若人よ、ドパガキたれ!
バカな話ばかり描いていると真面目な話が描きたくなり、真面目な話ばかりだとバカがやりたくなる病持ちです。温度差が酷いですが、ご勘弁いただけますと幸いです。
「おっ●い最高!」「ギャル最高!」——かつてそんな破天荒な叫びが響き渡っていた大学の講義室。だが今日、教壇では一転して真面目な講義が行われようとしていた。
教壇に立つ老教授は、眼下に広がる若者たちの姿を静かに見渡し、力強く言い放った。
「若人よ!『ドパガキ』たれ!」
唐突な言葉に、教室の学生たちは不思議そうな顔を見合わせる。一人の生徒が首をかしげながら尋ねた。
「教授……『ドパガキ』って、脳を麻痺させるような悪いことなのではないのですか?」
その問いに対し、老人は長い人生を象徴する深いシワをくしゃくしゃにして笑った。
「ふむ、確かに脳を萎縮させるような不健康なドパガキは悪いものだ。しかし、私が言いたいのはそういうことではない。若人よ、純粋に『ドーパミンを追い求めるガキであれ』ということなのだよ」
生徒たちはなおも狐につままれたような顔をしている。老教授が真に伝えようとしている意図が、まだ掴めないのだ。老人は快活な声を響かせ、言葉を続けた。
「目的を達成したときに得られるような、ドーパミンが脳内に溢れ出す刺激——それをもっと貪欲に追い求めるべきなのだ。いいかね若人よ。仏教などの教えではよく『欲望を捨てよ』『執着を捨てよ』と言われるだろう?だがな、そんなものは後回しでいいのだよ」
一瞬にして、教室は息をのむような静寂に包まれた。老教授の言葉は、彼らがこれまで「正解」と教わってきた道徳観を心地よく裏切っていく。
「古今東西の賢者たちの言葉を紐解いてみてほしい。彼らはみな、歳を取ってからこう説くのだ。『ドーパミン的な激しい喜びではなく、オキシトシンやセロトニンのような、安らぎを与える快楽物質の喜びを追い求めよ』とな」
教授は黒板の前に立ち、ゆっくりと歩を進めながら語りかける。
「だが、これは実に当たり前のことなのだよ。激しい快楽よりもオキシトシンが得られるような安らぎを求めるようになるのは、加齢に伴う人間の脳の仕組みとして当然の変化に過ぎない。若い頃の脳は、とにかく強いドーパミンを欲するものだ。しかしドーパミンというのは、一度満たされるとすぐに慣れてしまい『もっと、もっと』と次を要求する。やがて人はその果てしないサイクルに嫌気が差し、変化そのものに飽きてくるのだ」
老人は優しく穏やかな眼差しで学生たちを見つめた。
「そして人は、人や動物との触れ合い、豊かな自然、あるいは音楽や芸術の鑑賞によって得られるような、落ち着いた快楽——すなわちオキシトシンやセロトニンの幸せを欲するようになる。これは人類の歴史において、果てしなく繰り返されてきた『定番の変化』なのだよ。文字を持ち、書物を書き残すようになった時代から、人はずっと同じ道を辿ってきた」
そこまで語ると、老教授はフッと笑みをこぼした。
「だからこそ老人たちは、自分たちが今求めているオキシトシンやセロトニン的幸せを肯定するために、いろいろな理屈をつけるのだ。『これこそが人生の真の幸せなのだ』とな。……だが、私はあえて言おう!」
老人は両腕を大きく広げ、講義室全体に響きわたる大声で叫んだ。
「若人よ!大いにドーパミンを追いかけたまえ!歳を重ねて若い頃を振り返ったとき、『若い頃にドーパミンは一通り摂取しきったな』とカラッと笑えるくらい、今はひたすらにそれを追い求めるのだ!」
一息つき、老人は優しく語りかけるようなトーンに戻した。
「そうやって徹底的に走り抜けてこそ、歳を取ったときにすんなりとオキシトシンやセロトニンの幸せへと移行できる。その時になって初めて、仏教や過去の賢者たちの言葉を存分に味わい、楽しめばいい。賢者の教えなど、年寄りの楽しみに過ぎんのだよ。だからこそ、若者である君たちは今、ドーパミンを存分に楽しみたまえ」
最後に老教授は、いたずらっぽく満足げな笑みを浮かべて締めくくった。
「改めて言おう。若人よ、ドパガキたれ!」




