幕間 バルテラン商会
竜との死闘の後。
戦勝祝いには参加せず、リオはアレンとともにバルテラン商会を訪れていた。
戦いの痕を残したまま、石造りの荘厳な建物の前に立つ。
リオはごくりと唾をのんだ。
隣で、アレンが表情を険しくする。
「……行くぞ」
「……うん」
覚悟を決めて扉を開き、中へ入った。
騒ぎの影響か、店内に客の姿はほとんどない。
柔らかな光に照らされた大理石の床、高い天井。重厚な木製の棚には上質な服や装飾品が整然と並び、中央の円形台には特に価値ある品々が輝いていた。
壁の暖炉や絵画、天井のシャンデリアが空間に温かさを添え、落ち着いた色合いの敷物や鉢植えが足元を柔らかく包む。
格式を感じさせながらも、誰もが商品を手に取りたくなる──そんな、上質で居心地のよい空間だった。
店員の一人が、リオたちの姿を確認する。そしてすぐさま壁に設置されたボタンを押した。
「まっ……」
リオが慌てて制止しようとするが、間に合わない。
店内が一瞬、しんと静まり返る。
だがすぐに、ものすごい足音が迫ってきた。
「アレーーン!!」
巨体がアレンに突撃した。アレンの体がぐらりと揺れる。
「無事に瘴気魔獣を討伐したんだって!?よく頑張った、流石俺の甥っ子だ!」
一人の男が、アレンを締め上げていた。
ギルベルト。
アレンの父、レオンの兄であり、バルテラン商会の商会長である。
澄み渡る蒼い瞳は見る者の心を一瞬で捉え、濃い茶色の髪には落ち着いた白髪が混じる。
がっしりとした体格は豪胆な性格をそのまま体現しているかのようで、上質なスーツに控えめな装飾が商人としての品格を漂わせていた。
威厳がありながら、どこか人情味のにじむ佇まいだ。
「ギルさん、父さんが死んじゃう……」
慌ててリオが止めに入る。
だが、その顔が今度はリオに向いて、思わず顔を引きつらせる。
「リーオーーーー!お前は今日も可愛いなあ!!」
「うわあああああ」
ギルベルトはアレンを放し、リオを強く抱き締めた。
──いや、もはや絞り出すような圧迫感。リオの意識が遠のく。
ようやく解放された時、リオは敷物の上に転がっていた。
隣では、アレンが四肢をつき項垂れている。
いつもこうなのだ。ここに来ると、胃の中身をぶちまける勢いで抱き締められる。
そのせいで、商会の名前を聞くだけで死んだ魚のような目をしてしまうようになった。
「すぐに服の修繕を。明日の朝に間に合えばいいか?」
ギルベルトに問われ、アレンがよろめきながら立ち上がり、頷く。
「無理を言って、すまない」
「なーに、いいってことよ」
ギルベルトはアレンの肩をバシバシと叩いた。
「君たちは商会の立派な広告塔なんだ!その服や共鳴石のお陰で、どれだけ潤ったことか!」
そう。
アレンとフィオナが身に着けている妙に気合の入った戦闘服は、決して本人たちの趣味ではない。
すべてギルベルトのせいだった。金になると判断するや否や、商会の全面協力で手掛けられた。
これは狩人の制服だから必ず身に着けること。
そう言われ、押し切られるようにアレンが頷いたが最後、本当に正装になってしまった。
共鳴石も同様だった。
ただの石くずに魔力が込められることを、偶然アレンが発見。
その石をうっかり装飾品にしてフィオナに贈ったばかりに、“恋人への贈り物”として商会が大々的に宣伝。
アレンとフィオナ夫婦に憧れる者は多い。
服も装飾品も、売れないはずがなかった。
ギルベルト本人が、笑いが止まらないと言っていたほどだ。
「それで?フィオナちゃんは見つかったのか?」
ギルベルトがアレンを叩く手を止め、低く問う。
アレンはうつむきがちに、静かに首を横に振った。
「どうしてそんな一大事に、俺を頼らない!頼まれなくとも、商会の全勢力を上げて捜索しているというのに!」
──もう、捜索済みなのか。
リオはよろよろと起き上がり、遠い目をする。
ありがたい……けれど、この豪快さに、心がまだ追いつかない。
「借りは、作りたくな……」
「馬鹿野郎!そんなことを言っている場合か!」
ギルベルトの短い怒声が叩きつけられた。
「変なプライドは捨てろ!俺が全力で探して見つからない時点で、“おかしい”んだぞ!」
正論だった。
だが、リオは一つだけ訂正したかった。
たぶん、プライドじゃない──ただ、ギルベルトに会うのを躊躇っただけだ。
「とにかく、俺にできるのはこれくらいだ。だが何かあったらすぐに言うんだ、わかったな!」
アレンが目を細め、唇を強く噛んだ。
「感謝する……」
リオとアレンの服は、翌朝までに仕上がりました。その腕前は本物です。
ギルベルトは「守るためにとにかく丈夫な戦闘服を作る!」と張り切ったものの、アレンがまったく破かず修繕に来ないため、そこに関しては失敗だったと思っています。
そのため、ヴェルディア学園の制服の強度は少し控えめに作られましたが、それでも普通の狩人の鎧より丈夫です。
アレンはギルベルトの影響で、服を破かないように気をつけて戦うようになりました。
その結果、剣の振り方から無駄がそぎ落とされ、人々はその美しい動きを「剣舞」と呼ぶようになったのです。




