14 チラリもあるよ、お見舞いイベント
「瀬川さんが風邪を引いたわ」
「マジか」
登校して開口一番、桜沢から伝えられた。
心当たりを探してみると、やはりこの前の休日か。
まだ雨が降りつのっている状態で帰っていったからな。付き添ってやるべきだったかもしれない。
いや、それこそ鹿山の言う通り過保護だし、本人もウザがっていただろうな。
どちらにしろ考える程、こっちは流石に罪悪感が募ってくる。
俺たちだけピンピンしているなら猶更だ。
馬鹿は風邪を引かないってか。ハハッ!
「誰が馬鹿だっ!」
「いきなりどうしたの⁉」
俺ら三人はともかく、それだと目の前の桜沢も馬鹿って事になるじゃあないか!
ならば、せめて俺も風邪を引くべきだ!
……と、誰も聞いていない冗談はやめよう
桜沢がドン引いている。
「と、というわけでこれ連絡用のプリントお願いね」
気を取り直した桜沢はそう言って、プリントを手渡してきた。
え。俺が持っていくの?
「当たり前でしょ。普通に私が行ってもいいんだけど、この前の勉強会ですっかり警戒されちゃったし。住所も送っておくわ。……それとももう知ってるかしら?」
確かに以前アドレス交換した時、住所を送られた気がした。
そういや、今まで行った事なかったな。
「変な事しちゃダメよ」
「そこまで言うなら、お前が行けよ」
こいつは俺と瀬川をどうしたいんだ。
「……とにかく頼むわね」
桜沢にプリントを手渡された俺はじっと住所を見る。
……。
学校が終わった夕暮れ。
土地勘がない分少しばかり迷ったものの、瀬川の家にはなんとか辿り着けた。
マンションの一室で目当ての番号を見つけ、インターホンを押す。
『はい』
ここ数か月、随分と慣れ親しんだ声が聞こえるが、若干しんどそうな色が見える。
「俺だ。園部だ」
『なんだ。園部か』
なんだとはなんだ。
ドアはゆっくりと開き、気怠げに出てきたのはパジャマ姿の瀬川美沙だ。
熱が残っているのか、頬は僅かに紅潮している。
気崩したパジャマ姿は若干弱った雰囲気と相まって、少し艶めかしさのようなものがある。
「どこ見てるの?」
「見てないヨ」
「視線」
少しだけ身構えながら訝し気に睨む瀬川に、俺は何も答えられずに慌てて目を逸らす。
「とりあえずあがりなよ。風邪って感染せば治るって聞くし」
「感染す気かよ!」
「冗談だってば」
瀬川はクスリと笑う。とりあえず冗談言える余裕はあるみたいで良かった。
入れてもらった瀬川の部屋は簡素ながらも、随所随所にぬいぐるみや化粧道具など、いかにもな女子の部屋だった。
ちなみに聞いた所によると、風邪をひいた原因はあの帰りに走っていた車が水溜りを跳ね思いきり被ったからじゃないか、だとか。
「家は一人なのか?」
「まあね、両親は共働きだし、兄貴も家を出ちゃったけど、妹がいるしね」
へえ、兄貴と妹がいるのか。
一人っ子の俺からすれば賑やかそうで羨ましい。
「どこが? うるさいだけだよ。特に妹なんてゴハン作って、髪編んでとか、本当ウザいしっ」
普通に慕われてんじゃんかよ。
仲が良さそうでなによりである。
しかし、一人しかいない家に男を呼ぶのは不用心じゃないだろうか。
「別にあんたは大丈夫でしょ」
こちらの心を読んだかのように答える瀬川。
信頼されてるのか、脅威とみなされていないだけなのかは微妙な所だが、後者と取るとまだ友人として信用されてない感じがして悲しいので、とりあえず前者と受け取ろう。
そう結論づけている内に、瀬川は台所の冷蔵庫から持ってきた麦茶をコップに次いでいた。
「おい。無理すんなよ」
「だからもう治りかけてるんだってば。これぐらいなんともないって」
いやいや、ぶり返したらどうすんだ。
そう言いかけて、俺は動きを止める。
彼女が麦茶を注ごうと屈んだ際に、パジャマの胸元……そこから形の良い膨らみが少しばかり見えてしまったのだ。
し、視線を動かせない。これが男のサガか。
「どこ見て――」
「見てねいヨ」
若干食い気味に返す。
「……ふーん」
しかし、そんな俺の反応を見て、鹿山がろくでもない事を思いついた時のような、意地の悪い笑みを瀬川は浮かべた。
無性に嫌な予感がする。
すると、どうしたことか、瀬川はパジャマの上着の裾を少しばかり捲り上げる。
キュッと締まったくびれとヘソが露になった。
風邪悪化するぞ。
「……」
「……なんで、無反応なわけ」
さっきのは偶然が産んだラッキースケベだ。故に価値がある尊い光景なのだ。
そんなあからさまな挑発なんていちいち反応なんてしていられるかい。
……また胸を出されたら危なかったぜ。
だが、その俺の余裕ぶった態度が瀬川美沙の逆鱗に触れた。
「なるほど。つまりもっと脱げばいいわけだ」
「何を言い出してるんだ、お前は――」
酔っぱらいかよ。
もしかして熱が上ってきて意識が朦朧としているとかそんな感じか。
言わんこっちゃない。だから安静にしていろと言ったんだ。
上着のボタンを外し始めた瀬川。
まずい、このままでは裸までいきかねん。
「やめろ馬鹿――とっ⁉」
「ふぁっ!?」
そのままバランスを崩して後ろのベッドに俺たちは転倒する。
「「あ……」」
まるで押し倒したような形になってしまった俺と瀬川。
脱ぎかけたのもあって、乱れたパジャマからは赤みがさした白い肌か覗かせている。
思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
これ以上はまずい、と我に返った俺は慌てて離れようとする……が。
瀬川が俺の腕を掴んでいた。
「園部……」
息を少しだけ荒くしながら、瀬川は目が潤んだようにこちらを見ていた。
思わず吸い込まれそうになる。
そのまま瀬川は俺の手を引いて、顔を近付けていく。
あれ……。いや、待て待て。これは流石に――。
「ただいまー。お姉ちゃーん、体の方はだいじょーぶー?」
――直後、玄関の方から扉が開く音と共に、活発そうな女の子の声が聞こえてきた。
瞬間、瀬川はドンと俺を押しのけ、俺も体勢を立て直して、その場に座り込む。
「……妹だ」
どこか忌々し気に瀬川は呟く。
その足音はこちらに近付いてきた。
「あ。自己紹介した方がいいか?」
「馬鹿じゃないの⁉ アレに男連れ込んだって知られたら根掘り葉掘り聞かれて鬱陶しいことこの上ないっての」
じゃあ、どうするんだよ。
妹さん、すぐそこまで来てるぞ。
「隠れてっ!」
か、隠れてって何処に……!
部屋のドアが開く音がした。
「お姉ちゃんただいま。体の方はどう? ちゃんと寝てた?」
「……大丈夫」
聞こえてくる女の子の声と共に、瀬川は上半身をベッドの布団から出しながら返答している。
「それにしてはお姉ちゃん、朝よりもちょっと顔赤いね?」
「そうだね。少し部屋暑いかも」
「あー。じゃあ喚気した方がいいかなあ」
「それぐらい自分でやっておくからいいよ。それよりもアンタはさっさと宿題しな。また泣き言言っても見てあげないからね」
「えー!」
繰り広げられる他愛ない姉妹の会話を俺は暗闇の中で息を潜めて静かに聞いている。
さて、俺はどこに隠れているでしょう?
正解は布団の中です。もっと言うと俺は瀬川の腹ぐらいの位置に顔を密着させる形で隠れています。
――うん。馬鹿じゃねえの!?
こんなラッキースケベ展開今日び見ねえよ。
違うんだ。誰でもいいから聞いてくれ。他意はない。本当に動転していたんだ!
駄目ですか。有罪ですか。そうですね。
もっとクローゼットとか、色々隠れる場所ありましたよね!
視界を凝らすと目の前には瀬川の可愛らしいヘソが見え、俺はその引き締まったくびれを堪能――いかんいかん、理性を保て!
「ひぅっ」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「んっ、大丈夫……」
しまった。思わず、瀬川の腰に回していた手に力を入れてしまい、接触している彼女にも刺激を与えてしまったようだ。
しかし、本当にいい匂いだな。これが女子の匂いって……違う違う。だから理性を保てってば!
「くぅっ、んっ」
上の方からの荒い息遣いと上擦ったような声が絶えずに聞こえる。
この子、敏感過ぎない?
そして俺は完全にただの変質者だ。死にたい……。
すると瀬川も腹に据えかねたかのか、抗議として締め付けてきた。
両足の太腿で。
細くも、しなやかな筋肉の付いた美脚が俺の身体をキツく絡めとる。
正直、ご褒美以外の何物でもないと思う。
変な世界の扉が開きそうだ。
――ってやばい! 呼吸ができなくなってきた!
思わず顔を下に息を吸い込む。
「んぅ――っ!」
同時にビクンと瀬川は身体を反らした。
俺はそこでようやく自分が顔を埋めているのは腹からさらに下の部位で――。
うん。本当にごめんなさい。
「お姉ちゃん、どうしたの!?」
「なんでもない。ちょっと虫が……!」
「虫!? た、退治しなきゃ……」
「本当に大丈夫だからっ。あとで潰しておくからっ」
姉の剣幕に圧されたのか、妹さんは折れる。
そっか、俺潰されるのか……。
仕方ないよね。
「う、うん。じゃあお大事にね。スポドリと解熱剤、ここに置いておくから」
そのままバタンと扉を閉める音。
どうやら妹さんは普通に部屋を出たようだ。
「あ、あの……」
「黙って。あの愚妹が勘繰って戻ってくるかもしれないから、もうしばらくこうしてて」
「えっ。ちょっ……!」
こうして、このあと数分ほど俺は引き続き密着を余儀なくされた。
なお、この後、妹さんがちゃんと部屋に戻って勉強を始めたのを瀬川は確認すると、彼女の手引きで家を無事に脱出した。
後日、瀬川はしっかり快復したものの、入れ替わるように今度は俺が風邪をひいた。
天罰だと思いました。