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エピローグ

 ビルが立ち並ぶ一角。その中の広いフロアで寺田信悟は一人、パソコンを打ち込んでいた。

「ったく。この量、終わる訳ないだろ。」

 悪態を吐き、一度、席を立つ。自販機でエナジードリンクを買い、隣の椅子に腰かける。 

「そうだそうだ。」

 慌ててスマホを取り出し、電話をかける。数度のコール音の後、愛しい声が聞こえる。

「ああ、澪。ごめん、今日も残業で遅くなりそう。」

「全く。いつもそうじゃない。どうせ『やっとくから先に帰って良いよ』何て良い人ぶったんでしょ。」

「まあ、そうなんだけど…。」

「良い顔し過ぎて、貴方が倒れたら元も子もないわよ。」

「そうなんだけどね。」

「最近、顔色も悪いし、空も『父さんと遊びたい』ってごねてたわよ。」

「そうだな。空にも悪いと思っているよ。」

 そう言い、窓を見ると隈が大きくなっている気がする。ふと周囲のビルを見ると、ほとんどの電気が消えている。

「この仕事が終わったら、三人で旅行でも行かないか?」

「良いわね。空も喜ぶわ。」

「そうだね。だから、それまで頑張るから。」

「ええ。無理しないようにね。」

「うん。愛してる。」

「私も愛してるわ。」

 かれこれ澪と結婚して7年。娘の空も5歳になった。未だに新婚当初と変わらぬ熱々さだ。一家の大黒柱として、ここは踏ん張りどころだと自分を鼓舞する。

「よし、戻るか。」

 自分のデスクに戻り、机上の家族写真を優しく撫でる。この世で最も愛している家族を見つめ、目を細める。

 瞬間、視界が歪む。

(あ、これやばいやつだ。)

 力が抜け、椅子から転げ落ちる。空になったエナジードリンクの空き缶が倒れる。目の前が霞み、ぼやけた視界で、一緒に落ちた写真に手を伸ばす。

(ああ、ここで死んだら家族が…。こんなところで死ぬわけにはいかない。)

 しかし、自分の意思とは裏腹に、寺田信悟はそのまま息を引き取った。


「おっと、仕事――。」

 慌てて体を起こすと、手触りに違和感があった。確認すると、いつものベッドではなく、固い床があった。

(あれ?昨日は返らず、職場で寝ちゃったかな?)

 固い床にも関わらず、体はどこも痛くない。寧ろ、近年稀にみる程、すこぶる体調が良い。大きく伸びをし、仕事に戻るべく、周囲を見渡す。

(ここどこだよ。)

 見覚えのない部屋。職場の仮眠室にはあるはずのベッドやコンセントなどもない。窓すらない部屋にあるのは、意味ありげな扉のみ。他には何もないし、仕事の納期も近かったはずだ。急いで立ち上がり扉へ向かう。念の為、ノックをしてみたが、返事はない。ずっと留まり続ける訳にもいかず、仕方なく扉を開ける。

 扉を開くと細長い廊下が真っ直ぐと伸びている。

「全く、ここはどこなんだ。」

 薄暗い一本道を歩いて行く。突き当りには、またしても扉が一つ。先ほどと同様、何の変哲もないただの扉であるにも関わらず、扉の先には重々しい空気を感じる。

(こ、これは…。就活の時の面接、いや結婚の挨拶の時以来の圧迫感…。)

 今度は恐る恐るノックをする。

「入れ。」

 重い圧のある低い声が体の芯に響く。逃げ出したい衝動に駆られるが、「入れ。」の言葉には有無を言わせない強制力があった。

「失礼します。」

 腹から声を出し、扉を開ける。すると、15人の人物?が段々に待機していた。「?」を付けたのは、3メートルを超えるような長身が数人、2メートル以上も多く存在していて、明らかに人間とカテゴライズするのはふさわしくないような威圧感があったからだ。

 7人がそれぞれ椅子に腰かけ、その近くに側近のように侍ている。

「ねえねえ、次はあの人なのー?」

「あの人なのー?」

「そうよ。だから少し静かにしときましょうね。」

「「はーい。」」

 唯一同じ椅子の近くにいる黒白のツートンカラーの双子が無邪気に問うのを妖艶な女性が窘める。

「あいつか。何とも貧相なやつだな。」

「大丈夫なのか?」

「もう適当で良いんじゃないか?」

「そうだな。最近こっちに来る奴も増えてきたしな。」

 他の者も口々に感想を言う。

「静まれ。」

 入室の許可を出した者と同じ声が一番上の席から響き渡る。すると、口々に感想を言っていたのが嘘のように、静まり返る。

「今回はこいつだ。文句は言わせん。後はいつも通り。解散。」

「さ、解散、解散。」

「はーい。」

「順番になったら呼んでね。」

「めんどくさいから、待機しとけよ。」

「えー。」

 1人、また1人とその場で消えていく。

(リモート会議みたいだ。)

 なんて暢気なことを思っていると、残った1組の内、椅子に座っている方が話しかけてきた。7人の中で最も若く見える青年だ。スラっとした体躯に腰には拳銃が携えてある。付き従ってる一人は、身の丈ほどの長剣を二振り危なっかしく持っている。

「では、まず記憶の確認だ。お前はここに来る直前、何をしていた?」

「えーと、俺は…。ん?俺は…何してたっけ?」 

 記憶にもやがかかったように思い出せない。名前や今までの思い出は残っているが、直近の記憶だけがごっそり消えているような不思議な感覚だ。

「混乱しているようだな。だが、それで良い。」

「どういうことだ?何かおかしくないか?」

「まあ、今は事態が飲み込めていなから許すが、我々にはそれなりの敬意を払うべきだ。良い人生を歩みたいのであればな。」

「いや、本当にどうなっているんだよ。」

「大丈夫。ちゃんと説明するから。まったく、人間と言うのは少し変わるだけでパニックになる。」

 大きくため息を吐く。

「お前、そうだな。お前は、今から紬と名乗れ。」

「なあ、それってどういう…?。」

「ああ、面倒くせー。」

 そう言うと長剣を取り、鞘から抜く。

「おいおい、ちょっと待って。いや、何してんだよ。」

「ここがどう言うところか教えてやるよ。」

 逃げようとするが、体が動かない。恐怖心も勿論なるが、全身が金縛りに遭ったように、ピクリとも動かせない。脂汗が滴り、本能が生命の危機を告げる。

(ヤバいヤバいって。動け、動け。)

 意志とは異なり、彼の剣がゆっくりと胸を貫くのをじっと見ることしかできなかった。


「―――カハッ!」

 飛び起き、体の具合を確認する。刺された胸には痕も残っておらず、服には傷すらない。

「でも、夢なんかじゃない。」

 体に侵入してくる金属の感触。血液が溢れ出る感触。そして何よりも魂に刻まれた。彼らが俺とは別種の、しかも高位の存在であることを。

「漸く分かったかい?」

 顔を上げると、自分を刺した人物が座っていた。

 首を高速で縦に振る。

「ならば良い。紬にはある人物達に会ってもらう。それぞれ大事な人を失い、傷心している。そこで彼らと話をして、悲しみを、後悔を、自身への憎しみを取り除いてもらう。」

「それは…私には荷が重いのではないですか?」

 ここで了承して「できませんでした。」では何をされるか分かったものではない。しかし、ここで初めて表情が変わる。彼はニヤニヤした笑みを浮かべる。

「いえいえ、貴方ほどの適任はいない。では、注意事項だが――。」

 そこからいくつかの注意事項が示された。


「さあ、彼らを救いたまえ。」

 背後に現れたドアは今までの無機質の物ではなく、よくある大衆居酒屋の風体を成していた。

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