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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
一章 神州と言う國
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四十八話 前に出る人


四十八話


48-1 前に出る人



御親領衛本部の空気がいつもと違ったのは、誰かが怒鳴ったからではない。

静かなまま、決まり方だけが早かった。


出動人員、現着経路、警察側の建前、救護班の待機位置、規制線の幅。羽場桐妙子中尉が口にする順番どおりに、部屋の中の視線が動く。普段なら「あとで確認します」で寝かせる項目まで、その場で切っていた。切っているというより、今夜は寝かせると腐ると分かっている手つきだった。


「現場は旧産業会館です。表向きは住民説明会、実態は明灯会の支持者集会。警察が正面を押さえていますが、解散命令はまだ出せません」


羽場桐は地図を机に広げたまま言う。声は落ち着いている。落ち着いているが、語尾に余白がない。


「理由は二つ。ひとつは人数。もうひとつは、河岸での件以降、近衛に対する恐怖が先に立っていること。ここでこちらが先に強く出ると、相手の主張を補強します」


志摩龍二が鼻を鳴らした。


「“ほら見ろ、近衛は話し合いなんかしねえ”ってやつか。趣味わりぃな、ほんと」

「趣味で済めば可愛いんですけどね」


羽場桐は帳面に目を落としたまま返す。樋道なら噛みつく言い方だが、志摩は今日は噛みつかなかった。河岸で見たものが尾を引いているのは、たぶん全員同じだ。


紺野は壁際で腕を組んでいた。左手は開いている。握り込むな、と言われた癖がまだ残っている。

陽鳥がそれを横目で見て、白衣のポケットに指を入れたまま笑った。


「偉い偉い。ちゃんと開いてる」

「……うるさい」

「褒めてるのに」


金の髪が肩先で揺れる。青い目は笑っているが、笑っている部分だけで全部を判断すると足を掬われる顔だ。机の端には細い工具と記録媒体が並んでいて、現場に出る技術屋の顔をしている。

宗一が地図の南側を指した。


「出入口は三つ。正面、搬入口、地下駐車場。民間人の流れを止めずに中の“手”だけ抜くなら、前と後ろを同時に押さえる必要があります」

「ええ」


羽場桐が頷く。


「宗一少尉と綾瀬さんで後方の動線を抑えてください。志摩君は前面の人波を落とす。東雲さんは館内の視界補助と位置取り。樋道准尉と支倉さんは救護導線の確保。高倉さんは警察と救護班の間に入って調整を」


高倉が頭を掻いた。


「俺、また板挟みか……」

「高倉さんが一番揉めずに人を動かせます」

「それ褒めてるようで面倒ごと押しつけてますよね」

「はい」


即答だった。

部屋の空気が少しだけ緩む。こういう時の羽場桐は、わざと一箇所だけ息を抜く。全部を張ると、誰かが先に切れるからだ。


荒臣はそのやりとりを、窓際の長椅子に腰掛けたまま眺めていた。今日は紙の山の奥ではない。冷えた湯呑を片手で回しながら、靴の先で床を軽く叩いている。


「妙子」

「はい、少将閣下」

「今日は前に出ろ」


部屋が一瞬だけ止まった。

羽場桐が顔を上げる。驚いた顔はしない。だが、返事まで半拍だけ間があった。


「……私が、ですか」

「人数が多い現場で、いま一番足りないのは火力ではない。見えているものの揃え方だ」


荒臣は湯呑を置いた。赤い目が、地図ではなく隊員の顔を順に撫でる。


「紺野は壊しすぎる。志摩は削りすぎる。宗一と綾瀬は切るのが上手い。東雲は支えるのが上手い。どれも要る。だが今日は、人間の頭の向きを揃える手が要る」


それから、紺野を見た。


「少尉。今日の君は先頭じゃない。前に立つなとは言わんが、前提を作る役は別だ」


紺野は短く息を吐いた。


「……了解」


荒臣は薄く笑う。


「よろしい。勝とうとするな、の続きだ。勝ち方を一人で抱えるな」


羽場桐は数秒黙ってから、静かに敬礼した。


「近衛御親領衛二席、羽場桐妙子。現地指揮補佐として前線同行します」


陽鳥が小さく口笛を吹きかけて、宗一の視線にやめた。


「じゃあ決まり。健ちゃん、今日はちゃんと人の後ろで使われなよ」

「その呼び方やめろ」

「二人じゃないから?」


紺野の眉が動いた。陽鳥は楽しそうに笑ったまま、机の上の細い器具を指先で弾く。小さな音がした。金属とも虫の脚ともつかない、短い擦過音だった。

誰もそこには触れない。

触れないまま、出動が決まる。

御親領衛の仕事は、そういう決まり方をする。


48-2


旧産業会館は、名前ほど立派な建物ではなかった。


古い講堂を中心にした三階建てで、外壁の塗装は剥げ、窓枠は何度も補修された跡がある。それでも今夜は人が集まっていた。階段にも、玄関前にも、歩道にも、説明会の貼り紙を見に来た顔と、炊き出しの噂で来た顔と、ただ不安に釣られて来た顔が混ざっている。


人が多い場所は、それだけで正義に見えることがある。

正義に見える場所ほど、崩れる時の音が大きい。

正面玄関の脇で、羽場桐は警察の責任者と手短に言葉を交わしていた。帽子のつばの下で警部は明らかに疲れている。


「中で誰が仕切ってるかは?」

「壇上に出てるのは三人。明灯会の名簿上は福祉担当と相談役だけです。ただ、会場の後方に……妙に静かな連中がいる」

「静かな連中」

「ええ。騒ぎが起きる前から、逃げ道を見てる目をしてる」


羽場桐は短く頷いた。


「こちらも同意見です。解散命令はまだ出さないでください。出すなら、こちらが合図を出してから」

「近衛さん、止められますか」


警部の問いは現実的だった。信頼でも不信でもなく、ただ現場の計算として訊いている。

羽場桐は一度だけ会館の玄関を見た。


「止めます。完全には無理でも、崩れ方は選ばせません」


その言い方に、警部は一瞬だけ顔を上げた。大きな約束をしない人間の声だったからだ。

会館の中は熱かった。暖房ではない。人の息で温度が上がっている。


壇上では三十代の女が、紙を片手に訴えていた。言葉は穏やかだ。穏やかなまま、聞いている者の不満だけを正確に掬い上げる。


「――私たちは暴力を求めていません。ただ、見捨てられない形を求めているだけです」


拍手が起きる。

拍手の波を、支倉真名が壁際から見ていた。真名は派手な格好をしていない。地味な上着に眼鏡までかけている。それでも人の視線は何人かぶん吸われる。抑えてこれだ。


「前列、関心の向きが揃いすぎてる」


通信で真名が言う。


「自然な賛同の波じゃない。煽りが入ると一気に流れる」


宗一の声が返る。


「後方は押さえた。地下駐車場側、綾瀬が糸を置いている。東雲さんの影も入った」


東雲の低い声が続く。


「二階通路に三名。動きが軍人ではないが訓練はある。護衛か運び役だな」


志摩は正面扉の内側、壁に寄って立っていた。肩は抜いているが、視線は会場全体のうねりに刺さっている。


「嫌な揺れ方してる。まだ静かだけど、合図一個で前からじゃなく横に崩れるぞ、これ」


羽場桐は講堂の中央通路を見た。人、人、人。子供を抱えた母親、杖の老人、仕事帰りらしい男、学生、顔色の悪い若者。誰が支持者で誰が付き添いか、見た目だけでは切れない。


その後ろに紺野がいる。今日は前に出るなと言われているから、言われた通り半歩引いた位置だ。引いているのに、存在感だけは引けない。河岸の件を見た者がいるのか、紺野の周囲だけ微妙に人が避ける。


壇上の女が言葉を継ごうとした時だった。

後方の入口で、ガラスの割れる音がした。

ひとつではない。二つ、三つ。

悲鳴が上がる前に、誰かが叫んだ。


「近衛だ! またやるぞ!」


それが誰の声だったかは、もう取れない。

取れない声ほど、群衆には効く。


──瞬間、講堂の床が波打ったように見えた。


床は動いていない。動いたのは人間の認識だ。出口へ向かうべき足が横へ流れ、横へ流れるべき視線が後ろへ跳ねる。誰かが押したのか、押されたのか、その順番すら曖昧なまま、前列の椅子が倒れ始める。

志摩が歯を食いしばった。


「来た、薄めてやがる。判断の差を消してる」


綾瀬の声が通信に刺さる。


「二階から投擲。小瓶です、煙が出る」


宗一が動く。


「切る」


短い一言の直後、二階の手すり付近で小さな破裂音が二つ続いた。無足無刃。投げられた小瓶が弾ける前に“終わる”音だ。だが三つ目が抜けた。白煙が講堂の右側に落ちる。


煙そのものは毒ではない。問題は、煙が見えた瞬間に人間が勝手に想像する方だ。

火事、毒、封鎖、逃げろ。

その想像の速度に、明灯会側の“均し”が乗る。個別の判断が消え、群衆が一つの足になる。一つの足は速い。速いが、踏み潰す。


「羽場桐中尉!」


東雲の声だった。


「今だ、前列だけでいい!」


羽場桐は一歩前へ出た。

視界を取るための位置だ。高台でも壇上でもない。中央通路の中ほど、前列と中列の目線が集まる場所。そこに立って、羽場桐は大きな声を出さない。


「――見てください。右は塞がっています。左です」


声は静かだった。

静かなまま、よく通った。

同時に、羽場桐の眼が薄く光ったように見えたのは、たぶん錯覚だ。大仰な発光はない。ただ、視線が合った数十人の顔から、恐慌の“向き”だけが剥がれ落ちる。


胡蝶転帰(フラクタルパリンプセプト)


羽場桐妙子の神術は精神感応を基盤にした認識操作だ。視認範囲の対象が見ている現実、その接ぎ木の角度をずらし、誤認のまま暴走しかけた知覚を“扱える形”へ戻す。戦場で使えば恐ろしく、平時で使ってもやはり恐ろしい。だからこそ、使い方を間違えられない。


羽場桐は前列だけを見た。後ろを取らない。広げれば効く。効くが、その先が深くなる。

「左の扉を見て。押さないで。前の人の肩より先を見て」

言葉が指示になり、指示が現実になる。


──講堂が、息を思い出した。


前列から中列にかけて約四十名程度の視線と身体の向きが同期し直される。右側の白煙に吸われていた注意が切れ、左側非常口への認識が揃う。押し合いの圧が一度だけ落ち、倒れかけた椅子列の連鎖がそこで止まる。

その一拍で、役割が戻る。

志摩が前面の人波だけを減衰で鈍らせる。


「逆鱗静域、浅く! 走るな、歩け!」


綾瀬の不可視の糸が、右側通路の“走る未来”だけを刈る。人を斬らない。靴紐でも裾でも触れた瞬間に転ぶ程度に、罠として置く。

宗一は二階通路に目を上げたまま、淡々と指示を飛ばす。


「東雲さん、右上の三人を牽制。真名さん、出口側の関心を固定してください。樋道准尉、倒れた椅子をどかすな、分解だけするなよ」

「分かってるって! 今日は“だけ”にする!」


樋道の声の直後、倒れた椅子列の一部が音もなく崩れ、通路幅が半人分だけ開いた。乱暴だが、今はその半人分が命になる。

真名は出口付近に立つ警官と救護班にだけ視線を滑らせた。


「そっち見て。いま来る人だけ見て」


輝陽星陰。関心の向きを強制する感応能力。派手さはないが、混乱の出口では異様に強い。

人の流れが、ようやく“流れ”に戻る。

壇上の女はもういない。煙と悲鳴の隙に下がったらしい。


二階通路の奥で、東雲の影が一体だけ走るのが見えた。無理をしない数だ。その代わり、見失わない距離で粘る。

羽場桐はなお中央通路に立っていた。

前列は整えた。だが、その分だけ負荷が返る。視認範囲で他人の現実に触れる神術は、触れたぶんだけ逆流の危険を孕む。羽場桐のこめかみを汗が伝う。呼吸は乱れていない。乱していないだけだ。

陽鳥の声が通信に割り込んだ。


「妙子ちゃん、そこまで。収束させないで切って。戻り来る」


羽場桐は返事の代わりに、細く息を吐いた。


「……胡蝶転帰、解除」


そこで初めて、講堂全体の音が戻った。泣き声、怒鳴り声、警官の誘導、志摩の悪態、樋道の文句、三つ子の甲高い声まで混ざる。混ざるが、潰れない。現場としてはそれで充分だった。


紺野は一歩も前へ出ていない。

出ていないまま、羽場桐の背中を見ていた。

壊さずに止めるというのは、たぶんこういう戦い方を言うのだろうと、妙に冷えた頭で思った。


48-3


講堂の外へ人の流れを出し切るまでに、二刻近くかかった。


明灯会の“顔”は結局捕まらない。二階通路の奥で東雲の影が二人を押さえたが、本命は煙と群衆の反転を使って抜けた。逃げ方まで込みで仕込み済みだったのだろう。

それでも、今夜の収穫はゼロではない。

押収した小瓶、館内の配置図、出口誘導員に化けていた三人の身元、そして何より、群衆をどう崩しどう戻すかを互いに見た。


講堂裏の搬入口で、宗一が警察の責任者へ引き継ぎをしている。言葉は丁寧だが妥協がない。綾瀬は少し離れて糸を解いていた。見えないものを片付ける手つきは、見えている刃よりずっと神経を使う。

志摩は段差に腰を下ろして、靴紐を結び直していた。減衰を広く使った後は、指先の感覚が少し鈍るらしい。


「……アネゴ、今日マジで前出たな」


羽場桐は救護班の記録板に署名しながら答える。


「前に出るべき時は出ます」

「いや、そういう話じゃなくてさ」


志摩は言葉を選ぶみたいに頭を掻いた。


「なんつーか……あれだ。殴って止めるんじゃなくて、頭の向きだけ揃えて止めるの、やっぱこええな」


羽場桐は少しだけ目を上げた。


「褒めてますか」

「半分」

「半分なら受け取っておきます」


その横で、陽鳥が白衣の袖をまくって羽場桐の瞼を指先で見る。雑に見えて、やっていることは細かい。


「充血は軽い。吐き気は」

「ないです」

「嘘」

「……少しだけ」

「やっぱり」


陽鳥は小さな瓶を差し出した。薬ではない。匂いのきつい液体を染み込ませた布だ。羽場桐が眉を顰める。


「臭いですね」

「効くから我慢して」


紺野は少し離れてそのやりとりを見ていた。河岸で自分が一棟消した時とは違う疲れ方だった。誰かを守って終わった現場の疲れだ。重いが、嫌な重さばかりではない。

高倉が近づいてくる。手には警察から預かったらしい書類束と、どこから持ってきたのか紙コップの茶が二つ。


「ほれ、紺野。熱いから気ぃつけろ」

「……助かる」

「今日はお前にゃ飲ませといた方がいい顔してる」


高倉は紙コップを渡してから、講堂の方を顎で示した。


「見たろ。ああいう時、前で人を止めるのは刃だけじゃねえんだ」


紺野は茶を一口飲んだ。苦い。熱い。妙に腹に落ちる。


「分かってる」

「分かってる顔じゃねえな」

「……分かりかけだ」


高倉はそれ以上言わなかった。言わずに笑って、警察との書類仕事へ戻っていく。生活のある人間の背中だ、と紺野は思う。御親領衛にいるのに、ちゃんと市井へ戻る背中をしている。

搬入口の照明の下で、羽場桐がこちらへ来た。顔色は少し白いが、歩幅は崩れていない。


「紺野少尉」

「はい」

「今日の現場、あなたの判断は正しかったです。前に出なかったことも含めて」


紺野は少し黙った。

褒められると収まりが悪い。叱られる方がまだ位置が分かる。


「……中尉」

「はい」

「さっきの、あれ」


言いかけて、言葉が詰まる。壊さずに止める技に、うまい名前が出ない。

羽場桐は先に答えた。


「胡蝶転帰です」


能力名を言う声は淡々としていた。自慢でも秘密でもなく、必要だから出す名前の言い方だった。


「今回は浅く使いました。視認範囲の誤認を揃えただけです。深く収束させるような使い方は、現場ではまずやりません」


陽鳥が横から口を挟む。


「“まず”じゃなくて、妙子ちゃんは基本やらないよ。戻りがきついから」


羽場桐は陽鳥を見ないまま言う。


「やる必要があればやります」

「そういうとこが危ないって言ってるの」


二人の会話は柔らかい。柔らかいのに、どこかで噛み合いすぎていて逆に緊張する。役割の近い人間同士の音だ。

宗一が引き継ぎを終えて戻ってきた。


「主導者側の身柄は取れませんでした。ただ、館内配置の差し替え指示書が一枚あります。警察経由で押収済みです」


羽場桐の目が細くなる。


「差し替え指示書?」

「ええ。出口案内の位置だけを直前で変えています。通常配置なら、さっきの崩れ方にはならない」


志摩が立ち上がって舌打ちした。


「最初から踏み抜かせる気だったってことか」

「そうです」


宗一は頷く。


「誰が何をしたかより、どこで人が潰れるかを先に決めている」


紺野は講堂の入口を振り返った。人はもうほとんどいない。床には倒れた椅子の傷と、踏み散らかされた紙と、遅れて回収される恐怖の匂いだけが残っている。


明灯会は善い顔をしたまま、人の潰れ方を設計する。

このやり方は、たぶん終盤に近い。手持ちの善性を切り売りし始めた組織は、もう長くない。長くないからこそ、最後に何をやるかが最悪になる。

羽場桐が記録板を閉じた。


「本部へ戻ります。今夜の件で向こうも次を早めるはずです。こちらも締めます」


宗一が短く応じる。綾瀬、志摩、東雲もそれぞれの位置で動き始める。樋道と真名は救護班の最後の搬送を手伝っていた。三つ子は警察官に毛布を運ばされている。高倉がその横で頭を下げて回っている。


全員いる。

全員いて、役割が違う。

御親領衛は軍としては歪だが、こういう夜にだけ、歪な形のまま噛み合う。


紺野は最後に講堂の暗い入口を見た。

喉の奥の空腹は、今夜は静かだった。静かな理由が自分の成長なのか、目の前に餌を出されなかっただけなのか、まだ分からない。

分からないままでも、戻るしかない。

戻って、次に備える。


河岸で一棟消した夜から、もう後戻りの余地は薄い。向こうもそれを見た。こちらも見られた。

壊さずに止める手と、壊してでも止める手。

どちらももう、出た。

なら次は、どちらをどこで切るかの話になる。

紺野は歩き出した。搬入口の外は夜気が少し冷えている。冷えているのに、頭の芯だけ熱が残る。

その熱が嫌な方向へ鳴く前に、陽鳥の声が背中に飛んだ。


「健ちゃん、深呼吸。三回」


紺野は振り返らずに言う。


「……二回でいい」

「じゃあ二回半」


誰かが笑った。志摩か樋道か、たぶん両方だ。

その笑いの混ざる夜を抜けて、御親領衛の車両は本部へ戻る。

次の現場は、もう少し近いところに来ている。


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