第4話 勇者、規律を破る
勇者と森ゴブリン千三号は、第二獄へと続く門の向こうへ消えていった。
……はずだった。
数秒後。
ドドドドドドッ!!
ものすごい勢いで勇者が引き返してくる。
そのまま獄長の前で急停止した。
獄長は思わず目を丸くする。
「ど、どうされたのですか?」
勇者は真顔で答えた。
「道がわからん」
「案内しろ」
獄長は一瞬だけ固まる。
だが、すぐに表情を整え、深々と頭を下げた。
「……喜んで」
数分後。
獄長の案内により、勇者と森ゴブリン千三号は第二獄の入口へたどり着いていた。
巨大な黒い門。
その中央には、大きく二文字。
『黒縄』
と刻まれている。
勇者は腕を組み、その文字を見上げた。
「ここは何の地獄なんだ?」
獄長は門を見上げながら説明する。
「ここは第二獄・黒縄」
「規律を乱した者は、等しく処罰されます」
「命令は絶対」
「秩序を何より重んじる地獄です」
勇者は「ふーん」と興味なさそうに頷く。
獄長は続けた。
「詳しいことは、この先にいる第二獄の管理者へお尋ねください」
「私はここで失礼いたします」
そう言い終えるや否や、獄長は踵を返し、逃げるように第一獄へ戻っていった。
勇者はその背中を見送り、小さく舌打ちする。
「ちっ」
「不親切な奴だな」
森ゴブリン千三号は苦笑いを浮かべる。
「……逃げたんだと思います」
勇者は首を傾げた。
「なんでだ?」
森ゴブリン千三号は小さくため息をつく。
「ご自分の胸に聞いてみてください……」
二人は黒縄と刻まれた巨大な門を見上げる。
そして、第二獄へと足を踏み入れた。
第二獄へ足を踏み入れると、一体の鬼が待ち構えていた。
「第二獄・黒縄へようこそ」
「こちらでは、規律を何より重んじています」
鬼は周囲へ手を向ける。
勇者と森ゴブリン千三号も、その先へ視線を向けた。
そこには何列にも整列させられた住人たち。
全員が直立不動のまま、一切身動きせず並んでいる。
その時だった。
一人の住人が列から半歩だけ足を踏み出す。
瞬間。
漆黒の縄が何もない空間から現れ、その体へ巻き付いた。
ギリギリギリ……。
縄は容赦なく全身を締め上げ、住人は悲鳴を上げることすらできず、その場へ崩れ落ちた。
鬼は淡々と説明する。
「ご覧の通りです」
「規律を乱す者は、黒縄によって拘束されます」
森ゴブリン千三号は思わず息を呑む。
「こ、怖い……」
一方。
勇者は興味なさそうに欠伸をしていた。
「ふーん」
鬼は二人へ向き直る。
「では、あちらの列へ加わってください」
森ゴブリン千三号は慌てて列へ駆け寄る。
一方の勇者は。
歩きながら周囲を眺め始めた。
鬼は眉をひそめる。
「聞いていましたか?」
「聞いてた」
「なら、なぜ並ばない!」
「景色見てた」
鬼の額へ青筋が浮かぶ。
「規律を乱す者は許さん!」
その瞬間。
勇者の周囲へ幾重もの黒縄が現れ、一斉に全身へ巻き付いた。
ギリギリと音を立てながら、勇者を締め上げていく。
しかし。
勇者は眉一つ動かさない。
鬼は勝ち誇ったように歩み寄る。
「規律を乱せばこうなる」
「分かったか!」
だが。
勇者は平然と鬼を見つめていた。
「……どうした?」
鬼の表情から笑みが消える。
勇者は軽く肩を回した。
バチィィンッ!!
黒縄は一斉に引きちぎられ、黒い霧となって霧散した。
鬼は目を見開いた。
「ば、馬鹿な……!」
「黒縄が……!」
「もう一度だ!」
再び黒縄が現れ、勇者を拘束する。
だが。
勇者は再び軽く力を込める。
バチィィンッ!!
黒縄は音を立てて引きちぎられた。
鬼は呆然と立ち尽くす。
「あり得ない……」
「どうして……」
勇者は一歩で鬼との間合いを詰める。
そして、その胸ぐらを掴み上げた。
「おい」
「よく聞け」
勇者は鬼を真っ直ぐ見据える。
「今から」
「ここのルールは俺だ」
鬼は青ざめる。
「ご……獄長……」
「と、とんでもない奴が来ました……!」
その時だった。
ズシン。
ズシン。
重い足音が第二獄へ響き渡る。
勇者の背後から、さらに巨大な鬼がゆっくりと姿を現した。
「私が第二獄・黒縄の獄長だ」
「規律を乱す者は、誰であろうと許さん」
第二獄の獄長は勇者へ向かって手をかざした。
「規律を乱す者は裁かれる!」
その瞬間。
勇者の周囲へ、先ほどとは比べものにならないほど太い黒縄が現れる。
幾重にも巻き付き、一気に全身を締め上げた。
獄長はさらに手へ力を込める。
「これが第二獄の裁きだ!」
「規律を乱す者は、こうなるのだ!」
黒縄は容赦なく勇者を締め付ける。
しかし。
勇者は静かに息を吐いた。
「ふーん」
次の瞬間。
バチィィィンッ!!
黒縄は一斉に引きちぎられ、黒い破片となって飛び散った。
獄長は目を見開く。
「ば、馬鹿な……」
勇者は獄長を見つめ、口元を緩めた。
「いい技だな」
「見よう見まねだが――」
勇者は獄長へ向かって手をかざす。
その瞳が鋭く細められた。
すると。
何もない空間から黒縄が現れ、今度は獄長の体へ巻き付いていく。
「なっ……!」
獄長は思わず息を呑む。
勇者はゆっくりと拳を握った。
ギリギリギリ……。
黒縄はさらに締め上がる。
「ぐっ……!」
獄長は膝をつき、そのまま体勢を支え切れず地面へ倒れ込んだ。
第二獄の鬼たちも、整列していた住人たちも、一斉に後ずさる。
勇者は獄長を見下ろし、笑みを浮かべた。
「分かったか」
「今日から――」
「ここのルールは俺だ」
返事はない。
獄長はすでに気を失っていた。




