話せる限りの情報を徹矢はレンへと伝えていく。
話が進むごとにレンの表情が落ち込んで行っていることが徹矢には印象的であった。
「なるほど……なるほどな……」
「あの……えらく表情が暗いんですけど」
「すまん……少しだけ時間をくれ」
言いながらレンはポケットから携帯らしきものを取り出し、徹矢からやや離れた位置に移動する。
そのままどこかにかけるのか機器を操作して耳に当てた。
『どうしたんだレン? 仕事終了の報告か、珍しい』
「……ロウか? ちょうどよかった、一応目的のものは回収したぞ……ただし、お前戻ったら罰ゲームな」
『は、何故に!?』
「情報ミスるんじゃねえよ、見つけにくいのはわかるが襲われてた子ども助けたら保持者だったぞ」
『ちょっ……それマジで!?』
「マジだ、それもかなりの大物だぞ……善性だったからよかったものを、悪性なら終わってたぞ俺」
『そこまでかよ……悪い、失敗だったな』
「一応問題なく終わりそうだからいい……ただ、制御ができてないみたいだし戻るのは遅れるぞ」
『了解、メンバーには伝えるけど……色々言われそうだ』
「日ごろの態度の問題だ、ま、頼んだぞ」
『はいよ、こっちのことは任せてくれ……けど、良い悪いに関係なくレンの引きの強さには脱帽だよ』
「ほっとけ、つか、ミスを俺のせいにしてんじゃねっての」
最後に付け加えられた言葉に悪態をつきながらレンは通話を切るのだった。
それから再び徹矢の隣に座り、口を開く。
「いや、スマン……同僚に言わなくちゃならないことがあってな」
「いえ、それは構いませんけど」
徹矢には会話は聞こえていなかったし、聞こえていたとしてもやはり理解はできなかっただろう。
徹矢にわかるのはレンの他にも事情に詳しい人がいるのだろうということであった。
「さてさて徹矢、お前の能力について教えていこうと思うんだが……とりあえずはこれを聞くとしよう、徹矢は神様が存在していると思うか?」
「神様?」
「おお、全知全能の存在、そんなものが居ると思うか?」
神、全知全能の存在、徹矢の中で自分の知る神の名前が幾つか浮かんでくる。
それらが実際にいるのかと言われれば普通に考えれば首をかしげなければならないだろう。
しかし自分の能力であったり先ほど目にした光景を考えれば、一概にいないとは言えなかった。
「いても……おかしくはないんじゃないでしょうか?」
「なるほど、聞けば胡散臭い目で見られることが多いし意外な反応だな」
「まあ、そりゃいきなりそんな質問されればそうなるでしょうね……」
レンの言葉に徹矢は呆れを含ませながら言う。
要約してしまえば神様を信じますか? どこかの宗教の勧誘かとも思ってしまうような言い方であるとそんなことを思いながら。
「ま……それは置いといてだ、正解を言ってしまえば神様はもういない」
「もう?」
告げられた答えには一つ付け加えられていた。
加えられた言葉から考えればそれは遠回しな肯定であると言えた。
「気の遠くなるほど昔はいただろう……俺たちの中ではそう思われている」
「昔……だったら今は?」
「はるか昔に砕かれて、そのままさ」
そして彼は語る、それは出来の悪い創作物のような物語だった。
世界は一つではなく無数に存在していて、今も増え続けているのだと。
かつてその世界全てを管理していた存在がいて、それが神様と呼ぶべき者であろうこと。
そんな神様には敵と呼べる存在もいた……神様はソレと戦い、相討ちとなってしまったのだという。
そして神様の身体は砕け散り、管理をしていた無数の世界へと落ち、砕かれた身体の破片は様々な形でそれぞれの世界のモノの中へと入りこんでしまった。
例えばある欠片は剣に宿り、その剣を持つ者に恩恵を与え続け伝説の一振りとして名を馳せたという。
例えばある欠片は人に宿り、どんな傷でも治してしまう聖女として崇められたのだという。
例えばある欠片は化け物に宿り、その世界を破壊する魔王として恐れられたという。
三例挙げたがどれにしても一つの欠片により絶大な力が与えられるということに関しては間違いない。
また、欠片は宿主が壊れたり息を引き取ることにより新たな宿主を探して彷徨うことになる、それは世界さえも越えて。
今を生きている者に受け継がれていくのだという。
「俺の能力もその欠片のものなんですか?」
「理解が早くて助かる……少なくとも、俺はそうだと思っているよ」
世界によっては魔法などが技術として存在しているところもある。
そのためそう言った世界では判別の難しい場合も見られることもあるという。
だけど今回のケースでは当てはまらない、徹矢の持っている能力は明らかにこの世界から外れたものであることは明らかであった。
神様の欠片、世界を越えて宿る力……それらのことをレンたちはこう呼んでいた。
「神の欠片」




