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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
三章 東都が夜に落ちる日
121/193

百十九話 東都の理由


百十九話


119-1 東都の理由



東都は、都市の大きさだけで第二首都になったわけではない。

帝都が政の正中なら、東都はその予備ではなく、別の正中だ。


官庁の一部。

通信の中枢。

金融の胃袋。

鉄路と港の結節。

何より、「帝都が止まった時にも国家が動いている顔」を保つための都市である。


だから東都は、落ちる時だけ別の値段を持つ。地方都市なら事故で済む。軍都なら反乱で済む。第二首都は、落ちた後を全国へどう説明するかまで先に要る。


護国宗一少尉は、その説明がもう配り終わっている顔を見ていた。

東都の官庁街外縁。

第二首都庁舎群へ繋がる通りは、朝になり切る前の薄い光の中で静かだった。静かだが、止まってはいない。警備の兵がいる。庁舎管理の車が出入りしている。臨時の交通標識が立ち、舗道には避難案内の仮設看板まで置かれている。


全部が「まだ本格稼働していない顔」をしている。

だから余計に嫌だった。

本格稼働していないのではない。

本格稼働した後の説明だけが、先に置かれている。


宗一は第二首都統合対策室の入口で、立哨の中尉へ通行票を見せた。

中尉は通行票を見て、宗一の顔を見て、それから背後のガラス越しにいる事務官を見た。

一拍。

その一拍の方が、どんな警備兵力よりも重かった。

味方確認で止まっている。


「護国宗一少尉。確認だ」


宗一が言う。


「首都機能保全、防災導線、緊急搬送路、臨時治安維持、その四つの責任部署を全部見せろ。文面も添付もだ」


中尉は返答の前に、また後ろを見た。

その仕草一つで十分だった。ここももう、誰の命令が誰を守っているのかを現場の人間が信じ切れていない。

中へ通された宗一を待っていたのは、制服ではなく背広の男たちだった。


官僚。

それも帝都からの出向と、東都常駐と、第二首都庁舎群の管理官が混ざっている。

混ざっているのに、机の上の封だけが妙に揃っていた。

封は厚い。

副署が多い。

交通。通信。医療。警備。港湾。鉄道。

全部が一束になっている。

宗一はそこで、椅子を勧められても座らなかった。


「責任部署を見せろと言った」


年嵩の管理官が答える。


「責任は統合対策室に集約されています。東都は第二首都ですので、個別部署ごとの独断は——」

「違う」


宗一が切る。

声は平坦だが、そこで空気の温度が少しだけ落ちた。


「責任の集約を見に来たんじゃない。どの名目で、どの導線が、どこまで切れるようになってるかを見に来た」


管理官は一瞬黙り、机上の束から四枚を抜いた。


首都機能保全。

臨時避難導線再編。

緊急搬送路指定。

第二首都防衛支援。

防衛支援。


ここでその語が出る時点で、もう政治の顔をしていない。

政治の皮を被った軍事だ。

部屋の空気が少しだけ痩せた。

暖房は効いている。人もいる。だが、紙の方が先に部屋の酸素を使っているような圧だ。


第二首都。

その語を掲げる時、相手は防衛を厚くできる。防衛を厚くすれば、攻めた後の説明も厚くできる。

指定されたのは庁舎間導線四本、搬送路二本、封鎖可能交差点十七。

平時なら、冗長な危機管理に見える。

だが戦時なら、それで都市中枢は十分に切り分けられる。


「理由が厚いな」


宗一が言う。

管理官は頷かなかった。

だが、否定もしなかった。


「第二首都ですので」


またそれだ。

第二首都。

正しい。正しいからこそ、その一語だけで街を縛れる。


119-2


東都中央駅の地下広場は、朝の早い時間帯だけ人の顔が薄い。


通勤前。

観光客もまだ疎ら。

売店は開き始め、清掃員が最後の床拭きを終え、照明だけが先に昼の顔をしている。

そういう時間に導線を引き直すと、人はそれを「いつもの少し違う朝」だと受け取ってしまう。


支倉真名は、広場の外れの柱の影で、床を見ていた。


白いテープ。

誘導矢印。

避難案内板。

工事中の仮設壁。

警備員の立ち位置。

全部が正しい。


そして全部が、互いに邪魔をしていない。そこが一番嫌だった。

守る導線と閉じる導線は、同じ図面で引ける。

人を安全に逃がす動線と、人を意図した場所へ押し込む動線は、紙の上では同じ顔をしている。

真名はそれを知っている。

知っているから、今日は最初から機嫌が悪い。


「綺麗すぎる」


小さく呟く。

誰も聞いていない。

聞いていないが、それでいい。いま大声を出せば、こっちが“異常を作った側”になる。

駅務の若い主任が、真名へ近づいてきた。

敬礼はしない。軍ではないからだ。

その代わり、名札の位置を無意識に直した。責任の所在を見せたい時の手だ。


「支倉さん、でしたか。防災協力の件で——」

「その“防災”の図面、誰が引いたの」


真名は顔を上げずに言った。

主任が言葉を止める。

止まる時点で、そこが急所だ。


「第二首都庁舎群の対策室と、駅務、交通、それから——」

「医療も入ってるでしょ」


主任の喉が鳴る。

図面の左下、小さな搬送路指定の記号がある。

赤十字ではない。

だが、医療搬送で使う色と幅をしている。


「避難導線、封鎖導線、搬送導線」


真名が低く言う。


「全部同じ紙で引いてる。守るための図面じゃない。守った顔のまま閉じるための図面」


主任は否定しない。

否定すると、自分がその図面の意味を読めている側だと認めることになる。


地下の向こうで、警備員が配置を変えた。

変え方が自然すぎる。

何も起きていないのに、人が“自然に行く方”だけが少しずつ削られていく。

広場の床が少しずつ細くなる。

壁が迫るのではない。

通っていい道だけが、目に見えない速度で減っていく。


改札二つ、地下道三本、階段四基、エスカレーター二基。


全部使える。

全部使えるのに、「今この時間はどれを優先させるか」で群衆の生死は変わる。

真名は顔を上げ、やっと主任を見た。


「これ、駅を守るためじゃないですよね」


主任の返事は遅かった。


「第二首都を、守るためです」


その言い方が、最悪だった。

駅を守るのではない。

市民を守るのでもない。

第二首都という言葉の方を守る。

そのためなら、駅も市民も順番の部品にできる。


119-3


宗一と真名が顔を合わせたのは、昼前だった。


場所は第二首都庁舎群と中央駅を結ぶ地上連絡橋の下。

上ではまだ通勤流が途切れず、下では緊急車両導線の白線が塗り直され、警備兵が「本格的ではない顔」で立っている。

東都はまだ無傷だ。

無傷なのに、無傷のまま死ぬ準備だけが先に終わっている。

真名が先に言った。


「避難導線と封鎖導線、同じ図面で引いてる」


宗一は頷く。


「こっちも同じだ。防災、治安、搬送、首都機能保全。全部が別名目で、全部が同じ交差点を押さえられる」

「第二首都だから」


真名が吐き捨てるように言う。

宗一は否定しない。


第二首都。


帝都が政の正中なら、東都はその予備ではない。

予備ではなく、別の国家中枢だ。

だから、ここを攻めるなら「どう攻めるか」より「攻めた後にどう言い訳するか」の方が先に要る。


「理由が厚い」


宗一が言う。


「攻めるためじゃない。落ちた後に“落ちるしかなかった顔”を全国へ見せるための理由が、先に揃っている」


真名が空を見上げる。

連絡橋の上を、救急指定車両が一台通る。

本当に救急かもしれない。違うかもしれない。

その違いをいま見抜くことに意味は無い。問題は、どちらでも通れる導線が既に完成していることだ。


東都の空が少しだけ遠くなった。

見慣れた都市の空のはずなのに、そこへ届く言葉だけが急に官僚的になる。

首都機能。

緊急保全。

第二首都防衛。

そういう言葉で包まれた都市は、燃える前から手遅れに見える。


兵力はまだ抑制されている。

東都駐屯混成、およそ一万二千。

そのうち今すぐ都市中枢へ使える即応は四千から五千。

足りないわけではない。むしろ十分だ。

十分なのに、その“十分”を誰も素直に信用できない。

どこまでが事情を知っていて、どこまでが普通の防災出動なのか。そこで躓く。

宗一が低く言った。


「援軍はいる」


真名が続ける。


「でも来ない。来る前に、味方確認が始まる」

「始まるんじゃない」


宗一が言う。


「もう始まっている」

二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。

沈黙が重いのではない。

沈黙の方が、いまは正確だった。


119-4


本部へ戻る途中、真名の端末へ短い照会が入った。


帝都近衛第二師団の一部隊からだった。

東都方面出動の準備をしているが、合流予定の警備大隊の命令書に署名差がある、本当に合流してよいのか、という内容。

宗一が横から見て、短く息を吐く。


「来たな」

「うん」


真名は返信しない。

ここで御親領衛が正規軍の照合役を引き受けた瞬間、もう全部が一段遅れる。

同じ頃、宗一の端末へも別の照会が入る。

東都庁舎群警備から。

避難導線に入る医療車両の識別票が旧式だが、本物かどうか。

本物かもしれない。偽物かもしれない。

そして、その確認に手間取る間に、道路はもう死ぬ。

味方同士の照会が、東都手前で一斉に増え始めている。

真名が低く言った。


「もう、理由は完成しましたね」


宗一が頷く。


「次は現物だ」


真名は端末を閉じる。

広場で見た白線。

地下で見た図面。

“守る導線”の顔をした封鎖。

それら全部が、次は人と車と兵士と荷で埋まる。


東都は第二首都だ。

だから落ちる時、ただ落ちるわけにはいかない。

落ちた後の説明が厚い。

説明が厚いということは、もう相手が「そこまで行く」前提で盤面を切っているということだ。

宗一が端末を取り出し、羽場桐へ繋ぐ。


『羽場桐です』


「護国宗一です。東都側、理由が揃いました。第二首都保全、防災、治安、搬送、全部が同じ交差点と同じ導線に重なっています。各軍の照会も増えています。

出るべきか、待つべきかで、正規部隊が割れ始めました」


向こうで一拍。

羽場桐の計算の沈黙だ。


『承知しました』


短いが、それで十分だった。


『次は、御親領衛を先に切ります』


真名が宗一を見た。

宗一は目を逸らさない。


「ええ」


宗一が返す。


「もう“気配”じゃありません。第二首都が落ちる理由が揃った。次は、現物です」


通話が切れる。

東都の空はまだ高かった。

人も歩いている。車も流れている。

何も始まっていないように見える。


だが、理由が完成した。

完成した理由の上に現物が乗る時、都市は驚くほど静かに死に始める。

宗一と真名は、その静かな始まりの方角へ向かって歩き出した。


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