洋館
「さて今日も1日頑張るとしますか。」
夜8時。いつも通りの時間に起き、俺は胡蝶へと向かう。
今日も俺の1日が始まる。
この時間になるとさすがに歓楽街の中心は大賑わいだ。あちらこちらで色鮮やかなドレスや着物を着た娼婦達が客引きをしている。まるで美しい蝶が舞っているかのよう。これこそこの歓楽街の風物詩だろう。間違いなくここでしか見られない景色だ。
そんな歓楽街の中心から少しはずれた場所に胡蝶はある。さすがに中心部では騒がしすぎて高級娼館には相応しくない。数か月前、俺はアマネにそうお願いし、今の場所へと胡蝶を移転させた。
胡蝶は5階建ての洋館。この歓楽街で一番大きな建物だ。まあそれも当然の事。胡蝶が抱えている娼婦はアマネを含め現在33人。そして嬢1人1人に部屋があてがわれている。そうなると当然それ相応の広さの建物がいる。
俺がここにしようと提案した時、アマネは「ちと大きするのじゃ」と反対していた。たが、押し切った。他の娼館と差別化する為だ。一般的な娼館では部屋は共用で、客を取った嬢から優先的に部屋が使えるシステム。俺が来る前の胡蝶もそうだった。勿論コスト的にはその方が効率的だが、特別感は一切ない。
それに自分の個室があるとなれば、嬢達も喜ぶと思ったのだ。そして俺の思惑通り、個室は好評で、全員が嬉しいと言ってくれた。なんでも自分色に部屋を作れるのが最高なんだとか。まあこの仕事では嬢達のモチベーション何より大事だ。少しでもその手助けになれたのならよかった。それに客も自分が買った大好きな嬢の部屋に行けるのだから、恋愛ごっこには最適。一石二鳥だ。
最初反対してたアマネも、今となっては「ハルの言う通りだったのじゃ!」と褒めてくれる。後これは結果論ではあるが、今の胡蝶の状況を見るに、この変更は大正解だった。予約で溢れ、どの客も嬢を一晩単位で買っていく。そうなると、嬢全員が個室を持ってないと回らない。
「うーん、しかしうちの娼館は相変わらず風格あるなぁ。」
俺は立派な洋館を見上げながら呟く。
あまりにも立派すぎて一見これが娼館だとは誰も思わないだろう。前の世界の建物で例えるなら、優美で重厚な佇まいをした迎賓館。どこかの貴族様のお屋敷だと言われても違和感は全くない。まあ実際この洋館の以前の持ち主はどこぞやの名門貴族だったらしいが。
「さて今日はどこの部屋の掃除だったかな。」
さすがにこれだけ広いと掃除が大変だ。まあこの洋館を選んだのは俺だし、完全に自業自得なので、文句は言えないが。だが幸いにも嬢達は俺に協力的で、基本的な掃除は自分達でやってくれている。なので俺は共用部の掃除、そして1日1人の部屋を大掃除をするだけで十分だ。嬢は33人いるので、大体1ヶ月に1回程度、嬢達の部屋を全て掃除できる計算になる。
「本当なら毎日俺が全てやってあげられればいいんだがな・・・さすがに無理だ。」
洗濯も山ほどあるし、接客だってある。営業だってしなければならない。さすがにそれを全部1人ではこなせない。
正直もっと下働きを雇った方がいいとは思うのだが、何故かそれに関してだけはアマネは首を縦に振らない。大抵の事は俺の好きにさせてくれるのに、従業員を増やす事だけは反対するのだ。「そんなん雇うくらいなら自分達でやるのじゃ」と言って利かない。ヨギリや他の嬢にも説得を頼んでみたが「自分でやるからいらない」と言ってくる始末。まああの子らがそれでいいのなら俺は文句ないのだが。
「あー・・・今日の掃除はヨギリの部屋じゃん・・・」
これはめんどくさい・・・。仕事前なのにどっと疲れが来た。
ちなみに大掃除をする部屋の嬢はその日は休みにしている。つまりヨギリは今日休み。では何が面倒なのかというと・・・あいつは休みなのにわざわざ胡蝶へ来て、俺が掃除するのを永遠と邪魔してくるのだ。「ここがまだ汚れているでありんすよ?」とか言ってくる。だからといって手伝ってくれるわけでもなく、ずっと俺が掃除してるのを楽しそうに見物してるだけ。どこの小姑だというくらいに質が悪い。
まあ店先で文句を言っていても仕方ない。
「みなさん、おはようございます。」
俺は扉を押して中へ入る。
「・・・って誰もいないじゃん。」
この時間なら朝礼の為、全員1階の待合室にいるはずなのに誰もいない。
これはおかしい。どういう事だ。
「・・・アマネの部屋か・・・?」
とりあえず俺は階段を上り、アマネの部屋へ向かう。待合室を除くと、部屋の広さ的にアマネの部屋くらいしか全員が集まれる場所はない。
5階建ての胡蝶。1階には待合室、そして嬢達専用の大浴場がある。ちなみにこの大浴場も俺の提案で、福利厚生の一環だ。嬉しい事に嬢達に大人気。
2、3階には嬢達の個室が15部屋ずつあり、4階にはヨギリとコハルの部屋。まあ人気2、3位の嬢ともなれば当然特別扱いだ。そして5階にアマネの部屋。アマネ専用フロアと言ってもいいだろう。
だが何故か、本当に何故か、5階の一角に俺の部屋がある。「ここがハルの部屋じゃ!」とアマネに無理矢理押し付けられた。そもそも俺は接客やらでずっと仕事をしているので、部屋などいらない。実際、あの部屋を使った事なんてほとんどない。アマネとの打ち合わせで偶に使うくらいだ。
そんな俺の部屋だが、何故かもの凄くファンシーな部屋に仕上がっている。いつの間にか嬢達が勝手に私物を置き始め、今ではなんだこれって状態だ。どうやらヨギリやコハルを筆頭に、嬢達が俺の部屋を休憩室代わりに使ってるらしい。尚更俺の部屋である意味が分からない。
一度「もう皆の休憩室にしなよ」と言ったのだが、何故か全員に怒られた。あそこは何が何でも俺の部屋らしい。もう意味がわからないを通り越して理不尽過ぎる。
「さてアマネの部屋まで来たはいいが・・・」
そんな事を考えていたら、いつの間にか5階のアマネの部屋の前に到着していた。ここに嬢達がいる根拠は別にない。ただの直感だ。
「・・・人の気配はするな・・・普段ならノックするとこだが・・・」
全員で何をコソコソやっているんだ。そもそも今は朝礼の時間。遠慮する必要なんてない。俺は扉を勢いよく開け、中へ入る。
「みなさん、一体何をやってるんです・・・えっ?」




