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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
三章 東都が夜に落ちる日
139/193

百三十七話 御親領衛包囲


百三十七話


137-1 御親領衛包囲



東都を取った後のクーデター軍は、追撃を急がなかった。


急がない、というのは手を緩めたという意味ではない。

むしろ逆だ。

街を掌握した直後の兵が一番やりたがるのは、残敵掃討である。目に見える抵抗線へ一気に踏み込み、銃口と数で押し潰し、「もう終わった」と分かる形にしたがる。東都では、それが行われなかった。

だから嫌だった。


東都東外縁の受け入れ線で、東雲丈雲は進軍列の速度が変わったことに最初に気付いた。

止まったのではない。

遅くなったのでもない。

列の前後関係が変わった。

先頭に出ていた工兵が一列下がる。

代わりに、軽装の警備と通信の混成が前へ出る。

その後ろに輸送車。

さらにその後ろに、庁舎群側と駅側の現場を繋ぐ小型の指揮車が入る。

普通の増援や占領部隊なら、こういう並べ替えはしない。

これは前へ出るための列ではなく、点と点を線で結び、残っている抵抗を「互いに助けに行けない位置」へ押し込むための列だ。


「……来るな」


東雲が低く言う。

近くにいた若い近衛兵が振り向く。


「大尉殿、何が」

「包囲だ」


東雲は白帯の向こうを見たまま答えた。


「壁を作るんじゃない。助けに行く順番の方を先に殺す」


兵は一瞬だけ黙った。

分からないのではない。

言われた瞬間に、目の前の列の嫌さが急に理解できてしまったのだ。


クーデター軍は、御親領衛の残っている位置をもう知っている。

南棟外周の宗一。

中央駅東口の真名。

その外側の志摩。

受け入れ線の東雲。

規格と札を追う綾瀬。

樋道の削る路面。

陽鳥の観測。

そして、まだ前へ出切っていない紺野。

それらを銃で囲うのではない。


「どこからどこまでを同時に助けに行けるか」という可能性を、一つずつ削る。

そういう包囲の始まり方だった。

東雲は端末を取る。


『東雲丈雲だ。東外縁、列の組み換え確認。向こう、進軍の速度を落としていない。ただし目的が変わった。東都掌握の流入ではなく、こちらの連絡線を殺しに来ている』


宗一の返答はすぐだった。


『了解。南棟も同じです。増やしているのは銃列ではなく“挟み込みに使う顔”です』


真名も続ける。


『東口前、警備の立ち位置が変わった。群衆を捌いてるんじゃなくて、“私が他へ抜ける道”の方を見てる』


それで十分だった。

クーデター軍はもう街を相手にしていない。

街の中に残っている御親領衛の位置関係そのものを、今度は戦場として読み始めている。


137-2


南棟外周では、宗一が歩兵の目線の向きを数えていた。

人数ではない。

人数なら、まだ持つ。

厄介なのは向きだ。

前を見る兵。

庁舎群前を見る兵。

搬送帯を見る兵。

それが今は違う。

兵たちの視線が、南棟外周の奥、宗一の後ろ、さらにその先の細い連絡路へ向き始めている。


「東へ二班、下げろ」


宗一が言う。

若い中尉がすぐ返す。


「東へ、ではなく下げる、で?」

「そうだ。前へ出るな。今あそこへ前へ出た兵は、次の十分で“孤立した兵”になる」


中尉の顔が強張る。

だが理解は速い。

東都駐屯混成の兵も、ここまで来れば何を見ればいいか分かり始めている。

相手が増えたのではない。

自分たちの一歩先の意味だけが、先に取られているのだ。

南棟の奥から、市民の声が流れてくる。


「え、こっち通れないんですか」

「いや、通れますけど今は少し待ってもらって」

「でもさっきの人たち向こう行きましたよね」

「庁舎関係の方ですので」

「庁舎関係って何ですか」

「……係員の指示に従ってください」


その会話の、最後の一文がいちばん嫌だった。

説明ではない。

思考停止のための言葉だ。

それが街のあちこちで増えるほど、御親領衛が動くための余白は減る。

綾瀬の声が無線へ入る。


『護国少尉。南棟西端の管理札、さらに版を変えています。表向きは整理ですが、本質は導線の優先権の固定です』

「了解」


宗一は短く答える。


「問いは置け。止めるな。止めるとこちらが“第二首都運用の妨害”になる」


志摩が鼻で笑った。


『ほんと嫌な街だな。通しても負け、止めても負けかよ』


宗一は前を見たまま返す。


「違う。通し方と止め方の両方を向こうに決められるのが負けだ」


その通りだった。

撤退線というのは、後ろへ走るための道ではない。

「まだこちらが選べる」と思える幅のことだ。

クーデター軍はいま、その幅を正面から塞いでいない。

先に“使いにくく”している。

だから、兵は立ったまま少しずつ退路を失う。


137-3


東口前の高架歩廊では、真名が人の視線の変化を見ていた。

群衆は賢い。

だが、賢いからといって事実を正しく判断するわけではない。

人は「もう危ない」と思った時より、「もう大丈夫なのかもしれない」と思い始めた時の方が、かえって周囲をよく見なくなる。


東口前の秩序は、いまその段に入っていた。

制服の列がある。

案内板もある。

駅務もいる。

警備もいる。

一見すると、もう駅前は落ち着いている。

だから市民の視線が、危険そのものではなく「まだ少しだけ妙に残っている不自然さ」の方へ向き始める。


「あの人たち、さっきからずっと同じ場所にいますよね」


若い女が、歩廊の下で小さく言う。

隣の男が返す。


「警備じゃないの」

「でも駅の人とも違うし……」

「見ない方がいいって」


見ない方がいい。

その一言で、真名はようやく分かった。

群衆が御親領衛を“助け”ではなく“まだ片付いていない何か”として見始めている。

それが包囲の完成形だ。

兵で囲う前に、街の視線の方で異物へ変える。


「やってるね」


真名が小さく言う。

陽鳥の声が無線へ入る。


『何が』

「私たちの意味の塗り替え」


真名は広場を見下ろしながら答えた。


「さっきまで“まだ駅務と一緒に動いてる側”だった。

今は違う。“秩序の外にまだ立ってる人間”へ寄せられてる」


東雲が受け入れ線から返す。


『こっちも同じだ。兵がこちらを見る目が、敵を見る目に近くなってきた。街を取った後に残った異物として見てる』


志摩が短く言う。


『つまり、包囲か』


真名は歩廊の手すりに指をかけたまま息を吐いた。

きれいなやり方だった。

だから腹が立つ。

大部隊で押し潰す前に、まず意味を変える。

御親領衛は街を守る残存戦力ではなく、「掌握済みの街にまだ残っている面倒」へ変えられつつある。

そう見せられた時点で、次の一手は格段に安くなる。


歩廊の下で、駅務主任がこちらを見た。

ほんの一瞬。

その視線には、助けを求める色がまだ残っている。

だが、そのすぐ横では別の駅員が「こちらへどうぞ」と群衆を誘導し、その流れに警備列がきれいに沿う。

街の方は、もう御親領衛がいなくても回る顔を作り始めている。

真名は無線へ落とした。


『中央駅東口。群衆の認識が変わる。ここから先は“助けてる側”の顔じゃ持たない。向こう、私たちを邪魔な残り香へ変えに来てる』


宗一の返答は短かった。


『了解。なら、残り香のまま面倒だけ残す』


その一文が、いまの御親領衛そのものだった。


137-4


紺野は、南西連絡帯の影から東都の配置そのものが変わるのを見ていた。


まだ誰も、自分たちの周囲へ円陣を敷いてはいない。

戦車も来ていない。

重火器の列が取り囲んだわけでもない。

それなのに、もう分かる。

囲まれている。

いや、正確には違う。

囲まれたのではない。

助けに行けなくなったのだ。


東雲が東口へ寄るには、受け入れ線の顔を一度捨てなければならない。

真名が南棟へ回るには、群衆の中へ「駅務ではない意思」を露骨に差し込まなければならない。

宗一が外へ伸びれば、南棟の細い遅滞線がそのまま消える。

志摩と綾瀬と樋道が一か所へ寄れば、別の裂け目がそのぶん綺麗になる。

全部が分かっている。

分かっているから、脚が出せない。


「健ちゃん」


陽鳥が端末を抱えたまま言う。


「何だ」

「これ、包囲っていうより」

「知ってる」


紺野は遮った。


「脚を殺されてる」


その通りだった。

御親領衛は、位置そのものではなく可能性の方を削られている。

だから厄介なのだ。

こういう包囲は、力で壊しにくい。

壊した瞬間に、その壊し方そのものが向こうの記録へ都合良く残るからだ。

少し離れた場所で、市民の会話が小さく流れる。


「まだ軍の人いるね」

「見ない方がいいって」


紺野の右手が握られる。

怒り。

それから、その怒りを今ここで使わないための握りだ。

あの会話がいちばん腹立たしい。

敵よりも腹立たしい。

こっちがまだ残っている意味を、街の側が先に失い始めている。

それが向こうの狙いだと分かるから、余計に腹が立つ。

宗一の声が無線へ落ちる。


『護国少尉より各員。状況確定。包囲完成ではない。包囲移行。ここから先は位置の保持より、“他の持ち場へ助けに行けるふり”を残せ。実際に動くな。動けると思わせろ』


真名がすぐ返す。


『了解。東口、まだこちらが横へ流せる顔を残す』


東雲も続ける。


『受け入れ線、完全管理下には見せない。“まだ判断が割れてる門”の顔を維持する』


志摩が鼻で笑う。


『綺麗に囲まれたまま死ぬのは趣味じゃねぇ』


綾瀬の声は静かだった。


『はい。向こうの書類を綺麗に閉じさせない』


樋道がぼやく。


『ほんと面倒くさい仕事ばっかだね』


陽鳥が端末を伏せる。


「でも、そういう時だけ役に立つんでしょ。私達」


紺野は前を見たまま、短く返した。


「気に食わねえけどな」


人も歩いている。

車も流れている。

それでも、戦場の本質だけはもう別の場所へ移っていた。

街を取る戦いは終わった。


ここから始まるのは、掌握した街の中でなお形を保つ御親領衛を、一つずつ切り離していく戦いだ。

囲まれたのではない。

助けに行けなくなった。

その事実だけで、包囲はもう十分に成立していた。


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