新しい女房達
孝子は公廉や息子、娘の助けを得て落窪の君の物語を書き続けています。
ふと、孝子の口から「下の息子は、どない暮らしましゃいますのやろ……。」と遠く離れて暮らす次男のことを案じている言葉が出ました。
無理なことではあれども、公廉は何とか今一度会わせてやりたいと思ったのです。
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源中納言家では、これまでに四の君が面白の駒と出て行き、清水詣では部屋を横取りされて狭い車の中で一夜を過ごし、先日の賀茂祭では大路の真ん中で恥を晒してしまいました。
このような不運な出来事がこれからは起きないようにと、三条の邸を立派に建て替えました。
「六月にこ三条の邸へ御わたましすることにした。
辛い目を見るのは、この邸の方位が悪いのやもしれん。
移したら、家相が悪かったかどうか分かるはずや。」
源中納言はそう言って、娘達にも準備を急がせました。
衛門はこの源中納言家の引越しを聞きつけて、衛門督が女君と休んでいるところへ参上しました。
「三条の邸は大層ご立派に造って、御わたましましゃります。
女君さんの亡き御母君が、『ここは決して手放さんと、お住みやす。私の御隠れ
遊ばした母宮さんが風情豊かに御住みであらしゃいました。思い入れがある邸で
すのや。』と返す返す仰せあらしゃいました。
そやのに、目の前で源中納言家にともじされてまうのは嫌でござりまする!!」
そう衛門が言うと、衛門督はすかさず返しました。
「地券はあるか?」
「はい。源中納言家を出ました折に、私が持ち出しましてござります。」
「さよであるか。衛門、お手柄や。
そやったら、上手いこと言いくるめることが出来るな。
御わたましましゃる日を探って来ておくれ。」
「殿さん、また一体何をなさる御積りであらしゃいますか。
衛門、其方、何て人が悪うなりましたんや。
焚きつけるようなこと……。」
「何にも悪うなっておりません。
道理に外れたことなんぞ、一言も……申しておりませぬ。」
「衛門は何も言わんで宜し。
女君に復讐する気ぃはないのやから。
えらい目に遭わせた人にすら、『哀れなことや、おいとしいに』……
そない言わしゃるのやから、私も我が身が責められる思いなんや。」
そう衛門督が笑う様子を見て衛門も心得て、これ以上女君に言いませんでした。
六月になりました。
衛門はさりげなく源中納言家ゆかりの者に「いつこの御邸から御わたましであらしゃいましょうか。」と探りを入れさせ、「今月の十九日です」という情報を得て、それを衛門督に伝えました。
「ほな、その日に女君には三条に御わたまし頂こか。
その心積もりで、若い女房をもう、ちと集めておくれ。
あの源中納言のところに、良い女房は居ましたか?
その女房らも、兎にも角にも呼んで召し抱えておくれ。
後で、北の方を大いに悔しがらせてやろうやないか。」
「それは面白いお考えであらしゃいます。」
「衛門の質は私に似ているな。女君にはとてもやないが聞かせられへん。」
と、こっそり囁いて計画を立てていました。
衛門督は女君に「ある御仁が私に大層素晴らしい邸を進ぜられました。今月の十九日に御わたまししたいと思うております。女房の衣装を揃えて頂くように……。御わたまししましたら、この二条邸も直しますよって、おはやばやに参りましょう。」と話しました。
紅の絹、茜のような染草を女君に渡しましたので、女君はこの企みも知らずに急いで新しい邸へ移る仕度をしていました。
衛門は人脈をたよりに、源中納言家にいた美人な女房達を二条邸に呼び寄せました。
北の方付きの女房でとても美しく、源中納言家で一番の才覚の持ち主の侍従の君を皮切りに、三の君付きの典侍の君、大夫のおもと、そして下仕えの まろや という女童に至るまで「容姿がとても美しく、品も良い」と目をつけておいた侍女達を、二条邸の侍女に訪ねさせました。
使いの者に「私は今、大層勢いの良い御邸にお仕え致しております。お仕え致しております御邸は女房を労わりましゃいます。こないなお仕えし甲斐がある御邸はござりませぬ。今御邸では人手が少のうて、女房を探してであらしゃいます。こちにお仕えなさるお心はござりますか?」と言わせました。
源中納言家の女房達は若く、今の主人が老いてしまっていることを残念に思っていました。
⦅早う何処か……他の邸を探さな……。⦆と焦っていたところでしたので、このような良い話を聞いて、
⦅今のご時世で、一番評判がええ御邸やないの!⦆と思い、「そちらさんに参らせて頂きます。」と仕えることを決めました。
実家に里帰りするからと暇をもらい、これから仕えるのがあの落窪の君とは露知らず、またこうして源中納言邸を辞めていく女房達が同じ場所に集まろうとは夢にも思わずに、皆各々このことを隠して、衛門の使いと段取りを決めていました。
実家に帰った源中納言邸の女房達に、衛門は迎えの車を遣わせ、皆が二条邸に集まりました。
二条邸は人が多く賑わい、装飾もこの上なく美しいのです。
皆は同じ場所で牛車から降ろされ、一箇所に集まり、馴染みみの顔を見つけては⦅まぁ、けもじなこと!⦆と思っていますと、聞きしに勝る若く美しい女房達が二十人ばかりやって来ました。
どれも飾りすぎず、しかし白張…しっかり糊づけされた単襲、二藍色の裳、濃い紅の袴を穿いて、その中の五、六人は、緋色の袴を穿き、薄い色の縠の裳、綾など、同じように美しく着飾って、次々に新参の女房を見に出て来ました。
あまりに皆が見るので、新しい女房達はすっかり困ってしまいました。
女君は暑さの為に体調が思わしくなく気分が悪そうで、新しい女房の顔を見に行くことも出来ません。
衛門督は「私が女君の代わりに見て来ましょう。」と自ら出て来ました。
突然の衛門督の登場に、新しくやってきた女房達は俯いて慎ましく振る舞いながら顔を見合わせていました。
衛門督はとても濃い色合いの紅の袴に、白い生絹の単、薄物を着た立派な装いで、とても優雅で美しい姿です。
⦅衛門督さんは思った通りの美丈夫であらしゃいます。⦆と思い、互いに顔を見合わせました。
衛門督は新しい女房を全員見定めて、「なかなかの人選やな。衛門が見込んで連れて来たんなら、何か足りないところがあっても口は出さへん。其方は何と人望が厚いんやろうな。」と笑いました。
すると、衛門督に続いて『衛門』がやって来ました。
「『足りないところがある』と仰せあらしゃいましたね。
この女房らの働き振りをご存じであらしゃいません故に
仰せあらしゃいましたお言葉と心得ました。
あの頃私は女君さんにお仕えて致しておりました故に、
殿さんにこの者らを正装させてお見せすることが叶わなんだのでござります。
こないな秀でた女房らを集められましたのも、一重に……
殿さんが仰せあらしゃいました如く、私の人望でござりまする。」
新しくやって来た女房達が見れば、何と衛門はあの源中納言邸で落窪の君に仕え、落窪の君と一緒に逃げ出した阿漕でした。
⦅これは、どないなことでござりましょう!
あの阿漕が、こちの御邸ではあないに信頼されて
大事にされているやなんて……。⦆
阿漕との再会と、阿漕の二条邸での寵愛を見て、新しい女房達はすっかり驚いてしまいました。
衛門がまるで今しがた気がついたように、「あら、不思議なこともあるもんでござりますね。何だかどこかでお会いした事があるよな気が致しまする。」と言います。
「私らも同し気が致します。ほんまに、嬉しいこと。」
「長い間、顔を見ることも無く日々が過ぎて参りますのを、
おさびさび思うておりましたのえ。」
そう口々に昔語りをしていいますと、今度はとても色白で美しい二歳ばかりの子どもを抱いた女房が出て来ました。
「衛門の君、お呼びであらしゃいますえ。」
その女房を見てみれば、以前同じように源中納言家で働いていた少納言でした。
「不思議なこと。まるで昔に戻ったよな心地やわ。」
「お懐かしい声やこと。」
そう言っては皆で昔を懐かしんで話し合いました。
お互いに、会えて嬉しいという内容の話を楽しみました。
昔馴染みの人々が格別な引き立てを受けていましたので、新しく来た女房達も⦅良い御邸やわ。⦆と互いに思い合っています。
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公廉は叶わぬ願いと思いながら、孝子が仕えていた姫君の父君に文を贈りました。
「叶わぬ願いだと思いますが、何卒、次男を京の都で孝子と会えるようにご尽力を賜りたい。」という内容でした。
今や北の方として迎えられている姫君の乳母だっただけで、無理な願いをしていること、その立場ではなくなったことも十二分に承知していました。
⦅叶う願いやあらへんなぁ……。
ただ、も一遍、会わせてやりたい……母と息子を……。⦆
次男を何らかの理由で一時的に京の都に戻れたとしても、その日、その時まで、孝子が命ある身かどうかさえ誰にも分からないのでした。
御わたまし…転居。
御隠れ…亡くなること。
ともじ…盗むこと。
哀れ…可哀想。
おいとしい…気の毒。
質…性質。
染草…染料。
進ぜられる…頂く。贈与される。
おはやばや…早くに。
けもじ…奇妙な。
白張…しっかり糊づけされたという意味。
単襲…単衣を二枚重ねて一つの衣服としたもの。平安時代、女性が夏に「上着」の下に着たもの。
裳…平安時代、成人した女性が正装の時に、最後に後ろ腰につけて後方へ長く引き垂らすように纏った衣服。多くのひだがあり、縫い取りをして装飾としました。
縠…模様がある織物。
生絹…紗のような、練っていない絹。
薄物…紗などの薄い織物。
おさびさび…寂しいこと。




